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秋の桜子の物語集

小房に分けられたオレンジ 〜それは前夜の物語。

作者: 秋の桜子

 城の奥深く。王と王妃の御位に就いた者が、秘密裏に使う部屋にて。


 花瓶には赤い薔薇が沢山、オレンジが白いクロスの上に、コロンコロン、辛子の壺、ソースの小鍋、香草がふさふさと詰め込まれた深皿。揺らめく燭台の灯りの元、集まりし者。


 王、王妃、王室と親交が深い、学園長サウリエル氏と、ウェーリアル公爵。それとそれぞれの『影』達。お側去らずの護衛を担う影達は、数には入れない。見ぬ、聞かぬ、知らぬ。空気のような存在。


 給仕をする侍女も侍従もいないので、高貴なる身分の男達の手が酒の封を切り、燻製肉や、チーズやライ麦パン、それらが手際よく切られる。並ぶ酒器に王妃が手ずから酒を注ぐ。芳醇な神の雫が満たされたゴブレットを、それぞれが手にする。


「乾杯」


 王が酒器を掲げる。


「乾杯」


 酒宴が始まる。


「今宵は無礼講にて」


 ゴブレットを軽く傾けた後、王の言葉に一同、頷く。しばし静かな時が過ぎ、ジジッと銀の燭台から蝋が鳴く。


「わたくしの可愛いアルーシャは息災?オーリー」


 王妃の言葉。


「はい。つづがなく。皇太后のご容態は?」


 ウェーリアル公爵の言葉。


「今日、北の離宮へと静養に向かわれた」


 王の言葉。


「お年を召されましたな」


 サウリエル校長の言葉。


「ええ。これで住まいのカビ臭さが、一掃されましてよ」


 花瓶に生けられている、ベルベットのような深紅の薔薇と同じ紅の口端が、極々軽くクッと上がる。あなた、オレンジか食べたいわ。王に言う。夫である王は、ひとつ手に取ると、皮を剥き始めた。


 パシュ……。目に見えぬ飛沫が産まれて弾ける。爽やかな水気を含んだ香りが、ふうわりと広がる。


「……、エリル、君も食べるか?」


 気さくに聞く王に対し、恐縮をし身を固くするサウリエル校長。


「感謝の品としてうけ取れ」


 剥いたオレンジを小房に分ける王。


「失礼ながら。わたくしめにも謝罪の品としてひと口」


 ウェーリアル公爵がパンにパテを塗りつつ言う。


「あら。そうですわね。陛下、きっちり3等分に盛って下さいませ」


 王妃が空になったゴブレットに酒を注ぎながら言う。


「オーリーはともかく、我妻に何故に謝罪なのか?」


 デザート皿に盛り付けながら王は問う。


「お分かりでしょう。母としてこれまで、わたくしは見ざる言わざる聴かざる。我が子を、義母様に取られ、厳しく育てることが出来なかったのです」


 少し恨めしく王妃が答える。


「それは……。致し方ない」


 王はバツ悪く思いながら返す。


「だから、あんなわがままにお育ちになられたのです!」


 ツンッ。そっぽを向く王妃。


「わがままというよりも、お人が良すぎるだけでしょう。アルーシェアリも陽だまりの様な殿下だと申しておりますし」


 ウェーリアル公爵が話に入る。


「あら。このような事になっているというのに、お心が広いのですのね。オーリー」


 王妃が差し出されたパテを塗られ、香草を添えられたパンを受取り話す。


「問題は、そろそろ解決しておりますゆえ」


 サクリとパンを齧る前に金の懐中電灯を取り出し、時を見てから答える、ウェーリアル公爵。


「この度のことは、監督不行き届きとされても致し方ないのです」


 ため息をひとつ、ゴブレットをゆらゆら回し話すサウリエル校長。


「そなたの報告のおかげで、こうして手を打てたというのに、エリル。君は謙遜が過ぎる」


 フィンガーボウルで汚れた指先を洗い、王が言う。


「そうですわ。そもそも、下級令嬢のお涙頂戴に丸め込められた、あの子がいけないのですから。今回の事で、少しは己の立場というものを、おわかりになられればよろしいの」


 数切れ。オレンジが盛られた皿に目を細める王妃。



 ――、酒宴を催す高貴なる身分の者達の背後で、サワサワとした動き。仲間内により、報せが密やかに届けられた。


「先の王太子妃は守られた様だ」


 報告を受けた王が顔をほころばせ言う。


「それはよろしかったですこと。これで明日の卒業記念パーティーは心配もなく、出席できますわね」


 銀のフォークでオレンジを刺し、口に運ぶ王妃。


「出る杭は打たれる。警告はしたのですがね。欲に目がくらんだのか、男爵殿もその娘御も。いやはやなんとも申し難い。次代の王妃の座は、既に決められているというのに」


 回されたオレンジの皿に向かう、ウェーリアル公爵。


「不祥事にならなくてなにより。明日のパーティーはこれにてなんの問題もなく、執り行えるでしょう。その席にて、殿下とアルーシェアリ嬢との、婚約発表も予定通りに」


 淡々と明日の予定を話す、サウリエル校長、銀のフォークで、みずみずしいオレンジを食べる。


「陛下、義母様も居なくなりました。少しばかりあの子を鍛えたいのですが。よろしくて?軟弱にお育ちになられてます故、このままだとアルーシャが可哀想」


 白いナプキンで口元を拭い王妃が問う。


「そうだな。うむ。王妃に任せよう」


 腹が空いたと燻製肉にソースを自ら回しかけ、側にポトリと落とした、黄色い辛子と共に食べる王が許す。


「それにしても。うつけですな。私めが黙っている事の意味を考えず、馬鹿な娘を唆し、アルーシェアリの場所を奪おうとするとは」


 良い報告に気をよくした、ウェーリアル公爵が手ずから酒を注ぎながら饒舌になる。


「殿下のことが、些かご心配ではございますが。どのような茶番になっておりますのか?」


 酒を飲みつつ、手の内を聞かされていない、サウリエル校長が問う。


「フフフフ。ロラン男爵がご禁制の香草を屋敷にて育て、教会から神鏡を盗んだ。そしてそれを使い娘が王子に黒の術を掛けた」


 王妃が、あの男爵家は召使いの顔など、ろくに覚えておりませんでしたから、こちらから送り込むのは至極簡単。淡々と語る。


「そう。あの日はロラン男爵が教会にて、聖母の花を飾る役目を担っていた。そして男爵が帰ると神父からの、驚愕のしらせが!御力を宿した『鏡』が無いと!」


 王は下男に、手の内の者を紛れ込ませたから、他愛ないのだよ。教える。


「ああ、何たる貴族の恥晒しなのだ。心ある召使いのひとりが、主一家をこれ以上罪の道に進まぬよう、心を殺し密告に来たのだ。ご禁制の黒の術等、言語道断!」


 ウェーリアル公爵が、証拠等、陛下の一存でいとも簡単に、作れるのだよ。と話す。  


「さようで御座いましたか。ご禁制の黒の術はいけませぬ。我が校から、この様な破廉恥極まりない者が出るとは。早速、放校処分に致しましょう」


 サウリエル校長は、全てを飲み込み、憂い顔を作り上げると、重々しい声で受け取った。


「では。明日の我が子、エドワードと、アルーシェアリ公爵令嬢の婚約の先祝いと行こうか」


 王が言う。王妃が立ち上がると、ゴブレットに酒を満たして歩く。


「では。乾杯!」

「乾杯!」


 ゴブレットを掲げる者達。笑顔でそれを煽る。



 王、王妃、王室と親交が深い、学園長サウリエル氏と、ウェーリアル公爵。それとそれぞれの『影』達。お側去らずの護衛を担う影達は、数には入れない。見ぬ、聞かぬ、知らぬ。空気のような存在。



 花瓶には赤い薔薇が沢山、オレンジが白いクロスの上に、コロンコロン、辛子の壺、ソースの小鍋、香草がふさふさと詰め込まれた深皿。揺らめく燭台の灯りの元、集まりし者。


 城の奥深く。王と王妃の御位に就いた者が、秘密裏に使う部屋には、爽やかなオレンジの香りが。


 ふうわりと広がっている。


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― 新着の感想 ―
[一言] これは怖いです。
[良い点]  これこそ為政者のあるべき姿!  秘密裏に、不安の芽を摘むのは重要ですね。
[一言] あわわわわ……!
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