⑧「つなぐ」ということ
「麻生さん、さっきからなに一人でブツブツ言ってんの?」
マーニーの声でふと我に返る。
「あっ、ああすいません。ちょっと考え事を……」
「麻生さんさあ、最初に言ったけど、何か目的があってワタシのとこ、来たんでしょ」
「え、ええ。まあそうですが」
マーニーは苦笑して
「ほんっとに麻生おじさんは噓がつけない良い人みたいだね。いいよ聴きましょう。どういう話?」
オレは仕方なく、マニュアルで読んだ通りの契約の話について説明した。
マーニーは意外にも、この荒唐無稽な話を違和感なく受け入れたようだった。
「なるほどね」
マーニーは一度、深いため息をついた後、
「それでワタシは、あとどれくらい生きられるはずだったの?」
「はあ、あと二、三年ってところですかね」
「ああ、やっぱりそういうことも分かるんだ」
このマーニーという少女は、なにか人の心の奥底を見透かしたり、未来を見通せたりでもするような深い藍色の目をしている。
「で、その申し上げにくいんですが…… 命だけ飛ばしちゃう場合と、体ごと飛ばしちゃう場合がありまして」
「体ごと飛ばすってことは、周りにとっては行方不明になっちゃうってこと?」
「はい、そうなりますね」
マーニーは少し考えた。
「そうね、行方不明になって親戚の連中が右往左往するのも面白いかもね、じゃあ体ごとでお願いしますよ」
「え、っていう事は契約でいいんすか」
「いいよ。何でよ、もともとそっちから持ち掛けた話でしょう」
「それはそうですけど」
マーニーはもう、心を決めたようなすっきりした顔になっていた。
(おい、麻生快。気持ちが変わらないうちに早く契約しちまえよ)
「あ、え~そうですね。じゃ契約書にサインとか、でしたっけ」
「??でしたっけじゃないでしょ麻生さん、素人ですか?」
(そんなもんスマホの長ったらしい規約をチラッと見せて【同意する】にチェックしてもらえばいいんだよ、なんなら口頭でもいいし)
「あー 口頭でもいいそうです」
「さっきから誰とはなしてんの? ヘンな人。はい、じゃあこれでね」
マーニーはさっさとスマホで契約を決めた。
「あー、あとなんですか。なにか思い残しとか、後始末をしておくこととかありますか」
「ああ、特にないけど。できればあの博多弁のコンピュータとは一番の友達だったから。無理かもしれないけど何かの形で
飛ばされた先でもつながっていられたら、いいかなあ」
「はい、前向きに善処いたします」
「なんだその政治家の答弁みたいなのは! 前向きでも後ろ向きでもいいよ。じゃあさっさと初めてくれる」
マーニーの体は車いすの上で、ゆっくりと透明になり、やがて消えていった。
◇ ◇ ◇
「麻生快、初めてにしては上出来だ…… なんだアンタ、『カムカム』の後の鈴木アナみたいに号泣して!」
「……だって ……だってマーニー消えちゃいましたよお」
「そりゃそうだ、お前が契約したんだからな」
「……クーミン、なんか姿が濃くなってはっきり見えてるように見えますが、今度のことと関係あるんですか」
「それは、そういうもんなんだろうな」
「クーミン、なんで今回の件をオレにやらせたんすか」
「それは、そうさなあ。クサいことを言えば、それがメンバーの絆につながっていくんじゃない?」
「クサいくさ!」
このとき、少し『ふぁいなる・りせったーず』の一員になったことを後悔した。