第127話 侵入と解放と ※ 前半 シクスト視点 後半 セブリアン視点
※ シクスト視点
建物の中を息をひそめて進んだ。
守衛がいたるところに見えた。王国で犯罪者を収容するための場所だから仕方がないのかもしれないが、一瞬も油断できない状況にうんざりしてしまう。
「そろそろ交代の時間だ」
「やっとか。今は第3騎士団もいないし、いつもより時間が長く感じるぜ」
交代する守衛たちの声を聞きながら、素早く体を潜り込ませた。
音も気配もない。あの頃よりもさらに強化された水の力は、私の身を完璧に覆い隠していた。もっとも、ちゃんと修業しないと隠蔽の力は身につかないのだけど。
水の魔力が持つ隠蔽の力。それだけは、この国に勝る連邦ならではの力だった。
「この先、だな。あいつが収監されているのは。だが、想定より警備が薄い? そこまで気合を入れて守る対象ではないということか?」
頭に疑問が浮かぶが、それを振り払って先に向かう。この先の牢獄にあいつがいるはずなのだから。
目当ての牢獄が目に入った。鉄格子のなかでうつむいているのは、我が相棒のトリビオだ。
「トリビオ」
私が声を掛けると、トリビオは警戒するようにきょろきょろと周りを確認した。どこか怯えているその姿は、こいつらしい。私が隠蔽の一部を解くと、あからさまに安心したような顔をした。ちょっと涙目なその様子に、思わず笑みがこぼれてしまう。
「シ、シクスト様!」
「しっ! 声が大きい! 今、ここから出してやるからな」
トリビオが何度もうなずいた。
鉄格子にはかぎが掛けられている。でも、私の水魔法ならこれを開けるのも難しくない。魔法対策をしているようだが、鍛え上げた水魔法なら察知されずにカギを開けることも可能なのだ。
「よかった! 他の奴らみたいに、俺も消されるのかと思った! でも安心しました。シクスト様が来てくれたなら、俺は大丈夫ってことですよね?」
「あんまり大きな声を出すなよ。ちょっとめんどくさい守りが掛けられている。私なら解除できるがな」
涙を流しながらトリビオはしゃべりだした。一応潜入しているから静かにしてほしい。まあ、不安だったのだろうから興奮するのも無理はないかもしれない。私にしか聞こえないほど、声を落としてはいるのだし。
彼の言うことには一理あるのだ。あの犯罪者とその仲間なら、身内を消すことも平気でやってしまう。情報を漏らす前に自害する魔法も、進んで受け入れる始末だった。あの方や私が止めても聞き入るそぶりなど全然見られない。
まるで道具のように仲間を扱う姿は、絶対に許容できるものではないが、残念ながらうちの一団に犯罪者崩れは多い。しかもあのやり方で成果を上げているのだから止めることは日に日に難しくなっている。
「王国の奴ら、変なんです。捕まったオレに対する扱いが」
「やはり、無体な扱いをされたのか? 許し難いな」
手を動かしながら同意したが、トリビオは涙目になりながら首を振った。
「妙に、優しかったんです。守衛なんかは好きなものをたびたび差し入れてくれて・・・。年配の女騎士なんて、『強く生きなさい』なんて、励ましてくれたり」
一瞬だけ、手が止まった。だけどすぐに再び手を動かした。
トリビオが消息を絶って数日後、いくつかのアジトが襲撃を受けた。もちろん、ばれることを想定していたので被害を受けずに撤収できたが、疑念は生まれていたのだ。
トリビオが、情報を漏らした可能性を。
「俺は、何も言っていないはずだ! 仲間を売ることなんてできない! でも、あいつらが俺にやさしくする理由なんて、そうとしか考えられない! 情報を吐いた俺を憐れんで、あんな態度になったとしか!」
「トリビオ! 落ち着け!」
トリビオは止まらない。あふれ出る不安を吐き出すように言葉を続けた。
「あの女! もしかしたらマルク家の秘術を使ったのかもしれない! 王国にはあるんです! どんな秘密も吐かせてしまうような、そんな魔法が! それで、俺が持っている情報は!」
カチリ。
わずかな音とともに南京錠が開いた。私は扉を開けると、トリビオに笑いかけた。
呆然とするトリビオに、荷物をほおって投げた。
「ほら。それに着替えろ。行くぞ。さっさとこんな場所からおさらばしよう」
◆◆◆◆
来た道を、足を顰めて戻っていく。
1人だった行きと違い、帰りはトリビオと2人だ。トリビオは隠蔽技術を持っていないわけではないが、それでも守衛の目を潜るのは緊張感があった。
「シクスト様。すみません。俺なんかのために」
「なに。潜入には慣れている。隠蔽だって使うんだからいい修行さ。それよりも、怪我はないか? あの方も心配していた。何とかアジトに戻れればいいのだが」
トリビオは涙を流しながら何度もうなずいている。
あの隙間を抜ければこの屋敷から脱出することができる。あれさえ抜ければ、私たちは自由の身だ。
だが、気づいた。通路の陰に、人影が佇んでいることを。
「懐かしいね。昔はよく、こうしてかくれんぼをしたよな。僕が鬼になったときは全然見つけられなかった。土地勘のあるはずのエリは、簡単に見つけられたのにな」
遠くを見るようだったその人影は、そっと私の顔を見つめてきた。
右目は金で、左目は銀。鏡合わせのような顔は、私の半身とも呼べる存在だった。無くしてはならないはずの、大切な存在。彼が貶められることは、自分のことのように腹立たしい気持ちになったものだ。
「セブリアン」
もう2度と言わないはずの名を口にしていた。私たちの行く手を遮ったのは、双子のセブリアンだった。
「なあシグ。もうやめたらどうだ? エリも心配している。この国につてもできた。お前とその仲間の身くらいなら、私でも助けることができるかもしれない」
「余計な、お世話だ」
私はセブの言葉を振り払った。
焦りを感じながらも、昔のことを思い出した。昔は逆だった。どこか気の弱かったセブを、いつも引っ張っていた。それがこんなふうに、私を威圧するようになるなんて人生とはわからないものだ。
セブは腰の刺突剣を抜いて私のほうに突き付けた。
「お前たちが功を立てたって連邦に取り立てられると、本当に思っているのか? あいつらはお前たちをいいように利用するだけだ。神殿騎士になれなかったお前なんて、使い捨てにされるのが落ちなんじゃないか?」
「だまれ! そんなわけはない! 白の忌み人が!」
反射的に、そう言ってしまった。セブの冷静な顔に、イラっとしてしまったかもしれない。だが、つい口をついたその言葉に、最も驚いたのは私かもしれない。
だけどセブは気にした様子もなくふっと笑った。
「白の忌み人、か。昔はよく言われてたよな。あの国にいたときはいつも誰もが言ってきたものさ。でも、そのことに一番怒ってくれたのはお前だった。年上の人にも突っかかっていくから、こっちははらはらしたもんさ」
「はっ! 知らないな! そんな昔のことは!」
言い訳のように言う私を気にも止めず、セブは言葉を続けた。
「なあ。どうして私たちの前から消えたんだ? 私たち3人は、結構楽しかったじゃないか。いきなりいなくなって、エリも心配していたんだぞ。今からでも遅くはない。こっちに来いよ。お前たちがどれだけ活躍しても、連邦の上のほうは決してお前たちを認めないんじゃないか?」
「違う! 私たちは騙されてなどない! 前例がある! 私たちは這い上がれるんだ!」
思わず言ってしまった私に、セブは怪訝な顔になった。
「前例?」
「そうだ! 連邦には巫女と巫女候補が合わせて3人いる。そのうちの一人、幽玄のコンセプシオンを知っているな? 彼女の出自が分かったんだ。彼女はその昔、私たちと同じ追放者だったんだ。それが今では、カロライナ様に次ぐ巫女候補となっている。私たちだって、彼女のように功を上げれば!」
そう。追放者が巫女候補にまで上り詰められるのであれば私たちにだってチャンスはある!
「コンセプシオン様にはこれという側近はいない! ここで王国にダメージを与えられれば彼女に取り入ることだってできるはずだ! コンセプシオン様は同類を求めているという話だ。ここで、私とあの方が力を示せば!」
「そのために、お前は王国の民を苦境に落とすのか?」
セブの言葉に、思わず口ごもってしまう。
「お前たちのたくらみが万一成功したら王国は大きなダメージを負うだろう。今、この国は闇魔との戦いの真っ最中だ。そうした中、陛下や白の剣姫が傷ついてしまったら? もしかしたら闇魔との戦いに負けてしまうかもしれない」
「だが!」
反論するが、セブはどこまでも冷静だった。
「戦いで傷つくのはいつだって弱い立場の人間だ。闇魔に負けた帝国の民がどんな目に合ったかお前も知っているだろう? 残酷な闇魔のせいで大切な人を失った民は多い。お前たちのたくらみは、そんな民を生み出すことにもなりかねないのだぞ」
セブは溜息を吐いた。
「確かに、今の王国は豊かだ。この国に来て、いろんなところに行って実感したよ。戦いが始まっているとは思えないほどのどかな土地もある。でもそれは積み重ねなんだ。一朝一夕にできたわけじゃない。貴族が街を整え、土地に魔力を流し、魔物を殲滅し続けたからこその結果なんだ。それこそ100年かけて作り上げたものなのに、お前たちは自分の野望のために壊そうというのか」
「だ、だまれ!」
思わず叫んでしまっていた。でもセブは何事もなかったように話を続けた。
「お前たちの計画がうまくいったらエリだって苦境に落とされるだろう。エリは侯爵家の後継だ。必死になって民を守ろうとするだろう。どんな苦労を、してもな。それとも何か? 苦労する彼女を慰めて、それで心を手に入れようとでもいうのか?」
「ち、違う! そうじゃない!」
息を荒くして反論するが、セブは静かな目で見つめたままだった。
「こうするしかないんだよ! あの方とその家族が地位を取り戻すにはこうするしか! 王国をつまずかせるくらいの功績を遺すしかないんだ! だから私は!」
セブは大きなため息を吐いた。そして突き付けていた刺突剣をそっと鞘に戻した。
「シグ。そこまで言うのならやってみると良い。でも、敵に塩を送るのはこれが最後だ。私が、お前を止めてみせる。お前の力が、そのやり方があの方とやらを助けられると思うならやってみるといいさ。だが忘れるなよ。お前のやろうとしていることは大勢の人を不幸にする。それでもお前が傷つかないというなら、進んでみると良い」
そう言って、セブは後ろを向いたのだった。
※ セブリアン視点
去っていく2人の足音を黙って聞いていた。予想できていたことだが、私の言葉は彼らには届かなかった。でも、これでいい。伝えたいことも知りたいことも、ちゃんと得ることができたのだから。
「こんな感じでよかったですかね?」
「ええ。いい感じだったと思うわ。それにしても幽玄のコンセプシオンか。まさかここにきて、3人目の巫女候補の名前が出てくるとはね」
そこにいた4人目――学園長のバルバラ様は溜息を吐いた。
トリビオを逃がし、シクストを見送ったのはすべて学園長の指示だった。マルク家の秘術のおかげでトリビオの情報はすべて手に入った。後はその身をどうするか――。
王国は、トリビオを最大限に利用するつもりらしかった。
「水の巫女はお互いに反目しあっている。だから、私たちはその火に油を注いであげようと思ってね。カロライナが本国からこの国に持ち出したものの中に、ヴァレンティナが絶対に甘受できないものもあったようだし」
含み笑いを漏らすバルバラ様に、思わず喉を鳴らしてしまう。
「約束通り、シクスト達の処遇は手心を加えてくださいね。あいつは他の連中と違って仲間を見捨てられないくらい優しいやつなんです」
「分かっているわ。ここでトリビオくんを殺すのなら同情の余地はなかったけど、あなたの言うように危険を押しても彼を助けに来たからね。助けるよりも始末するほうが簡単なはずなんだけど。彼の処遇については考えてあげるわ」
バルバラ様がこともなげに言った。
シグはトリビオを助けたつもりみたいだが、実際はその行動が彼自身を救うことになる。もっとも、私たちが彼を守り切るのが前提条件だけど。
「それに、ね。もう数年前のことなんだけど、トリビオくんがこの国から離反した一件は、彼自身にあんまり落ち度がないことが証明されたのよ。全部、終わったことだからあんまり大きな声では言えないんだけど」
「トリビオが、ですか?」
確かにトリビオは態度は大きいが小心者で、あんまり大きなことをしでかしそうには見えなかった。
「私やレオン君が就任する前の出来事なんだけどね。簡単に言うと、あの子には容疑が掛けられた。アロイジア・ザインが残した法具を、無くしてしまったという容疑がね。そのせいで他の学生は彼につらく当たり、それに耐えかねた彼は、連邦に出奔してしまったの。まあ、その後もいろいろあったようだけどね」
アロイジア・ザインか。
確か最初の星持ちだな。あのアーダが強く憧れているから覚えている。彼女は連邦にも大打撃を与えたそうだから、私もその名を聞いたことがあった。
水の加護を受けながらも王国で存在感を示した青の魔女の名は、連邦でも有名なのだ。
「さて。私たちはきっちり自分の仕事をしないとね。連邦や帝国が公開処刑で何らかのちょっかいを掛けてくるのは分かっているから。まったく。ユーリヒ公爵も余計なことをするもんだわ」
「あの!」
私が口をはさむと、バルバラ様はきょとんとした顔で私を見つめてきた。
「もう一つ、お願いがあるんです。公開処刑の当日ですが、僕も、アメリーと一緒に審判をやらせてもらうわけにはいかないでしょうか?」
「外国人のあなたが、審判を?」
面白がるような顔になったバルバラ様に、恐怖が鎌首をもたげた。
正直、怖い。バルバラ様の本性が、決してやさしい教育者などではないことが分かっていたのだから。でも、シクスト達を助けるには、何としても功績を上げる必要がある。シグの処遇について『考える』とは言ってくれたものの、助けてくれると確約してくれたわけではない。直前になって翻されることがないとは限らないのだ。
「この国に来て、僕は光魔法を覚えました。近接の腕も、多少は上がっている。さすがに回復魔法までは使えませんが、白の魔法は身体強化意外にも使えるようになりました。アメリーの助けになることは十分にできるはずです」
「でも、連邦の関係者のあなたが、審判ねぇ。あなたを疑う人も、出てくると思うし」
やはりだめか。いや、しかし! ここであきらめるわけには!
「僕の出自を公表しても構いません。僕のことはどのように利用してくれて構いませんから、どうか」
「あなたがリードマ市長の息子だと公表してもいいのね。連邦を恨んでいる人が多いのに、無茶なことを」
バルバラ様は言葉とは反対に面白がるような顔になった。
私たちが、第二夫人とはいえリードマ市長の子供であるということはそれほど知られていない。すべて知っているのはエリやデメトリオくらいのものではないだろうか。連邦とこの国は水面下で戦っている。もし学園で知られたら、当然反発する生徒も出てくるかもしれないが・・・。
シグを助けられるならそんな苦境など、どうと言うことはない!
「うふふ。外国人の、それもリードマ市長の息子ほどの大人物が、光を使ってこの国の審判をやる。それはそれは、面白いことではあるわね」
バルバラ様は、私を見てにやりと笑った。それは見ている人が不安になるくらいの、不気味な表情だった。
審判は重要な役割だ。戦いを中断することもできるし、試合の勝者を決めることにもなりかねない。信頼できない人物に、任せていいものではないのだが、バルバラ様は笑いを止められないようだった。
「いいでしょう。私が手配します。もしかしたら連邦の出身者を審判にすることに何か言う人がいるかもしれないけど、私が黙らせてあげるわ」
「!! いいのですか!?」
バルバラ様は不気味に笑いながら言葉を続けた。
「討伐任務を見させてもらいました。アメリーちゃんに影響されたのね。あなたの『この国の民のために』という気持ちにうそはないでしょう。その気持ちがあるのなら、あなたは十分に審判役を務めてくれるでしょう」
「!! ありがとうございます!」
正直、認められるとは思わなかった。反射的に、バルバラ様に深々と頭を下げてしまう。
「ふふっ。市長の息子で連邦出身のあなたが、光魔法を駆使したと知ったなら、相手はどう思うか見ものじゃない? 白の魔法を嫌うあの国が、光魔法を使いこなす連邦出身のあなたの存在を知ったなら、ね」
そう言って笑いだすバルバラ様。私はその声に圧倒されてごくりと喉を鳴らしてしまった。
「あなたは手を抜かない。堕ちた弟を助けるためには全力を尽くすしかないからね。光魔法がどれだけ戦闘に使えるかは私が一番わかっている。きっとアメリーちゃんを助けてくれるでしょうね」
頬を歪ませるバルバラ様を直視できなくて、深々と頭を下げてしまう。
「分かっていることだと思うけど、一応言っておくわ。審判をやるからには、絶対にうちの星持ちを守りなさい。それなしに、あなたの弟を助けられるとは思わないこと。この国で学んだことを十二分に生かして、必ずアメリーちゃんを返しなさい」
「はい。一命に、代えましても」
狂ったように哄笑するバルバラに、深く頭を下げることしかできないのだった。




