第13話 ファビアン・ロレーヌ
ロレーヌ家に連絡を取ると、ファビアン様がすぐに会ってくれることになった。どうやら当主様がこちらに来ているらしく、娘が世話になったとかで日程を調整してくれたのだ。
そして私たちは緊張しながらファビアン様と面会したのだけれど・・・。
「アメリー・ビューロウ・・・。お前が、あの・・・。ふん! わざわざ会いに来るなんてご苦労だな」
会うなり冷たい目で迎えられた。
え? この方とは初対面のはずですよね? それなのになんで睨まれているの?
「え、ええと、アメリー・ビューロウと申します。ファビアン様がこちらに来られていると聞いてご挨拶に参りました。エレオノーラ様にはお世話になっておりますので・・・」
「ふうん。ビューロウ家では姉が闇魔に襲われたりとひどい目にあっているようだけどね。僕がここにいると知って慌ててご機嫌を取りに来たのかな」
思わぬ返答に口ごもってしまう。
ファビアン様はエレオノーラ様の弟だけあって整った容姿をしているが、その目は冷たく私を見据えている。
「ああ。サンドラー家とシュテルン家、それにクシュナー家のご令嬢ですね。クシュナー家のデリア様はもうすぐ学園を卒業されるとか。共に学べずに残念に思っていたんですよ」
私への態度とは対照的に、ファビアン様はデリア様達に丁寧に頭を下げた。デリア様たちも、私との対応の違いに戸惑いを隠せないようだった。
「あ、あの・・。えっと」
アーダ様が挨拶しようとするが、それを遮るようにファビアンが言葉を続けた。
「東領の有力貴族の皆様がそろってきてくださるなんてありがたいことです。どうです? お三方、これから食事でも? うちの料理人に腕を振るわせていただきますよ?」
あからさまに私たち2人を除外しようとするファビアン様に戸惑いを隠せない。何か、失礼なことをしたのだろうか。
だけど、その時だった。
「ファビアン」
応接間に威厳のある声が響いた。
驚いて振り返ると、そこには正装をした40代くらいの紳士が冷たい目でファビアン様を見つめていた。
紳士の表情は硬い。私たちを非難しているようではないけど、その冷たい視線に思わず身震いしてしまった。
「ち、父上!」
「お前に社交はまだ早かったようだな。ビューロウ家やカーキ―家のご令嬢にこんな失礼な態度をとるとは。お前にはロレーヌ家の一員としての自覚はないのか。エレオノーラがこれを知ったらどう思うか考えたことはあるのか」
決して怒鳴ったわけではない。でもその冷たい声に全員が委縮してしまった。
「今日はもう下がりなさい。後のことは私がやっておく」
ファビアン様は泣きそうになりながら、それでも一礼して下がっていく。
「アメリー・ビューロウ殿。アーダ・カーキ―殿。息子が、大変失礼をしてしまった。若輩者のアイツに代わり、謝罪させていただく」
丁寧に頭を下げる紳士に、私はたまらなくなって慌てて手を振った。
「い、いえそんな! 気にしてないですから! 頭を上げてください!」
「そ、そうです! そんな恐れ多い! 私ごときに下げていい頭ではないはずです!」
私とアーダ様が慌てていると、紳士はもう一度頭を下げ、私たちをそっと見つめてきた。
「本日はわざわざご足労いただいたのに大変失礼なことをした。他のお三方も、さぞかし居心地の悪い思いをしたでしょう。ファビアンには私から言っておきます。今回は、これでご容赦ください」
再び頭を下げる紳士に私たち5人はあわててしまう。さすがに、ロレーヌ家の当主に頭を下げられるといたたまれないんですけど!
そう。この方は東領をまとめる代表者なのだ。東領のすべてをまとめ、公爵位を持つ大貴族。ローデリヒ・ロレーヌ公爵が、私たちに頭を下げてきたのだ。
◆◆◆◆
「本当にすまないね。わざわざ来てくれたのに。ファビアンは末の子供だけあってちょっとわがままなところがあってね。エーレンフリートやエレオノーラと同じように育てたつもりだが、どうにも甘えが抜けなくてね」
私たちはロレーヌ家の応接間でローデリヒ様と向き合っていた。一介の貴族令嬢のはずの私たちにまで丁寧に接してもらえるなんて、ちょっといたたまれない。
でも、こうしていても事態は変わらない。私は思い切ってローデリヒ様に問いかけることにした。
「あの・・・。私たち、何か失礼なことをしたのでしょうか。ファビアン様はその、私たちだけちょっとあたりが強かったように思うのですが」
ローデリヒ様は溜息を吐いた。
「ファビアンの奴めは、君に姉がとられたような気持になっているのだ。エレオノーラの奴が君を実の妹のように扱っているのは家族内では知られたことだからね。ファビアンもエレオノーラを慕っているから嫉妬してるんだよ。家族に愚痴を言うくらいならまあ許されるが、君に直接あたってしまうとはね」
私は驚くが、3人の令嬢は納得したような顔になった。
「カーキ―家のご令嬢には、あれだな。多分君に対する悪いうわさを真に受けたんだと思う。まったく。噂は噂で真実とは遠いところにあるといつも言っていたのに」
悪いうわさ、と聞いて私は困惑してしまう。何か、アーダ様に関してよくない話でもあるのだろうか。
「ああ。君たちが騒ぐ必要はない。とるに足らないうわさだ。本当の話ではないのはアーダ嬢の討伐実績を見れば明らかだ。なにしろ、尋常でないくらいの魔物を倒しているからね。学園のシステムをごまかすのには無理がある。君が優秀な魔法使いであるのは間違いないということさ」
ローデリヒ様は私たちを安心させるように笑顔を向けた。
「君たちが討伐任務を請け負ってくれて助かっている。王都には優秀な冒険者が多いというが、手が回っていないようだし、君たちのおかげで西や中央を納得させられるからね。この冬も、こちらで戦ってくれると聞いているが」
「はい。一応この冬は学園にとどまろうと思います。その、姉たちも戦っているのに、故郷に帰ろうって気があんまりしなくて」
私がうつむきがちに答えると、ローデリヒ様が静かに答えてくれた。
「こちらで得た情報によると、北に行った学生たちは後方のノルデンの街での任務に当たっているらしい。敵の主力と戦うことがない位置に配置されたみたいだよ。まあ、当然だね。まだ学生の彼らにいきなり厳しい任務を与えらるはずはないのだから」
ローデリヒ様の言葉に、私はほっとしてしまう。
そうよね。お姉さまはまだ学生なんだから、戦地にいるとはいえいきなり闇魔と戦わされるわけはないわ。お姉さまなら、自分から首を突っ込んでしまう気もするけど。
「それより、デリア君は春で卒業だね。クシュナー子爵も喜んでいたよ。よい婿を連れてきてくれたってね。どうやって知り合ったんだい?」
「は、はい。彼は・・・」
ローデリヒ様は巧みな話術でデリア様から話を聞きだしていた。私たちは笑顔になりながら雑談に興じるのだった。




