第105話 トリビオとエスケレット
「閉じ込め、られた?」
私は茫然としてしまった。
追撃戦の途中でいきなり現れた扉に、セブリアン様と逃亡者は入っていってしまった。デメトリオ様もそれに続いてしまい、私はあわてて追いかけたのだけど。
私が中に入った瞬間に扉が閉まり、閉じ込められてしまったのだ。
あわてて扉を開けようとするが、押そうが引こうがびくともしない。黄色の魔力で内部強化したのにまるで動かせないなんて、相当な固さだと思う。
「おいおい! マジかよ! 開かねえってか? くそっ! お前らのせいで! こんなところに閉じ込められたじゃないか!」
「もともとはお前のせいだろう! どういうつもりで王国に帰ってきた! リンクス家の当主様の顔に泥を塗ったお前が、この国に戻ってくるなんてな」
醜くわめく男に、デメトリオ様からの叱責が飛んだ。
この人たち、もしかして知り合いなの?
疑問符が飛んだ私に、セブリアン様が説明してくれた。
「アメリー様。すみません。この男はトリビオ・ローンと言って、王国で指名手配された犯罪者なんです。デメトリオのリンクス家は特に彼に迷惑をかけられたらしく、見つけ次第、捕らえることになっているのですが」
そういえば、セブリアン様はリンクス家のお世話になっているはずよね。その領主の体面を傷つけた相手なら、デメトリオ様がこれだけ怒りを見せるのもわかる気がする。
でも、セブリアン様はローン家と言ったわよね? さっき使った魔法はアロイジアが得意だったものだけど、やっぱり?
「ローン家というと、まさか」
「さすが王国の貴族ですね。ええ。そうです。かのアロイジア・ザインの生家です。彼はそこの令息なのですよ」
私は顔を引きつらせた。
ローン家というのは王国ではかなり有名な貴族家で、最初の星持ちたるアロイジア・ザインの生家だ。アロイジアがザイン家に嫁いだのち、彼女の妹がローン家を継いだと聞いている。その後もアロイジアとの交流は続いたらしく、彼女が星持ちになってからもローン家の秘術を頻繁に使っていたそうだ。
「アロイジア様が亡くなった後、ローン家は没落の一手を辿りました。栄華を誇った貴族家でも、今では水を操る家の一つに埋没してしまった。挙句、その後継だった男は犯罪者にまで落ちぶれる始末で」
デメトリオ様が吐き捨てると、トリビオは怒ったように暴れ出した。
「くそが! お前らが俺を認めないせいだろう! 俺はアロイジアと血を同じくする偉大な貴族だ! それなのに、俺を認めないだなんて間違っている!」
「当然でしょう。優秀なのはあくまでアロイジア様であってあなたではない! あなたには星持ちと言われるほどの資質もなく、それ以外も特段優れているわけではなかった。アロイジア様の甥というだけで、この国で優遇されると思ったのですか?」
唾を飛ばすトリビオにも、デメトリオ様は冷静だ。冷めた目で、事実のみを伝え続けている。
自分を肯定する人がいないことに気づき、トリビオは焦ったように声を荒げた。
「お、俺を傷つけてもいいのか? お前ら、ここがどこかもわからないだろう!」
「始めてきた場所ですが、見当はついています。おそらく、ラウムの魔道具によって作られたセーフハウスですね」
あっさりと答えたセブリアン様に、トリビアは唖然とした様子だった。
「ラウムの魔道具、ですか?」
「ええ。帝国や連邦で発掘された魔道具です。異空間に館を作り出し、それに自由に出入りできる魔道具。宝珠と対になっていて、宝珠を使えば入口への扉を呼び出すことができるんです。かなり貴重ですが、連邦ではわりと有名な魔道具なんですよ」
連邦でそんな魔道具が存在していたなんて・・・。
確かに聞いたことがあった。連邦や帝国にはこの国とは比べ物にならないくらいたくさんの遺跡があって、そこから数々の魔道具が発掘されるらしい。それらはこの国の魔道具とは比べ物にならないくらい高性能なものが多いそうだ。
「しかし、ラウムの魔道具はかなり貴重なもののはず。発掘された物以外にはこちらで作り出すことはできないのです。連邦でも有力者くらいしか持っていないんじゃないですか? それが、なぜここにあるのです?」
「し、知らねえよ! 俺がそんなこと知るわけねえじゃねえか! 俺だって被害者なんだよ! なんでこんなところにいるのか、意味わかんねえよ!」
セブリアン様が刺突剣を突き付けるが、トリビオは顔を反らしつつも反論した。デメトリオ様があきれたように首を振っている。
「そもそも、あなたはなぜあの街に来ていたのです? 指名手配されていたあなたが、危険を承知で何をしていたのです? あの街に、何かがあるというのですか」
「へ! 言うと思うか!? この俺様が、お前ごときに! 白の忌み人のお前によ!」
トリビオが虚勢を張るように言い、セブリアン様が目を鋭くした。
そしてさらなる尋問を続けようとした、その時だった。
ざっざっざっざっざ。
こちらへ近づく足音が聞こえてきた。おそらく複数体が隊列を作っているのだろう。その規則正しい足音は、軍隊か何かのようにも聞こえるのだけど。
「セブリアン様」
「ええ。分かっています」
セブリアン様が鋭い目をしながら足音がした方向を窺った。
「な、なんだ? どうしたってんだ?」
「静かになさい。何者かがこちらに来ているのです」
私たちはトリビオの襟首を掴みながら玄関の柱の陰に隠れた。トリビオはデメトリオ様に突き付けられたナイフに顔を青くしながらも私たちに従った。やはり、トリビオは私たちをここにいざなった奴らとは違うと見て間違いないだろう。
何者かは言葉もなくこちらに近づいてきている。私は柱に隠れながら、そっとそれの姿を確認した。
「!! あれは!」
「骸骨剣士・・・エスケレットですね」
初めて聞く名前に、思わずセブリアン様の顔を見つめてしまった。
「エスケレットは人口の魔物です。人の骨のような形をした大柄な魔物で、水の魔力で動きます。あの魔物は人の命令を聞くように作られていて、作成者はあれを自由に動かせるんです。使用人のように家事をしたり雑用をしたりして使われていることが多いのですが」
そっと説明してくれるセブリアン様に、思わず眉を顰めてしまう。王国では反帝国を掲げているだけあって、魔物を使役するのは禁忌とされている。騎獣や護衛中がわずかに認められているだけなのだが、同じ反帝国を掲げている連邦では事情が違うということか。
「器用な、魔物なのですね。人を模した動きができるなんて。骸骨というのは、趣味には思うことがありますけど」
「器用なだけではありません。武器を使わせたら恐るべき魔物になります。戦闘用に特化したエスケレットは帝国さんの合成獣にも勝る恐るべき戦士になると言われています。だからこそ、連邦の有力者は競うようにあの魔物を揃えているのですよ」
確かセブリアン様は連邦の有力者の家に生まれていたはずだ。ということは、あのエスケレットという魔物はなじみの深いのかもしれない。
私たちは隠れてやり過ごそうと声を潜めた。あのトリビオも、静かに魔物の様子を伺っている。
近づいてきたのは6体ものエスケレットだった。斧を持っているのが2体、槍が2体、剣を持っている個体も2体いる。武装したエスケレットを見て、私たちは顔を見合わせた。
あいつらは一通りロビーを見回すと、すぐに振り向いてその場を後にするようだった。このまま隠れていればやり過ごせそうね。
私がそっとセブリアン様を見ると、彼もそっとうなずいてくれた。
だけど、その時だった。
くしゅん。
小さくくしゃみをする音が聞こえた。ぎょっとしてそちらを見ると、トリビオが口を押えて目を見開いていた。
エスケレットの反応は劇的だった。素早い動きで武器を構えると、あっという間に柱を回り込み、トリビオとセブリアン様を取り囲んだ。
「くっ! 気づかれたか!」
セブリアン様が槍を躱しながら叫んでいた。反撃の刺突剣でエスケレットを一体滅ぼしたのはさすがというべきか。トリビオはあわてたように身をすくめている。
「相手は骨。でも、この刀でたたき切るのは少し怖いかな」
私は刀を鞘に納めながらつぶやいた。
私の魔鉄の刀なら、おそらくエスケレットを倒すことができるだろう。でも今の鉄の代刀しかない今は少し不安があった。内部強化と相性が悪いこの刀では、使うと折れてしまうかもしれないし。
私は素早くエスケレットの一体に近づくと、右手を魔物の頭にかざした。
「ベイブ」
解き放たれたのは、赤い魔力。それは一瞬にしてエスケレットの頭を焼き尽くした。剣を落とし、膝をついて倒れ込む間に、もう一体のエスケレットを同じように倒していく。
「ウインド!」
デメトリオ様が魔法を放つと、斧を持ったエスケレットを一瞬にして倒してしまう。そしてもう一体に魔法を仕掛ける間に、セブリアン様が残りの2体を仕留めていた。
私たちは、瞬く間に6体のエスケレットを倒すことに成功したのだ。
「くそが! これが、学園の上位クラスの実力ってことかよ!」
悔し気に言い捨てるトリビオを気にも止めず、デメトリオ様が緑の魔力を練りだした。そして魔法が完成すると、両手を高く天に掲げだした。
「行きます! ランドケイト」
掲げた両手から緑の魔法陣が浮かぶ。そこから緑の魔力が四方に飛び散っていく。
四方に飛んだ緑の魔力は、しばらくしてデメトリオ様の手に戻ってきた。デメトリオ様は魔力を読み取ると、考え込むように拳を唇に当てた。
「ふむ・・・。やはり、この屋敷にはかなりの数のエスケレットがいるようですね」
デメトリオ様が使ったランドケイトの魔法は、館やダンジョンで道を確認するための魔法だ。いつも目にするフィーデンやサッチャー・ナッチの魔法よりも高度な魔法で、砦の中や洞窟でも地図を描くことができるという。
「気になるのは地下ですね。なにか、牢屋のような部屋がいくつもあるように見えます。まだ、囚われている人もいるようです」
「誰かが、この場所に囚われているということですか!? すぐに助けないと!」
慌てる私を、デメトリオ様が引き留めた。
「待ってください! 地下にいる魔物がおかしな動きをしています! なんだ、こいつ・・・。何か、囚人を解放しようとしている?」
驚いたデメトリオ様は、焦ったようにこちらを向いた。
「何かが、すごいスピードでこちらに向かっています! セブリアン! アメリー! 警戒を!」
私たちは迫りくる何かに向かって構えを新たにした。
地下から何かが迫ってきている。
セブリアン様が先頭に立ち、その後ろに私がいいて、デメトリオ様もそばにいる。そして彼は油断なくトリビオに杖を突き付けている。トリビオ自身も、私たちよりも近寄ってくる何かを警戒しているようだった。
誰も何も言わない。迫りくる何かに、みんな警戒しているのだ。
そしてしばらく経ったころだろうか。それは風のように素早く、そして静かに私たちの前に佇んでいた。
「俺は、何を・・・。なんで、こんな場所に来ているんだ・・・」
それは人間だった。ボロボロになったアンダーウェアをまとい、体はやせて目はぎょろりとしていた。だけど、それは間違いなく人間だった。
「え・・・。あ、ああああ! あなたは! 星持ちの姫! やっと、やっと助けが来てくれたんスね! ああああ! もう、駄目かと思った!」
その人は、私を見て安心したように顔をゆがませた。目に涙が浮かんでいて、本当に喜んでいるように見えたけど・・・。
私は、彼の顔に見覚えがある気がしていた。
そうだ。彼はこの国有数の銀級の冒険者で、学園から回収部隊にも指名されるくらい優秀な人だった。
「カミロさん・・・」
そう、彼は行方不明になっていた『虹色の風』のメンバーの一人、冒険者のカミロさんだったのだ。




