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星持ちの少女は赤の秘剣で夢を断つ  作者: 小谷草
第5章 星持ち少女と異国の魔物
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第116話  炎の星持ちと水の魔法家 ※ 後半 エリザベート視点

「くそっ! でかぶつが!」


 神殿騎士が叫ぶと同時に腰の杖を抜いた。さすがは発掘された魔道具ということか。うちの短杖に比べると発射速度や威力が段違いに見えるのだけど。


「氷を打ち出す魔道具ね。氷は水属性を高度に操るか、水と風の合成魔法しか操れないのに。あれも、発掘された魔道具ということ。あれ、神殿騎士の一部だけじゃなくて全員が持っているということ?」

「金がかかっておるのー。あやつら、魔権も全員が持っているというに。さすがは連邦の神殿騎士。武器や防具以外にも魔道具がわんさかと使われておるわい。連邦で発掘された魔道具は高価なはずなのにな。神殿騎士の全員がそれなのだからいくらかかっておるのやら。しかし――」


 エリザのつぶやきに答えたアダルハード様だが、その目はどこか揶揄するように見えた。事実、神殿騎士が放った氷の矢を、キマイラは容易く回避してしまう。


「くそっ! このっ! このっ!」

「当たれ!当たれ!」


 神殿騎士たちはむきになったように氷を放ち続けるが、キマイラにはかすりもしない。当たりそうになる攻撃も、山羊の土魔法が防いでしまう。


 キマイラは本当に厄介な魔物だ。


 最も身体強化に向いている火属性を扱う獅子の体。

 魔法陣すら発現させ高度な土魔法を扱う山羊の頭。

 そして、水の魔力を纏い、縦横無尽に動き回る蛇。


 力と速さを持って爪や牙で攻撃し、高度な土魔法で防御と攻撃を同時に行い、そしてしっぽが自在に動き回て敵を仕留める。3種類の魔物を合成することで、デメリットなしに動き回ることができるのだ。


「!! 今!」


 アーダがキマイラの尾の蛇めがけて土魔法を放った。蛇は容易く回避するように見えたが――。土礫は追撃するかのように曲がり、蛇の頭に直撃した。アーダの土礫は次々と吸い込まれるように蛇の頭に直撃していく。


「くっ! なんで!? でたらめに動く蛇に、なんで当てられるんだ? だ、だが、あの程度の色の魔法では蛇には通じない!」

「何を見ておるのだ。十分にダメージが蓄積されておるではないか。あの蛇は獅子や山羊とは違う。魔力障壁さえ何とかすればダメージを与えられるに決まっておろう」


 負け惜しみを言う神殿騎士を、アダルハード様は即座に否定した。意外に思い、思わずアダルハード様を見返してしまう。


「ベールの娘よ! そのままだ! 当て続けることができればダメージを蓄積できる! ふふふ。攻撃を避けることもできない蛇など、何の価値もないわ!」


 怒りに燃えたのだろうか。蛇はアーダめがけて水弾を吐き出すが、アーダは容易く回避してしまう。山羊が放った土礫も、アーダは簡単に避けていく。そしてアーダが放った土礫は、当たり前のように蛇に直撃していく。見事なまでの回避技術と命中精度に、神殿騎士が悔しそうに頬をゆがめていた。


「どんなに高度な魔道具も当たらなければ意味はない! お前たちは下がってゴブリンどもを仕留めよ! あれは、私たちがやる。星持ち。できるな!」

「くっ! レイ!」


 返事代わりに火魔法で山羊を狙うが、キマイラはそれを容易く回避してしまう。山羊は蛇よりも当てやすいはずなのに、私は火魔法をかすらせることすらもできないのだ。


「このっ! このっ!」


 続けざまに火魔法を放つが、簡単に避けられてしまう。時折当たりそうになる攻撃も、山羊の土魔法で簡単に打ち消された。神殿騎士が嘲笑するように私を見ているのに、見返すこともできないのだ。


 どおん!


 私の魔法を余裕で避ける山羊だったが、突如としてのけぞった。アダルハード様が放った風魔法が直撃したのだ。


「情けないな、星持ち。どこかためらいがあるのか? それにしても無様よな。この程度の魔物に攻撃を当てることもできんとは」

「くっ!」


 私は思わず睨むが、アダルハード様は笑いながら風弾を放ち続けていく。悔しいことに、すべて直撃だった。あの蛇ほど素早く動けないとはいえ、アダルハード様は山羊の頭に風魔法を浴びせ続けているのだ!


「がああああああああああ!」


 山羊の危機を悟ったのか、獅子が咆哮を上げた。体を覆う赤の魔力がさらに輝きだす。そしてアーダに向かって駆け出すと思われたが――。


「シュランゲ!」


 エリザが放った水の鞭は、キマイラの獅子の足を打ち据えた。思わず足を止めたキマイラに、水の蛇が食らいついていく。キマイラの火の魔力によって水の蛇は消されたが、エリザの魔法はみごとにキマイラを足止めしたのだ。


「くくくく! さすがは水のヴァッサー! 火の獅子に見事に当てるとはな。どこぞの星持ちとは大違いよ!」

「ふざ・・・けるな!」


 私が歯ぎしりせんばかりにうなるが、アダルハード様は余裕の表情だ。彼の風魔法は、相変わらず山羊を痛めつけ続けている。


 一方で、私の火魔法は当たらない。軌道を変えたり強弱を工夫しているのに、かすりもしないのだ。


「怒るか、星持ちよ。だが、お前の攻撃はキマイラをかすめることすらもできぬ。得意の火魔法も、今は見る影もないではないか。キマイラの中で当てやすいはずの山羊にすら、躱されてしまう始末とは」

「!!!!」


 悔しかった。悔しくて、涙が出そうだった。


 アーダは相変わらず蛇に土礫を当て続けている。エリザの水魔法も、獅子が動き回るのを防いでいる。そしてキマイラがこちらに来ないのはグレーテがうまく牽制してくれているからだ。


 みんな、自分の役割をきちんと果たしているのに、私だけが何もできていない。星持ちとしてダメージを与えることを期待されているのに、私の魔法はかすらせることすらもできないのだ。


「なぜ当たらないか、わかるか? お前自身が魔法を当てることを恐れているのだ。無意識に、直撃を避けてしまっている。これでは、あのキマイラを止めることなどできぬよ」


 嘲笑する間にも、アダルハード様が山羊の頭に風魔法を当てていた。アーダのように魔力障壁を無効化することはできていないようだが、それでも確実にダメージを蓄積していっているのだ。


「やれやれ。星持ちがいればキマイラを倒せるかと思ったが、これではな。武の三大貴族とはいえ、ビューロウはこの程度か」


 ピクリと反応してしまう。


 アダルハード様、今、何と言った?


「そうさな。直に貴様の姉たちを見た者はその強大さを理解できるだろう。白の剣姫の色のない魔法も、炎の巫女の火魔法も、それはもう見事なものだ。しかし、あの者どもを見ていない者は彼女たちが本物かどうかをどうやって判断すると思う? 王都にいる貴様を通して彼女たちの力を予測するのだ。今の貴様を見て人はどう思うかな? ふふふ。せっかくの星持ちが攻撃を当てることすらできぬとは。ビューロウとはその程度だと思うだろうて」


 アダルハード様が含み笑いを漏らした。


「ふがいない貴様を見て、きっと皆はこう思うだろう。白の剣姫、恐るるに足らず。炎の巫女など張りぼてだとな。ふん。情けない貴様の姿こそが、ビューロウのあの2人をこの上なく貶めているのだ」

「ふざ・・・けるな!」


 私は良いのだ。


 どんなにけなされても、星持ちにふさわしくないと言われても仕方ないと我慢できる。事実、アーダやエリザと違って私はキマイラ討伐に何の貢献もしていない。侮られるのも仕方がないということだ。


 でも、私のふがいなさがお姉さまたちを貶めてしまうのは我慢できない。認めることなどできるはずはない。


 だって、私はずっと見てきていたのだから。彼女たちがどれだけ努力し続けてきたかを、ずっとそばで見ていたのだから!


「ビューロウは! こんなもんじゃない! 侮られることなんてあっていいはずがない! 私は負けない! お姉さまたちが偉大だと、絶対に証明してやる!」


 気づけば私はキマイラを、睨みつけていた。


「あああああああああああああ!!」


 火の魔力が辺りに充満していく。神殿騎士たちがうろたえているようだが構わない! あいつに! 目にものを見せてくれる! ビューロウは、伊達に武で鳴らした家ではないのだと!


 手を天高く伸ばすと同時に赤い魔法陣が浮かび上がった。そして、魔法の名を力の限り叫ぶのだ。前衛をしているグレーテに、アダルハードに。そして、私を侮るすべての者に聞こえるように!


「ステーンスクープ!」


 魔方陣から現れたのは、赤くて怪しい光を放つ、火の塊。私の魔法陣から勢いよく飛び出すとスピードを上げながら天高く舞い上がった。


 そして――。


 どしゃああああああああああああああ!


 円を描いて全方位に広がり、別れた炎が雨のように降り注いだ!


 火が雨のようにキマイラの背を焦がしていく。キマイラはもがいて避けようとするが、火の雨はキマイラを追うように軌道を変え、確実に痛めつけていく。山羊の土盾も、蛇の水壁も意味をなさない。防壁を容易く打ち破り、キマイラの背を焼き尽くしていったーー。



※ エリザベート視点


 赤い魔力が充満したと思ったら、アメリーが打ち上げた炎が雲となり、火が雨のようにキマイラに降り注いだ。


 あれは、ステンスクープの魔法か。火の雨を降らせる雲を作り出す魔法。一般の魔法使いが使ったとしても低範囲に火の雨を降らせるだけで終わってしまう魔法だがが、星持ちのアメリーが使えばこのとおり。雨のように降り注ぐ炎を、キマイラは避けることができない!


「これが、星持ちの力なのよね。威力だけじゃない。命中精度も群を抜いている。でたらめに放たれるはずの火の雨が、キマイラの山羊の頭に、狙ったように降り注いでいくのだから」


 グレーテとか言ったか。アメリーの護衛もさすがだった。アメリーがあの魔法を撃つや否や神殿騎士を引きながら範囲外に逃れ、同士討ちを防いでいた。さすがはビューロウの専任武官。相当に腕の立つ女戦士なのだろう。


「私も、ただ見ているわけにはいかないか」


 復讐に燃えるキマイラを睨みつけた。


 私のシュランゲは確かにキマイラを足止めしたが、倒すには至らない。せっかくの水の蛇が、キマイラの火の魔力でかき消されてしまった。水の巫女ほどの資質を持たない私は、シュランゲで炎の獅子を傷つけることはできないのだ。


 ヴァッサーは水の魔法家なのに、このままでは水の巫女にも侮られて終わってしまうだろう。水の魔法家は、この程度かと。王国の魔法使いとしてこのままでいいはずがない。


「この術に頼るのは業腹だけど、仕方がない。今の私ならできるはず。私たちが開発した術ではないけど、改良したのは我が家だから。大本を作ったのはあのロレーヌ公なのは悔しくはあるけれど」


 私は次々と魔法陣を展開した。アーダやアメリーが瞬時に展開した、あの魔法を繰り出すために!


 ヨルン・ロレーヌが作り出したこの魔法は、この国最大の水魔法とされている。ロレーヌ家に対する敬意はあるけれど、これは別物だ。私たちは水の魔法家なのに、これを超える魔法は作り出すことはできていない。当時の当主も歯ぎしりするような悔し気な手記を残していた。


 私たちではこの魔法を改良することで精いっぱいだった。だけど、この魔法を一番うまく使えるのは私たちヴァッサーの一族だ! たとえこの魔法が学園に寄付されようとも、そのことは変わるはずがない!


「アーダやアメリーと比べると時間がかかったけど、今の私ならこの魔法だって操れる! 私たちが改良したこれなら、今のキマイラにも通用するはず!」


 すべての魔法陣を展開し終えた私は、大きく深呼吸した。


 この魔法が作られたのはもう100年も昔の話だ。かのアルプロラオウム島の魔物を駆逐するために作られたこの魔法は、他の合成獣にも十分に威力を発揮した。それこそ帝国が滅ぶまで、かの国が作った合成獣を倒し続けた。


 しかし、近年の合成獣にはさすがに効果が低くなってきた。それは魔物が改良され、この魔法が作用するという安全装置を付けなくなったからと言われている。だけど、魔法を改良するのは敵だけじゃない。私たちヴァッサーだって、安全増装置が付いていない魔物にも効果があるように魔法を改良し続けてきたのだ!


「今までは発動すらもできなかったけど、今の私なら!」


 キマイラを睨みつけながら、その顔めがけて手のひらをかざした。青い魔法陣の出現に、私は魔法の成功を確信した。


「行け! スクヌーバル・ギフト!」


 魔法陣から放たれたのは雪のような丸い玉。それは勢い良く直進し、キマイラの鼻先に当たって砕けた。


「ぐおおおおおおおおおおおおお!」


 キマイラが苦悶の叫び声を上げた。


 この魔法は本家のスクラム・エッセンを駆逐するためだけに作られたあの魔法とは一線を画する。毒の雪玉を作り敵を侵食するための魔法だ。食らえば同様の効果のあるあの水たまりとは違うけど、直撃した敵に確実に毒を仕掛けることができるのだ!


 私の毒の雪玉はキマイラを直撃し、その身を毒で染め上げた。キマイラの肌の色があっという間に変色し、毒が全身に回ったのが見て取れた。


「よし! 効いている! これなら!」


 私の魔法は、あのキマイラに確実なダメージを与えている!


 思わず笑みがこぼれそうになるがーー。


「があああああああああああああ!」


 キマイラが激しく身を震わせると、雪玉と、それが解けた水滴がはじけ飛んだ。確かにダメージはあった。毒はキマイラに浸透し、その体を侵食したと思う。でも、倒すには至らない。キマイラの獅子が持つ強力な火の魔力が、浸透する毒を蒸発させてしまったのだ。


 でも、私の雪は相当に不愉快なものだったのだろう。キマイラの獅子の目が私を睨んだ。そしてあの強力な魔物は、私に向かって駆け出し始めたのだった。

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