第5.5話
※これは月斗が来るまでの間、秋葉原で待っている2人のオタクヒロインのお話である。
「それにしても、あいつ遅いわねぇ…。来たら速攻で蹴り飛ばしてやるんだから!」
毛先まで完璧に手入れされた長髪を、クルクルと指で巻きながら、トゲのあるセリフを吐いている女の子の名は、天坂莉々花。またの名を天川リリ、という。
天川リリという名前は、彼女がバーチャルライバーとして活動している際のハンドルネームだ。
天川リリは有名配信サービスでチャンネル登録者150万人超を誇る現役女子高生ライバーである。
お嬢様学校に通う莉々花は、見た目こそ上品でおしとやかなのだが、中身はクソガキといっても差し支えの無い程にお子さまだ。
天川リリとして活動している時も、自分の本性を隠さずに、「クソガキキャラ」として売り出したところ大ブレイクした。
「莉々花は相変わらず野蛮なのね。男にお仕置きするなら言葉責めが一番有効だと思うのだけど。いろんな意味で」
莉々花とはまた違ったベクトルの毒舌を吐く女の子の名は、雪島雫。
名前通り、雪のように白く透明な肌に、切れ長の瞳。
冷徹な声で呟く彼女の姿は端から見ると、すごくクールで大人びて見えた。
彼女は新進気鋭の現役女子高生声優で、3人組声優アイドルユニット【トライアングル】の2代目メインボーカルでもある。
プライベートではクールな雫も、一度ステージにさえ上がってしまえば、ファンの前で満面の笑顔を振り撒くアイドルに変貌するのだから驚きである。流石はプロ、とでも言うべきだろうか。
ちなみに雫はすごく頭がいい。
しかし、声優&アイドル活動で出席日数が足りずに留年してしまっているという不名誉な経歴を持っていて、年齢は1つ上なのだが月斗や莉々花と同じ高校2年生だ。
「じゃあ、雫だったらどうするのよ」
「私だったら…、そうね…。遅れてきた罰として、月斗君には1ヶ月ほど私の下僕になって貰おうかしら。フフフ…」
「やばすぎでしょ…。それ冗談よね?」
若干引き気味の莉々花。
「冗談言ってる顔に見える?」
あ、これは結構真面目だ、と長年の付き合いから莉々花は直感で思った。
「発想が怖いから!」
「だって莉々花には連絡しなくてもいいと思うけど、私に入院したって連絡も来なかったのよ? 私がどれだけ心配したと思っているのよ…。それに加えて今日も遅刻なんて、下僕になってもらうくらいのご褒美…じゃなかった、お仕置きをして当然じゃない。莉々花には連絡する必要はないと思うけど」
「情報量が多すぎて、どこから突っ込んでいいか分からないけど、とりあえず雫が私をバカにしてるってことは伝わった。…ってか、あいつぶっ倒れて入院していたんだから、連絡できるわけないじゃない」
「…それは、確かにそうね」
「代わりに今日、集まれることになったんだからそれでいいじゃん。私、あいつに渡す退院祝いで、お菓子の詰め合わせ持ってきたんだけど雫は何か持ってきた? 持ってきてないなら2人からってことにして渡すけど」
「はっ!? 莉々花そんな抜け駆けの仕方するなんてあざとすぎるわよ! 月斗君はそんなことで心が揺らいだりしないわ」
「ち、違うわよ! ママが持っていきなさいって言ったの! いつもお世話になってるからって」
「そういうことね。びっくりしたわ…」
「…ったく、変な勘違いしないでよね」
「じゃあ私は、私がさっき使ったばかりのライブの練習着を月斗君に退院祝いで渡すことにするわ。こういうのファンだと嬉しいと思うのよね」
「ばっっ、ばっっかじゃないの!? 絶対ダメ! 倫理的にダメ! はい、没収しまーす」
「嫌よ」
莉々花に奪われそうになり、自分の鞄へと急いで練習着を戻す雫。
「…はぁ、雫はあいつの何をそんなに気に入ってる訳?」
「それは…」
「言ってしまえばあいつはただのファンじゃない。あまり深入りするのも良くないと思うけど?」
「月斗君は、私を最初に見つけて、最初に認めてくれた人だからよ。それ以上の深い意味は無いわ」
「ふーん。ほどほどにしときなよ。面倒事に巻き込まれてからじゃ遅いんだからね」
これは莉々花なりの気遣いでもあった。
そういう誰かに付け入られる隙を作ってしまったことによって、引退していったバーチャルライバーを、何人も見てきた経験があるからだ。
「分かってるわ」
ポテトを仲良くシェアして食べているのに、会話の内容は結構えげつないことを話している2人。
秋葉原というオタクがたくさんいる街で、この2人のことを知らない人間はほぼいないと思うが、バレていないのは当然のことである。
なぜなら、雫はステージの上とは違い、今は眼鏡をかけてアイドルオーラは皆無。
莉々花はというと、天川リリとしては顔出ししていないから余程のことがない限りファンでも気づきようが無い。
内心2人とも月斗と久しぶりに会ってオタクトークできるのを楽しみにしているのだが、まさか月斗が別の女の子を連れてくるなんて、この時は思ってもいないのだった。
登場人物紹介
・天坂莉々花
・雪島雫
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補足事項
・ガールズサイドのお話です。
・主人公は出てきません。