第104話 追撃戦 ※ セブリアン視点
※ セブリアン視点
「待ちなさい!」
「ちっ! しつこい!」
デメトリオが叫ぶが、あの男はこちらを一睨みして、街の外へと走り出していく。
「デメトリオ! あの男は!」
「ええ! トリビオです! トリビオ・ローン! あの裏切り者の!」
トリビオ・ローンという男はデメトリオの古い知り合いだ。以前、彼が連邦に留学していたときに私も何度か面識があった。
もともとはこの国の貴族の子弟だったけど、留学の後に連邦に鞍替えしたんだよな。あの国ではこちら以上に水の素質が高いものが優遇される。主家と仲たがいしたのを機に、彼は本格的に亡命してきたらしい。だが、その後に連邦での反乱騒ぎに巻き込まれて失踪したと聞いている。
「たしか彼は、連邦でも王国でも指名手配にされていたはずですよね? それが、なぜこんなところに! 王国にいるというのですか!?」
「分かりません! ですが、彼のせいで我がリンクス家は連邦にも睨まれることになったんです! 何が起こったかは我が家でもつかめず! とにかく! 彼に事情を聞かないと!」
聞くところによると、デメトリオにとって彼は兄のような存在だったそうだ。だからこそ、彼に頼られたら家を上げて支援してきた。それが突然疾走してしまったせいで、デメトリオのリンクス家は連邦に賠償を求められたという。
トリビオのせいでリンクス家が評判を落としたのは間違いない。一応、貴族としての力は残ったようで、デメトリオの家のつてで私はこの国に留学することができたが、彼にとってトリビオのしたことは許せないのかもしれない。
「セブリアン様! 待って!」
ぎょっとして振り向くと、そこにはアメリーが息を切らしながら追いかけてきていた。その後ろには彼女の護衛もいて、そのあたりはさすがだと思った。他の貴族と比べて魔力量の低い私たちの護衛は、とっくに引き離されていたのだから。
「アメリー様! すみません! ですが、あいつを逃がすわけにはいかないのです!」
「!! 事情がおありとのことですね。分かりました! ですが、あなたの身のために私もついていきます!」
私はうなずくと、前を走る背中を睨んだ。
正直、アメリーがいないほうが取れる手は増えるだろう。やはり、優等生の彼女の前で激しい尋問などできないだろうから。でも、私たちを放置できない彼女の立場もわかる。デメトリオも顔をゆがませながら前を睨んでいるが、仕方ないといった風勢だ。
「くそが! いい加減に!」
トリビオは走りながら私たちを振り返った。彼は焦ったように顔をゆがませながら、右手をこちらにつきだした。
右手から解き放たれたのは青い魔法陣。認識阻害によって詳しくは読み取れない。だけど、私には彼がなんの魔法を使おうとしているのか、わかる気がした。
あいつ! まさかあの秘術を使うつもりか!
「このまま捕まってしまうくらいなら!」
右手の魔法陣から4発の水の玉がはじき出された。予想通り、ターゲットは私たちではない。水の玉は私たちの進路上に落ちて、その場所の土の中へと染み込んでいく。
地面が振動した。玉が沈んだ場所の土が盛り上がり、4歩くらいの人のような形をした何かが地面から起き上がってきたのだ!
「なに、あれ!」
「ふはははは! 行け! ゴーレム!」
トリビオが私たちを指さすと、土の人形――ゴーレムは無言でこちらに歩み寄ってきた。重量感のある足音に、私たちはしばし追跡のスピードを緩めてしまう。
「何であの男があの魔法を? あの魔法は! あのアロイジア・ザインが得意としていた魔法なのに!」
アメリーが叫んだ。おそらく彼女にとってもあの魔法を使ったのは想定外だったのだろう。立ち止まりこそしなかったものの、追跡のスピードは緩んでしまっていた。
トリビオが使ったあの魔法は、エードキンペ・ブッペ。土に魔法の水を憑依させることでゴーレムを作り出す、アロイジア・ザインの実家――ローン家の秘術だ。
全盛期のアロイジア・ザインはこの魔法で100体近い土人形を作り出したという。星持ちの強力な魔法により、ゴーレム一体一体がすさまじく強化され、並みの魔法使いでは傷一つ付けられなかったと言われている。
「足止めなど生ぬるい! この土くれでお前たちの命を刈り取ってくれるわ!」
「お嬢様! お気を付けください!ここは私が!」
狂笑するトリビオにも、アメリーの護衛はひるまない。私たちを追い抜くと、そのままゴーレムに狙いをつけた。
そして――。
「行く!」
すさまじい勢いでゴーレムに向かっていった。
私の目でも、あの護衛の動きは追えなかった。気づいたらあの護衛はゴーレムの懐にいて、その剣でゴーレムの胸を刺し貫いていた。
「なっ!! ば、ばかな!」
トリビオが叫ぶのと同時に護衛は剣をゴーレムから抜き放った。貫くときに魔力を破壊したのだろうか。ゴーレムがあっさりと崩れ、土へと戻っていく。あの護衛はそれを見届けることなく次のゴーレムに向かっていった。
護衛の剣が次のゴーレムを斬りつけた。一撃で倒すには至らないようだが、少なくとも足止めには成功している。さっきのように、ゴーレムを倒すのも時間の問題だろう。
「お、おい! ふざけるな! 俺の、俺の水の魔力をふんだんに使ったゴーレムだぞ!」
「いかに優れた秘術とはいえ、使い手次第ではあの程度! ビューロウの秘術を身に着けたグレーテには敵わない!」
焦るトリビオに、アメリーが冷静な言葉を投げつけた。トリビオな目を見開いていたが、アメリーには何も言えず口をパクパクとさせていた。
余ほど驚いたのだろう。トリビオのスピードは目に見えて遅くなっている。これなら、私たちでも追いつくのは難しくない!
トリビオを私たちの距離は縮まっていく。
10歩・・・。7歩・・・。3歩…そして、あと1歩!
「今だ!」
私がトリビオの肩を掴み、そのまま地面へと押し倒していく。やはり、白の属性を使った身体強化は並ではない。トリビオの魔力障壁などないもののように、容易く押し倒すことができた。
私はトリビオの肩を抑えて倒れ込んだ。私とトリビオは一体になりながら転がり込んでいく。このままなら、止まったと同時にトリビオを捕獲できるだろう。
だけど、次の瞬間だった。
ぶおおおおん
私たちの前方に、いきなり赤い扉が現れた。トリビオの肩を掴んだ私は、転がるように扉の中へと入っていく。
「セブリアン!」
「アメリー様!」
デメトリオとアメリーの声が私の耳に残った気がした。
◆◆◆◆
「くっ! ここは!」
トリビオを捕まえたと思ったら、見知らぬ屋敷に入っていた。周りを見回すと、どうやらここは、どこかの屋敷のロビーのような場所らしい。
「この! 離せよ!」
「!! ちっ!」
トリビオの蹴りが私を襲った。何とか防御したものの、その隙に拘束を抜け出して私から距離を取っていた。
私を睨みながらトリビオが剣を抜いた。
トリビオが抜いたのはシミターと呼ばれる曲刀で、その分厚い形状から相当な重さがあることが察せられた。あれは連邦で使われている武器で、やはりトリビオは連邦の技術を使っているということか。
「くそが! 邪魔をするな! 青も黄色もない、白だけの出来損ないのくせに!」
「やれやれ。連邦とつるむ中で考え方が劣化したのか。白を優遇するのはお前の国の特徴だろうに」
私は刺突剣を抜きながらトリビオに言い捨てた。
彼とは連邦で少し話したことがある。水の資質が高いことを自慢気に語っていた。おそらくレベル3の水の資質の持ち主で、身体強化は相当な水準に達していると思う。重い武器を軽々と扱うのは脅威かもしれないが・・・。
「ほらよ! くたばりな!」
トリビオが一瞬にして斬りかかってくる。さすがはレベル3の持ち主だ。踏み込みは鋭く、力強い斬撃は私の頭を切り裂くかと思ったが。
「ふっ」
「なっ?」
私は体を反らすことでトリビオの斬撃を簡単に回避した。トリビオは続けて斬撃を繰り出し続けるが、私はそれも簡単に避け続けることができた。
「未熟な近接技術は、ある程度の水準に達した者にはかなわない。近接戦闘では魔力の資質よりも武術の腕がものを言うと。コルネリウスの言っていた通りだな」
トリビオの攻撃を避けながら教室での言動を思い出していた。
確か、あの魔道具で魔力が高まったとうそぶくヘルムートに、コルネリウスが戦うまでもないと言い捨てたよな。魔力だけで武術が未熟なヘルムートには、修練を積んだコルネリウスたちにはかなわないと。トリビオと戦うことでそのことが実感できた。
「確かに、あの国では資質のない私は侮られがちでしたがね。その分刺突剣の訓練は欠かさなかったつもりです。それと、この国で学んだ白の魔力の使い方を合わせれば、あなたごときの攻撃を避けるのも造作もない!」
「だ、だまれ!」
頭に血が上ったのだろうか。トリビオが渾身の力で曲刀を振り下ろすが、その一撃を刺突剣で簡単に反らすことができた。そして返しの突きで彼の曲刀を弾き飛ばした。トリビオごときの腕では、私に一撃を与えることなど不可能なのだ。
「さて。吐いてもらおうか。あの場所で何をしていた? お前は、何を追っていたというんだ」
「くそが! 誰が話すかよ!」
虚勢を張りながらトリビオが魔法を放つが、私はそのすべてを刺突剣で打ち消し続けた。
白の魔力はすべてを凌駕する。私の狙い通り、トリビオの魔法を簡単にかき消すことができた。
「くそが! これで!」
「させるか!」
短杖を抜こうとしたトリビオの右手に、風魔法が掛けられた。短杖が弾き飛ばされていくのを見て、トリビオがそちらを睨んだ。
「好きにはさせませんよ。あなたの目的が何なのか、吐いてもらいます」
デメトリオが杖を突きつけながらトリビオを睨んだ。私を追って屋敷に入った彼は、杖を抜こうとしていたトリビオに奇襲を仕掛けてくれたのだ。
劣勢を悟ったのか、トリビオは焦ったようにきょろきょろとあたりを見回した。
「く、くそが! この屋敷はまずい! 早く出ないと!」
「時間稼ぎのつもりでしょうがそうはいくか。このまま尋問に入らせていただきます」
デメトリオが冷たく言い捨てたその時だった。
「くっ! そんな! 扉が、閉まる!?」
アメリーの声だった。
彼女も私たちを追って館に入ったようだが、今は必死で入口の扉を押さえている。アメリーから放たれている、黄色い魔力。アメリーは内部強化しているようなのに、扉が閉まるのを止められないようだった。
「くっ! なんなのこれ! 押さえ、られない!」
抵抗むなしく、扉は閉まっていく。
ばたん!
無情にも閉じられた扉を、私たちは茫然と見つめることしかできなかった。




