第2話
「ちょっと待ってくださいよ。記憶障害ってどういうことですか!?」
俺は真剣な表情で先生に問い詰める。
「言葉通りの意味ですよ」
「…ってことは、俺が今までゲームやラノベで出会ってきた最高のヒロイン達との記憶も…」
いやいや、そんなことがあってたまるか。そうなったら俺の人生お先真っ暗だ。
…あれ? でもヒロイン達の名前はハッキリと思い出せるぞ!
マジカルプリンセスⅡメインヒロインのミレイヤちゃんに、アイドル純愛物語の幼馴染ヒロイン、マリアちゃん! 彼女達と初めて出会った時、初めて手を繋いだ時の光景が、脳裏にちゃんと!
「せ、先生! 俺、大丈夫みたいです。ヒロインのことはちゃんと思い出せます!」
「ちょっと月斗君、一体何を言っているんだね…。少し落ち着きなさい」
「は、はぁ…」
先生が少し怒っているみたいだ。
なんだよ。こっちは大切な記憶を忘れていないことを確認できて喜んでいるのに。
もう少し患者に寄り添ってくれてもいいじゃないか。
「勘違いしているみたいだからもう一度言いますけど、月斗君の記憶障害はあくまで限定的なものです。おそらく階段で頭を打ったその前後の記憶だけを忘れてしまっている」
記憶障害とだけを聞いて、俺はどうやら勘違いをしてしまっていたようだ。
「なーんだ。それなら全然心配いりませんね」
「まったく…、最後まで話を聞いて下さいよ。月斗君の相手をしていると疲れてきました。たまによく分からないことも言ってくるし…」
「ひとまず安心っていうことですよね?」
「脳に問題は見られませんでしたし、記憶障害もその程度なら日常生活に問題はないでしょう。時間が経てば頭を打った時のことも思い出せるかもしれません」
「そうですか。それならよかったです」
「今日は大事をとって入院していきますか?」
「えっと…」
確かに先生の言う通り病院に一泊していった方が安心だよな。
…でも帰って溜まってるアニメも観たい。どうしようか。
そもそもこういうときって普通家族が来るもんじゃないのか?
陽菜姉と星羅は今、何をしているんだろう。
そんなことを考えていると病室の扉が勢いよく開かれた。
「月斗、やっと目が覚めたのか。屋上までお前の声が聞こえてきたぞ」
「月斗お兄ちゃん! 星羅、すっごく心配したんだからね!」
息を切らしながら陽菜姉と星羅が病室内に入ってくる。
「陽菜姉! 星羅! 来てくれてたのか。目覚めた時に誰も居なかったから見捨てられたのかと思ったよ」
「星羅がそんなことする訳ないよ!」
「そうだな。でも陽菜姉ならやりかねないでしょ」
陽菜姉は昔から俺には冷たい所あるからなぁ…。
「そんなことないよ! 態度には出ないけど陽菜お姉ちゃんもすっごく心配してたんだよ?」
「星羅、私は別にそこまでは…」
「だって、陽菜お姉ちゃんさっきも屋上で、ずーっとうわの空でタバコ吸ってたもん」
「そ、それは研究論文の考え事をしていたんだ!」
陽菜姉、病院の屋上でタバコ吸うなよ…。
「先生、月斗はもう大丈夫なんですよね?」
コホンと一呼吸して息を整えながら陽菜姉が先生に喋りかける。
「ええ、今日退院しても構いませんよ」
「じゃあ、連れて帰ります。ご迷惑をおかけしました」
「そうですか、分かりました。でも、もし何かあったらすぐに連絡して来て下さいね」
「はい、ありがとうございます」
「では退院の手続きをしてきますね」
先生が病室を後にする。
俺の意志を確認する前に陽菜姉によって帰宅が決定されたのだった。
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先生が居なくなった病室。
病室内は俺と陽菜姉と星羅だけになった。
「月斗、具合の方はどうなんだ? 先生の方からはもう大丈夫とは言われてるけど…」
「まだ、頭が少し痛いけど大丈夫だよ」
「そうか…。進級早々、心配したぞ」
普段は冷たい陽菜姉も流石に心配してくれているみたいだ。
「月斗お兄ちゃん! 今日は帰ったら星羅が退院のお祝いに美味しいご飯たくさん作るね!」
「おう! ありがとな星羅」
「何がいいかな? やっぱり月斗お兄ちゃんが大好きな唐揚げ? それとも豚カツ? あっさり天ぷらとかいいかも! こうなったら全部作っちゃおうかなぁ~」
「お、おう…」
胃もたれしそうな料理ばかりだなぁ…。でも星羅の作るご飯は美味しいから楽しみだ。
「学校で頭を打ったって一体何をしていたんだ?」
不思議そうに陽菜姉が聞いてくる。
「それがそこら辺の記憶を忘れているみたいで、俺も覚えていないんだ。先生曰く、限定的な記憶障害らしい」
「星羅のことは忘れていないんだよね?」
「うん」
星羅、それから陽菜姉のことも、もちろん忘れていない。あとは俺の生き甲斐ともいえる魅力的な2次元ヒロイン達のことも!
「よかったぁ…!」
星羅がホッと胸を撫で下ろす。
「とりあえず明日からは学校に行けそうだな。東王は授業スピードが早いから1日休むだけでも大変だぞ」
高等部のOGでもある陽菜姉が脅してくる。
東王学園は中等部、高等部、大学といわゆるエスカレーター式の学校だ。
ちなみに陽菜姉は高等部を卒業した後、そのまま東王大学に進学し、現在は大学3年生になる。
「大丈夫だよ陽菜お姉ちゃん。月斗お兄ちゃんは頭良いんだから!」
星羅が俺のフォローしてくれた。いつも俺を気にかけてくれる優しい妹だなと思っている。
星羅は中等部の3年生。来年は高等部にそのまま進学する予定になっている。
両親も卒業生で、伊波家は東王一家という訳だ。
「まぁ、勉強はすぐに追い付けると思うから大丈夫だよ。授業の予習も一応してるし」
じゃないと両親は、俺のオタク丸出しの趣味なんて絶対に認めてくれないだろうし…。
それに東王は都内屈指の進学校。陽菜姉の言う通り少しでもサボると一瞬で置いていかれることになる。
「そうか、なら安心だな。今日は早く寝て明日に備えるんだぞ」
「うん、そうだね」
「そういえば、月斗お兄ちゃん」
「何? どうかした?」
何か言いたいことがあるのか星羅が俺の顔を覗きこんでくる。
「さっき、東王の制服を着た女の子が、月斗お兄ちゃんの病室の前で、うろちょろしていたんだけど知り合いかな?」
「え、女の子…?」
東王で知り合いの女の子なんて居たっけ?
オタク仲間で知り合いの女の子なら2人程居るけど、どっちも東王の生徒ではないし…。
「ちょっと分からないな…。たまたま通りかかっただけじゃない?」
「ここの病院、学校から近いしそうなのかなぁ。でも月斗お兄ちゃんのことを狙ってる気配がしたんだよね。星羅のセンサーもそう言ってるし」
何のセンサーなんだ…?
てか、狙ってるって何!? ちょっと怖いんだけど…。
「月斗、星羅。先生が戻って来た。帰る準備をするぞ」
「分かった」
「月斗お兄ちゃん! その事で何か分かったら、星羅に教えてね!」
「分かった…」
満面の笑みで大切な妹からそんなこと言われるとこう返すしかない。
でも、俺には思い当たる節が全く無いから、おそらくは星羅の気のせいだろう。
俺はそんなことを考えながら、荷物をまとめて退院の準備を始めるのだった。
登場人物紹介
・伊波月斗
・伊波陽菜
・伊波星羅
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補足事項
・主人公姉妹の登場です。
・ヒロインはまだ出てきません。