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星持ちの少女は赤の秘剣で夢を断つ  作者: 小谷草
第6章 星持ち少女と公開処刑
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第123話 ノード伯爵家のかたき討ち

 教室は重たい空気が支配していた。


 公開処刑が行われるのは確定的になった。学園長の話からそのことは確かなことだ。ノード伯爵が第一の処刑人になり、フェリシアーノを仕留めるつもりらしいけど。


「みんな、すまねえ。俺の家のために、貴重な夏休み前の時間を仕事で消費させちまって」


 驚いたことに、あのヘルムート様がクラスメイトに頭を下げた。プライドの高い彼がそうすることを呆然として見てしまったのだけど。


「な、なにいってんの! 気にすることなんてないじゃない。身内をけなされてその仕返しをするんでしょ? そんなの当然じゃない」

「そうだぜ。貴族なら当たり前のことじゃねえか。冒険者ごときに掛けられた雪辱は、晴らさねえとな」


 応えたのはノード隊のフルダさんとロホスさんだ。同じ隊のユップさんとロニさんも頷いている。


「ふっ。平民とか貴族とか関係なく、身内が害されたらかたきを取るのがこの国のやり方だ。俺たちもそれは重々承知している。気にすることなどないさ」


 同意したのは、なんとあのコルネリウス様だった。いつものように皮肉気に口を歪ませながら、手に持った書類を叩いた。


「ことの発端は今から10年前だな。フェリシアーノが、指名手配されたのは。ベーデカー子爵の夜会に侵入したやつは、子爵に斬りかかった。慌てて止めたノード拍の孫を人質に取った奴は、その隙をついてノード拍本人と後継を惨殺。孫本人とベデカー子爵を斬り殺した。まあ、ここまでされたんだ。今のノード伯が怒り狂うのも当然だな」


 ヘルムート様は一瞬だけ怒りを見せたが、すぐに下を向いて拳を握り締めた。


「ああ。おじい様はフェリシアーノの野郎とは面識があって、目にかけていたようなのによ。専属の護衛として雇おうって話も合ったんだぜ? それなのに・・・」


 声が震えていた。当時のことを思い出したのだろうか。


「あの一件で、俺たちの境遇は変わった。気楽な次男坊として過ごしていた父上が、ノード家の当主になっててんやわんやさ。馬鹿な奴は当主に慣れてラッキーだなんて言うが、とんでもない。数年前まで俺たちは必死だった。領地を立て直すために家族一丸で頑張ってきたんだ」


 ノード伯爵量は西を代表する農村地域で、領地はかなり広い。急に前当主と後継をを亡くしたのならばその立て直しは容易ではなかっただろう。いきなりの当主交代に大変な思いをしたのは容易に想像できた。


 確か、おじい様もいきなりの党首交代でそれは苦労したと言っていた。うちの領より広いノードの地を収めるのは苦労に苦労を重ねたのではないだろうか。


「最近まで復讐を考える暇もなかった。それを思い出したのは最近さ。学園でフェリシアーノが現れたと聞いて父上は、目の色を変えてしまったんだ。どんな手を使ってもかたきを取ろうって気持ちを感じるんだ。一緒にいればわかる。全身からにじみ出ているんだ」


 ヘルムート様は静かに虚空を睨んでいた。静かだけどすごい迫力があって、思わず怯んでしまう。


 そんな彼に声をかけたのはエリザだった。


「ヘルムート。あなたのお父上の気持ちは痛いほどわかる。かたきを取ろうという思いを否定する人は誰もいないわ。父も、フェリシアーノをその手で仕留めたいという気持ちは否定しなかった。でも、わかっているの?」

「今までヴァッサー家に世話になっているのは分かっているさ。でも、父上は止まれないんだと思う。たとえ自分の身を犠牲にしても、フェリシアーノをやるつもりだ」


 エリザは溜息を吐きながら首を振った。


「そうじゃない。うちを離れたことを怒っているわけではないの。父は、ノード伯爵がフェリシアーノと戦うことを認めるわけにはいかなかった。討伐を経験したあなたならわかっているでしょう? 無理なのよ。ノード伯爵が、フェリシアーノを討つことは」

「それは! だが!」


 ヘルムート様が言い募るが、エリザは痛みをこらえるような顔で見つめ返した。


「前回の公開処刑で、ヤーコプの手に何人もの戦士が命を奪われたのは知っているでしょう? それと同じよ。処刑人が、罪人に殺されることだってある。ノード伯爵では、フェリシアーノに勝てない。だって・・・」


 エリザが痛まし気な目でヘルムートを見つめていた。ヘルムート様が否定するように小さく首を振った。


「だって、彼は魔法家でも武家でもない。討伐の経験もあまりない、治世に優れた貴族の一人にすぎないのだから」


 エリザの言葉に、ヘルムート様が青い顔をしていた。


「あなたのお父上は私と比べて、どう? 水魔法をうまく使える? 武術の腕はどう? コルネリウスやアメリーよりも強い? フェリシアーノとやりあうには、少なくとも魔術か武術の腕が、最低でも私たちレベルまでないと難しいはずだけど、どうなの?」


 ヘルムート様が目をつむりながら大きく首を振った。


「父上の、魔法の腕はエリザベートにも敵わないだろうな。コルネリウスたちにも勝てるイメージも、ない。だ、だけどよ!」


 ヘルムート様は必死だった。必死で、お父上が勝てる可能性を模索していた。


「父上が預かった連邦制の魔道具には強力なものがあるんじゃねえか? 学生の俺たちが知らないようなものが! そ、それに、ユーリヒ公爵からなんか秘策をもらたっていうし! 今も、屋敷には帰らずにユーリヒ公爵のところで必死に訓練しているし!」

「新型の魔道具、ねえ。でも、あなたの父上ってレベル3の資質も持っていなかったわよね? 新型の魔道具をもらったって、それで何とかなると思わないんだけど」


 メリッサが冷たい目をヘルムート様に向けた。ヘルムート様はたじたじになりながらも必死で反論している。


「た、ただ、魔道具をもらったわけじゃねえ! 父上は連邦の魔道具に神殿騎士並みの適性があったらしいんだ! 領地で魔物が現れた時も、連邦制の魔道具を使ってかなりの戦果を上げたられてな。あれを使えばフェリシアーノだって!」

「その魔道具を使えば、あの素早いフェリシアーノを捕まえられるの? あの双剣を防げるの? あの水牢を何とか出来る?」


 冷静に指摘するエリザに、ヘルムート様は口ごもった。彼も頭では理解しているのだろう。このままでは、ノード伯爵に勝ち目が薄いことを。


 魔道具との適性と資質が必ずしも一致するわけではないと思う。現にキマイラと戦った神殿騎士の中にも武術の腕がそれほど優れていない人もいた。でも、たとえ新型の魔道具を使いこなせたからと言って、ノード伯爵がフェリシアーノに勝るとは思えなかった。


「お前たち、落ち着け。うちの国には戦力をひっくり返せるような魔道具なんて存在しないが、連邦から貸与される魔道具なら可能性がある。俺たちが知らないだけでそんな魔道具があるかもしれん。水の巫女としても、力を示すためにノード伯爵に勝ってほしいはずだから」


 ギオマー様が慰めるように言ったが、視線は明後日の方向を向いたままだった。彼もあんまり嘘が得意なほうではない。つまり、魔道具の力でノード伯爵を勝てるようにするのは難しいということだ。


「れ、連邦の魔道具にはこっちにないものもいろいろあるはずだよな? 水の巫女は、きっとこっちが勝つと思ってるはずだ。だったら!」

「どう、でしょうか。少なくとも僕は、そんなものがあるのは知りません。短杖よりも発射スピードが速い魔道具や、斬撃を飛ばせる魔剣なんかはありますが、それで勝てるかと言われると」


 ヘルムート様の希望を否定するかのように、セブリアン様が答えた。セブリアン様は連邦の有力者のご子息であるし、神殿騎士の戦いを直接見たこともあるらしい。そんな彼に心当たりがないというのなら、それはそう言うことかもしれない。


「この前の戦いで神殿騎士たちはいろんな魔道具を使っていたわ。確かに氷を打ち出す魔道具も、斬撃を飛ばせる魔剣も強力だったかもしれない。消耗が多い分、威力も高いのでしょうね。でも、キマイラにはどちらも通じなかった。うちの短杖よりはすごいのかもしれないけど、それだけであのフェリシアーノよりも強くなれるとは思えない」


 エリザの言葉に、ヘルムート様は歯をかみしめた。彼自身も実感しているだろうけど、状況は悪い。このままではノード伯爵はフェリシアーノに返り討ちに合ってしまう。


 気まずい沈黙が流れた。各々がノード伯爵が勝つための方法を考えているようだがうまくいっている様子はない。


 誰もが何か言おうとしてやめると言った動作を繰り返していた。だが、そんな教室内に静かな声が流れてきた。


「なあ。西のほうでは戦いに赴く戦士にネックレスを渡す風習があったよな? それは、もうやったのか? ノード伯爵に、家族としてアクセサリを渡したりしないのか」


 場違いともいえることを言ったのはアーダだった。ヘルムート様は一瞬何を言われたのかわからない様子だったが、すぐに顔を赤くしてアーダを睨みつけた。


「ああ!? 何言っていやがる! 気休めのつもりか! こんなときに!」

「ヘルムート。これは気休めなんかじゃない。大事なことなんだ。お前たちなら公然と、思いがこもった品を渡すことができるからな」


 平然と答えるアーダに、誰もが戸惑ってしまう。


「まだ渡していないのなら、すぐに用意するんだ。できればお前の兄にも協力してもらって、ノード伯爵が好むような、お前たちの思いが伝わるようなネックレスを渡すんだ。おそらく、復讐に燃えるノード伯爵の気持ちは変えられない。でも、お前たちが心を込めて渡したネックレスなら、それを持って戦いに臨む可能性は十分にある」

「お、お前! こんな時に迷信なんぞ!」


 激高するヘルムート様。普通に考えて、そんなことを気にする場合じゃないのだろうけど。


 でも、発言したのはアーダだった。魔術の腕は学園一で、石橋をたたいて渡るほど慎重な、頼りになる魔法使いの発言を、私たちは聞き逃すことはできない。


「ヘルムート。どうせ君にできることはない。アーダくんの言うことを聞いて、すぐにノード伯爵が好むようなネックレスを作ったらどうだい? 今からならデザインにこだわったものでもぎりぎり当日に間に合うはずさ」

「カトリン! てめえ!」


 激高するヘルムート様に対し、カトリンはどこまでも冷静だった。


「ほら。こんなところで油を売っている暇はないはずさ。君だって、アーダ君の力は知っているだろう? 彼女はおそらく、僕たちが見えなかったことまで見えている。君の父上の命を救いたいなら、彼女の助言にはおとなしく従ったほうがいい」

「だが!」


 なおも言い募ろうとしたヘルムート様だが、歯を食いしばりながら下を向き、カトリンを、そしてアーダをひと睨みすると、肩を怒らせながら教室を後にしていく。彼の後を、ユップ様たちノード隊のパーティメンバーが慌てて追っていった。


 去っていくヘルムート様達を見ることなく、カトリンがアーダに微笑みかけた。


「さて。場違いなことに聞こえたけど一応援護して見せたんだけど。アーダくん。君の狙いはなんだい? もしかして、ノード伯爵やユーリヒ公爵が目論んでいることを予想しているんじゃないか?」

「・・・。あまり、おおっぴらに言えないことだがな」


 アーダはそう言うと、私を真剣なまなざしで見つめてきた。


「荒唐無稽なことかもしれない。私がいうことはありえないことだし、聞いたら怒りだす人もいるかもしれない。でも、万が一のこともあり得る。だから、後で少しだけ時間をくれないか。少しだけ、私の話を聞いてほしいんだ」


 切羽詰まったように言ったアーダに、私は思わず息をのんだ。


 そして彼女は語り始めた。私たちにとって最悪のシナリオを、私が思う以上の悪意を話し始めたのだ。

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