第6話
「…んで? 集合時間に遅れてきてきた挙句、隣には制服の女の子。あんたどういうつもりなの?」
「いやぁ…、何というか…、莉々花さん、これには事情があってですね…」
二人のオタク友達と待ち合わせをしていた、秋葉原のファストフード店。
店内には、お互いの購入品を見せ合う人、これからライブなのか首にはタオルを巻き、ペンライトを腰にぶら下げている人。とても楽しい雰囲気で賑わっている。
…俺たちのテーブルを除いて。
あぁ、電車でアイドル純愛物語の広告を見て、ウキウキしてた頃に戻りたい…。
「ねぇ、伊波君。なんか私、睨まれてる?」
「ごめん桃園さん。莉々花はああいう奴なんだ。多めに見てやって欲しい」
隣に立っている桃園さんが不安そうに俺を見上げてくる。
そりゃあ初対面の相手に睨まれたら誰だって怖いよな…。
「月斗君、安心していいわよ。私はあなたが来てくれただけで嬉しいから。隣でピーピー騒いでいる人と違ってね」
いままで黙っていたもう一人のオタク仲間が口を開いた。
ピーピー騒いでいる人に負けず劣らずの毒舌である。
「はぁっ!?!? 雫だってさっきまで文句タラタラ言ってたじゃん!」
「…それを本人に言ったところで何になるの? ただの八つ当たりじゃない。莉々花ってそういう所、ほんとにお子ちゃまよね」
「急にカマトト振るのはやめなさいよね。こいつに媚び売っても何にもならないわよ?」
「そうかしら? 月斗君に優しくしたら、また沢山握手会に来てもらえるかもしれないじゃない」
「こんな所で営業するな!」
「あら、ごめんなさい。莉々花は月斗君からスーパーチャットは貰えないんだったかしら?」
「…雫」
「何かしら、莉々花?」
「…ちょっと表に出なさい」
「待って! 二人とも喧嘩しないで! 遅れてきた俺のせいなんだから! だから俺が帰るよ!」
うん。それがいい。俺はこの地獄の空間からいち早く抜け出したかった。
そして桃園さんとコスプレショップを見て回ろう。
そうするのが最善策だ。
「あんたはここにいなさい!」
「月斗君は帰っちゃだめよ?」
「は、はい…」
二人に睨まれて俺は従うしかないのだった。
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「初めまして、私は桃園朱里っていいます。伊波君とは今年同じクラスになって…」
「ふーん、そうなんだ。私は天坂莉々花」
「雪島雫よ。よろしくね」
「天坂さんに雪島さんね。よろしくお願いします」
一悶着あった後、なんだかんだ4人で1つのテーブルを囲んでいた。
今は桃園さんが初対面のオタク女子2人に自己紹介をしているところだ。
「なんだか2人とも個性的だね。伊波君とはどういう関係なの?」
さすがクラスでも人気のある陽側の人間だ。この2人のことを個性的という印象でまとめるなんて…。
「ふんっ。こいつとはただの腐れ縁みたいなものかしら」
「莉々花…、今日はいつにも増して毒舌だな…」
そんな、めんどくさそうに答えるなよ…。
そりゃあ遅刻してきた挙げ句、予定にはなかった桃園さんを連れてきた俺が悪いかもしれないけど。
「月斗君は私の下僕よ」
「下僕…? それっていったい…」
「アイドルとファンの関係ってこと」
「そうなんだね」
「ちょっと、雫ちゃん!? 誤解が産まれるような発言しないでよ! あと、桃園さんも納得しちゃダメ!」
「わ、分かった。ごめんね、伊波君…」
「誤解が産まれる発言をした覚えはないのだけれど…。まぁ、さっき言ったことも本当だけど、私と月斗君は幼馴染みでもあるのよ」
雫ちゃんは相変わらずのおかしな発言をしているが、表情が変わらないから、心の奥では何を考えているか分かりづらい。
この点、莉々花の方がすぐ態度に出るから分かりやすいんだよなぁ。
「幼馴染みかぁ。なるほどね。でもアイドルとファンっていうのはどういうこと…?」
「言葉通りの意味よ。実は私、声優をやってて、トライアングルっていう声優アイドルユニットもやってるの。月斗君は私のファンってことよ。ちなみにそこの莉々花も天川リリっていうハンドルネームでバーチャルライバーをやってるわ」
「どっちも聞いたことあるよ! 2人とも有名人なんだね。伊波君にこんな知り合いがいたなんてすごいよ!」
桃園さんは興奮した様子だ。
オタクだったらこの2人を知らない人間は、いないと思うけど、まさか桃園さんも知ってたなんて。
自分のことじゃないのに嬉しい気持ちになる。
全世界にオタク文化が浸透してきたのだろうか。
オタクとしてもっと布教を頑張ろう! 俺は心に誓った。
「…雫。私も幼馴染みなんだから一緒に説明しなさいよ!」
「さっき自分で腐れ縁って言ってたじゃない。ひょっとして自分で幼馴染みって言うのが恥ずかしかったの?」
「ちっ、違うわよっ! そうじゃなくて私だけはぶられてるみたいなのが嫌だっただけ!」
「あらそう…」
「なによ雫、そのニヤニヤ顔は」
「いえ、別に何も?」
「…チッ」
煽りまくる雫ちゃんにイライラを抑えきれない様子の莉々花。
まさに一触即発の空気だ…。
「あ、あの莉々花さんに雫さん、そろそろ回りの人達に迷惑になるから…」
「3人とも仲がいいんだね」
桃園さんはいったいどこを見て仲が良いと思ったんだ…?
「「仲良くない!!」」
これまでいがみ合っていた2人の返事が、綺麗に重なった瞬間であった。
登場人物紹介
・伊波月斗
・桃園朱里
・天坂莉々花
・雪島雫
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補足事項
・ようやくヒロイン大集合です。