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【 下腹部の痛み 鑑別疾患 】

ピーポーピーポー


遠くの方から救急車のサイレンが近づいてきていた。

大学病院裏のこの場所では救急車が行き交うのは日常茶飯事だ。救急車はいつものように店の横を通過し、大学病院に向かって行った。


いつもは気にしないのに珍しく救急車の音に手を止めたジョージ。

「翔、いつも悪いな。本当、助かるよ……」

エプロンを引っ掛け僕がキッチンに入ると急にしょぼくれた顔でジョージが言った。


「え?」

僕は驚いた。いい歳して完全能天気。いつもくだらない冗談を連発しながらガハハと大声で笑い飛ばすのがいつものジョージなのに今日はどうした?


「具合でも悪いの?」

今日のジョージは変だった。しかも洗い場には汚れた食器が驚くほどにてんこ盛り。


「そういえば由美さんは?」

由美さんはジョージの奥さん、つまり僕のおばさんだ。


「それが由美のやつ調子悪くて休んでんだ」

「え、大丈夫なの?」

やけに忙しそうにしていると思ったら、由美さんの急な病欠で手が足りていなかったのだ。


「ただの腹痛だって言うけど由美が休むなんてよっぽどだよ。家にいるけど今からでも無理にでも病院連れてったほうがいいのかなぁ…」

ジョージは由美さんが痛めている場所なのだろう。下っ腹を右手で押さえながら心配そうに言った。


「右下腹部かぁ。由美さんって前に‶盲腸もうちょう虫垂炎ちゅうすいえん)″で散らしたことあったよな」

「え、それってもしかして再発かも‥?」

井上と賢治も心配そうに覗き込む。


虫垂は大腸の始まりである盲腸にある人差し指ぐらいの大きさの突起物。 虫垂炎は、一般には“盲腸”もしくは“盲腸炎”という通称で知られていて、15 人に 1 人が一生涯に一度は発症するともいわれる炎症だ。〝散らす″というのは炎症が軽度で抗生剤で炎症を抑え込んだということだ。


「虫垂炎とも限らないしな」僕は言った。

僕ら3人は新米でも医者のはしくれ。部位や症状からすぐに炎症の原因(鑑別疾患)について考えを巡らせる。


「急性腸炎」

「大腸憩室炎」

「女性だから婦人科系疾患」

「尿路系疾患なら尿管結石とか膀胱炎とか」

「鼠径ヘルニア」

「腸閉塞」

「40代後半。年齢的にはその他のリスクも高くなるか…」


3人とも自然と考えうる疾患名をボソボソと口に出していた。


「で、他に症状は?」

「昨日の夜から食欲がなくて、今日は熱もありそうだったな…」

「由美さん無理する性格だから具合悪くても我慢してるかもしれないよな」

僕の言葉に井上と賢治も頷いた。


「でも盲腸なら簡単な治療で済むんだろ?また前みたいに薬で散らすとか、今は昔みたいに大きくお腹を切らなくても内視鏡とか?腹腔鏡とかいう手術もあるんだろ……?」


「まずは検査しないとわからないよ。もし軽度な虫垂炎でも何度も散らし続けていいものじゃない」

「腹膜炎っていって、我慢しすぎたりしてもし炎症が広がってる場合は腹腔鏡では手術出来ないからしっかり開腹(お腹を切って手術)しないとダメなんすよ」

「あんまりひどいと腸炎症でに穴があいちゃうこともあるんしぃ‥」

僕と井上と賢治は代わる代わるに答えていった。


「とにかく由美さんに一回連絡してみよう」僕はジョージを促した。


虫垂だって大腸の一部。例え虫垂炎であっても腹膜炎を起こしていたら大変だし、年齢的には若者のそれとはリスクの高さが違う。無症状に進行する深刻な病気ってことだってありうるんだ。たかが〝盲腸〟 されど〝盲腸〟だ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

次回

【 緊急手術 憩室炎と癒着 】


* 2週間ごとの更新予定となります

登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

当小説の内容、文章を無断で転載することを固く禁じます。

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