第118話 追跡と愚痴と ※ 前半 帝国の召喚士 ジェイコブ 後半 パウル・クレーフェ視点
※ 帝国の召喚士 ジェイコブ視点
「急げ! 連中に捕まるわけにはいかんのだぞ!」
「分かっています! しかしこれが限界です! これ以上スピードを出せば、騎獣が持たない!」
御者をけしかけたつもりが、怒鳴り返されてしまった。御者台まで来て叱咤激励しているのに、御者はこちらの言うことに耳を貸さない。
王国の愚王と水の巫女を同時に屠ろうと画策した襲撃計画は失敗に終わってしまった。貴重なアナウメントの魔道具まで使ってキマイラを召喚したのに、連中はあの災害級の魔物を倒してしまったのだ。
愚王や水の巫女たちはもちろん、筆頭の神殿騎士すらも倒せずじまいだった。王国も連邦も、少し見ないうちにますます手ごわくなっている。あの、星持ちとかいう魔法使いは年々脅威になりつつある。
「スピードを緩めるなよ! 連中の尋問は並みじゃない! 捕まったら情報を残らず吐き出させられるぞ」
「分かって・・・。な、なんだ?」
御者が慌てて騎獣を止めたようだった。俺は思わずつんのめってしまう。かろうじて御者台から落ちるのは防いだものの、一つ間違えれば馬車から落とされてしまうところだった。
「貴様! 俺を誰だと思ってやがる! 帝国が誇る1級魔導士だぞ!」
「も、申し訳ありません! 急に何かが飛び出してきて!」
ぎょっとして前を見ると、いつの間にかそこには大きな竜車が止まっていた。
竜車から誰かが下りてきた。1人の年配の女と、それを守るように1組の男女がこちらに向かって油断なく歩んできたのだ。男女はまだ未成年のようだった。でもあいつらの足元には3匹もの獣がついてきている。
俺はごくりと喉を鳴らした。何かわからないが、あいつらはやばい。特に、少女に付き従うキラーラクーン。何もしていないはずなのに恐怖を感じてしまう。
「お、追手か? くそっ!」
御者が杖を取り出そうとするが、真ん中の女が素早く魔法を放ち、御者の杖を叩き落とした。女は続けて俺にも魔法を放った。魔法が浸透していくのを感じて思わず手で顔を覆ったが、表面上は何も起こらないようだった。
「あらあらご挨拶ね。ちょっと事情を聞こうと思っただけなのに」
「くそ!! 逃げてください!」
御者が叫んだが私が走り出す前に進路にあの少年が立ちふさがっていた。
「くっ! なんだ! 俺たちに何の用だ!」
「ポリツァイの者だ。少し事情を聴かせてもらう。おとなしく出てくるなら命は保証してやろう」
ポリツァイ! くそっ! もうかぎつけられたのか!
ポリツァイは俺たちの天敵ともいえる第3騎士団を率いる騎士たちのリーダーだ。あの一族の男たちに、何人もの仲間が捕らえられた。命を落としたものも少なくない。
「お、おれたちは何も」
「おっと。杖を抜きながら何を言っている。おとなしくお縄に付くんだな」
少年がふふんと笑った。
ポリツァイの尋問は過酷だと聞く。おそらく、もう逃げられない。あの方のことを漏らせばどんな目に合うかはわからない。あの方がいるんだ。死ぬよりひどい目に合わされることだってあり得る。
「ちくしょう・・・。チャンスと考えて焦ったのがまずかったか? ここで情報を吐くくらいならば・・・」
この国の愚王と連邦の水の巫女が一緒にいるのが分かって焦っちまった。虎の子のキマイラまで使ったのに失敗してしまったのだ。だが、あの方が来るのに情報を流すのはまずい。このまま捕まるのなら、いっそのこと・・・。
俺は勢いよく奥歯のカプセルをかみしめた。横の御者がぎょっとしたような顔をしていたが、厳しく拷問されてすべての情報を吐かされ、故郷の家族にも迷惑をかけてしまうよりは!
口から苦い味があふれてきた。走馬灯のように、思い出があふれるかと思ったが・・・。何も起こらなかった。
「?? なぜ!?」
「ふっふっふ。やはりテトロドの毒を使おうってのね。そんなのが何度も通用するわけはないじゃない。私の『エントギフト』の魔法はその毒を無効化する。あなたは自由に死ぬことすらできない」
年配の女がそんなことを言った。
確かエントギフトの魔法は光に属する高度な魔法だ。資質はそれほど必要されていなかったとはいえ、相当に難易度が高い魔法だと聞く。それなのに、簡単にそれを使いこなすなんて!
「お前・・・。ま、まさか狂乱のバルバラ!」
「あら。さすがは帝国の諜報員。私の情報まで知っているとはね。まあ、悪いけど自決なんてさせない。知っていることを吐いてもらうわ」
俺はじりじりと下がってしまう。このまま捕まってしまうのか・・・。
「あ・・・。うう、ああ!」
その時、隣の御者がうめきだした。短剣を抜き、この俺めがけて振り上げてきた! まさかこいつ! 闇魔法で操られているとでもいうのか!
「フォウウ!」
その時、女の足元にいたあのキラーラクーンが黒い靄を放った。靄は御者を直撃し、一瞬ぼうっと立ちすくんだが。そのまま膝をついて倒れ込んでしまう。
まさか、この狸のような魔物が相棒の意識を奪った? あのキラーラクーンは闇魔法を操ったとでもいうのか!
偉そうなポリツァイの少年は一瞬呆けたような顔をしたが、すぐに持ち直して皮肉気な笑みを浮かべた。そして槍を俺ののど元に突き付けてきた。あまりの早業に俺はぎょっとして両手を上げてしまう。
「なぜ、この場所が分かった?」
「ふっ。お前、アナウメントの杖を使ったのだろう? 魔道具を使えば匂いが残る。それを辿ればお前に行きつくなど造作もない!」
俺は思わず足元の獣を見てしまった。
聞いたことがある。魔法使いの護衛獣の中には魔力を敏感に感じ取れる魔物もいると。この犬のような獣は、杖のにおいを辿って俺たちにたどり着いたというのか!
「ば、馬鹿な!? 何を元に、俺たちまでたどり着いたというのか!」
「ふっ。この国を襲ったゴブリンシャーマンの杖さ。魔道具を作れる技師は同じだったんだろうな! あのアナウメントの杖とゴブリンシャーマンの杖を作った奴らは同じなんだろう? あれの魔力を辿ればお前にたどり着いたというわけだ」
「何でばらしちゃうんですかね? この男。そんな情報、伝える意味はないでしょうに」
少女があきれたように言うが、少年の槍はぶれない。逃げ出すことはできそうになかった。未熟に見えるこの少年も、さすがはポリツァイの男。俺たちを見る目に油断は欠片も見られなかった。
こうして、俺たちはあえなく捕まることになったのだった。
◆◆◆◆
その後のことは思い出したくない。尋問は苛烈で、こちらの事情を全く考慮していなかった。最初こそ口を閉ざすつもりだったが、すぐにほとんどの情報を吐き出してしまう。
「悪いな。あいにくと、マルク家の令嬢は任務で離れてしまってな。あの人がいれば尋問もせずに済んだのだが。まあ、どちらが幸せかはわからないがな」
そう語る尋問間の言葉は、なんの慰めにもならなかった。
※ パウル・クレーフェ視点
「くそが! ふざけるなよ!」
俺は思わずグラスをテーブルに叩きつけた。居酒屋の他の客がぎょっとした目で睨んだけど構わない。
先日、陛下が魔物に襲撃されたときのことを思い出すと頭に血が上ってしまう。あの時きちんと襲撃を防いだのに、ユーリヒ公爵から直々に叱責されたのだ。
「落ち着け、って言っても無理か。あいつら爵位が高いからって傲慢なんだよな。光の素質もない、不完全な存在のくせによ」
同僚は慰めの言葉を賭けてくれたが、俺はそいつをじろりと睨みつけた。
大体おかしいのだ。襲撃を防げなかったことをすべて俺たちのせいにして! こっちは近衛騎士と違って怪我人も出なかったのに! 少し暗い魔物を逃がしたからって、光の資質にあふれる俺たちを責めるのは間違っている!
「おい親父! もう一杯だ」
「・・・。へい」
店の主人は肩の力を落としながら、次の一杯を持ってきた。周りの客が眉を顰めているが構うものか! 光の資質に満ちた俺たちに、逆らうほうがおかしいのだ!
憤り、騒ぎだす俺たちに心配そうな声が掛けられた。
「大丈夫ですか? そろそろお酒は控えたほうがいいのでは?」
「黙れ! 俺は、酔っていない! このくらいで酔えるはずがないだろう! まったく、どいつもこいつも!」
脱力し、さらに杯を煽る俺に、その男は困ったような顔を向けてきた。黒い髪に、灰色の瞳をした男だった。おそらくは外国人ではないだろうか。心配そうな顔で俺の横に座ってきた。
「今日は、このくらいにしたほうがいいのでは? しばらく頭を冷やして休んだほうが」
「何を言っている! この程度で俺が酔うはずがないだろう!」
強く言い放つと、男は困ったような顔を向けてきた。
「お前! 部外者のくせに! いいだろう! 俺たちのうっぷんを教えてやる! 俺たちは、きちんと任務を果たしたのに、無意味に叱責されたのだ! やつら! 光の資質のない失敗作のくせに!」
叫び出す同僚にうんうんと頷いた。
やはり今振り返ってもあれはおかしいのだ。魔物を倒す俺たちを叱責するなどと! 溜まった不安をぶつけるように、俺は事情を話してしまう。たまたまその場に居合わせただけの外国人だが、話さなければこの裏立ちは抑えられそうになかった。
「なるほど。上司が嫉妬して、無意味に叱られてしまったわけですね。どこにでもいるんです。若者の力を認められない老害いうヤツは」
「おお! お前! 話せるじゃないか! そうだ! ユーリヒ公爵も古参の騎士どもも俺たちを侮っているのだ! 光の資質に満ちた俺たちの優秀さが気に入らんのだろう! 今まで俺たちの就職を防いでいたのはそのせいだろうさ!」
同意してくれる男に、俺たちは大声で怒鳴り返した。
いい気分だった。叱責される悔しさも、事情を聴いてくれるおかげで発散されるかのようだった。
「分かりました。今日は飲みましょう。飲んで食べて吐き出して、明日からの活力に帰るのです。あなたたちに溜まった不満は、すべて私が聞いてあげますから」
優しく笑う男が味方に思えて、俺たちはそのままいらだちを語り続けた。
その男の目が黒い光を放ったのに、気づかないふりをしながらも。




