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星持ちの少女は赤の秘剣で夢を断つ  作者: 小谷草
第5章 星持ち少女と異国の魔物
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第107話 ケルンの変 ※ ハイリ―視点

※ ハイリー視点


 私とコルネリウス、そしてアーダはルイボルト先生の話を聞くために図書館に来ていた。私たちにはフォンゾ様もついてきて、図書館の様子を興味深そうに覗いている。


「ふむ。ケルンの変か・・・。久しぶりにその名を聞いたな」


 ルイボルト先生はうつむきがちになりながら答えた。何か言いづらいことでもあるのだろうか。いつものおしゃべりな姿と違って口が重いような感じがしている。


「それでルイボルト先生よ。もう30年前の出来事だが、ちゃんと覚えているのか? 耄碌して忘れちまったんじゃないだろうな」

「あほ抜かせ。ワシはまだ若い。そんなもん、昨日の飯のように思い出せるわい」


 コルネリウスの言葉に、ルイボルト先生が皮肉気な笑みを浮かべていた。コルネリウスの奴、アーダよりも遅く図書館に入ったのにいつの間にか先生たちと誰よりも仲良くなっているのよね。それが性格というものなのかもしれないけど。


「しかしな。ケルンの変とはな。まさかこの年になってその名を聞くとは。そうか。あれからもう30年も経つのか。ワシも年を取るわけだ」

「ルイボルト先生が新任のころの話ですよね。そのときのこと、詳しくお聞かせいただくことはできませんか」


 ルイボルト先生は溜息を吐いた。


「そうさの。あの事件のことはよく覚えておるよ。あのころはワシはまだ教師になったばかりで、よくアダルハード先生に助けてもらってな」

「悪いが昔話に付き合っている暇はない。結論から聞かせてもらおうか。ケルンの変という事件はこの学園始まって以来の凶事だったはずだな」


 目を細めるルイボルト先生に鋭く指摘するコルネリウス。私は機嫌を損ねたかと思ってひやひやしていたが、ルイボルト先生は不機嫌そうな顔をしながらも、説明を続けてくれた。


「ワシとアダルハード先生の奮闘は・・・。まあ、今は良いか。ワシは新人の地理学を教える新米教師として、アダルハード先生は魔法学を教える教師として日々励んでおった。アダルハード先生はワシより数年先輩でな。あのころすでに研究室を貸与されていて、そこで大学生たちと毎日のように議論を交わしておったよ」


 そこまで言うと、ルイボルト先生はちらりとアーダを見たような気がした。しかしすぐに視線を戻し、腕を組んで何かを悔やむように溜息を吐いた。


「あのアロイジア・ザイン。当時はローン家にいたが、あの子もアダルハード先生の教えを受けていたものよ」

「最初の星持ちの、アロイジア・ザインが・・・」


 アーダが呆然とつぶやいていた。ルイボルト先生は苦笑しながら話を続けた。


「そう。アロイジア・ローン。そしてのちに彼女の夫となるゲアト・ザイン。今は学園で教師をしているジョアンナ・ヴェスタープ。そして、学生のころに首席を務めたインゴ・プルタレス。この4人が中心となってアダルハード先生と議論を交わしていたのだよ」


 ルイボルト先生はそっと虚空を眺めていた。その横顔はどこか悲しそうに見えた。


「ことの発端は、学園で失踪事件が続いたことにある。最初は数名の平民クラスの生徒たちが被害者でな。ノイローゼになって姿を消したと思われていた。まあ、そう言う事例がないわけではなかったからな」


 私は頷いた。平民クラスには年かさの生徒が入学することが多々ある。そういう生徒が学園になじめないことがないわけではないのだ。そんな生徒が学園から姿を消すこともある。まあ学園も対策したとかで最近はそういうケースも少なくなったそうだけど。


「だが、中位クラスの生徒まで何人も失踪したことで事態は変わった。中位クラスの生徒は生粋の貴族がほどんどだ。そうした生徒が、学園から何も言わずに姿を消すことは本来ありえないはずだからな」

「そうっすよね。貴族なら家の名誉にかけて卒業しなければならないはず。平民とは意気込みが違う。学業の途中で失踪するなんてありえない」


 フォンゾ様が深くうなずいていた。やはり家の名誉を重視する貴族と個人主義の平民とでは同じ学生でも責任感が違うと思う。卒業できないということはこの上ない不名誉だ。家名にも傷を負ってしまうのだから、学業を途中で投げ出すはずがない。


「事態を重く見たポリツァイ家の当主が先陣を切って調査に乗り出した。第3騎士団の沽券をかけての捜査は、しかし最悪の事態を目撃するに至った。上位クラスを卒業したインゴ・プルタレスが目の前で消えてしまうという最悪の事態の、な」

「ちょっと待ってくれ! 学園をした、それも上位クラスに属していた男が、目の前で消えてしまっただと!?」


 コルネリウスが目を見開いた。


 目の前で消えた、ということは、強制的に転移させられたということ? でも、豊富な魔力を持つ魔法使いを転移させられるなんて、そんなことあり得るの?


 確かに、人を魔力で転移させる術はいくつか存在している。魔法や魔道具を使って人を移動する手段は確立されているのだ。学園でも「無属性魔法」を研究する教師がいて、転移の魔法も実用されていると聞いている。でも、それには対象者の同意が必要で、強制的に転移させるなどできるとは思えない。魔力に邪魔されて移動が阻害されるはずなのだ。


「馬鹿な! 何かの見間違えじゃないのか!? 豊富な魔力で守られた上位貴族を、強制的に転移させるなど!」

「いや、手段がないわけじゃない。色の濃い魔法使いでも、やりようによっては転移させることだって難しくはないと思う」


 コルネリウスの言葉を否定したのはアーダだった。


「確かに、大量の魔力を持つ貴族を転移させるには困難が伴う。だけど、条件次第ではそれも可能になる。魔力の波動さえわかれば、強制的に転移させることも可能なんだ。魔力の波動というヤツは血縁に結構左右される。血縁者の魔力を参考にすれば波動を読み取ることだって不可能じゃない。理論上は色の濃い魔法使いを強制的に転移させることだってできるはず」


 冷静に言うアーダにコルネリウスが噛みついた。


「ふざけるなよ! そんなことが可能なら、原理的にどんな魔法使いでも屠れるということではないか! はるか上空に転移させれば、労することなく相手を屠れるのだからな!」

「だが、今最も色の濃い魔法使いたる炎の巫女ですら、強制的に手にされたことがあるんだぞ」


 コルネリウスの視線がすさまじいことになっている。メリッサ同様、コルネリウスの前でも炎の巫女を揶揄するのは悪手のはずだけど・・・。


 アーダはまるで気にすることなく言葉を続けた。


「相手の同意を得ずに強制的に転移させる手はいくつかあるんだ。まずは、魔法陣を相手の波動に合わせて構築すること。これには相手の魔力の波動や属性の資質を詳しくすることが必須だが、あの領地対抗戦の前に炎の巫女が南の生徒たちに拉致されたのはこれを活用したんだと思う」


 冷静な声で説明するアーダを、歯ぎしりせんばかりに睨みつけるコルネリウス。アーダは彼の存在を無視するかのように説明を続けた。


「炎の巫女の祖母は、フランメ家当主の妹と聞いている。ということは、巫女はフランメ家当主と血縁関係にあるということだ。加工していない魔力は、血縁に左右されるからな。そして、彼女は炎と闇以外の属性を持っていないのも有名な話。属性が少ないなら、波動を特定するのも容易ではないということさ」

「だが巫女は!?」


 なおも食い下がろうとするコルネリウスに、あきれたような話をしたのはルイボルト先生だった。


「二人とも熱くなりすぎだ。30年も昔の、もう過ぎ去ったことだぞ? まあ、アーダ君の言う通り、強制的に転移されたのは間違いないことだがな」


 にやりと笑いながらルイボルト先生は続けた。


「インゴ・プルタレスが消えたのは、時のポリツァイ家当主、アダルフォ・ポリツァイの目の前での出来事だった。目の前でインゴが消えたのを見た彼はより一層熱を入れて捜査に当たった。そして気づいたのさ。対象を強制的に転移させるメタスタンスの魔道具が使用されたとな」

「くはっ! さすがはおじい様! それでこそポリツァイ家の男だ!」


 身内の話が出たからだろうか。さっきまで不機嫌そうにしていたコルネリウスがうれしそうな声を上げた。アーダも私もあきれたように首を振った。ルイボルト先生も苦笑したようだった。


「だが、そこまでだった。アダルフォ・ポリツァイが闘志を燃やしていたが、インゴが消えて以降、失踪事件はぱたりと止んでな。アダルフォ・ポリツァイは必死で捜査したが、大きな進展は見られなかった。事態が動いたのは、闘技場での公開処刑が行われた時だった。奇しくも、今と同じような状況だな」


 公開処刑、ね。


 たしか30年前はことあるごとに犯罪者を裁いていたのよね。闇魔との戦いが一段落し、戦闘が少なくなった王都の民にとってかなり人気なイベントだったと聞く。あんまり気分のいいものではないけど。


「その公開処刑は王族や名のある貴族が参加する大規模な戦いだったと聞く。この間のような番狂わせはなく、処刑人は危なげない攻撃で犯罪者を追いつめていった。次の一撃で決着がつく、その時だった。インゴ・プルタレスを含む数名が、急に闘技場に現れたのだ」


 闘技場で戦いが行われている最中に、上位貴族が急に転移させられてきたということか。


「聞くところによると、インゴたちの姿はボロボロで、顔つきも悪かったという。目はうつろだったが、その手には奇妙な大杖が握られていた」


 気づくと私たちはルイボルト先生の話に聞き入っていた。コルネリウスはもちろん、アーダもそれまでにないくらい真剣な顔になっていた。


「インゴの足元に現れたのは、大きく赤い魔法陣だったそうだ。魔法陣が展開されると、インゴはその中心に大杖を叩きつけた。大杖はそのまま地面に吸い込まれていき、そして次の瞬間には地面が大きく揺れ出した」


 思い出したのはビューロウでの襲撃事件だった。確か、召喚門を呼び出した魔法使いは奇妙な杖を持っていたわよね。それが、30年前の事件と同じものだとしたら?


 インゴという青年は、あの魔法使いと同じように、杖を使って地脈の魔力を利用しようとしたら?


「ハイリー君は心当たりがあるようだな。そう。その杖とは一時的に地脈の魔力を活用できるというおぞましいものだった。インゴという青年は、あの杖を使って闘技場に伸びる地脈の魔力を使用したのだよ」


 ルイボルト先生は溜息を吐きながら首を振った。


「地脈から引き出された魔力はインゴの赤の魔力と交わり、会場のいたるところで火柱として噴出された。試合場内のインゴを中心に、会場内が大きな火に包まれたという」


 私はごくりと息をのんだ。


 この王都には地脈の魔力を引き出せる場所が3か所ある。王城と、学園と、その中間地点にある闘技場だ。それぞれの個所からは膨大な魔力を引き出せるとされており、普段は街の防衛や土地を豊かにするために使われているとされているけど・・・。


「インゴ・プルタレスという大学生はかなり優秀な生徒でな。特に赤の資質に優れており、彼が地脈から引き出した魔力は膨大だった。会場内のあちこちで大爆発を引き起こし、犠牲者は甚大なものになった。見学に来た王族すらも危うい事態になったと聞く。ユーリヒ家の魔法使いたちがかばわなければ、陛下とはいえ無事では済まなかっただろう」


 ユーリヒ家、か。私たちと敵対しているユーリヒ家が、当時は王族を守ったということね。


「だが、ユーリヒ家の方々も無事では済まなかった。身を挺して王族をかばったせいで当主と後継が残らず犠牲になったそうだ。後継はまだ小さかったのにな。アダルハード先生を除いて亡くなってしまったというから相当の被害だったと思う」


 痛まし気にひげを撫でるルイボルト先生に誰も何も言えなかった。あのアダルハード・ユーリヒにそんな過去があったなんて・・・。


「被害を止めるために、審判は必死でインゴを止めようとしたが近づくことすらできなかった。あの赤い魔法陣がインゴを守っていたからな。そのままではインゴは己の魔力が尽きるまで爆発を起こし続けたかもしれない。一刻もはやく彼を止めなければならなかったが、どんなに水の魔法を掛けても彼に届きすらもしない。だが、そんな時だった。一筋の水の光線が、インゴを貫いたのだ」


 なんとなく、予感があった。おそらく、インゴを止めた人物というのは・・・。


 ルイボルト先生と目が合った。先生は疲れたように頷くと、絞り出すように声を上げた。


「そうだ。インゴを討ったのはアロイジアだった。当時は魔力過多に過ぎなかったレベル4の水魔法で、インゴを打ち抜いたのだ」


 なんということだろうか。


 ルイボルト先生によると、インゴとアロイジアは同じ研究室に属していた仲間だったはずだ。同じ研究室にいる仲間だったのに、彼を止めるためには攻撃するしかないだなんて・・・。


「水魔法に貫かれたインゴは、こと切れておったよ。そして彼からは闇魔法を使われた痕跡が見つかった。彼は誰かに操られて、学園の地脈を操っていたのだ。そしてその騒ぎに乗じて王族を害しようとしたのだろう」


 話し終えたルイボルト先生は、静かに私たち一人一人の顔を見回した。


「犯人は、やはり帝国か?」

「そう言う見方が強かった。なにしろ地脈を利用しようとした魔道具は帝国で発掘されたものだったからな。旧帝国の奴らは否定しておったが、状況からそう考えるのは自然なことだったと思う。それに疑問を持つ声も、ないわけではなかったがな」


 これが、ケルンの変か。


 この事件でユーリヒはほとんどの身内を失い、学園の教師からユーリヒ家の後継へと返り咲いた。当時、ユーリヒ領は大変だったらしく、アダルハード様が10年以上にわたって奮闘して発展させたとか。


「ユーリヒ領の発展は今では語り草になっているが、そのきっかけがケルンの変だったとはな。で、それを防いだのが同じ研究室に属していたアロイジアだったと」

「ああ。アロイジアも後悔しておったよ。自分がヨルン・ロレーヌのように水を自在に操れていればインゴを殺さずに止められたはずだとな。そこから周りが心配になるほどの研鑽を重ね、レベル4の水を操るまでになったのだ」


 そこからこの国が誇る星持ちたちが台頭することになったのか。王国を揺るがす凶事がきっかけになったなんて何が何につながるのかわからないものだと思う。


 私たちが30年前の出来事に思いを馳せていると、廊下に大きな足音が響いていた。そして勢いよく図書館の扉を開けたのは、ナデナだった。


 ナデナは私たちを見つけて安心したようだった。素早く息を整えると、大きな声で報告してくれた。


「み、みんな! 大変だよ、大変! あのアメリーが襲撃を受けたらしいの! 気絶しちゃって保健室に運ばれたらしいのよ!」


 私たちは、思わずアーダの顔を見つめてしまったのだった。

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