第5話
秋葉原に向かう電車の中。
隣にはなぜか桃園さんまで着いてきている。
まさかこんなことになるとは…。
「ごめんね、伊波くん。急に変なお願いしちゃって」
「まぁ、別に構わないけど…」
ガタンゴトンと小刻みに揺れる電車の中、つり革に捕まって2人で立っていた。
帰宅ラッシュになりつつある時間帯で、車内はスーツを着たサラリーマンや制服を着た学生が多い。
「私、秋葉原で欲しいものがあったんだけど、1人じゃなかなか行きづらくて…」
秋葉原ってそんなに一般人からすると敷居の高い場所なのか…?
俺からすると、渋谷とか原宿の方が行きづらいのだが…。
ああいう所には、リアルの世界で生きている陽側の人間が沢山いる。
息苦しいし、それに何よりオタクショップが無いし。
そんなの出掛ける意味無いじゃん。…行ったこと無いから知らんけど。
「秋葉原に行きにくい場所なんてあるっけ?」
「伊波くんは慣れてるから大丈夫かもしれないけど、私は初めてだから…」
「そっか。俺、初めて秋葉原行った時、感動したんだよね。ここが俺の生きる場所だって」
「そ、そうなんだ…」
…っと、いかんいかん。いつもの癖でまた引かれかねない発言をしてしまった。
ギャルゲー的に言うと、こんな茶番ばかりをやっていても展開が全然進まなくて退屈してしまう。
「桃園さんはどこに行きたいの?」
「え、えっとね…。その…」
もぞもぞと身体を動かしながら、恥ずかしそうに口元を手で隠す桃園さん。
すごく言いにくそうにしてるけど、人に言えない趣味なんだろうか…。
ま、まさか…、桃園さんが行きたい所って、いかがわしいお店だったりするのか!?
それは駄目だ! ってか、そんなお店、秋葉原にはありません!
「桃園さん! さすがにそういうお店は秋葉原には無いんじゃ…。じゃなくて、そんなところ、未成年の俺達が軽率に足を踏み入れてはいけないと!」
「え、コスプレショップって秋葉原に無いの?」
「あぁ、コスプレショップか! あるある! 山ほどあるよ!」
危ねぇ!!
俺のとんだ勘違いか…。もう少しでとんでもない墓穴を掘るところだった。
…手遅れな気もするが気にしないでおこう。
それにしても、クラスで人気があって、陽側の女子だと思っていた桃園さんがコスプレに興味があるとはな…。ちょっと意外だ。
「ほんと!? 良かったぁ。伊波くんはそういうお店、詳しかったりする?」
「オタクとしてそこそこ嗜んではいるけど、正直詳しくは無いかな。俺コスプレやったことないし」
「そっかぁ。そうだよね…」
「でも、俺が今から会う人の1人が、そういうの詳しいと思うから聞いてみたら?」
「え、私も着いていっていいの? 私、伊波くんの用事が終わるまで待っていようと思ってたんだけど」
秋葉原に初めて行くなら、ちゃんと楽しんで貰いたい。着いたら解散はさすがに見捨てているみたいで、新規さん大歓迎のオタク代表として気が引ける。
…とはいえ、桃園さんの中では俺と一緒に行動することが勝手に決まっていたみたいだな。
桃園さんは俺の用事が何時に終わるのかも知らないのに…。
「構わないっていうか、俺はそのつもりだったけど…」
「伊波くんって、そういうところあるんだ…。なんかちょっと以外かも」
「それ、褒めてる?」
「褒めてるよ? 気分を悪くしたならごめんね」
「それは全然ないから大丈夫だけど」
「伊波くんって我が道を往くタイプだと思ってたから」
俺は陽菜姉や星羅と一緒に生活していて、周りに女子しかいない。
そのため自分で言うのもあれだが、オタクだからといって、漫画やアニメでよくある、女子に免疫がなくてドギマギすることなんてないし、普通に会話だってできる。
陽菜姉には、女の子の扱い方とやらを散々叩き込まれたしな…。
それでも2次元ヒロインにはドキドキするんだけど。
いや、そういう教育を受けたから現実よりも2次元の世界の理想のヒロインに憧れたのかもしれない。
「じゃあ、私もお邪魔してもいいかな」
俺が1人で妄想の世界に浸っていると桃園さんから了承の返事が返ってきた。
「うん。性格はちょっとあれだけど悪い奴じゃないから、多分仲良くなれるよ」
「楽しみだなぁ。伊波くんありがとね!」
桃園さんが心から楽しみだと伝わってくる満面の笑顔をこちらに向けてきた。
…やっぱり2次元だったらメインヒロイン確定なんだよなぁ。 俺は心の中で改めてそう思った。
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話が一段落すると、桃園さんはカバンからワイヤレスイヤホンを取り出し、英会話の勉強を始めた。
隙間時間を勉強に充てて有効活用しているらしい。
俺はさっきの、桃園さんとの会話の流れで出てきた人物のことを、頭の中で思い浮かべていた。
入院していて予定すっぽかしちゃったからな…。二人とも怒ってないといいけど…。
そもそも俺が秋葉原に行っている理由。
それはオタク仲間の女の子二人に会うためである。
本当は二日前に会う約束だった。病院で目覚めた後、スマホを確認したらチャットアプリの通知が大変なことになってたっけ…。
性格は違うが二人とも怒らせると大変だからなぁ。先が思いやられる。胃がキリキリして、また胃もたれになりそうだ。
「ん……?」
ふと、電車の車内を見渡すと一つの広告に目が留まる。
「アイドル純愛物語第5巻、好評発売中…」
俺が愛してやまないラノベタイトルの一つ。広告の真ん中にデカデカと描かれた幼馴染ヒロインのマリアちゃんと目が合った。
あっ…! すっかり忘れてた! 今日発売じゃん! よかった、秋葉原行くなら丁度買えるな。
表紙のイラストが幼少期のマリアちゃんということは、幼馴染の回想回だろうか。正直、読む前から胸の高鳴りが止められない。
法人特典は全部欲しいから複数のお店を回る必要がある。
アニメマートにオレンジブックス、後は、ゲムズにねこのあな…。
…って、ねこのあな秋葉原店はこの前閉店したんだった。くそ、楽しい思い出がたくさん詰まった俺たちオタクの聖地が…。悲しすぎる。
「ふぅ…、早く秋葉原着かないかなぁ~」
おそらく怒っているであろうオタク仲間の女の子二人のこと、隣で黙々と英会話の勉強をしている桃園さんのことは、到着するまですっかり忘れていて、この時の俺はラノベを買うことで頭がいっぱいだった。
…この後待ち受けている修羅場を知らずに。
登場人物紹介
・伊波月斗
・桃園朱里
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補足事項
・今回もヒロインが出てきます。