第1話 星持ちアメリーの悪夢
「アメリー! はやくはやく!」
「お、お姉さま! 待って!」
はじけるような笑顔で振り返ったかと思うと、あの人はそのまま前へ前へと進んでいく。
「いい加減にしなさい! ちょっと! 止まりなさい!」
黒い髪のラーレお姉様が私を追い抜いて行った。叱責しながらつかみかかろうとする彼女を、あの人はひらりと回避した。そしてじゃれ合うように前へ前へと進んでいく。
「待って! おいてかないで!」
私は必死で呼び止めるが、2人との距離は広がるばかりだった。
「一人にしないで!」
叫んでも、2人は止まることなく進んでいく。
やがて、2人の後ろ姿がどんどん小さくなった。
急いで追いかけなきゃと思うのに、私は足を止めてしまった。2人との距離はどんどん開いていって、今から走ってももう追いつけそうになかった。
私は荒い息を吐きながら、遠ざかる2人を見ていることしかできなかった。
いつしかそこには、立ちすくむ私だけが残されていた・・・。
◆◆◆◆
「お姉さま!!」
私は飛び起きた。
息を整えながら周りを見渡すと、寮の部屋で寝ていたことに気づく。どうやら悪夢を見てうなされていたようだ。体は汗でびっしょりになっていた。
「アメリー様。何かありましたでしょうか」
部屋の扉がそっと開くと、護衛のグレーテが心配そうに近づいてきた。
「大丈夫よ。ちょっと夢見が悪かっただけだから。ごめんなさいね。朝早くに起こしたみたいで」
私が答えると、グレーテが安心したように息を吐いた。
「アメリー様。もう少し体を休めたほうがいいかと思います。今日も忙しくなるかと思いますので」
専任武官のグレーテは30代の女性だが、盾を扱う剣術――クルーゲ流の達人だ。しかもこうやっていつも気遣ってくれて、私はありがたく思っている。
「そうか。あれからもうずいぶん時が経ったのね」
去っていく彼女の後ろ姿を見つめながらつぶやいた。
学生たちの出征していったのは夏休みが明ける直前のことだった。出征するか否かは学生本人とその家にゆだねられたけど、ダクマーお姉さまとラーレお姉さまは陛下に直々に命じられて北へと向かった。私も行きたかったけど、おじい様は頑としてうなずかなかった。当主の許しが得られず、私は王都の学園に残ることになってしまったのだ。
「そうね。あんなに賑やかだったのに、一人きりになってしまった。おじいさまの言い分は分かるのだけど、私だけ王都に残されちゃった」
私はついついうつむいてしまう。
あの日、北へと向かう彼女たちの背中をいつまでも見送っていた。
彼らが小さくなってからもずっと手を振っていた。
私も行きたかった。
行って、お姉さまの隣で戦いたかった。足手まといになるかもしれないけど、それでも隣にいたかったのに。
お姉さまは、はじけるような笑顔でこちらに手を振ったかと思ったら、そのまま後ろを見ることなく歩いていった。私はずっとその背中を見ていたけど、姿が見えなくなるその時までこちらを振り向くことはなかった。
「駄目ね。もうお姉さまたちは行ってしまったというのに。学園の安全は、私に任されたというのに」
そうつぶやいて、私は窓の外を覗き込んだ。外はまだ暗い上にあいにくの曇り空で、私の気分を表すかのように曇天がどこまでも続いていた。
「目がさえちゃったけど、しっかり体を休めないと。お姉さまがいないからと言って、恥ずかしい成績は見せられないわ」
そう言って頭から毛布をかぶった。
予想した通り、睡魔はどこかに行ってしまって私は朝まで眠れない時間を過ごすことになった。
でも、時は私の都合なんか一顧だにせずに進んでいってしまう。朝まで眠れなかったその日に、私は討伐任務に赴くことになったのだから。




