第128話 目覚めと死霊使いの恐怖 ※ 後半 カトリン視点
白い天井から白い明りが部屋中を照らしていた。
私はその光景を何ともなしに見ていた。意識がはっきりしていない。なにも頭に浮かばなくて、静寂だけが支配していた。
「あれ? 私は・・・」
ぼんやりとした頭のまま、あたりを見回した。
どうやら私はベッドに寝かされているようだった。なぜか入院着に着替えさせられ、右肩には簡単な包帯が巻かれている。どうしてこんなところにいるのか、全然わからないのだけれど。
「失礼します」
看護士が、この部屋に入ってきた。水の入った桶を持って近づいてくる彼女と、目が合った。
「アメリー様! 目覚められたのですね! すぐに先生をお呼びします! どうか! どうかそのままで!」
そう言って立ち去っていく彼女を、何も考えられないまま見送るのだった――。
◆◆◆◆
「いやあ。心配したよ。まさか君ほどの者が、たかだかグール退治で怪我しちゃうなんてね」
「なんかごめんなさい。ご迷惑を掛けちゃったようで」
いち早く来てくれたカトリンに頭を下げた。後ろのグレーテも安心したように肩の力を抜いている。
どうやら私はグール退治で大怪我をして学園に運び込まれたらしい。何日も眠っていたらしく、さっきやっと目が覚めたらしいのだ。
「えっと。私、あんまり記憶がないんですけど、何が起こったんです? 大きなグールを、新しい魔法で仕留めたことまでは覚えているんですけど」
「ああ。うん。僕も聞いているよ。あのあと」
カトリンは説明しようとしてくれたが、何かに気づいて言葉を止めた。
「詳細は、現場にいた人から聞いたほうがいいかな。僕も、知らなかった情報を聞けるかもしれないしね」
そう言って私にウインクした。と同時に、複数の誰かが病室に近づいてくる足音が聞こえてきた。
扉が乱暴に開かれた。そこから入ってきたのはアーダとニナだった。その後ろを、ハイリーが静かに歩いてきていた。
「アメリーっち・・・」
ニナが涙目で言うと、その勢いのまま私に抱き着いてきた。抱き着かれて、ちょっとだけ息苦しい。でも、心配してくれたことはよく理解できた。
彼女は私から離れると、勢い良く話し出した。
「アメリーっち! 大丈夫!? まだ痛むところはない!? 一応すぐに傷を塞いだけど、気になるところがあったら言ってね!」
「え、ええ。特に痛みはないですけど。ちょっとお腹がすいたかな」
私ははてなマークを浮かべながら何とか答えた。
痛みなんてどこにもない。健康そのものだと思う。腕や足も、何の不都合も見られない。包帯を巻かれている右肩からも、気になるところはなかった。
「そ、そっか。よかった。うまくいったんだね。あんなに血がいっぱい出てたからさ」
言われてハッとした。
そうだ! 私、右肩を貫かれて気絶しちゃったんだ!
私が反射的に右肩の包帯を取ると、痕跡はどこにもなかった。傷跡も血の跡も何もない。でも確かに、私は右肩を打ち抜かれたと思う。
「ニナが、治してくれたの?」
「へ、へへ。なんとかね。まあ、一応これだけは得意だからさ」
ニナが鼻をすすりながら笑った。私は何も言えなくなって、思わず頭を深々と下げた。
「お嬢様。あの時のことは覚えていらっしゃいますか?」
「ええ。今思い出したわ。グールを倒したかと思ったらアーダと叔母さまのブレスレッドから警告が飛んだのよね。そしてすぐに、青い線が走って右肩が血まみれになった」
「う、うん! 結構大変だったんだよ! 右肩以外にも傷ができてたし。みんな警戒して、アメリーっちに近づくのでやっとだった」
そうだ。何かわからぬまま大怪我を負ってしまったんだ。
あれは、なんだったのだろうか? 現場のグールはすべて倒していた。あの大きな新型も、私とニナの魔法で葬ったはずなのに、急に攻撃を受けたなんて信じられない。
「私に、何が起こったの?」
「狙撃だ。私たちの索敵距離外からアメリーは狙われたんだ」
隣を見ると、アーダが厳しい顔をしていた。
「狙撃、ですか」
「そうだ。精密で、しかも飛距離が長い。星持ちのアメリーの魔力障壁を、貫くほどの威力で狙撃されたんだ」
ニナが焦ったような声を上げた。
「私たちは障害物の多い森の中にいたけど、それでも狙撃されたそうなのよ。どうやら、あらかじめ狙撃するための結界が作られていたらしくてね」
「おそらくだが、結界を張ったのはあのグールを改造した死霊使いと同じ人物だな。そいつがグールの魔核の位置をずらしたのと同時に、狙撃できるように空間をいじったんだ」
アーダは乱暴に頭を掻きむしった。
「その場にいたのに、全然気づかなかった。あの場が、狙撃に適した場所になるように調整されてたなんてな」
「ど、どこから? 私はどこから狙われたんです?」
私は思わずといった具合に尋ねた。アーダは溜息を吐くと、静かに私を見た。
「あの後、すぐにフィーデンを展開したんだが、北東の方向に、数名の人間が逃げる様子が読み取れた。それはすぐに私のフィーデンの範囲外に逃れてしまった」
「アーダ様の、フィーデンの外・・・」
私は顔を青くした。
前に聞いたことがある。アーダ様のフィーデンの範囲は300歩ほどだと。すぐに逃げたとして、それでもその距離は、相当になるはずだ。
「つまり、さ。相手は250歩ほどの距離から君の頭を正確に狙ったわけだ。250歩以上の距離を、星持ちの魔力障壁を破るくらいの威力を維持したまま打ち抜くなんて、相当の技術だと思うよ。火に強い水魔法を使ったとしてもね」
カトリンが髪をかき上げながら溜息を吐いた。
「魔道具を使った様子もなかった。最新の道具であれなんであれ、魔道具を使ったのなら痕跡は残るからな。だから多分、相手は相当な色の濃さと魔力制御で、アメリーを狙撃したんだと思う」
アーダが静かに私の目を見つめてきた。私はごくりと喉を鳴らした。
「250歩ほどの距離から、空間をいじったとはいえ魔道具を使わずに正確な狙いをつけた。それって・・・」
「しかも、アメリーの魔力障壁を打ち破ってな。相手には相当の色の濃さと、魔力制御の腕がある。この条件に該当する心当たりが、一つだけあるんだ」
私は無意識に首を横に振ってしまう。アーダが言わんとしていたことを理解してしまったのだから。
「相手は、青の星持ちかもしれない。かのアロイジア・ザインと同じような、力のある魔法使いかもしれないんだ」
そう。相手も私と同じ星持ちかもしれないのだ。
「で、でも! そんなの本当にいるの? 王国で水の星持ちっていたっけ? えっと、西のロサリオ様とか東のカルメンシータ様とかがそうだったよね? でも、彼女たちは北で戦っているはずでしょう?」
「そうだ。王国の星持ちは、ほどんどが戦地に向かっている。こっちにいるのはお年を召した方や戦えない人しかいない。そんな人が、神経を使う狙撃なんてできないと思う。それに、気になったのは闇魔法の気配だ」
私は反射的に左手のブレスレットに触れた。
「アメリーが狙撃される直前に、巨大な闇魔法の気配がしたんだ。でもそれはすぐに消えた。追撃がなかったことも気になる。グレーテが守っていたとはいえ、アメリーを仕留める絶好の機会だったからな」
アーダの言葉に頷いたのは、ハイリーだった。
「星持ち並みの高度な狙撃に、闇魔法の気配。そして、帝国の死霊使いと。これだけ揃うといい予感はしませんよね」
ハイリーはあえて結論を口にせずにつぶやいた。
その可能性は、あるのか。
星持ちの存在が確認されているのは今のところこの国だけだ。レベル4の魔力を操れるようになるのはかなりの根気がいるし、他の国では属性によっては疎まれてしまうという現実がある。
「他国で星持ちが現れたら公表しないわけがないもんね。連邦なんて、もし水の星持ちが現れたら絶対に巫女候補になるんじゃない? 私たちが知らない星持ちがいるのは、考えづらい」
「だから、あいつらは他の手段で星持ちの力を得たのかもしれないわけだね。うちの国で出現した星持ちの、魂を利用したのかもしれないってわけか」
カトリンの言葉に、頷かざるを得なかった。
敵は、敵の死霊使いはこの国の星持ちの力を、魂を利用したかもしれないんだ。
「そんな! 魂を使った狙撃なんて! アメリーは公開処刑で審判の一人になるんだよね? そこを狙われたら!」
「試合が始まってからは大丈夫だ。試合会場には地脈の力を使った結界があるからな。あれを破れるのは色のない魔法使いか、それこそ炎の巫女くらいしかいないんじゃないか?」
アーダの言葉に微妙な表情になってしまう。色のない魔法使いと炎の巫女は、どちらも私の身内なのだから。
私の顔色を気にすることなく、アーダは説明を続けた。
「闘技場の真下に地脈の制御装置があるのは知っているな。あれは、一番強固な決壊を張るための措置らしい。ケルンの変の後にそう配置されたことで、第三者が地脈の力を操るのを防いでいるらしいんだ。この辺りはギオマーたちの分野で詳しいことは分からないがな」
「そっか。後でメリッサにでも聞いてみようかな。あの子なら嬉々として教えてくれそうだし」
ニナはそう言うと、厳しい目で私を見てきた。
「でも大丈夫? 本当に痛いところはない? 今度の公開処刑だって、審判役を断ってもいいんだからね」
「いえ。公開処刑まではまだ時間があるし、大丈夫です。それまでに、体調を戻して見せますから」
私が笑顔で言うと、みんな心配そうな顔になった。
「万が一のことって、あると思うんですよ。万が一、ノード伯爵があの手を使ったなら、助けられるのは火の星持ちである私だけでしょう?」
「う、うん。でも、そうなるとは限らない。アメリーが、その事態に備えておく必要なんてないと思う」
アーダの言葉に、私は静かに首を振った。
「でも、もしそんな事態が起こったら私は絶対に後悔するでしょう」
はっとしたように見つめてくるアーダに、私は笑顔を返した。
「大丈夫です。私ならやれるって信じてます。アーダや、カトリンやニナやハイリーが。クラスのみんなが信じてくれる私なら、絶対にできるって思うんです。だからみんな安心して、私のことを見守ってほしい。そうしてくれるなら、私は絶対にやり遂げて見せますから」
私は決意を込めて、病室内のみんなに笑いかけたのだった。
※ カトリン視点
病室を出た僕は、誰かに談話室に呼び出された。なんでも学園のお偉いさんが呼んでいるとかで、反論する間もなくここに来ることになったのだ。
僕といっしょに呼ばれたのは、エーファだった。僕はさっきのことを伝えたが、彼女の機嫌は悪いままだった。アメリーの起きるときに立ち会えなかった。アメリーの看病を一番多くやっていたのはエーファなのに、こういうことは多い。間が悪いのは仕方のないことだと思うけど、ちょっと笑ってしまった。
「そんな感じで、アメリーが決意したみたいでさ。ふふふ。ちょっと前まではあんなに頼りなかったのに、すっかり顔つきが変わっちゃって」
「カトリン! アメリーが大変なのに、こんな時に何を言っているのよ!」
僕の説明に、エーファは烈火のごとく怒りを見せた。
相変わらず、アメリーのことになるとこうだった。世話焼きという一面があるものの、アメリーに対する態度は正直過敏なんじゃないかと思う。
「なあ。アメリーは小さいけど同級生だよ? そこまで気にすることはないんじゃない? あれでも本人は一人前だと思っているみたいだし」
「あの子が危なっかしいのはカトリンもわかっているでしょう? まだ誰かが見ていないと心配なのよ。本人の気持ちはどうあれ、見てあげないといけない子なんだから」
いつも思うけど、エーファって過保護だよね。アーダに対してもそんな感じだし。
エーファは長女で、しかも下の兄弟が多いらしい。だから、弟や妹に接するようにアメリーやアーダに接しちゃうようだけど、僕からしたら必要のないことに思えるんだけどなぁ。まあ、指摘するとうるさいから言わないんだけど。
そんな話をしている中、談話室の入り口から誰かが入ってきた。その人物を見て僕たちは絶句してしまう。
僕らの前に現れたのは学園長だったのだから。
「が、学園長? なぜここに? 話があるなら学園長室でも」
「あの部屋に呼びつけるのはちょっとまずいのよ。あなたたちにしか聞かせたくない、内緒の話があるからね」
バルバラ様は苦笑しながら答えた。
僕たちは姿勢を正して学園長の言葉を待った。学園長は溜息を吐きながら、いきなりこちらに頭を下げた。
「まずはごめんなさい。公開処刑の当日だけど、あなたたちの希望をかなえられなくなったわ。アメリーちゃんほどの者でも狙撃された。私たちは、敵の死霊使いを何としても捕まえなければならないから」
「が。学園長! 頭を上げてください!」
エーファがたじたじになって言いつくろった。僕の目は鋭くなっていたと思う。この学園長が約束を反故にするなんて、ただ事ではないと思う。
確かに、死霊使いは僕らの不倶戴天と言っていいほどの相手だ。死体や魂を操るというのも受け入れられないし、死霊使いは全員が闇魔法の使い手とあって、敵視する魔法使いも多い。奴らは、相手に悪寒を生じさせるセイリーやぞっとする言葉を強制的に聞かせるウィスパーの魔法、はては魂を支配するオプセッションの魔法など、忌まわしい魔法を次々と開発している。
王国の貴族として一秒たりとも生かしては置けない存在なのだと言うのは分かる。分かるんだけど、エーファにとってはアメリーと一緒に行動できないのは受け入れがたいのかもしれない。
「帝国の死霊使いは、騎士団が必死になって探していますよね?」
「そう。風魔法や従魔の力で必死になって探しているけど、いまだに見つかっていない。見つけられるのはことを起こした後になるかもしれない」
ことを起こした後。
僕はぴんと来て、思わず学園長を見つめてしまった。
「そうか。あいつらが動くとしたら、公開処刑の日。つまり、僕らはその日に網を張るんですね」
「さすがに察しがいいわね。そう。風魔法の名手であるエーファさんと、ボートカンプ家のご令嬢であるカトリンさん。そして私で網を張る。私たちが組んで、死霊使いどもを捕らえるのよ」
なるほど。探索に優れた3人であいつらに対処するということか。僕は納得したけど、エーファは不機嫌さを隠さずに学園長に噛みついた。
「学園長は,いえ国は、当日にあいつらが動き出すと思っているんですね! じゃあアメリーは!」
「ええ。私たちは当日に何かあると踏んでいる。でも、その時私たちにできることは少ない。何しろアメリーちゃんのそばには、あの専任武官が付いているからね」
エーファが口ごもった。
アメリーの専任武官は飛び切り優秀だ。同じクルーゲ流を学んだ者だからわかる。僕よりもずっと腕が立つ。なにしろ、ただ一人でキマイラの突進を止めたのだから。
「でも! アメリーは!」
「エーファさん。人には役割というものがある。残念だけど、私やあなたにアメリーちゃんを守る力はない。本当に彼女を助けたいと思うなら、私たちにしかできないことをすべきではなくて?」
学園長の言葉に歯ぎしりしてしまうエーファ。
多分、学園長の言っていることは間違いではない。グレーテがいてくれるおかげで、僕たちにできることはほとんどない。でもエーファは認められない。自分が大事な友人の力になれないことを、認めたくないのだ。
「エーファさん。直接守ってあげることだけが力になるとは限らない。あなたはアメリーちゃんの盾にはなれない。でも、あなたにしかできないことで、彼女を守ることができる。間接的にはなるけどね」
歯をかみしめながら下を向くエーファに、学園長は優しく言葉を掛けた。
「私たちの役目は重要よ。当日、審判をするアメリーちゃんと同じくらいね。では説明しましょうか。当日、私たちがどのように動くか。どうやって、アメリーちゃんを助けるのかをね」
努めて明るく話す学園長を睨むエーファ。僕はその目に気づかないふりをしながら、学園長の言葉に耳を傾けるのだった。




