第106話 変異したカミロ
「カミロさん! 行方不明になったと聞いて心配してたんですよ! 大丈夫ですか?」
駆け寄ろうとしたところを手で制された。セブリアン様が、厳しい目でカミロさんを睨んでいたのだ。
セブリアン様は私には目もくれず、厳しい目でカミロさんを睨み続けている。
「あなたは何者です? なぜここにいるんですか!」
「セブリアン様! この人は!」
私は必死で説明しようとするが、セブリアン様は厳しい目をしたままだった。カミロさんは止まったものの、苦しむようにうめき声を上げた。
「答えなさい! 左手の魔石は何です? それをどこで手に入れたんです!」
セブリアン様の言葉にはっとしてカミロさんを見つめると、彼の左手には魔石のようなものが埋め込まれていた。彼自身も初めて魔石に気づいたのか、呆然としてそれを見つめていた。
あの魔石は、見覚えがあった。あの黒い魔石は、確かヘルムート様が使っていたものと同じものだ!
「あの魔石は!」
「ええ。学園では禁止されているはずですよね。中毒性が高く、教師の中には回収している者もいる。そんな危険な魔道具を、なぜあなたが持っているのです!」
セブリアン様が叫んだが、カミロさんは茫然と立ちすくむだけだった。
しばらく、にらみ合い、時間だけが過ぎていった。
「あなたは・・・」
セブリアン様が詰問しようとした時だった。ふいに、カミロさんが苦しみだした。そして左手を掴んで震え出すと、うめくような声を上げた。
「お、お、お、おおおおおおおお!」
「か、カミロさん!」
私は駆け寄ろうとしたが、セブリアン様の手に制されて動けない。
「な、なにを!」
「アメリー様! あれは、危険です! なにか、闇魔法の気配がします!」
私は思わずカミロさんを見つめてしまった。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
カミロさんは叫んだ。
気が付けば、彼から黒い魔力が立ち上っていた。膝をつき、四つん這いになった状態で、左手を押さえながら大口を開けて叫んでいるのだ。私は彼に駆け寄ろうとするが、セブリアン様に阻まれて近づくことができない。
「アメリー!」
「離して! あんなに苦しんでいるのに!」
私がセブリアン様を振り切ろうとした、その時だった。
「あああ! ああ! あああああああ!」
まるですべての力を吐き出すように、大声で叫び出したのだ。私は圧倒されて、立ち止まってしまう。
「ああああああああああああああああ!」
左手からも、黒い魔力が漏れていた。そして、おなかのあたりからも黒い魔力が出て、左手の魔力と彼の体の間を覆っていた。そして2つの魔力がまじりあうと、一体となってカミロさんに巻き付いていく。
「な、なにが! どうなって!」
「アメリー! 下がって!」
セブリアン様はカミロさんを睨みながら、それでも私を足止めし続けた。私は何とかカミロさんに駆け寄ろうとするが、白の魔力で強化されたセブリアン様はびくともしない。
「なっ・・。あれは! ま、まさか!」
「おい! 動くな!」
逃げようとするトリビオのシャツを、デメトリオ様がつかんだ。トリビオはデメトリオ様に足止めされていたが、それでもあきらめずにじたばたともがいている。
「あああ! ああああああああ!」
巻き付いた黒い魔力が少しずつ実体化してく。カミロさんの体が黒い魔力によって確実に変異していくのが分かった。
「あああああああああああああ!」
黒い甲殻に、黒く染まった手足。頭には鉄仮面のような兜に覆われ、目のある部分は丸い複眼が現れていた。
「イナ・・グーシャ・・・」
カミロさんは、イナグーシャに変質してしまったのだ。
◆◆◆◆
「ば、馬鹿な! 人間が、魔物に変質しただと!? ありえない! 人間と魔物の合成など、帝国でも無理だったんだぞ!」
「属性を絞った!? いやしかし、ありえるのか? 闇魔法でも使われたということか!?」
私たちは混乱していた。人間であるカミロさんが、魔物のイナグーシャに変わってしまったのだ。目の前で起きたことなのに、いまだに信じられない思いだった。
人間と魔物のキメラは存在しないはずだった。それは魔力の質にあるとされている。人間には最低限でも4属性、多い人なら6属性があるとされている。1属性、もしくは2属性の魔力しかない魔物とは、合成することができないそうだ。まあ、人間側にはダクマーお姉さまやラーレお姉様のような例外はいるのだけれど。
「きしゃあああああああああ!」
カミロさんは叫ぶと、こちらを敵意に満ちた目で睨み、襲い掛かってきた。肘から手の甲にかけて刀のような突起物が生えてきていて、あれで斬りつけるつもりかもしれない。
「くっ! させるか!」
セブリアン様が素早く立ちふさがり、刺突剣の一撃を繰り出した。しかしカミロさんはそれをあっさりと躱し、反撃に腕を振り回した。セブリアン様はなんとか武器でガードしたものの、吹き飛ばされてしまう。
「くっ! アメリー! 逃げて!」
思わずセブリアン様が叫んだ。
私とカミロさんの間に、遮るものはなくなった。カミロさんの複眼に私が映ったようだった。私は喉を鳴らしながらも、反射的に刀を構えていた。
「カ、カミロさん! 正気に戻って!」
「キシャアアアアアアアアアアアア!」
私の声を遮るように叫ぶと、カミロさんは右手を振り上げて突進してきた。そして射程に入ると、振り上げた腕を思いっきり振り下ろした!
「くっ!」
「キシャア、キシャアアアアアア!」
カミロさんの渾身な一撃を、私は後ろに下がって躱す。カミロさんはしつこく私に連撃を繰り返すが、私は避け続けることしかできない。
正直、私の腕ならカミロさんに一撃を繰り出すことも難しくなかった。でも、相手はイナグーシャに変質したとはいえカミロさんなんだ。カミロさんに彼を殺してしまうかもしれない居合を放つなんて、できない。
「キシャアアアアア!」
「アメリー様! 下がって!」
なおも攻撃し続けてきたカミロさんの背に、セブリアン様が刺突を繰り出した。だけど、後ろに目があるのだろうか。奇妙な動きでその一撃を躱すと、セブリアン様に回し蹴りを繰り出した!
「くっ! うわっ!」
「セブリアン!」
刺突剣を弾き飛ばされたセブリアン様に、デメトリオ様が叫び出した。そしてそのまま風魔法を放つが、カミロさんは余裕の顔で避けてしまう。
カミロさんの複眼が、セブリアン様を再び捕らえた。武器を失ったセブリアン様は、カミロさんを睨みながらじりじりと下がっていく。
「くっ! 止まりなさい!」
私は滑るようにカミロさんに近づくと、その腕めがけて居合切りを放った! 私の奇襲に、さすがのカミロさんも動けない。それでも左手で刀をガードしたのはさすがと言ったところか。
私の刀が、カミロさんの腕に食い込んだ。しかし・・・・。
ぱきいいいいいいいん。
澄んだ音とともに、私の刀が折れてしまった。セブリアン様に引き続き、私も武器を失ったのだ。
「腕を切断するつもりで撃ったのに、それでもだめだったってこと!?」
私は臍を噛んだ。一撃必殺のはずの居合切りが簡単に防がれてしまった。そればかりか、刀をへし折られてしまうなんて!
だけど、すぐに反撃すると思ったカミロさんは、固まってしまっていた。折れた刃を見て驚いているようなのだ。
「カ・・タナ? センパイノブキト、オナジ?」
「くっ! アメリー様! 下がって! デメトリオ!」
「は、はい!!」
私が止める間もなかった。セブリアンからは光魔法が、デメトリオ様から風魔法が放たれた。2種類の魔法は狙いたがわず、カミロさんを直撃した。
だけど、カミロさんには通じない。光魔法はすこし効いているようだが、それでも固い装甲に阻まれてダメージがないようだった。
「ギョジャアアアアアアアアア!」
カミロさんが大声を上げた。そしてセブリアン様を睨むと、食い込んでいた刃を投げ捨て、肩をいからせながらずんずんと近づいていく。セブリアン様もデメトリオ様も魔法を放つが、カミロさんはそれを最小限の動きで躱してしまう。
「あれを止めないと!! このままじゃあ、あいつがセブリアン様やデメトリオ様を傷つけてしまう!」
意識を取り戻したかと思ったらすぐに魔物に戻ってしまった。何とかカミロさんを止めないといけないが、私が火魔法を放ってもあっさりと避けられてしまうだろう。もともとのカミロさんの戦い方だろうか。どうやら彼は避けることに関して相当な技術があるようだ。
「線の攻撃では簡単に避けられてしまうかもしれない。だったら!」
私はカミロさんの側面に回り込むと、右手をかざした。そして発現する、赤い魔法陣。そこに魔力を込めると、力ある言葉を放った!
「ベスチバーン!」
魔方陣から放たれた、炎の渦! 私の炎は扇のように伸びていき、カミロさんを巻き込んでいく!
「ギュジャ! ギョジャアアアアアアアアア!」
炎はカミロさんに燃え移り、その装甲を激しく燃やしていく。火だるまになりながら暴れまわるカミロさん。私の炎は、カミロさんの装甲に火をつけることに成功したのだけど・・・。
「ギョジャアアアアアアアアアア!」
燃え盛るカミロさんはおぞましい叫び声を上げていた。私の炎はレベル4。普通の炎とは違う。カミロさんの装甲を一瞬で焼き尽くし、そして黒い魔力に移って、炎を立ち昇らせていく。
私の炎は装甲を炭に変え、魔力を燃やし尽くしていった。
カミロさんが一歩一歩私に近づいてくる。歩くたびに装甲が剥がれ落ちていく。私は反撃できず、思わず一歩下がってしまう。
「え? ほ、星持ちの姫? なんで?」
すっかり装甲が剥がれ落ちたカミロさんは人間に戻ったようだった。戸惑ったような顔のまま私に手を伸ばすと、糸が切れた人形のように崩れ落ちていく。
「・・ス・・・ェ・・・テ・・・」
倒れる寸前、カミロさんが何かをつぶやいた。私ははっとして、なんとか彼に駆け寄ろうとし手を伸ばした。
「カ、カミロさん!」
「ア、アメリー! 待ちなさい!」
セブリアン様の止める声も聴かず、私はカミロさんに駆け寄った。彼は眠るように目を閉じており、ピクリとも動かない。私ははっとして彼の口に手をかざすが、もう息はしていなかった。
「ア、アメリー様?」
「デメトリオ様! どうしよう! もう、息をしていないんです!」
私が泣きそうになりながら叫ぶと、デメトリオ様が焦ったように近づいてきた。そして私を押しのけてカミロさんを確認した。デメトリオ様は悲痛な顔でうつむくと、静かに首を振った。
「え? そ、そんな!」
「この症状は魔力欠乏症ですね。おそらく、アメリー様の魔力の火を消すために、自分の魔力を展開しようとしたのでしょうが・・・」
悲痛な声を上げるデメトリオ様に、私は目を見開いていた。
「わ、私の魔法が、カミロさんにとどめを刺した?」
「不測の事態です。仕方のないことでしょう。彼は魔物になって私たちを襲ってきましたし、あの魔法でなければ当てることも難しかった。私たちでは、こうするしかなかったと思います」
セブリアン様が慰めるような言葉をかけたようだけど、私の視界は急激に閉ざされてしまった。地面が近づいて、それでも倒れたカミロさんから目を反らせなかった。
「アメリー様!」
セブリアン様やデメトリオ様の焦ったような声が聞こえた気がしたが、私の視界は急激に暗くなっていった。




