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【 医師になっても僕らは僕ら 】

「ねぇ、知ってる? 満開の桜の花には魔法の力があるんだよ。手の中に満開の桜から花びらが舞い降りてきたら、その人の願いが叶うんだって……」


6年前、春花は祈るように〝奇跡の桜〟を来る日も来る日も見上げていた。


 当時医学部に入学したばかりの僕らは本当に未熟で世間知らず。全力で駆け抜けた青春時代。そのかけがえのない経験は今の僕らの糧となり、今もまだ僕らの胸の中に息づいていた。


【 医師になっても僕らは僕ら 】


大学病院裏の並木道。

春の風に吹かれ満開の桜の花が咲き誇っていた。


この春、無事医師国家試験に合格し僕らは医師となった。

初期研修制度により僕らはこれから2年間研修を受けることになる。いわゆる〝インターン〟だ。


来週からの研修を前に、今日はオリエンテーションが開かれていた。


「あぁ、腰がいてぇ。なんでお偉方はこうも話しがなっげーんだろうな」

三時間を超えるオリエンテーション。

井上のか弱い腰は、着慣れぬスーツと堅苦しい長話しに限界を迎えていた。


「やっと終わった〜」

ようやく解放され外に出ると、病院裏の桜の下で賢治がぴょんぴょん飛び跳ねながら騒いでいた。

「ねぇねぇ翔ちゃん、いのさん! 見て見て~! 桜満開!満っ開だよ~ぉ!」


初めましての方もいるのでここでひとまず僕らの紹介から。

僕の名前は糸倉翔いとくらかける。この物語の主人公。で、僕の横にいるおっさん臭いのが井上俊いのうえしゅん(通称:いのさん)。でもって、向こうで飛び跳ねているのが相沢賢治あいざわけんじ

僕らはこの大学で濃厚で濃密な6年間の学生生活を共に過ごした同期生。そしてこの春からこの大学病院で研修をすることになる新米医師だ。


「賢治は入学当時から変わんねーな。あいつ本当に医者になった自覚あんのかね?ガキっぽいというかなんというか……」

「あれでもだいぶマシになったよ」

「昔は酷かったからな。ナヨナヨしててだらしなくて」

「髪はくしゃくしゃ、服なんてヨレヨレのしっわしわ!」

「授業はよだれ垂らしてイビキかいて寝てばっか!」

「クチャクチャ、ず~っと同じガム噛んでるし!」


そう言いながら顔を見合わせた僕と井上。ニヤッとした表情は決めのセリフのためのいつもの合図。


『清潔感ゼロ!!やる気なし!!こいつ本当に医者になんのか〜!?』


最後にピタリとハモるあたりが濃密な6年間の友情の証。

「アハハハハッ! 」いつものように井上と僕は大笑いだ。


「翔ちゃぁ〜ん!いのさぁん! 早くおいでよぉ〜!! 写真撮ろうよぉ!」

賢治は体をクネらせ、まるでなかなか来てくれない母親に駄々をこねる子供のよう。

「なに2人で楽しそうにしちゃってんのぉ? 俺も混ぜてよぉ~!」そう言うと賢治はいつものように僕の腕にひっ絡まった。


賢治はとても人懐っこい奴だが、ひときわ僕に懐いていた。というのも、相沢、糸倉、あいざわ、いとくら……出席番号1番と2番。学生実習などのペアが五十音順の出席番号で決まるため、賢治と僕は何をするにも一緒。そう、6年間不動のパートナーだったんだ。


「賢治よ、妬くな! そんじゃ、新たな門出に記念写真といきますか」いつもなら面倒くさがる井上が今日はなぜかやる気満々だ。

「じゃぁ、翔ちゃん真ん中ねぇ!」そう言って賢治は携帯のカメラを準備した。

自撮り用のインカメにして、桜とのアングルを決めると僕らは賢治の携帯の画面を覗き込んだ。

「賢治、あんまりくっつくな!気持ち悪いだろ!」異様に顔を近づけてくる賢治。生温かい賢治の吐息を感じるほどだ。


「何だよ井上、お前も近いよ!!」賢治に続いて井上までやたらと僕に顔を近づけた。

「クククククッ!」笑いをこらえながら僕の顔に両サイドから力一杯顔を押し付ける井上と賢治。

「お前らまさか‥‥」

この時ようやく僕は気づいたんだ。こいつら二人の悪ノリに!


「あぁもう、やめろ!やめろよ!離れろよっ!!」必死に逃げようとするが2人にガッチリホールドされ振り解けない。

「いででででっ!」しかも賢治の伸び始めたジョリジョリの髭が痛い痛い!携帯の画面に映った僕らの顔はおしくらまんじゅう。3人揃ってひどいもんだ。


「け、賢治…、もう限界だ、早く撮れ!!!」

「井上隊長ぉ、了解でありまぁす!! 」


キャシシシシシシシシシーーーッ!

しかもまさかの高速連写!


医師になったのにこういうノリは学生時代と変わらない。


「疲れた……」賢治のジョリジョリの髭のせいでヒリつく頬。悪ふざけがすぎて僕は完全に脱力だ。

「あはははっ!翔ちゃんひどい顔ぉ〜!!」

「あー笑った笑った!ほんと翔はこういうのによく引っかかるな!」げっそりする僕を見て賢治と井上は満足そうに笑っていた。


「われやれ、医者になってもこんな調子か‥‥」

白衣を着ればキリッとするが、普段は悪ガキのようなこんな奴ら。ハチャメチャだけど、これが僕の大事な仲間だったりするのである。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

次回

【 僕らのたまり場 カフェ:フェルマータ 】


* 2週間ごとの更新予定となります

登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

当小説の内容、文章を無断で転載することを固く禁じます。



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