表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

【 根本的な生活習慣 】

大学病院の診察室。


内科医の僕の父さんに僕と井上。

1枚の腹部レントゲンを前に、僕ら3人は呆れていた。


患者は研修医、賢治だ。


今朝方、右下腹部の激痛に襲われた賢治。急いで病院に駆け込んだが、結果は呆れるものだった。


痛みの原因は“内臓下垂による一過性の急激な腎臓の圧迫”。

内臓下垂は加齢によるものや体力・筋肉量の不足などによって起こることが多い。でも賢治の場合は明らかにただの“ぐーたら病”だ。


ぐーたら病であることは明白。

なんせ引っ越しを手伝うために僕らはつい先日、賢治の寮部屋でその事実を目の当たりにしたのだから。


 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


賢治は6年間、大学の古びた学生寮に住んでいた。

大学生活6年間、卒業まで寮生活をする奴は少なく今や賢治はここの主のような存在だ。


僕と井上は久しぶりに寮に足を踏み入れた。

ひび割れた壁の古びた階段を上がると“私物放置厳禁”の張り紙が目に飛び込んだ。年季の入ったボロボロの張り紙。そしてその前にこれ見よがしに積み上がられた誰のものともわからない荷物の山。うらめしそうな張り紙を横目に僕らは荷物に狭められた廊下をすり抜けた。


ガチャガチャ‥。

“けんちゃんの部屋”と札のかかったドアを開けると‥、驚くような惨状が僕らの目の前に広がった。

「うわっ、なんだこれ!」思わず僕と井上は口走った。


締め切った部屋の淀んだ空気。

6年間で積み上げられた山のような荷物によりもはや元の部屋の広さすらわからない。部分的に決壊を起こしたのか、ひどく散らかったその部屋はまるでゴミ屋敷だ。


洗っていないであろう脱ぎっぱなしの汚れた洋服の山。

いつのものだろう?

食べ終えて干からびたコンビニ弁当やペットボトルのゴミ、クシャクになったお菓子の空を詰め混んだ袋が至る所に散乱していた。


「け、賢治‥。お前こんな部屋に住んでたのか?」

ひるむ井上と僕。一歩踏み入れるにも気合いがいる。


とにかく汚い。汚すぎる。

G(ゴ○○リ)が出てもおかしくない。


「えへへへ〜。ちょっと散らかっちゃってさ。帰ってきても疲れてほとんど寝るだけだし、国試前は片付ける時間がもったいなくてさぁ〜」賢治はヘラヘラと笑って言った。


「さすがに汚すぎるだろ!お前、これ見て三田みたには何も言われなかったのか!?」

三田さん(三田あかね)は賢治の彼女。同じ医学部の僕らの同期生だ。


「さすがにこの部屋は見せられないよぉ〜。いつも俺があかねちゃんの家に行ってたからあかねちゃんは知らないんだぁ」頭をポリポリ掻きながら賢治は言った。


僕は昔のことを思い出した。僕らがまだ一年生の頃、見た目もボロボロであまりのだらしない賢治さを見かね、“賢治のイメチェン大作戦”と称しみんなで賢治を改心させたんた。

それ以来、ファッションに目覚めキチッとした装いだった賢治。だらしなさも改善できたと思っていたが、どうやら根本の生活習慣は未だ根深く健在だったようだ。


賢治の彼女は面倒見が良く料理上手。どうやら最近は彼女の家に転がり込み、洗濯や食事は彼女まかせ。夜に帰ってきてはこの汚い部屋でくつろいでいたようだ。


「まさに絵に描いたような“ダメンズ”だな‥」

「そうかなぁ?これでも必要なものとかちゃんとどこにあるかわかってるんだよ?特にこたつ周りは秀逸なんだから!」


賢治にそう言われてよく見ると‥

こたつから半径1メートル。汚い部屋の中に放射状にもっこりと物が密集していた。


しかも遠くのものを取るための便利グッズ “マジックハンド”まで転がっている。こたつから一歩も出ることなく、根っこを生やしたかのようにダラダラとくつろぐ姿が目に浮かぶ。


体力勝負の院内実習の期間が終わり、座学(講義)だけとなった医師国家試験までのここ数ヶ月。どうやら賢治はずっとこんな生活を送っていたらしい。賢治のお腹はたぷんたぷん。わずか半年で10キロも太り、おまけに内臓を支える筋肉が激減したのも納得だ。


 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


僕はそんな賢治のことを父さんに散々家で愚痴っていた。

「まずは患者さんを診る以前の問題だよ」

患者さんに健康をとく立場なのになんてことだろう。汚い部屋のことといい、あまりのだらしなさに父さんも本気で呆れていた。


「まずは太った分の10キロダイエットと筋トレっすね!」井上はニヤニヤしながら言った。


「しょうがない。賢治の根性を今度こそ叩き直すしないな」

僕もため息混じりに覚悟を決めた。


「糸倉先生、患者さん戻ってきました。診察室に通しますか?」賢治が検査室から戻ってきたのだ。

「じゃあ通してください」

僕らの話がきっと聞こえていたのだろう。父さんの返事に頷いた看護師さんは呆れて少し笑っているように見えた。


「根本的な生活習慣は改善するのは本当に難しい。病気と生活習慣は切っても切り離せない。そこが治療の難しさでもあるんだよ。ことの深刻さをいかに本人に認識させるか‥、そこが問題だな」


内科医の父さんは常に患者さんのこういう状況と向き合っているのだろう。呆れながらも真剣な父さんの横顔に僕は少しハッとした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この物語は出版された『さくらに願いを』の続編になります。未熟な主人公たちが医師を目指す学生時代の本編概要は冴羽ゆうきHPから

https://sites.google.com/view/saebayuuki/ (リンク不可)



次回

【 細く長く 体にいいこと 】


* 2週間ごとの更新予定となります

登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

当小説の内容、文章を無断で転載することを固く禁じます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ