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星持ちの少女は赤の秘剣で夢を断つ  作者: 小谷草
第5章 星持ち少女と異国の魔物
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第100話 フロリアン・ユーリヒ

 高位貴族の男――フロリアン・ユーリヒはすぐに後列にいる女生徒たちを見つけた。大学生に肩を貸された女生徒達には痛々しい包帯が巻かれ、彼女たちは意識がないかのようにぐったりしている。


「アドラー。すぐに救護室の手配を。治癒が使える者は待機しているな?」

「・・・。はい。今ならベッドは空いているでしょう。しかし・・・」


 フロリアン様は、ためらう護衛を睨んだ。


「私はここにきてまだ日が浅い。職員を使っては従わない者もいるだろう。いそげ! お前が行けば逆らう者はいまい! 学園の宝に、あまり不自由な思いをさせてはならん。すべて仔細がないように取り計らってくれ」


 護衛は悔しそうに顔をゆがめると、フロリアンを一瞥して素早く走り去っていく。オリヴィア先生たちは茫然とその様子を見送っていた。


 その様子を見て焦ったのは6人の男たちだった。特に先頭の青髪の男はあからさまに動揺していた。


「フ、フロリアン様」

「さて。パウル・クレーフェ侯爵令息。貴公は何の権限があって学園の教師を退けようとしたのかな。これは我々ユーリヒ家と学園の関係を悪化させようというたくらみにも見えるが」

「い、いえ違うのです! 下級貴族が分をわきまえず闘技場を利用したとしたので・・・」

「そ、そうです! 下級貴族に率いられているんだ! どうせ平民クラスの生徒たちに決まっている! そんなやつら、あなたが気にされることはないはずです!」


 唾を飛ばしながら言い訳をする男たちに、フロリアン様は深くため息を吐いた。


「光の属性があるとはいえ、所詮は無役の貴族か。彼らが誰を率いているのかもわからんとは」

「え・・・。あの、フロリアン様?」


 カッと顔を上げたフロリアン様は、鋭い目で男たちを睨んだ。


「愚か者め! まだ気づかんのか! ここにいるのはロレーヌ公爵とベール侯爵のご子息だぞ! それ以外にも高位貴族の子弟が何人もいる! お前が言う『下級貴族の生徒』など、どこにもいないではないか!」

「え! あ・・・。そ、そんな!」


 男たちは初めて気づいたのだ。自分たちが追い出そうとしていた生徒が、何者なのかを。


「男爵に率いられたから下級貴族にきまっているだと? 学園がそんなに甘いものではないと分からんのか! そもそも、爵位の有無にかかわらず学園から助けを求められたら助けるのが闘技場の役割だ! お前たち、いつから勝手に救援を断れる立場になった! このことはユーリヒ家を通して抗議させてもらうからな!」


 男たちは悲鳴を上げながらその場を後にした。怒りで肩を震わせていたフロリアンは、しばらく荒い息をついていた。そして息を整えると大きな溜息を吐き、こちらに向きなおった。


「無礼をして申し訳ありません。あの者たちは近衛騎士になるための研修を受けに来たのですが、あの通り傲慢で・・・。闇魔法に対する対処も十分にこなせていないのに、もう近衛騎士気取りなのです」


 あきれたように言うフロリアン様に、ニナ様が意を決したように話しかけた。


「あ、あの! すみません。この子たちを早く休ませてあげたいのです。私も光魔法を使えるのですから、治療の役にはなるはずです」

「え、ええ。すみませんが、お願いします。応急処置はしたのですが、まだ本調子ではないようで」


 オリヴィア先生までもが言うと、フロリアン様は一瞬考えこんで、静かに頷いた。


「そうですね。あまりお待たせしても悪いか。おい。救護室の前まで先生方と生徒たちを案内しろ。相手は女性なのだから、アドラーとともに扉の前でしっかり彼らを守れ。決して、治療の邪魔をさせるんじゃないぞ」


 フロリアンの側近はしばし戸惑ったが、一礼してオリヴィア先生たちを案内していく。私も彼らに続こうとしたが、フロリアン様に呼び止められた。


「アメリー・ビューロウ様ですね? 学園が誇る星持ちの。少し、話をしませんか? あなたがロレーヌ家の支援にあるのは知っていますが、ちょっとお耳に入れておきたいことがあるのです」


 私は息をのんだ。やはりこの人は、私に何か仕掛けようとでもいうのか。


 フロリアン様は私が表情を変えたのに気づくと、苦笑したようだった。


「いきなりこんなことを言われても戸惑ってしまいますよね。でも、申し訳ないですが今しかないのです。あなたと、ひざを突き合わせて話せるのは今しか・・・」


 まるで懇願するように、フロリアン様は上目づかいで私を見つめていた。


「あなたはたぶん誤解している。わが父、アダルハードの考え方も恨みも、その野望もね」


 怪しく笑うフロリアン様に、私はうなずくことしかできないのだった。



◆◆◆◆


 フロリアン様に招かれたのは闘技場の一室だった。この部屋は執務室のようになっていて、執務机とソファーがある。ここならば話もできるだろうけど、相手はあのユーリヒ公爵のご子息。気軽に話なんて、できるはずはなかった。


 私たちはソファーにかけながら、フロリアンの言葉を待った。フロリアン様は自らお茶を入れて私たちに配ると、自分の分のお茶を飲んだ。少し眉を顰めたのは気のせいだと思いたい。


「すまないが、私が護衛させてもらう。その、ユーリヒ家とビューロウ家は、特段仲の良いわけではないのだからな」

「おお! 高名なゲラルト師範についてくださるとは光栄です。我が家でもあなたのことが話題になることが多いのですよ。ゆっくりお話を聞く、ということはできそうにないのですが」


 配られたお茶を飲むこともなく言うゲラルト先生に、嬉しそうに答えるフロリアン様。彼は、本当に残念そうだった。上位貴族だから表面上だけごまかしているのかもしれないが、私には心底うれしそうに思えた。 


 正直、この人がうわさ通りとは思えない。この人が本当に「中央にあらざれば貴族にあらじ」と言ったり、イーダ叔母さんの姪を婚約破棄したりしたのだろうか。


「それで! ユーリヒ家の者がどんなようだというのです! 誤解と言ってもあなたたちが公開処刑を推進したのは周知の事実だと思いますが。それとも、また私たちを何かに巻き込もうとでもいうのですか!」

「お、おい! ファビアン!」


 意気込むファビアン様を、フォンゾ様が慌ててたしなめた。2人とも、子爵位の私では抵抗できないかもとついてきてくれたんだけど、喧嘩腰の態度にちょっと押されてしまう。


 私たちの側にはゲラルト先生とファビアン様、フォンゾ様、そしてアーダ様と、私を含めて5人もの貴族がそろっている。対してフロリアンのほうは一人切りだ。彼の周りの人は全員救護室への案内に駆り出されたのだけど、一人で政敵とも言える私たちに相対するのには度胸があるというかなんというか・・・。


「ロレーヌ家のご子息が私を疑うのはわかりますが、少しだけ話を聞いてほしいのです。何しろ、こうやって見張りなしに話せるチャンスはめったにないのですから」


 見張り、と言ったか。つまりフロリアン様は、誰かに見張られているとでもいうのか。おそらくはさっきまでいた側近たち? フロリアン様は、彼らが救護室に向かうこの機会を利用したということ?


「さて、時間もないことだし単刀直入に聞きます。あなたたちは我々ユーリヒ家が影響力を高めるために今回の騒動を行ったと思っていますよね? 公開処刑で力を示し、あの黒い魔石の力を見せつけることで影響力を高めようと。連邦の魔道具を広めることでその影響力を強めるつもりのように感じている」


 私たちは思わず顔を見合わせた。


 その通りだった。お姉さまが闇魔の四天王を倒し、エーレンフリード様が神鉄の武器を見事に運び出した現在、ロレーヌの勢力は高まり続けている。だから、それにあがらうために連邦の新しい魔道具を、危険を承知で流行らせようとしていると思っていたけど。


「父はあなたたちと同じですよ。魔法使いの可能性をどこまでも信じていて、技術に対する信望性も厚い。そして、我々王国が、ダクマー・ビューロウとラーレ・ビューロウが闇魔に勝つと心から信じている。北への貴族の流入を防いでいるのも、彼女たちが存分に戦えるようにするためです」


 私は思わずフロリアン様を睨んだ。


「何を馬鹿なことを! あの男は、闇魔との戦いを続けて利益を得るために、私たちの道を阻んでいるのではないですか! 陛下や学園の期待にこたえ続ける私たちを阻もうと!」

「そ、そうだぜ! お前たちがアメリー先輩やうちの叔母さんの命を狙っているってわかってんだぜ! そんなことを言って俺たちを混乱させようって気だろうが!」


 私とフォンゾ様の言葉にも、フロリアン様はひるまない。


「結果を見れば明らかでしょう。アメリー様は星持ちとしてさらなる力を示したし、アーダ様は国王陛下にお目通りができるまでの立場に上り詰めた。しかも敵対していたヘッセン家は没落の憂き目にあった。すべてあの決闘の結果が起こしたことです」

「それは結果論だ! もしかしたらアメリー先輩もアーダ先輩も死んでいたかもしれない! もしアメリー先輩が傷ついたら、北に行った白の剣姫にも影響が出ていたかもしれないんだぞ!」


 フロリアン様は静かに首を振った。


「あの程度では星持ちに危害を加えることはできませんよ。あの人が育てたアロイジア・ザイン。その遺志を継ぐ星持ちが、あの程度の戦士に敗れるわけはない。アーダ様もそうです。鍛えぬいた魔法使いが、自らの力を過信した戦士に負けるはずがない。この結果は、予想するのが簡単なものだったのです」


 私は黙ってしまう。


 結果だけ見れば、その通りかもしれない。アーダ様はそれまで魔法使いとしての資質が低いとされていたが、あの決闘騒ぎで希代の魔法使いとして知られるようになった。中央の大貴族であるベール家の養女にもなり、あいつの言う通り国王陛下にもお目通りが許される立場になったのだ。


 私も、そうだった。


 それまでは子爵無勢がとどこか侮られがちだったが、決闘の前に赤の魔力を見せたことで軽視されることはなくなった。ドミニクをファビアン様たちと退けたことで、私にも揺るがない後ろ盾があると示すことにもなった。


 私をして「星持ちながら学園の模範」と呼ぶ声が上がっているが、それはユーリヒ家との一件が根底にあるのは間違いがないのだ。


「私たちのために決闘騒ぎを起こしたって言いたいの!」

「無論それだけではないですが、それも狙いの一つだったということですよ。父の手のひらの上っていうのは気に入らないですけどね」


 そんなこと言われても信じられない。こいつらのせいで私もアーダ様も苦労することになった。それなのに、すべては私たちのためだなんて!


「いきなりこんなことを言われても信じられないですよね。でも、私から見ればあなたたちと父は似ているのです。資質こそが魔法使いのすべてではないと理解し、技術の研鑽こそが魔法使いとしての腕を上げると信じている」

「何を世迷言を! あなたは、私とあの男が同じ道を歩めるとでも言いたいのですか! 確かに、私たちは学園の期待に応えてきました。それが、あなたたちの期待通りとでも言うのですか!」


 思わず叫んでしまった。フロリアン様はまるで、私とユーリヒ公爵が同士のように語っているのだ。そんなの、認められるわけがないじゃない!


 激高する私を悲し気に見つめ、フロリアン様は言葉を続けた。


「残念なことに、私から見ればあなたたちの思想は本当によく似ていると思います。何かが違っていたら、きっとゆるぎない友誼を結べたのでしょう。あなたたちを、父上が全力でフォローしていた未来もあるかもしれない」


 フロリアン様の言葉に、私は唇をかみしめた。


 私たちを幾重にも邪魔をし、ドミニクをたきつけて私たちを襲ったユーリヒ公爵を、私は認めることなどできなかった。


「そんな馬鹿なこと!」

「ですが、おそらく道は分かたれた。あなたたちの思想はそっくりですが、1点だけ、どうしても折り合えない点がある。それがある限り、あなたと父の道が交わることはないでしょう」


 フロリアン様は真剣なまなざしで私の目を見つめてきた。その迫力に、私は思わず口ごもってしまう。


「いいですか。父上は、あの男は!」


 フロリアン様は急に言葉を止めた。彼の視線を追うと、入口の扉を睨むように見つめていた。


「時間、切れか。今日はここまでのようですね」


 足音はどんどんこちらに近づいている。フロリアン様は溜息を吐くと、困ったような目で私に話しかけてきた。


「父上は自家の利益を最大限に考えているわけではない。この国の貴族らしい考え方をしている。恩と恨みを忘れない、この国らしい貴族のね」

「な、なにを! 言っていることがわからないぞ! 学園の模範生と言われる先輩と、野望が目に見えているユーリヒ公爵が一致しているなんて! お前に言われても!」


 ファビアン様が指を突き付けるが、その間にも足音はこの部屋に近づいてきている。


「すべては30年前の事件から始まっている。アロイジア・ザインが最初の星持ちになると決めた事件があります。そこが、すべての始まりです。あの事件のことを調べれば」


 そこまでだった。フロリアン様が話し終えると同時に会議室の扉が乱暴に開かれた。フロリアン様の護衛たちが、息を切らして彼を睨んでいたのだ。


「フロリアン様・・・。この場で何をしているんです」

「いや、彼らに少し武勇伝を聞いていただけさ。ゲラルト師はうちの父も尊敬するくらいの優れた教師だからね。彼のおかげで王国の兵士の戦力は大きく高まっている。あまり話を聞く機会がない人だから、この機会にと思ってね」


 フロリアン様は冷静な声で答えた。


「治療は無事に終わったようですね。では私も仕事に戻りますか。ゲラルト様、今度また詳しい話をお聞かせください。ファビアン様とフォンゾ様も、また」


 そう言ってフロリアン様は扉に向かって歩いていく。


 そして、扉の前でこちらを振り向いた。彼は私を見ながら皮肉気な笑みを浮かべていた。


「アメリー様。星持ちの貴女には期待しています。学園のみんなが期待する貴女ではなく、真の星持ちたる貴女にね。貴女ならこの国をよくすることもできるでしょう。すべてはあなたにかかっています」

「フロリアン様!」


 フロリアンの護衛――アドラーが慌てて制止するが、フロリアンは笑みを浮かべたまま、部屋を出ていった。アドラーと側近たちが慌てたように後をついていった。


 残された私たちは、しばし呆然としてしまう。


「なんだよ。意味わかんねえよ」


 フォンゾ様の言葉が、私たちの気持ちを代弁したようだった。

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