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役立たず食材、とんでもシチュエーションに巻き込まれて魔王を倒してしまったが、特に語られるほどではない件について

 ハイキングのイベントが、ドーラの料理によって台無しになった翌日。

 そのハイキングに使われた山から近い、とある田舎町のホテルにてその事件は起こった。


 朝の雑踏で風に砂ぼこりが混じる中、ホテルの表には本日貸し切りの表札が掲げられている。

 通りすぎる人々は、誰かがパーティーでもやるのかと目を向け、次の瞬間にはそんな事を考えていたことも忘れ、日常の中に埋もれていった。


 玄関から覗く建物の中は薄暗く、色褪せたカーペットの敷かれたロビーでは従業員があくびを噛み殺しているのが見える。

 痩せた野良猫が餌をもらえないかと厨房を覗き込み、その中に誰もいない事に気づくとしょんぼりとした顔をしたまま通り過ぎた。


 特に珍しくもない、ありふれた風景。

 だが、そんな建物の奥で、今、闇が蠢いている。


 黄ばんだ壁紙とひび割れた天井が目立つ一室の中で、一人の男が椅子に縛られていた。

 よく見れば、それはハイキングのイベントを主催していた男だ。


 いったいどんな理由で彼がこんな目に合っているのか?

 その答え合わせをするように、蝶番の緩んだドアがきしみながら開かれる。


 現れたのは一人の男。

 しかも、先日のハイキングでステファニーに絡んでいた男だった。

 だが、あの時とは顔つきがまるで違う。


 人と呼ぶには温かみがなく、人形と呼ぶには淀んだ目。

 闇社会の住人特有の顔だ。


 だが、縛られている男もまた、今は目の前の男と似たような目をしていた。

 つまり、この二人はどちらも最初から毒虫だったのだ。


 そんな蜘蛛と蠍が睨みあうような状況の中、椅子に縛られていた男が唐突に口を開く。


「……お前、何のつもりだ。

 俺にこんな事をして、何の得がある」


 何かを期待した言葉ではない。

 ただ純粋に疑問に思い、口に出さずにはいられなかっただけである。


 しかし、予想に反して監禁者は答えを与えた。


「それを判断するのは自分ではない。

 とある高貴なお方だ」


「……高貴な人間だと?」


 思わず得られた情報に、縛られた男はむしろ驚きを感じる。


「すぐにわかるさ。

 そして絶望しろ」 


 そう言って、監禁者はにやりと笑った。

 地獄に落ちたものが、さらに深い地獄に落ちてゆくものを見るときの笑みだ。


 やがて複数の足音が古びたホテルの階段かに聞こえてくる。

 ドアが開くと椅子に縛られた男の顔が絶望に染まった。


「ひっ、ひいぃぃぃぃぃ!

 蛇蝎竜(アジ・ダカーハ)!?」


 失禁せんばかりの悲鳴が響く中。現れた伊達男はやや大げさな身振りで笑った。


「おやおやおや、僕の顔を知っているのかい?

 仕方がないねぇ、あんまり目立っちゃいけない立場なんだけどなぁ。

 僕ってほら、すごくハンサムだから、どうしても地味には生きられないんだよね」


 茶化すようなセリフ回しだが、その場にいる人間は葬式の場であるかのように押し黙っていた。

 むしろ、言葉を発したらその場で死ぬとでもいわんばかりの緊張した顔をしている。


「……付き合いの悪い子は嫌いだよ。

 殺しちゃおうかな?」


 その時になって、周囲の人間に初めて変化があった。

 小刻みに震え、倒れそうになる足を必死で踏ん張る。


「冗談だよ、ほんと、君たちってつまらないなぁ。

 ほら、ここ、笑うところだからね?

 次からちゃんと理解してよ?」


 そんな注文を付ける伊達男だが、誰もが押し黙って返事すらしない。

 この伊達男が、自分たちを人間とすら見ていない事をよく知っていてるからだ。

 あえて言うならば、チェスの盤上に置かれた駒。

 人としての発言をしたが最後、この伊達男は使いにくい奴はいらないと告げて、彼らを盤上の外に投げ捨てるだろう。


 そんな反応に特に関心を寄せることも無く、伊達男は縛られた男の目を見る。


「さてと、君が例の殺人鬼の放った間諜ってわけだね。

 いやぁ、マウロ君につかまる前に捕縛できてうれしいよ」


 そう囁く伊達男は笑っていたが、その目は夜の隙間から覗く三日月よりも冷ややかだった。

 あえて近いものがあるとすれば、ゲームの中でよいアイテムを見つけた時に見せる子供(クソガキ)の表情だろう。

 人に向ける代物ではない。


「あぁ、嘘も釈明もいらない。

 ちゃんと君が誰に手懐けられて、何のために動いているかだなんて全部知っているから。

 つまり、君の頭の中に価値はない。

 わかるかな?」


 伊達男が頭に手を置いた瞬間、縛られていた男は失禁した。

 アンモニア臭い液体が、遠慮なく椅子から滴る。

 だが、伊達男はその異臭に顔をしかめるでもなく、むしろニヤリと笑った。


「うんうん、自分が殺されるのが分かったいるんだねぇ。

 賢い子だ。

 でも、僕はこんな状況でも狂犬のように牙をむいて足掻くおバカさんの方が好きなんだよ」


 その瞬間、縛られた男は全力で暴れ始め、バランスを崩して椅子ごと転倒した。

 さらに陸に打ち上げられた魚のように、周弁の水たまりの上で悶え暴れる。


 その無様な様子に早くも飽きたのか、伊達男は従者らしき男から杖を受ける取った。

 そして、緑のプラーナを纏わせて振りかぶる。


 ズドォォン、グシャッ、まるで車でも突っ込んできたような音が響き、椅子に縛られた男は壁にたたきつけられた。

 その衝撃で椅子がバラバラに砕け散るが、解放された男にはそれを喜ぶ余裕がない。

 理由については、良識ある子女の方々に、お見せすることも描写することもできないありさまになってしまった……とだけ言っておこう。


 白目をむいて、ヒューヒューと荒い息をつく男に、伊達男はけだるげに近づいた。

 そして友人の手紙でも読みあげるような口調で告げる。


「さて、そろそろ君の罪について確認しよう。

 君はお馬鹿さんに呪いを受けて、彼の駒になった。

 そしてドーラちゃんを誘い出すのになぜ失敗したかを調べようとした……そうだね?」


「……で、原因が騎士団の男たちによる情報統制である事に気づき、これをくぐり更けてドーラちゃんを誘い出す方法を模索。

 結果、彼女を先日のイベントに誘い出すことに成功した」


 つまり、手紙の類は騎士団ではなく彼女の家に直接届ければいい。

 彼女の家政婦を買収すれば、さらに確実だ。


「実に優秀だが、実に罪深い。

 そして妬ましい!」


 同じ手段を伊達男がやれば、確実に気取られるだろう。

 なぜなら、警戒されすぎているからだ。


「それに……この僕がいくら誘ってもドーラちゃんは決して来てくれないんだよ?

 マウロ君も全力で邪魔するし。

 先日のハイキングイベントに僕が参加しようとしたら、僕の情報網を物理的に破壊しようとしてくるし!

 対応に追われて、ドーラちゃんと一緒にBBQする計画が台無しだよ、台無し!

 もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!

 マウロ君の、イケズ! 意地悪っ!」


 振り回した杖が、壁を、床を、紙細工のように破壊する。

 だが、その音は部下たちが必死で構築したプラーの結界によって外に漏れることはなかった。


 ひとしきり暴れた後、伊達男は床に倒れたままの男へと振り向いた。

 そして、憂さ晴らしを思いついた子供の顔で笑う。


「さて、ここで問題だ。

 今の僕はドーラちゃんへの愛を示せなかった失望で頭がおかしくなっている。

 この激情を鎮めるには、どうしたらよいだろうか?

 とてもとても苦しくて困っているんだ。

 あぁ、答えはいらないよ。

 謎かけじゃないんだから」


 その時である。

 ずっと黙っていた一人の男が口を開いた。

 ステファニーに声をかけた男である。


「マレブランケ公爵閣下、報告が遅れましたが、実は現場からこんな物を回収してきました!」

 そして差し出されたのは……いまだに深紅の稲妻をまき散らす、生焼けの肉。


「そ、それは……!?」


 歓喜、爆発、そして静寂。

 かくして、この世に不要とされた危険物が、一人の男の命を救ったのであった。

 

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