第124話 アーダの予想と新型の火魔法 ※ 後半 アーダ視点
会議室に奇妙な沈黙が落ちていた。
誰もなのも言えない。アーダの予測は私の想像だにしないことだった。アーダの話を聞いたのは親しいクラスメイトばかりだけど、予想外の言葉に黙り込んでしまっている。
沈黙を破ったのはコルネリウス様だった。彼は深々と溜息を吐いてアーダを睨んだ。
「なるほど、な。考えられることではある。確かにこれはヘルムートには聞かせられないな。あのユーリヒ公爵がそこまでするかは疑問だがな」
「いや、だがよ! ありえんのかよ! 俺だったらやだぞ! そんな秘策! 本人が同意するはずがねぇ! それとも、本人に気づかれないようにそれをやるってか?」
「ロータル。ノード伯爵は同意するかもしれない。それだけ、フェリシアーノへの恨みは深いんだろうから」
言葉を遮ったのはナデナだった。ロータル様はぎょっとしたように目を見開くが、ナデナは静かな目で言葉を続けた。
「私もノード家に起きた悲劇については知っている。あれを起こした奴を自分の手で仕留めたいって気持ちは理解できる。自分の手でかたきを討てるなら、たとえ自分がどうなっても構わないって思うかもしれない」
「お、おい・・・。ナデナ?」
ナデナの言葉にロータル様は絶句していた。いつもはふざけているようなナデナが、暗い瞳でそう断言したのだ。私は最近聞いたことだけど、確かにノード家の悲劇が本当なら、私だって自分でかたきを討ちたいと思うかもしれない。
私ならそんな手は、アーダが言ったような手段に頼るようなことは選ばない。けど、それは私が星持ちだからそう思うのかもしれない。エリザだってきっとそうだろう。武の三大貴族や魔法家には戦えるだけの力がある。本気でやれば勝てる可能性がある以上、自分の力で挑もうと思うはずだ。
でも、ノード伯爵の思いは違うかもしれない。貴族は戦いの指揮を執る人が多いが、前線で戦う者はごく一部だ。それをするのは武闘派の私たちくらいだけど、一般の貴族の彼には一人で戦い抜けるほどの力があるとは思えない。
エリザの言う通りなら、彼は内政に優れてはいるものの、武術も魔法も特段に優れているわけではない。フェリシアーノを自分の手で殺せるのなら、悪魔にでも魂をささげることもやりかねない。
「私にはわからないけどね。たいていのことはお金と魔道具で何とかしちゃうし。でもノード伯爵はそれを選ぶ可能性があるということね。どうする? 学園長あたりに報告する? あの人が動いてくれるかはわからないけど」
「果たして学園長が動いてくれるかな? 確かにノード伯爵が危険に冒されるかもしれないが、万一そういう事態になったら連邦の計画を確実に防ぐことができる。あの人のことだ。それはそれとして認めるかもしれん」
メリッサとギオマー様は学園長のことを信頼していないようだった。申し訳ないけど、私も同感だった。普段はおちゃらけているように見えるが、なんだかんだであの人はいつも国全体のことを考えて行動している。連邦の計画を防ぐためには、貴族の一人や二人、平気でささげるような気がするのだ。
アーダは下を向いて溜息を吐いた。
「もちろん、私の予想が外れる可能性も高い。連邦の魔道具がフェリシアーノを圧倒する可能性だってある。連邦の狙いはおそらくあの魔石を下級貴族に流通させることにあるからな。実戦慣れしていないノード伯爵が魔道具を使ってフェリシアーノを倒したら、あの魔石を求めてたくさんの貴族が押し寄せるだろう。魔力量に悩む貴族は多いから」
「だろうな。平民クラスの連中で魔力量に悩む者は多い。魔力を外部から得られる魔道具はさぞかし魅力的に映るだろうさ。で、お前はどうするつもりだ? どうやったらユーリヒ公爵と、連邦の計画を防げると思うんだ?」
アーダは天を仰いだ。そして溜息を吐くと、私たちに説明を続けた。
「メリッサの言うように学園長に言ってあの魔石を没収するという手もあるが、これは悪手だ。万が一それが成功したらノード伯爵はあれなしにフェリシアーノと戦い続けなければならない。そうなったら、彼が戻ってくることはないだろう」
「でも! あれを奪わなければ、ノード伯爵が!」
メリッサが叫ぶが、アーダは静かに首を振った。
そしてなぜか、私のほうを見つめだした。
「カギは、アメリーだ。万が一の事態が起こったとき、助けられるのはアメリーだけだ。星持ちのアメリーなら、火のあの力を引き出すことができる。私やギオマーたちが届かない領域にも、踏み込むことができるから」
そう言って、アーダは懐から一巻の巻物を取り出した。そして机の上に広げると、私たち一人一人の顔を見渡した。みんなは真剣な目で巻物の中身を眺めていた。
「これは、火魔法ですね。かなり複雑で、スピードも必要とされる。でもこれ、パヒューゼ・ギフトよりも難しいような気がするけど?」
「フレア・エンスチレッジを元にしている火魔法ね。これなら対象の全身に炎を浴びせることができるのか。でも、ダメージを与えるだけならこんな複雑な魔法陣は必要ないわよね?」
メリッサとエリザが次々と尋ねると、アーダは照れたように頬を掻いた。
「ああ。威力の割に魔力の消費量は大きく、要求される色も濃いものになる。でも、これなら炎の持つ“再生”の力を十二分に引き出せるはずだ。もちろん、事前に変身にかかる力を遮断する必要はあるがな」
敵を燃やすためだけじゃなく、相手を救うための、魔法。これを使って攻撃すれば、たとえ魔物に変化していても人間に戻せる可能性があるということか。
見たところ魔法自体の効果も高く、固体をせん滅するのにも優れている。問題点としては火の資質が高くなければ思うような効果が得られないということか。
そう。火の星持ちと呼ばれる魔法使いにしか意味のない魔法だ。
私は巻物をもう一度覗き込んだ。術式がかなり複雑で、今すぐやれと言われてもできない。けど、まだ公開処刑まで時間があるのなら!
「やります! やらせてください!」
「うん。もしかしたら私の予想は的外れかもしれない。でも万が一。万が一、ノード伯爵がそうなってしまったら、これの出番だと思うんだ」
私はアーダにうなずくと素早く巻物を手にした。
正直時間はないし、公開処刑でこの魔法の出番がないかもしれない。
でも、万が一のために、私はこの魔法を確実に習得する必要があると思ったのだった。
アーダ視点
アメリーに巻物を渡した後、ベールの館に向かう前に、私は王城を訪れていた。門番に話しかけたらあまりにもあっさりと通されたので驚いたのだけど。
「こんなに簡単に話が通るなんて」
「これが爵位というヤツですな。子爵家でも伯爵家でもこうはいきますまい。やはり侯爵家と言うのは権力の塊ですなぁ」
私の疑問に、護衛のシンザンがのんびりと答えてくれた。
本当にあっさりと許可が下りた。この時期に捕虜に会いたいなんて、正直うまくいくかは疑問だったんだけど、担当者はその場で面会の許可をくれたのだ。
「面会を予約するだけで終わると思ったのに、その場で会えるようになるなんで聞いてない。フィオナ様はどんな手を使ったんだ?」
「はっはっは! 人生は意外なことだらけですな! だからこそ面白い! まあ今回は戦闘になるでもなし。気楽にいきましょうや」
緊張で体を固くした私と違い、シンザンは実に楽しそうだった。
しばらくすると、扉をノックする音が聞こえた。私が返事をすると、面会者がこの部屋に入ってきた。
手錠をされ、不安そうにきょろきょろと周りを見ている青年は、おそらくトリビオ・ローンだった。彼は、私を見て怪訝な顔になった。
「えっと、誰? 初対面、だよな?」
「あ。アーダ・ベールです」
名前を聞いてトリビオは顔を赤くした。
「あっ! 星持ちの相棒の! そうか、どっかで見たと思ったらあの決闘の子か! な、何の用だ! 言っとくが、俺はあの星持ちに危害を加えたわけじゃねえぞ! こ、攻撃する隙もなかったし」
挙動不審になりながらもトリビオは虚勢を張るように胸を張った。
「えっと、トリビオ・ローンさんにお話を聞きたくて。その、アロイジア・ザインの話とか」
「ちっ! なんだよ! お前もそうなのかよ! はっ! お前の言う通り、俺はアロイジア伯母さんの甥だぜ? けっ! 有名人の血族がそんなに珍しいかよ! 俺なんかが伯母さんの親戚なのが許せないってか!?」
さっきまでどこかおどおどしていたのに、アロイジアの甥だというと急に気丈に言い返してきた。
「い、いやすまない。そんなつもりはないんだ。フィオナさんに話したらこの場を整えてくれて、それで会いに来ることに。アロイジア・ザインは私のあこがれだって言ったから」
慌てて頭を下げた私に、トリビオは肩を透かされたようだった。
「な、なんだよ・・・。侯爵家の娘になったから、高圧的に来るかと思ったのに」
「いや、本当に申し訳ない。無礼にも、会ったこともないくせに話を聞こうだなんて」
毒気を抜かれたようなトリビオは、私を見て納得したような顔になった。
「そうか、あんたもそうだったな。家族に売られて決闘までさせられたんだっけ? 俺とは反対だけど、それなりに悩みはあるんだな」
「反対?」
怪訝な顔になった私に、トリビオがふんぞり返りながら説明してくれた。
「俺はあんたと反対なんだよ。資質が高くても中位クラスにしかなれなかったってやつ。資質が低いのに上位クラス入りしたあんたとは逆だろう?」
そう言えば、そうだったな。
トリビオは、水の資質がレベル3なのに上位クラスには選ばれなかった。兄のアルバンが土の資質がレベル3なのに上位入りできなかったのと同じだと思ったんだ。
「納得は、しているつもりなんだよな。学園は、爵位だの資質だの言われずに魔法使いとしての才能のみを見るところだって。俺と同級生で、爵位が高かったのに中位クラス入りして落ち込んでいた奴もいたし。外された俺たちはたまったもんじゃないけど」
「やっぱり、上位クラスに入れなかったことで何か言われたのか」
ちょっとだけ、興味を引かれた。だって彼は兄と同じ立場だから。もしかしたら兄は私の想像以上にいろいろ言われていたのかもしれない。
とリビオは頭を掻きむしった。
「俺の場合は家族だったな。資質検査で水がレベル3と診断されたときは、それはもう期待されたもんだ。でもなかなかうまく魔法が使えなくて、周りは俺にあきれるだけだった。さらには、2歳下の弟のほうが先に、ローン家の秘術を使われる始末で・・・。次第にため息ばかりつかれるようになっちまった。学園で学んで秘術が使えるようになっても扱いは変わらなかった」
「アロイジアも、そうだった?」
つい、そう聞いてしまった。
でも、気になったんだ。アロイジアが落ちこぼれと言われたトリビオに、どう接していたかを。もしかしたらイメージを壊してしまうかもしれないけど、実際に会っていた彼なら、あの人の嫌な面もたくさん見たかもしれないのに。
「あの人は・・・。伯母さんだけは違ってた。よく腹を立ててたけど、決してオレに自分の理想を押し付けることはなかった。ああ。そうだ。だから伯母さんにはいろんな話をぶつけちまって・・・。理不尽なことをたくさん言ったのに、それでも全部受け止めてくれたんだよ・・・」
声がだんだんと小さくなった。トリビオは呆けたように上を向くと、落ち込んだようにうつむいてしまう。
「でも、伯母さんと話せるようになったのに、両親とは仲が悪くなって。そうするうちに伯母さんは病気になって、寝たきりになって、最後は・・・」
そうか。やっぱりそういう話になるんだよな。
最初の星持ちとして何度も王国のために戦ってくれたアロイジア・ザインだけど、10年くらい前に没してしまっている。死因は病らしいけど、残念ながら長く生きられることはなかったんだ。
しんみりする私に対し、トリビオは急に激高して言った。
「伯母さんは俺の恩人だ! あの人の不利になることなんて絶対にしない! なのに! あいつらは伯母さんの法具をなくしたのを俺のせいだってことにしやがったんだ! そんなのあるわけないのに! 俺を最後まで信じてくれたのはフロリアンだけだった!」
フロリアン? あのフロリアン・ユーリヒのことか?
確かにフロリアン・ユーリヒはトリビオ・ローンと同年で、学園では中位クラスで一緒に過ごしたと聞いている。まさか、2人は友人関係だったのか?
動揺する私を、トリビオがきつく睨んでくる。
「もういいだろう! お前らと話すことなんて何にもねえよ! もう帰れよ! 学生の頃の嫌なことを思い出しちまったじゃねえか! どうせ俺は、友達も少ししかいない落ちこぼれだよ!」
激しく拒絶してくるトリビオに、私は何も言えずにその場を立ち去ることしかできないのだった。
でも、彼の言うことも分かる気がした。私だって、上位クラスに選ばれたのに友達はほとんどいなかったのだ。
アメリーと話すようになるまで、ずっと一人で過ごしていたんだ。
◆◆◆◆
「やっぱりアメリーやエリザベートみたいにはいかないな」
私は溜息を吐いた。
何かの雑談で、ベール家のフィオナ様にアロイジア・ザインにあこがれていることを話したんだよな。そしたら彼女がアロイジアの甥が収監されいることを指摘して、この場を整えてくれたんだ。
「まあよかったではないですか。収監中はかなり暇で、誰かが訪ねてくる囚人をうらやましく思ったものです。あの御仁も今は怒っておりますが、そのうち貴重な時間だったと思い直すことでしょう」
がははと、シンザンは笑った。
正直、トリビオに会うことには否定的だったけど、彼の一言で話してみることにしたんだよな。どうやらシンザンも何度か収監されたことがあるらしく、面会があればどんなことでも喜ぶって言ったから話してみたんだけど・・・。
結果は、ご覧の通りだった。敵とはいえトリビオに辛い思いをさせる気はなかったのに私が口下手なせいで怒らせてしまった。
「やっぱり私はだめだな。あんまり情報も得られなかったし、怒らせてしまうだけだった」
「はっはっは! でも、収穫はあったでしょう? あこがれの人が、やっぱり尊敬すべき人だと知ることができた!」
シンザンが輝くような笑顔で指摘した。私は口ごもり、そっぽを向くことしかできなかった。
溜息を吐くと、小さな声でつぶやいた。
「まあ、アロイジアが、最後までトリビオを見捨てていなかったのは知れたけど。むしろ、私が思っていた以上にトリビオに目を掛けていたようだな」
「そうですな。あの御仁が思っている以上に気に掛けられていたんでしょうな。うむ。拙者もマユには感謝せねばな。今度、あいつの好物でも買っていこう」
シンザンたち兄妹にクスリとしながら、私はやるべきことを思い出した。
「さて。ちょっと急ごうか。あんまり待たせると、フォンゾはともかくフィオナ様はうるさいからな」
「ですな。あの御仁はどうもせっかちでして。手合わせするのは楽しいですが、あの性分だと敵も多いでしょう。話してみれば付き合いが言い方なのですけどな」
思い出して、ちょっと笑いだしてしまう。
義理の姉であるフィオナ・ベールは一見して私たちを目のかたきのように接してくるけど、あの家で誰よりも私たちを気に掛けてくれているんだよな。本人は何でもないような顔をしているけど、いろいろしてくれているのがまるわかりだった。
私は彼女の顔を思い出して笑みがこぼれそうになりながら、ベールの屋敷へと急いだのだった。




