第125話 コルネリウスの提案
「さて。万が一のために星持ちがやるべきことは分かったな。では、この機会に俺からも提案がある」
アーダから話を聞いた、翌日のことだった。私たちは再び談話室に集まっていた。珍しいことにコルネリウス様に集められたのだ。
「えー。アーダの貴重な話を聞いた後でアンタの自慢話なんか聞きたくないんですけど」
ナデナが即座に言い返すが、コルネリウス様は鼻で笑って話を続けた。
「学園長のおかげで俺たち2年の上位クラスは討伐任務が免除された。まさかお前ら、この時間を無駄に過ごそうというのではないだろうな?」
コルネリウス様はぎろりと私たちを見回した。あからさまに目を反らしたのはニナで、ナデナは不満そうに唇を尖らせた。
「準備って言ってもアメリーのフォローくらいしかやることないし。この機会に英気を養ってもいいんじゃない?」
「やれやれ。これだからお転婆は。暇な時間を見つけたら遊ぶことしか考えていない」
コルネリウス様は冷笑するが、公開処刑に向けてコンディションを保つのは悪いことではないと思うけど? あの術式を調整する必要がある私と違って、ニナやナデナにはやらなきゃいけないことはないはずだし。
「なによ! うちらに何させようってのさ!」
「それはお前、俺やハイリーの手伝いさ。第3騎士団の指示に従って住民が失踪した村々を調査するんだよ」
コルネリウス様はなぜか胸を張って答えた。ニナは嫌そうな顔を隠さずに溜息を吐いた。
「ええー。何かと思ったらあんたの手伝い~? ハイリンならいいけど、あんたの点数稼ぎに付き合うなんて御免なんですけど」
「何を言う。これは公開処刑を成功させるために大事なことなんだぞ。アーダの言う1%でも勝率を上げることにもつながるのだからな」
アーダがきょとんとして自分を指さした。コルネリウス様が我が意を射たりといった具合に不敵に笑うのにはちょっと納得できないのだけど。
「俺も討伐任務に参加することで気づいたことがある。初見の魔物と2回目以降にあった魔物とでは戦いやすさが格段に違うということだ。個体差があるとはいえ、同じ種族の魔物には何処か共通するところがある。一度戦ったことがある魔物ならはるかに戦いやすくなると実感できた」
「まあそれは・・・あたしも感じたことがあるけど」
憮然として答えるナデナに、他のクラスメイトが同意したようだった。
そうなのよね。今回、私たちがキマイラ討伐をほめられたのだって初見のはずの魔物をうまく討伐したからという意味もあるし。やはり初見の魔物の討伐にはそれ相応の難しさがある。データがあったとしてもやりづらいのは確かだった。
「お前たちも聞いただろう? 襲われた村人がグール化したかもしれないと。この中でグールと戦ったことがある奴はいるのか? 俺とハイリー以外では経験がないだろう?」
コルネリウス様の自慢げな発言に、異を唱える人はいなかった。
確かにそうだった。死霊使いの出現が少ないこの国では、グールと戦ったことのある人はそうはいない。いるとすれば西のへリング家か、かの家の死霊退治に随行しているボアルネ家くらいのものだろう。
「私も今回初めてグールと戦いましたが、やはり戦いづらさがありましたね。でも、術者の影響か、2体目以降は似通っている部分も多かった。一度戦った後のほうがはるかに戦いやすくなりました」
腕を組んで溜息を吐いたのはギオマー様だった。
「そうよな。今回の公開処刑では帝国の横やりが入る可能性が高い。帝国の死霊使いが襲ってくるかもしれんからな。死霊やグールとの戦闘経験を積んでおくのも重要ということか」
「グールは見た目もあれだからな。それに影響されないようにするためには経験を積んでおくのが一番ということだ。まあ、陛下の護衛をするお前たちはグールを見るだけでもいいかもしれんが、俺の手伝いをする奴らは一度戦っておいたほうが安心だろう」
意外とまともなことを言うコルネリウス様を、メリッサが歯切りしながら睨んでいる。
「予定は次の土曜日だな。第3騎士全体で襲われた村とその周囲を一斉に探索することになっている。その時に来られる奴は来てほしい。グールとの戦闘経験を積むまたとないチャンスだからな」
「人の死体が変異した魔物と戦うのは億劫かもしれませんが、公開処刑の当日にいきなり戦うよりも良い動きができるようになると思います。お手数をおかけしますが、ご協力をお願いします」
横柄なコルネリウス様に比べ、ハイリーはどこまでも丁寧に頭を下げた。
「そうね。コルネリウスの言うことを聞くのは癪に障るけど、ハイリーの手伝いをするのならしょうがないか。私としてもグールとの戦闘経験を積んでおきたいところだし」
エリザが言うとロータル様もしょうがなしにうなずいた。
次の土曜日か。それなら、私も参加できるかな。グールと戦うのはちょっと躊躇するけど、前線に立つ一人として戦いは避けられない。この経験は決して無駄にならないと思いたい。
「あの! その日なら私も参加できると思います。そのころならアーダの魔法も覚えられているころだと思うし、討伐なら復習しながらでもこなせますから」
「ハイリーには私もいつも世話になっている。うん。私だって、少しは役に立てると思う」
こうして、私たちがグール退治に参戦することが決定したのだった。
◆◆◆◆
そしてあっという間に週末になった。
私たちは馬車で襲撃があった村へと向かっていた。同乗してくれたのはアーダとニナ、フォルカー様に加え、その専任護衛たち。さらに第3騎士団に所属するナータンさんとハンスさんがついて来てくれている。驚いたことにセブリアン様は何かやることがあるとかで不参加だった。
「うう。コルネリウス坊ちゃん・・・。本当に立派になって」
「せ、先輩! もう正気に戻ってください! ほ、ほら! もう馬車が出発したんですよ!」
強面のナータンさんが男泣きする様子を、私たちは引きつった顔で見つめてしまった。出発の前にコルネリウス様が討伐の目的なんかを説明したけど、その様子に感動したようなのだ。
説明が終わるまでは持った。だけど、馬車に入ったとたんにこれだった。
「え、えっと・・・。グールにされた村人が、近くの村に潜んでいる可能性が高いんだよね? いやなタイミングで目覚めちゃうかもしれないから、その前に叩いちゃえっていう」
「コルネリウス坊ちゃんは! いっつもハイリーお嬢様の陰に隠れているくらい、体が弱かったんです! でも徐々に活発になって! 捜査にも興味を持ってくれて、騎士団を手伝うようになってくれた!」
ニナが慌てて取り繕うが、ナータンさんが止まる様子はまるでない。ついには叫び出した。
というか、あのコルネリウス様が昔はハイリー様の陰に隠れていただなんて・・・。これ、聞かないほうが良かったんじゃない?
「せ、先輩! そのくらいで! ほ、ほら! 学生の皆さんが戸惑っているようですし」
「わん! わん!」
ハンスさんが必死でなだめている。彼の猟犬の、ロッキー君も必死で励ましていて、それだけがほほえましかった。
一向に泣き止まないナータンさんを見て、ハンスさんはあきらめたように頭を掻いた。そして私たちに向かって深々と頭を下げてくれた。
「先輩がすみません。いつもはもっとちゃんとしているんですが、ちょっと感動したみたいで・・・。今日は本当にありがとうございます。コルネリウス坊ちゃんの思いつきとは言え、学生の皆さんに第3騎士団の掃除を手伝っていただけて」
「い、いえ。私たちにも益があることですから」
ハンスさんはちらりとナータンさんを見たが、あきらめたように説明してくれた。ナータンさん、足運びなんかを見るに、相当の実力者だと思うんだけど、涙にぬれて見る影もない。
「自分はまだ入団5年目ですが、捜査犬の育成に成功して、今回の任務を受けることになりました。えっと、今回の任務では探査魔法よりもうちのロッキーの鼻のほうが役に立つので、申し訳ないですが自分の指示に従ってほしいです」
「えっと、探索魔法にはいつもお世話になっているけど、それよりも犬のほうがいいの? いや、猟犬を馬鹿にするわけじゃないんだけど」
ニナが素直に疑問をぶつけた。確かに私たちにとっては探査魔法のほうが役に立つイメージがあるけど、今回の場合はちょっと違うのだ。
戸惑うハンスさんの代わりに、アーダが説明してくれた。
「探査魔法は生きている魔物を見つけるのは得意だけど、死んだように動かない魔物を見つけるには不向きなんだ。稼働していないグールは死体と何ら変わらない。あいつらを見つけるには他の手段が必要なのさ。例えば、猟犬の持つ鼻とかな」
「ええ。ロッキーはここに来る前に村のにおいを覚えさせました。これなら、たとえ動かなくてもグールを見つけられると思います」
私たちは反射的に猟犬のロッキーを見た。白地に黒い水玉が広がる体長1歩弱くらいの犬だけど、どこか愛嬌がある。垂れ耳がかわいらしくて、ハンスさんに撫でられる姿に思わず微笑んでしまう。
でも、このロッキーが今回の探索のカギなのよね。
「えっと、あたしもうわさしか知らないんだけど、犬を従魔に育てるのってかなり難しいのよね? なんでも与える魔力が少ないと変化させられないし、多すぎれば人を襲うようになっちゃうとか」
「ええ。そうなんです。動物を魔物化するのは難しい。地脈のそばで瘴気を与え続ければ魔犬となって襲ってきますからね。こいつみたいに、五感に優れた従魔にするのは微妙な調整が必要なんです」
ハンスさんのロッキーを見る目が優しい。ニナも笑顔になって、改めて自己紹介した。
「えっと、あたしはニナ。ニナ・シェリーです。こう見えて、光魔法を使うことができるんですよ」
「光魔法ですか! それは素晴らしい! 火と並ぶくらい、グールに特攻な魔法じゃないですか! 火の星持ちのアメリー様に、この前決闘で大活躍したアーダ様もいるし、そんな人たちと組めるなんて光栄です!」
思わすといった具合に声を上げたハンスさんに、ニナは慌てて説明を続けた。
「フォルカーも、守り手として頑張ってますし、専任武官のみんなもいるから、足を引っ張ることはないと思うけど」
「ははは。今回ご同行くださる皆さんのこと、実はあんまり心配していないんですよ。コルネリウス様から学園を代表する強者だと聞いていますから」
ハンスさんの答えにニナはほっとしたように息を吐いた。私もなんだか安心してしまう。私たちの隊だけ初めて会う人たちと組むことになったけど、少しだけ不安だったのよね。
「ぐすっ。す、すみません。男が涙を見せるなど」
やっと立ち直ったナータンさん。彼は涙をぬぐうと真面目腐った顔で頭を下げた。
「皆様の実力を疑うわけではないのです。火の星持ちの隊のうわさはうちの隊にも聞こえてきていますからな。ですが、どうにも今回は気になるのです。私たちがグールを倒して時が経ちすぎました。そろそろ、相手の死霊使いが何かリアクションをしてくる頃ではないかと」
そういって、ナータンさんはこちらを鋭い目で見つめてきた。男泣きしていた時には想像できないその厳しい顔に、嫌が応にも緊張感が高まっていく。
「グールどもは必ずハンスの猟犬が見つけてくれます。ですが皆さん、最後まで油断なさらぬよう。警戒心を持って、任務に当たっていただきたい」
ナータンさんの鋭い視線に、フォルカー様がごくりとつばを飲んだのだった。




