第101話 報告会と街への散策と
「ということがあったんです」
いつも通り集まったのは次の日のお昼のことだった。参加したのは旅行に行ったメンバーと、ロータル様とナデナ様。ヘルムート様もいる他、今回はファビアン様とフォンゾ様も参加していた。
「ちなみに、テレサとロニーはぴんぴんしていますよ。処置が良かったのが功を奏したそうです。おかげさまで傷も残らなかったようで。先輩方・・・、特に治療してくれたニナ先輩にお礼を言っていました」
そうか。あの2人は無事に治療を終えて元気に登校していたのか。後遺症がないようで何よりだ。ニナ様も心なしかほっとしたような顔をしている。
「さっきの話だけど、その証言って本当に信用できるの? だって、相手はあのフロリアン様でしょう? その、中央以外は貴族じゃないって言ったという・・・」
「あ、あの・・・。それについてはちょっと思いついたことがあるんです。あの人は本気で僕たちにヒントを伝えてくれた可能性が高いかもって」
エーファの疑問に答えたのはファビアン様だった。
「僕もそうだったんです。ユーリヒ公爵についたつもりはないのに、気が付いたら公開処刑に賛成したことになっていた。僕だけじゃなく、ロレーヌ家全体がです。ノード伯爵令息には本当に申し訳ないことですけど」
ファビアン様が頭を下げるとヘルムート様は焦ったように首を振った。
「だから、もしかしたらフロリアン様も同じかもと思ったんです。彼も僕と同じように言質を取られてしまったのかもしれない。本人は中央の戦士たちをかばっただけのつもりが、拡大解釈されて中央以外を貶める言葉に変換された」
全員が押し黙った。
ファビアン様がユーリヒ公爵に賛同していないことは、私たちにとって周知の事実だ。でも、世間ではファビアン様が公開処刑に賛同していると見られている。
これはファビアン様の言葉を利用したユーリヒ公爵の姦計だけど、同じことをフロリアン様もされたとしたら? 彼の2人の兄は優秀だと聞いているが、フロリアン様はあまりぱっとしない。その隙を、他の陣営に利用されたとしたら?
「そうよな。俺たち高位貴族は言葉に気を付けないといかんのよな。下手なことを言えば簡単に言質を取られてしまう。怖いものよ。影響力が大きいのも考えものということさ」
ギオマー様が何度もうなずいている。もしかしたら彼にとっても思い当たることがあるのかもしれない。まあ、同じ侯爵令息のコルネリウス様はあいかわらず冷笑を浮かべていたのだけど。
「しかし30年前の事件とはな。俺たちが生まれる前の出来事だが、そのころに何かあったか? あの頃は聖女の結界のおかげで大規模な闇魔の襲来もなかったと思うが」
「ええ。そうね。単発的な闇魔の襲来はあったようだけど比較的静かな時代だったと思うわ。全国的にも復興が騒がれていてね。外国との大きな諍いもなかったと思うし。まあ、旧帝国はちょくちょくちょっかいをかけてきていたみたいだけど」
ロータル様とエーファが疑問を口にした。
私もビューロウのことを振り返った。30年前となると、おじい様がビューロウを継いでしばらくたったころだと思う。そのころはうちの両親もまだ小さくて、ビューロウは貧しかったと聞いている。そこからおじい様が奮闘して、他領にも負けないくらいの規模に育ったのよね。
「待って。30年前というと、確かユーリヒ公爵が学園で教師をしていたころよね? そのころ、帝国残党の諜報員が王国で大きな事件を起こしたような・・・」
「そう! ケルンの変! 確か学生が何人も犠牲になった事件よ! あれはたしか、旧帝国の諜報員が犯人ってことになったはずだけど」
思いついたように言うエリザベート様に、メリッサ様が手を叩いた。
当時、すでに帝国は滅んでいたけど、その残党がたびたび襲撃を企てたのよね。帝国が滅んだ原因は王国にあると、残党がしつこく仕掛けてきたという。やり玉に上げられたのが学園で、教師や生徒を狙った襲撃が頻繁に起きていた。
「『ケルンの変』は確か、炎の魔力が暴走して起こったとされる事件よね。この国の貴族が暴走させられたそうだけど、闘技場は半壊の被害を受けたとか。当時のユーリヒ公爵もその犠牲になって、アダルハード・ユーリヒが領地を治めることになった」
今でこそ権勢を誇るユーリヒ公爵だが、昔は学園の教師だったと聞いたことがあった。教師だったアダルハード・ユーリヒはケルンの変で親類兄弟を亡くした。身内の全滅に伴って教師から貴族の後継に返り咲いた。それから彼とその息子がそれこそ20年以上奮闘し、王国一ともいえる大貴族になったのだ。
「でもよ、それがどうしたってんだ? 帝国の諜報員だってほとんどがとっくにくたばってるだろうし。ユーリヒ公爵が現役とはいえ、あれからもう30年だぜ? 今さら、何をしようってんだよ。やっぱりフロリアン・・・様に担がれたんじゃねえか?」
ヘルムート様の言うことはもっともだけど、私は何か引っかかるものを感じた。実際にフロリアン・ユーリヒに会って思ったのだけど、あの人が嘘を言っている気配がしなかった。なんの関係もないとは思えない。
「30年前、ですか。それなら、そのころから務めていた教師も何人かいらっしゃいますよね。無属性魔法のマヌエラ先生や、図書館に詰めるルイボルト先生・・・」
ハイリー様が言うと、全員がアーダ様に注目した。アーダ様はたじたじになりながら、みんなの視線に答えた。
「えっと、ルイボルト先生はあんまり過去の話をされることがなくて、その事件のことは聞いたことがない。でも気さくな人だから、うん。明日は休みだけど図書館に行く用事があるからそのときに聞いてみるよ。真剣に聞けば何か教えてもらえると思うし」
「ふっ。仕方がないな。私も手伝おう。何しろ俺は、ウォルフガング・ポリツァイの再来と言われた男だからな! 調査と言えば我らポリツァイだろう! 今は学園長からの依頼も会って忙しいが・・・。まあそう言う事情なら協力してやらんでもない」
コルネリウス様がにやりと笑うと、みんなやれやれといった具合に首を振った。ファビアン様やフォンゾ様も苦笑いしている。申し訳ないけど、うちのクラスはこんな感じです。
「はぁ。じゃあ悪いけど、頼んだわよハイリー。アーダをうまくフォローしてあげてね。アーダもお願いね」
「分かりました。私にできることは少ないかもですけどね」
「う、うん。ハイリーが来てくれると私としても心強い」
エリザベート様が言うと、ハイリー様とアーダ様が続いた。コルネリウス様は不満顔だ。
「おい! なんで俺にはリアクションがないんだ! 真っ先に返事をしたのは俺だぞ!」
「うーん・・・。なんていうか、日ごろの行いじゃない? ことあるごとにポリツァイの始祖の名前を出されるの、みんな飽き飽きしてるんだよ。いや、決してポリツァイの始祖のことに何か含むことがあるわけじゃないんだけどね」
ニナ様の答えに、コルネリウス様はしつこく食い下がった。
「俺は学園長から直々に依頼されることもあるんだぞ! この後も何か頼みごとをされるようなのだし! 学生の身で学園長から直々に声がかかるほどなのに!」
「それってハイリーも同じよね? それにどちらかというとハイリーが本命って気がするけど?」
反論したのはメリッサ様だった。どこか楽しげな様子に、さすがのコルネリウス様も絶句しているようだった。
「そう、だな。30年前からいる教師だと経営学の授業をしているアデリーノ先生もそうだったな。あの先生は話が長いのが玉に瑕だが聞けば色々教えてくれそうじゃねえか?」
「そう言えばそうだな。俺たちも聞いてみるか。ナデナも来いよ。どうせお前も暇だろう?」
「ええー? めんどくさいなぁ。でも仕方がないか」
憤慨するコルネリウス様を気にしないかのように話が進んでいった。ヘルムート様の提案にロータル様が乗ったようだ。ナデナ様が不平を漏らしているが、まあ彼女のことだからきちんと仕事してくれることだろう。
「アメリーはどうするの? やっぱり明日はアーダを手伝いに行く?」
「いえ、明日は街に繰り出そうと思って。ちょっと行かなきゃいけない用事ができたというか・・・」
私が頭を掻くと、エーファが興味を引かれたように聞いてきた。
「意外ね。アメリーが街に行くだなんて。アーダにも付き合わないのは珍しくない? いつもは道場に顔を出すか、寮で訓練していることが多いのに」
「ええ。実は、前回の討伐任務で私の刀の鞘が壊れちゃったんです。イナグーシャと戦ったときに刀を弾き飛ばされちゃって。鞘で魔物を攻撃したんですが、その時歪んじゃったんですよね」
私が答えるとみんな納得したような顔になった。
「そう言えばそうでしたね。アメリーさんはイナグーシャに刀の鞘を叩きつけていました。やはり、あの影響で?」
「ええ。そうなんです。あれ一発で駄目になったみたいで。だから今は鞘のない状態で、タオルを巻いて刀を保護している始末です。あの刀は学園の街で作られたものらしいので、メンテナンスを兼ねて行ってみようかなと」
目を輝かせたのはギオマー様だった。
「そうか! アメリーは鞘を新調するのだな! それはいい! 俺も試したいことがるんだ! お前用の魔道具が完成したのよな! 刀の鍔と鞘に装着する形でな。鞘を新調するのならぜひ試してほしい。確かその刀を打ったのは・・・」
「おそらくシーミッドの鍛冶屋よ! エレオノーラ様が贔屓にしていたならあそこだもの! あそこの店主とはうちと付き合いがある。だったら事前に言えば!」
ギオマー様とメリッサ様が顔を合わせると、
「アメリーの新しい武具が作れる!」
同時に叫んだ。
私は圧倒されて、思わず口ごもってしまう。
「い、いえ。しかしそこまでしていただくわけには」
「何を言っているんです! より良い魔道具を作るのは私たち技師としての目指す姿です。ドーンと構えていてください! その代わり、データはきちんと取らせてくださいね!」
「なっ! そういうことだ。俺たちとしても星持ちの武具を調整するのはいい経験になる。悪いが、協力させてくれ。なに、お代はいらない。データを取らせてもらえれば十分だからな」
メリッサ様もギオマー様もすごくいい笑顔でそんなことを言った。
「はぁ。なんだか不安ね。この2人、集中すると周りが見えなくなることもあるから。任せていていいのかしら」
「不安ならエリエリもくればいいじゃん。私も興味があるし。エレオノーラ様が作った武器なんて、おもしろそうじゃない?」
ニナ様が言うとエリザベート様は言葉に詰まったようだった。畳みかけるように言ったのはセブリアン様だ。
「僕も王国の鍛冶技術には興味があります。その鍛冶屋では魔鉄はもちろん、神鉄まで扱ったことがあるんですよね? エリが一緒に来てくれるのなら、僕も見学できそうなんですが」
セブリアン様がいたずらっぽく言うと、エリザベート様はそっと首を振った。そして溜息を吐きながら宣言した。
「じゃあ決まりね。明日は二手に分かれましょう。1つは情報収集組ね。対象はルイボルト先生とアデリーノ先生。余裕があったらマヌエラ先生にも話を聞くということで。そしてもう一方は、アメリーの武具づくりに協力する組ね。ファビアン様とフォンゾ様はどうします?」
「俺は叔母さんの手伝いをしようかな。なんだかんだで勉強になることが多そうだし。ルイボルト先生のつてができるなら悪いことではない」
「えっと。では僕はアメリー先輩についていこうかな。姉上が作ったっていう武器には興味があるし、僕が行けば話をしやすくなると思う」
クラスメイトに加え、1年生のファビアン様とフォンゾ様の予定も決まった。なんだか私の事情に巻き込んだようで、ファビアン様には申し訳なく思うのだけど。
「決まりね。この件はもしかしたら王国を揺るがす重大な事件になるかもしれない。でも、今から準備すれば、きっと私たちでも事件を防げると思う。各自が、力を出しましょう。いいわね!」
エリザベート様の言葉に、私たちは勢い良く返事をするのだった。




