【 内臓下垂と生活習慣 】
僕らは日曜日の救急外来にやってきていた。
「俺、病気なのかな‥」検査待ちの間不安げな表情をする賢治。
賢治は今朝方、右側腎臓相当部に強烈な痛みを覚えのたうっていたのだ。
「ねぇ、翔ちゃん。やっぱり採血するかなぁ。俺、注射嫌だなぁ‥」心底嫌そうなに賢治は言った。
「お前、まだそんなガキみたいなこと言ってんのか?」俺は呆れて言った。
医者になったっていうのに本当に情けない。そう、実は賢治は大の注射嫌いなんだ。
「新井賢治さ~ん、こちらへどうぞ」看護師さんが賢治を呼んだ。賢治は観念したのかしぶしぶ看護師さんについていった。
まずは診察と採血(血液検査)、腹部レントゲンと言ったところか。
「なぁ翔、賢治の奴この1年で相当太ったよな」井上が言った。
「相当なんてもんじゃない。激太りだろ」
「10キロくらいはいったか?特にこの半年はひどい生活してたよな」
医学部6年生の後期は国家試験の試験対策期間。ただでさえ机に噛り付いて運動不足になる時期なのに賢治の奴ときたら‥
“頭を使うから脳が糖分を欲してるぅ〜!”と言いながら運動もせず食に走っていたのだ。
賢治が最後に健康診断を受けたのは1年前。短期にあれだけ太れば1年で何か異常が出てきていてもおかしくはない。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
ガラガラッ。救急外来の診察室のドアが開くと僕の父さんが顔を出した。
「翔、いのさん、お待たせたな。賢ちゃんの検査結果、お前らも見るだろ?」
「もちろん見るよ」
「おじさん、賢治の奴なんでした?」
昨夜の当直医だった僕の父さん。当直明けにそのまま残って賢治のことを診てくれていたんだ。
「これが腹部レントゲンだ。お前らはどう思う?」レントゲンがデジタル化されてからは患者よりも早く検査画像が戻ってくる。僕と井上はモニターを覗き込んだ。
「えっ、これは‥」井上と僕は顔を見合わせた。
パッと見の初見、大腸がずれて下方へ折り重なり骨盤内へ完全に落ち込んでいた。
「ひどい内臓下垂ってとこっすかね‥‥」井上が言った。
内臓はもともと完全に固定されているものではない。簡単に言えば腹膜の中に収まっていて筋肉に支えられているのだ。筋肉量の少ない痩せてる人や女性に多いが加齢による腹部の筋肉の衰えによっても起こる。
“胃下垂”というのははよく聞く人もいるだろう。でも大体が胃だけではなくその他の内臓も下垂していることが多いものだ。
特に腎臓は遊走腎と言い、内臓の中でももっとも変位や固着を起こしやすい臓器と言われている。
賢治の場合は完全に体の管理不行き届きに違いなかった。運動もせずいつもダラダラ食べてばかりでおまけに極度の猫背。姿勢が悪ければ体を支える筋肉はバランスを崩すもの。猫背になれば下っ腹や背中の筋肉は緊張感を失い緩みっぱなしだ。
現に賢治の下っ腹は完全にぽっこり出っぱっている。
「はぁ‥。賢治のひどい生活習慣が目に浮かぶよ‥」僕は自然とため息をついた。
「そうだな。後で血液検査の結果も見るけど賢ちゃんの場合おそらくひどい内臓下垂と寝てる時の体勢によって腎臓を圧迫したんじゃないかな」当直明けで疲れた顔の父さんは、半分呆れ顔で笑っていた。
僕と井上も苦笑いだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この物語は出版された『さくらに願いを』の続編になります。未熟な主人公たちが医師を目指す学生時代の本編概要は冴羽ゆうきHPから
https://sites.google.com/view/saebayuuki/ (リンク不可)
次回
【 根本的な生活習慣 】
* 2週間ごとの更新予定となります
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
当小説の内容、文章を無断で転載することを固く禁じます。