第126話 グールと青の狙撃
馬車を降り、300歩ほど歩いた時だった。森の中を先頭になって歩いていたロッキーが不意にこちらを振り返った。
「はあ! はあ!」
ロッキーが首を振るのを見て、私たちは息を潜めた。
馬車を降りたときから何か匂いを嗅いでいたようだが、ここにきていきなり様子が変わったのは、きっと何かを見つけたということだろう。
「いましたな。皆さま、警戒を」
厳しい顔でこちらを振り返るナータンさん。さっき男泣きしていた人と同じ人物とは思えないほど、まじめで鋭い視線だった。
森の中、ひざ下まであるような草むらの中だった。何の痕跡もない場所で、ここに何かが潜んでいるとはさすがに読めないだろう。でも、そうした中でロッキーは何かを見つけてくれた。
ナータンさんが慎重に草むらをかきわけていく。グレーテとシンザンが私たちをかばうように武器を構えた。フォルカー様がまたごくりと喉を鳴らしていた。
何かを見つけたナータンさんが、確認するようにこちらを振り向いた、その時だった。
「ぎゅらあああああああああ!」
茂みから何かが飛び出してきた。
数は、かなり多い。動きも鋭くて、場合によっては見事な奇襲となったのではないだろうか。現れたのは5体ほどのグールで、魔物たちは叫び声を上げながら戦闘を歩く3人に飛び掛かってきた。ナータンさんが慌てて大剣を構えたのが目に入った。
突然の魔物の出現。警戒していても不意打ちになるほどの勢いだった。あまりの勢いに、死傷者が出てもおかしくない。
でも、その場にいたのはグレーテだ。
「お嬢様!」
言いながら、グールの顔面に盾をぶつけた。グールが下がったのを確認すると、横からお襲い掛かるグールの首を一閃――。近づいてきた2体を瞬時に吹き飛ばした。そして最初のグールに止めを刺しに行く。
「ひょおおおおおお!」
雄たけびを上げて斬りかかったのはシンザンだ。持ち前の刀で走りかかってきたグールを下から斜めに切り裂いた。
3体のグールを瞬く間に倒した2人。そのあまりの戦闘力に、第三騎士団の2人は絶句しなたらそれぞれの敵と切り結んでいた。
「すご・・・。私たちの出番はないかも?」
「まだです!」
気を抜きそうになったニナを慌てて止めた。だってまだ、脅威が去ったわけではないのだから!
「う、うそ!」
ニナが驚愕の声を上げた。視線の先には、倒したはずのグールたち。グレーテたちが倒したはずの2体のグールが、ゆっくりと立ち上がってきたのだ。
グレーテの盾で吹き飛ばされたグールはもちろん、首を断たれたはずのグールも動き出している。動きは緩慢だけど、ゆっくりとこちらに近づいてきているのだ。
「首がないのに! なんで動けるの?」
「嘘だろ!? この! この!」
驚き戸惑うニナとフォルカー様。フォルカー様は続けざまに杖を振るが、驚いたことに杖先から飛び出した火の弾はグールの魔力障壁にあっさりと防がれてしまう。それどころか、2つの火の弾が、フォルカー様に向かって直進してきた!
「壁よ!」
火の玉の軌道を反らしたのは、アーダの魔法障壁だった。フォルカー様に当たらなくてほっとしたが、次の瞬間に気づいてしまう。
あの魔物! まさか、フォルカー様の火の弾を反射したとでもいうの!?
「な、なにそれ! 魔法を反射したっての? 迂闊に魔法を使えないってことじゃん! こんなの、どうすれば!」
「落ち着け! 見ろ! シンザンが斬った相手は倒れたままだ!」
アーダの言うとおりだった。
動き出したのはグレーテが攻撃した2体で、シンザンが斬った相手はピクリともしていない。
「魔核、ですな。拙者が斬った個所に運よく魔核があったのでしょう」
「そうだな。しかし、首を断っても動き続けるとは。しかも、それほど強力ではないとはいえ、魔法を反射できるのか? 初見ならば、かなり苦戦したかもしれん。だが、核をつぶせば仕留められるのは朗報だ。胸のあたりだ! その付近に核がある!」
グレーテが剣を振りながら周りに警告した。本人は剣でグールの胸を切り裂いているからさすがとしか言えないんだけど。
「む、むう! 前に戦った時は首を斬れば倒せたのですが、急所の位置が変わった? しかし、さすがは銀の盾! あっさりと弱点を見つけましたな!」
「左のその個体は核の位置が違う! 右肩だ! そこをつぶせば倒せる!」
ナータンさんの簡単と同時にアーダの警告が飛んだ。対峙していたのはニナの専任武官か。彼女は慌てて右肩を斬りつけ、グールを瞬く間に仕留めていった。
「固体によって核の位置が違うとはな。どうやって魔核の位置を変えたのかは知らんが・・・。だが、弱点が分かればどうということはない」
グレーテが目を細めた。そして、3体目の左わきを斬りつけた。グールが動きを止めたのを見て、ハンスさんが絶句した。魔物と切り結んでいたナータンさんからも驚愕の思いが読み取れた。
「な、なんで、グールの魔核の位置が分かるんですか! それぞれ違うところに核があるようなのに!」
「動きと、魔力の流れだ! 魔核をかばうような動きをしているし、魔力も核から流れている。それを読めば、どこに核があるのかを読むのは難しくない」
たいしたことないと告げるように言うグレーテ。アーダもうなずいている。私でも魔核の位置は大体予想できたから、経験があれば読めるものかもしれない。
でも、魔核の位置が読みやすい魔物ばかりではなかった。
「グレーテ! あれ!」
「むっ! なんだ。あの魔物は!?」
私が指さしたのは、後ろからゆっくりと歩み寄ってくる一回り大きな2体のグールだった。起動に時間がかかったのか、他のグールより遅れたそれは、しかし魔核の位置を読むことはできなかった。
あの魔物から複数の魔核の存在を感じたのだ。
「バウ!バウ!」
ロッキーがうなり声を上げている。彼もあのグールの異様さに気が付いたようだ。
「そんな! あいつの弱点が見えない! いくつも反応があるみたいなんだけど! なんで?」
「魔力の源泉が複数ある? すべての魔核を破壊しないと、あいつを止められないということか!」
疑問を言うだけの私に、アーダが答えを出した。
複数の、魔核! それをすべて破壊しないといけないなら、かなり厄介だ。剣で一つつぶしている間に反撃されてしまう。点や線の攻撃では、無傷で仕留めることは難しいかもしれない。お姉さまなら、あの「鶏喰み」という技で倒してしまうかもしれないが。
「ニナ! 光魔法だ! おそらく、奴の魔力障壁では強力な魔法までは反射できないはず! お前の、光魔法なら!」
「おお! あたしの出番だね! 光魔法のすごさを見せる時が来た!」
叫んだニナは、右手を包むように腰をひねった。その手からいくつもの魔法陣が展開され、両手の間から光の弾が生まれている。あの強烈な光から強力なプレッシャーが感じられた。
「行くよ! リッヒ・ストロメッシュ!」
つきだした両手から光の本流が伸びていく。その光はグールの腹に大穴を開けた。光は軌道を変えてグールの頭上に集結し、光を降り注いでその体を消し去っていく。
さすがはニナの光魔法! あの巨大なグールを簡単に消滅させてしまった!
「あの威力で消えるのなら! アメリー! あの魔法だ! アイツはきっと、火魔法にも弱い! お前の、星持ちの力なら!」
思わずアーダを振り返った。彼女は強い目で私にうなずくと、最後のグールを指さした。
そうか。アーダは、ニナの魔法から魔力障壁の強度を読み切ったのね! そして、私の火力なら反射をさせずにグールの全身を焼き尽くせると読んだ。
反撃を受ける前に倒すことができると踏んだのだ。
正直、恐ろしくないわけではない。万が一、私の炎が反射されたらこちらは大ダメージを受けてしまうだろう。
でも、私は星持ちだ! グールごとき、焼き尽くせないわけはない! この程度の魔物が私の魔法を反射など、できるはずがない!
「アメリー・ビューロウ! 参る!」
私は素早くグールの前に駆け込んだ。使うのは、アーダが教えてくれたあの魔法だ。
魔法陣を素早く展開した。確かに、あの魔法はパヒューゼ・ギフトよりもなお難しい。でも、私だって必死に練習してきた! 私だって、新しい魔法を発現させることができるんだ!
私は思いきり右の手のひらをグールにつきだした。
「食らいなさい! ラヴァ・エンスチレッジ!」
手のひらから放たれた、すさまじいまでの紅の炎!
放物線上に伸びていく炎は一瞬にしてグールを飲み込み、その全身を焼き尽くしていく。そして唐突に、炎は消えてしまう。残ったのは黒い炭のようなものだけだった。
炎が出現したのは一瞬だけ。でもその一瞬で、グールを燃やし尽くすことに成功したのだ。
「なっ! 一瞬でグールを焼き尽くした!? 炎があった痕跡すらないなんて!」
「さすが、星持ちだな。私では、ここまでの威力は出せない。でも、うん。予定通りの効果だ。やはり、再生の力はアンデットにも有効なのだな」
ハンスさんが驚愕の、アーダがあきらめと満足感を交えた声を漏らしている。製作者の彼女が満足できる完成度を出せたようで、私は内心ほっとしてしまった。
私は周りを確認した。
私の隊のメンバーも、専任武官も警戒を解かないままに周りを見渡した。グールはいない。専任武官と私たちの魔法ですべて倒してしまった。動いている魔物はもういなくなったのだけど。
でもなぜか、私は警戒心を解く気にはなれなかった。
「アメリー殿。素晴らしい、魔法でした。ニナ様も見事で」
「アメリー!」
アーダから警告の声が飛んだ。同時に、左手のブレスレットが強烈に締め付けた。アーダと、叔母さんのブレスレッドからの警告!? 私は反射的に体をひねった。
そして、その瞬間だった。
現れたのは、細い青の線。それはすさまじい勢いで私の右肩を貫いていく。
「あ、あああああああ!」
青い線に貫かれた右肩からとめどなく血が噴き出した。私はとっさに右肩を押さえたが、勢い余って体勢を崩してしまう。そしてふらつく体を立て直そうと足を踏みしめるが、こらえきれずに崩れ落ちてしまった。
「アメリー様!」
グレーテの焦ったような声が聞こえた気がした・・・。




