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星持ちの少女は赤の秘剣で夢を断つ  作者: 小谷草
第6章 星持ち少女と公開処刑
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第120話 公開処刑の日取り

 夏休みを間近に控えた週明けのことだった。私たちはいつものように学園長室に呼び出された。


「アメリー。大丈夫? アーダも。かなり騒がれているみたいだけど?」

「え、ええ。なんとか。最近、やっと落ち着いてきましたし」

「う、うん。あれは、ちょっとひどかったな。養女になったときも大変だったが、今回はそれ以上だった。今からベールの屋敷に行くのが億劫だ」


 エリザの問いに何とか答えるけど、ちょっと情けない顔になったかもしれない。それほど、今回の騒ぎは大変だった。なにしろ学園に行くたびに様々な人に声を掛けられたのだから。


「だってキマイラだろ? 君たちが討伐したの。大陸じゃあ、強力な魔法使いを何部隊も出動させて、しかも何日もかけて、それでも倒せないくらいの魔物さ。それを、現役公爵や水の巫女の援護があったとはいえ、まだ未成年の学生が討伐したんだから。当の水の巫女からもキマイラの肉をもらいたいと言われたんじゃなかったっけ?」

「後で話を聞いて真っ青になったけどね。キマイラなんてこっちで現れるはずのない魔物だし。この国にワイマール帝国の諜報員が潜んでいることに確証が得られたってことなんだけど」


 カトリンとエーファがそんな話をしていた。


「まったくねー。怪我がなくて何よりだったし。キマイラの爪にやられてバラバラになっちゃうって話、珍しくないんだから」

「そうですよね。正直、僕では力になれないと思いました。その、僕の攻撃は全部防がれたと思いますし、相手を止められたとは思いません」


 ニナとフォルカー様がそんなことを言い合っている。


「でも。うふふ。あなたたちに怪我はなかったようね。水の巫女の護衛は・・・。ふふっ。死傷者も多かったようだけど」

「メリッサ!! こっちも近衛騎士に重傷者がかなり出ている! あんまり不謹慎なことは言うんじゃない! だが、神殿騎士が使った魔剣や魔道具は気になるな」


 笑い出すメリッサをギオマー様がたしなめている。でも、その後すぐに連邦の魔道具について言及するのはやっぱりギオマー様と言ったところか。


「帝国の、諜報員・・・。連邦だけじゃねえってことか」

「ヘルムート・・・。その、僕の国が、申し訳ない」

「気にすんなってのは無理があるが、まあ仕方のない話ではある。ノード家がフェリシアーノを深く恨んでいるのは有名な話だからな」


 そう。いつもと違ってこの場にはヘルムート様まで呼ばれたのだ。慌てて慰めるセブリアン様にロータル様が対応するが、ヘルムート様の気分は晴れないようだ。やっぱり相当な負担がかかっているのだろう。


 その時、学園長室の扉が急に開かれた。バルバラ様が来られたのかと思ったら、入ってきたのはハイリーら北の生徒たちだった。


「すみません。遅れました」

「おっ。みんな揃っているじゃん。話はまだ始まっていないようだし、一応は間に合ったかな」


 いつものように謝罪したのはハイリーで笑顔で手を上げたのがナデナだ。私は笑顔で手を振った。2人は微笑みながら頷いてくれた。気のせいか、笑顔の中にも疲れが見え隠れしている。


 挨拶してくれた2人に対し、コルネリウス様は不機嫌な様子を隠していない。なにか相当に消耗しているようだった。私たちの隣に来る足取りもなんだかよたよたしている。


「おや? コルネリウスは元気がないね。ついこの間まで帝国の諜報員を捕らえたとか自画自賛してたのに。なんか悪いものでも食べたのかい?」

「黙れ。いつもああだこうだと騒ぎやがって。少しは静かにしろ」


 からかうように言ったカトリンに、コルネリウス様は鋭く言い返した。カトリンもコルネリウス様に覇気がないことが気になったようだけど予想以上に余裕がなくなっている。


 ナデナが笑い声を上げた。


「コルネリウスさぁ。こいつ、全然だめなのよね。2年になって後輩の指導をする機会が増えたんだけど、全然うまくできなくて。ハイリーがいてくんなきゃどうなっていたことか。てか、あんたよりハイリーのほうが負担かかっているんだけど? あの人が来てくれなかったらやばかったんじゃない?」

「黙れ。サミュエルたち騎兵の事情なぞ分かるか! 俺の本領はあくまで捜査で、騎乗戦ではない! 指導なんてできるはずがないだろう! あの人は騎兵が本分なんだから、うまく指導できるのは当たり前なんだよ!」


 どうやらコルネリウス様たちは後輩の騎兵を指導することになったようだ。でもコルネリウス様やハイリーに騎獣に乗って戦うイメージはないし、ナデナも十字槍を使ってはいるものの、騎乗して戦うことはないと思う。爵位が高いとはいえ、騎兵を指導するのは無理がある気がする。


「えっと、あの人ですか?」

「ええ! 私たちが指導に四苦八苦していたら、教員のガスパー先生が助けてくれたんです! 専門家じゃない私たちが困っているのを見かねて代わりに指導をやってくれるようになったんです!」


 ハイリーが高いテンションで言い募った。憮然とするコルネリウス様を見て笑い出すナデナ。その様子を、デメトリオ様が不安そうに見つめていた。


「ああ。3年生の中位クラスを担当しているガスパー先生って、メレンドルフ本家の出身でしたよね」

「うん。まだ若いし、騎兵の訓練はすごくうまい。まあ、生徒じゃなくて教師が自主訓練の指揮を執るのはどうかなって思うけど、あの人が手伝ってくれて助かっているのは事実なのよね。あの生意気な後輩も、ちゃんと言うことを聞いてくれるし」


 確か、北の生徒は爵位が高い人がリーダーになって自主訓練をしてたりするのよね。でも、今年は領地の戻った人も多く、学園に残った人で騎兵を率いられる人がいなくなってしまった。それを見かねて、ガスパー先生が騎兵を指導してくれるようになったらしい。


「ふん! まあこれでオレたちは本格的に第3騎士団の手伝いをできるようになったがな! だいたい捜査の専門家のオレ達が後進の、それも騎兵の指導まで行うのがおかしかったのさ」

「でもハイリーはうまくやってたよ? ガスパーさんもほめてたし。コルネリウスの力不足なんじゃない?」


 コルネリウス様が睨みつけるがナデナはどこ吹く風だ。ハイリーは夢見心地になっている。確かに、このクラスの3人は騎兵という感じではない。爵位が高いからといって指導を担うのは本人たちには不本意かもしれない。


「えっと、確かコルネリウス様とハイリーは学園長を手伝って帝国の召喚士を捕まえたんでしたよね? それ以外に第3騎士団に動きがあるということですか?」

「!! それは・・・」


 ハイリーが私に答えようとした、その時だった。学園長がハンネス先生とメラニー先生を連れて入室してきた。


 3人はそのまま教壇のそばに陣取ると、私たちを見渡してきた。


「みんな、集まっているようね」


 いつもとは違う雰囲気の学園長に、思わず姿勢を正した。


「さて。じゃあ最近のこの国の状況を話しましょうか。キマイラを討伐したあなたたちには知る権利があるし、独自に動かなきゃいけないときもあるからね」


 学園長は静かに私たち一人一人の顔を見つめると、


「陛下が帝国の召喚士に襲撃されたのはついこの前のことだけど、それと前後するように襲撃が続いている。帝国は、本格的にうちを狙うようになったのよね。この国が闇魔に勝ちそうになったらこの始末だから、本当に忌々しい」


 不機嫌そうに吐き捨てた。


「なにか、帝国からちょっかいを掛けられたんです?」

「ええ。実は最近、王都の北のほうの村で失踪事件が起こってね。村人全員が一夜にして消え去るという事件が3件も起こったのよ」


 私たちは驚きに目を見開いた。そんな私たちとは対照的に、北の3人は沈痛な顔を浮かべている。


「第3騎士団が調査に向かったが、村人を助け出すことは叶わず、それどころか調査中に魔物の襲撃事件が起こったらしい。団員が、グールに襲われてな」

「グ、グールですって! そんな! それじゃあ、村人は!」


 説明を引き継いだコルネリウス様に、メリッサが叫び声を上げた。


 グールとは人の死体に死霊が取り付いた魔物だ。動く死体は生きている人間を襲うらしく、かなり危険な魔物である。一説によると、生を求めて人を襲う、哀れな魔物と言われている。たとえ人を食らっても、生きた人間のようにはならないのだけれど。


「そうだな。確証はないが、襲ってきたグールは村人の成れの果てだろうとのことだ。何者かが、村人をグールに変えているのは間違いない」

「つまり、この一件には死霊使いが関わっているかもしれないということです。嫌な話だけどね」


  答えるメラニー先生たちの顔も沈痛だった。


 グールを作り出すのにはかなり高度な魔法が必要とされている。少なくとも、この国の魔法使いにはそんな技術はない。それを実現できるのは、召喚魔法に長けた他国の魔法使いくらいだろう。


 そう。かの帝国やワイマール帝国で研鑽を積んだ、あの国の魔法使いくらいしか。


「えっと、確かキマイラを召喚した魔法使いは捕まえたんですよね。ワイマール帝国の魔法使いでしたっけ? そこから情報を得たりとかは?」

「それがね。結構しぶとくて、大した情報を得られていないのよ。リンダさんがいれば話は早かったんだけど、ちょうど他の任務を与えたところなのよね。間が悪いというかなんというか」


 リンダ先輩というのは、確かラーレお姉様の友人で図書館組の人だったはず。あの尋問を得意とするマルク家の令嬢で、あいにくと私と会ったことはなかったけど。彼女がいないのなら、情報収集の手段も限られてしまうのかもしれない。


「学園長。そろそろ」

「ああ。そうね。ここにアメリーちゃんたちを呼んだ要件を伝えないと。例の、公開処刑が行われる日取りが決まったわ」


 全員に緊張感が走った。ヘルムート様なんて、厳しい目で学園長を睨んでいる。


「公開処刑が行われるのは、終業式の一週間後よ。その時なら陛下もスケジュールの調整が聞くってこと。処刑人は、ユーリヒ公爵の推薦を受けたノード伯爵よ。学生時代は討伐任務で貢献できるほどの力を持っていなかったはずだけど、何か秘策があるんでしょうね」

「あ・・・。い、いや。父上は、連邦から新たな魔道具を手に入れたとかで。今も、うちのタウンハウスじゃなくユーリヒ公爵の屋敷で、なんか訓練みたいなことをやってるようだし」


 ヘルムート様がたじたじになりながら答えるが、学園長は興味なさそうに言葉を続けた。


「まあいいわ。次の公開処刑ではあなたたちにも役割が与えられている。キマイラを見事に討伐した星持ちをはじめ、学園には戦力が集まっていることを証明したいようなのよね。学園の戦力が動かせない分、陛下の護衛や審判にあなたたちの力を貸してほしいとのことよ」


 そう言って、学園長は私を真剣な目で見つめてきた。


 やはり、公開処刑では学園の戦力が動かせないことになったのか。これは予想できたことだけど、少しだけ期待していた分がっかりしてしまう。


「学園最強の星持ちたるアメリー・ビューロウには特に協力してほしいそうよ。何でも水の巫女たちのご指名とか。なんかいろいろ言ってたけど、要は連邦の魔道具を装備したノード伯爵の戦いぶりを見せつけたいってこと」


 そう宣言する学園長に、私はごくりと喉を鳴らした。


「私に、審判の役割が与えられるということですね」

「そうね。今回は審判の一人として試合の推移を見てほしいそうよ。応えれば、あなたは試合会場に入って試合を近くで見ることができる。もしかしたら、介入することもできるかもよ」


 そう言われたけど、実際は試合に介入することなんてできないと思う。前回の公開処刑ではデニスお兄様が審判の一人に任命されたようだけど、試合に介入するどころか怪我をおわされてしまったそうだし。


 でも、審判の一人になるってことはこの国を代表する一人になるということだ。私は思わず緊張で背筋を伸ばしてしまう。


「責任、重大ですね」

「貴女の兄みたいなことにはならないと思いたいけどね。十分に注意なさい。あなたも敵の狙いの一人なんだから。キマイラを討伐したあなたは、この国有数の魔法使いだと見られている。白の剣姫や炎の巫女の血縁でもあるし、狙われる可能性は十分にある。それに今回は、一番頼りになる仲間の手を借りるわけにはいかないからね」


 学園長の言葉にアーダは目を見開いた。


「えっと・・・。私も、審判の手伝いをするのでは?」

「本来ならそうしてほしいんだけどね。ユーリヒ公爵のご指名なのよ。あなたには、王を守る任についてほしいってね。新しい護衛が頼りにならないから妥当なのは忌々しいけど」


 学園長の言葉に、私は不安な顔を隠せない。


 討伐任務でも今回のキマイラ討伐でも、アーダの援護には大きく助けられた。彼女のおかげでキマイラの尾の蛇を討伐できたのだ。彼女と別行動するのは初めてではないが、一緒に戦えなくて不安になってしまう。


「そ、そんな! アメリーが相棒と戦えないなんて!」

「ユーリヒ公爵のご指名はアーダさんだけじゃないわ。このクラスの生徒に、陛下のそばで控えていてほしいそうなのよ。陛下と一緒に観戦できるなんて、本来なら名誉なことなんだけどね。ユーリヒ公爵も何を企んでいるのか」


 溜息を吐く学園長を、私たちは茫然として見つめてしまうのだった。

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