疑心暗鬼の歩き方
「うわぁ、これ、面倒くさい奴だ」
目の前に広がる霧は、まさに白い闇といった状態である。
視界は狭く、2メートルほどしかない。
この状況でうかつに走れば、確実に木や岩にぶつかるだろう。
幸い足元は見えるため、道をたどって歩くことはできる。
だが、この道が本物とは限らない。
下手をすれば、目に見えているモノすべてが幻で、現実では道端にひっくり返って寝ている可能性もある。
幻惑系の呪物が厄介だとは聞いていたが、いざ実感してみると想像以上に厄介だった。
当然ながら、使い手は影響を受けないのだろう。
つまり、今はミランダ一人だけが普通に歩いて山を登ることが出来る状況だ。
それがあの余裕の原因か。
だが、これが術者以外を無別で巻き込む物であれば、ほかの登山客が道に迷う可能性がある。
この参道の利用者は、なにもイベントの参加者だけではないのだ。
本人は他人を巻き込むつもりは無いと言っていたが、その言葉をうのみに出来るほどあたしはおめでたくはない。
というか、ほとんど会話もしたことのない初対面の相手を信用できる方がどうかしている。
「これはもぅ、勝負なんて言っている場合じゃないわよねぇ」
被害者が出る前に、なんとしても呪具の効果を解除しなくてはなるまい。
だが、呪具の効果を消すにはどうすべきか?
手っ取り早く考え付くのは、使い手から呪具を奪う事だ。
もっとも、奪うだけで効果が消える確証はない。
そうなると、一番確実なのは使い手本人に解除させることか。
だが、そのためにはミランダを見つけなくてはならない。
この霧の中でどうやってミランダを見つける?
それは不可能だ。
「ならば、向こうから来てもらえばいいじゃない」
あたしたちはお互いを信用していない。
ならば、それを利用するのみ。
あたしは目を閉じて、プラーナを練り始めた。
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ミランダは足を止め、木々の茂緑の奥へと目を向けた。
その向こうに、暴虐的なまでのプラーナの高まりを感じたからだ。
「あの女たち、自分で地形が変わるような手段は禁止とか言いながら、何てことを!」
プラーナの扱いは専門外でよくわからないが、普段感じる事のあるプラーナの量とは次元が違う事だけは理解できた。
目を閉じてプラーナのイメージを感じ取れば、瞼の裏に広がる色は赤。
つまり、ドーラの仕業である。
止めなければなるまい。
さもなくば、このあたり一帯が爆発で消し飛ぶか、土砂に埋もれてしまう事になる。
だが、間に合わなかったら?
今すぐ逃げるべきかと思ったが、ミランダは舌打ちしつつもプラーの発生源へと足を向けた。
逃げたところで、土砂崩れが起きればおそらく助からないからだ。
そしてプラーナの発生源がそろそろ見える場所まで来たその時である。
ミランダは足を止めた。
いや、止めさせられた。
「何……これ!?」
動けない。
よく見ると、地面から黄色いプラーナの鞭が伸びており、足に絡みついている。
色からすると、あの子猫のような少年か、見た目だけはふんわりした鬼女だろう。
「邪魔をしないで!
あんな巨大なプラーナが爆発したら、地形が変わるほどの被害が出るわよ!」
ミランダが空に向かって叫ぶと、近くの茂みからフワフワしたピンク色の髪の女性が姿を現した。
その手から伸びる黄色いプラーナの鞭は、木の根のように地面を這ってミランダの足へとつながっている。
「うふふ、それは無いわねぇ。
貴女、まんまとドーラちゃんに騙されちゃったのよぉ」
クスクスと笑いながら近づいてきたステファニーだが、ミランダの目と鼻の先まで近づくと急に雰囲気を変えた。
「あの女がそう簡単にヤケを起こして暴走なんてするわけないだろ。
あんた、誘い出されたんだよ!
ドーラを信じていないがゆえにね」
「どういう事!?」
ステファニーは子猫のような顔に虎のような笑みを張り付け、あざける様な口調で答える。
「プラーナを爆発させるフリをすれば、それを止めるためにアンタは確実に近づいてくる。
……ドーラを信じていないアンタには、それをハッタリだと思う事が出来ないのさ」
「くっ……なんてズル賢い」
「そして、アタイはドーラのプラーナを目印にして罠をはかけ、あんたが来るの待てばいい。
霧で視界が悪くても、プラーナを地面に這わせてその振動を感じ取れば、誰かが近づいてくるのはわかるからね。
はン、実によくできた筋書きだよ」
その言葉が終わるや否や、ミランダの足を締め付けるプラーナの圧力が強くなった。
これは、下手な動きや返答次第では、その足をへし折るという意思表示だろう。
「で、どうするんだい?
この厄介な霧を消せば、余計な怪我はせずに済むよ」
「さすがにこの状況では降参するしかないわね」
ミランダがウェストポーチに手を触れると、まねで夢から覚めたかのように一瞬で霧が消える。
ステファニーは殺気を引っ込めると、忌々し気に溜息をついた。
「さて、あとはドーラにも一言言わなきゃ気が済まねぇな。
信じているからと言って、いきなりあんなことされたらこっちだってびっくりしちまうじゃねぇかよ!」
「まぁ、それはそうよね」
そんな言葉を交わしつつ、ステファニーとミランダはドーラのいるであろう広場に足を向ける。
だが、そこで彼女たちを待っていたのは、ドーラではなかった。
かわりに、ドーラのプラーナをため込んだ水筒だけが草むらの中に鎮座している。
しかも、水稲は詰められたプラーナによってミチミチと音を立てていた。
どう見ても爆発寸前だ。
早く処理しないと、本当にヤバい。
「あの女、やりやがったな!」
ステファニーは急いでその水筒を天高く飛ばした。
そんな彼女の脳裏に、きっと爆発するまでに処理してくれると信じていたわ……とほざくドーラの笑顔がよぎったのは言うまでもない。
ズドオォォォォォォォォン……と、はるか上空で巨大な花火のような爆発が起き、その音に驚いた鳥たちの群れが一斉に逃げていった。
「なんというか、貴女たちの信頼って、少しもうらやましくないわね」
「奇遇だね。
……アタイもちょっと、友達は選ぶべきだって思っていたところだよ」




