【 病理検査 年齢というリスク 】
「由美さんの手術、時間かかってるな…」
僕と井上は入院病棟のがらんとした病室で僕の叔母、由美さんの手術が終わるのを待っていた。
「自分らが手術室にたつ時は1時間半なんてあっという間なのにな…」落ち着かない僕を見て井上がボソッと言った。
憩室炎というのは簡単にいえば盲腸炎(虫垂炎)と似た腸管の炎症だ。憩室は消化管の壁に外側に向かって小さな風船のようなポコっとしたくぼみを形成したものだが、憩室ができること自体は病気ではない。だが炎症を起こせば盲腸炎同様に治療が必要だ。先天性の場合もあるが後天的な慢性的な便秘や食生活(肉食・脂質の摂りすぎや食物繊維の摂取減少)加齢による腸壁の衰えなどが原因でできると言われている。
炎症が重症化し腹膜炎を起こしているとはいえ通常の手術予定時間はとうに過ぎていた。
井上と僕も研修中だが医師だ。腹部の手術を何度も経験しているし、手術の内容もよくわかっている。ベテランの先生の執刀なのにさすがにこれは時間がかかっていると思った。
昔の手術痕が今回のオペを難しくしているのだろうか。
考えたくはないが手術中に何かあったのだろうか。ただ待つことしかできない状況下、専門知識を持っているからこそ、時間の経過と共に不安は募っていった。
********************
コココンッ!ガラガラッ。
「お待たせしました。今手術終わりましたからね」
しばらくして看護師さんの声と共に病室のドアが勢いよく開いた。
「由美さん!」
病室に運び込まれた由美さんはまだ麻酔が効いていて意識は戻っていなかった。でも安定した容体に僕はホッと胸を撫で下ろした。
「お、糸倉と井上じゃないか。患者さんのご主人はまだ来てないか。通常より長いオペだったからから心配したんだろ」
先生は僕らの顔を見るなりそう言った。由美さんの手術の執刀医は僕らが学生の時に病院実習で散々お世話になり、そしてこれから研修でもお世話になる吉田先生だった。
「先生、手術で何かあったんですか?」
「いやいや手術自体は問題ないさ。ただ昔の手術痕のせいで癒着がひどくてな。しかも炎症起こした部位以外にも憩室が何個もあって切除するのに時間がかかったんだよ」
先生はそういうと切除した組織片を僕らに見せた。
「部位も近かっから一緒に虫垂(盲腸炎の原因となる部位)も切除しておいたよ」
吉田先生は今後また炎症の原因となりうる他の憩室と虫垂を丁寧に取り除いてくれていたのだ。炎症のないヒョロっとしたきれいな虫垂。そしてコロっとした切除された小さな憩室がそこにはいくつか置かれていた。
「なんだ、そうだったんですか…」
聞けばなんてことはない。時間がかかった理由に僕らも納得だった。
「組織は念の為病理に出しておくよ。結果はまた追って知らせるから」吉田先生は穏やかに笑うと僕の肩をポンポンと軽く叩いた。
〝病理に出す” ということ。
今回の場合、その意味は癌ではないかを確認するということだ。一般的には年齢が上がれば癌のリスクは高くなることが多い。
世間的によく知られている盲腸炎だって稀に〝盲腸癌”ということもある。由美さんはまだ40代後半。まだ若い、そう思う人もいるだろうがその可能性もしっかり視野に入れるべきということだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次回
【 賢治の激痛と内臓下垂 】
* 2週間ごとの更新予定となります
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
当小説の内容、文章を無断で転載することを固く禁じます。