⑤海辺の屋敷の少女
遠くに低い崖を望む海岸の、古い洋館にその少女は住んでいた。
生まれつき体が弱く、遠くに散歩する時には車いすを使うこともあった。
「どうだ麻生快、この景色についてはどう思う?」
「はあ、『思い出のマーニー』風っすかね」
「なんだそりゃ? で、あの少女については?」
「アルプスの少女のクララですかね」
「どうもアンタは物の見方がステレオタイプだな」
クーミンはオレの事をフルネームで呼び捨てするようになっていた。
オレも今では皆をクーミン、ミノさん、あれクサと呼んでいた。
言われて少女の顔をよく見て、驚いた。
「あれっ? あの子の顔、クーミンにそっくりっすね」
「ああ、そうだよ。もともと設定をいただいた本人だからな」
設定を、いただいた?
意味がよくわかんねえ。サンドウィッチマンの富澤になった気分だ。
「で、麻生快があの女の子と交渉をするわけだ」
「交渉? まだ無理っすよ。やったことないし」
「やったことないのは当たり前だろ。全くおんなじ顔したワタシが出てく訳にはいかんだろ」
「行きんシャイ!」
けっこう無茶を言う人たちだな。もともと常識なんかにとらわれても仕方がないが。
「オレなんか行って大丈夫っすかね、おっさんだし、警戒されるかも」
「アンタ仮にも旅行会社なんだろ? コミ障みたいなこと言ってんじゃねえよ。だいたい交渉とかはお手のもんだろ。お役所の仕事で予算余った分を担当者にヤミ返金とかしてんじゃねえの?」
「シーーーッ!」
ヤバい、この話題はヤバい。
仕方がない、行くか。
「で、あの女の子は病気か何かですか?」
「不治の奇病で、あと持って2、3年ってとこかな」
なんと、人の世は空しいものだ。オレも人の事言ってる場合ではないが。
「んじゃしょうがない、行って来ます」
「あ、こっちもアンタの頭ン中でモニターしてるから。万が一の時はアドバイスすっからね」
これじゃああやつり人形かはじめてのおつかいと変わらんな、情けない。
オレは出来るだけの営業スマイルを浮かべて、少女にゆっくりと近づいた。
「や、やあお嬢さん、いい天気ですね」
「…………」
やっぱりその少女は警戒心満載の顔で、なんだこのオッサンって顔してる。
「……なんか用? 天気思いっきり悪いんだけど」
「退屈でしたら、お話でもしましょうかと思いまして」
「いくらで?」
そうだよな、これじゃパパ活かおじ活だよなあ。
「いや、そういうんじゃないんだけど」
「じゃあなに、わたしのパンツでも見たいの?」
見たくないわけはないが、そういう趣旨じゃない。
「わたしは麻生快と言います。失言で有名な副総理の『麻生』に、快と書きます。あなたは?」
「なんで見ず知らずの人に名前なんか言わなきゃいけないわけ」
「いやまさか清楚で美しいお嬢さんといつまでもお呼びするわけにもいかんでしょう」
その少女は仕方ねえなア、という顔をして。
「……マーニー」
「へっ?」
「マーニーよ。悪い?」
いややっぱりマーニーなんっかい!!
「あの、車いす押しますから、そのあたり散歩でもしましょうか」
「公衆便所でも連れ込むつもりか?」
だがその少女は、オレの顔をまじまじと見た後、意外にも急に笑顔になり
「麻生さん、他の目的隠してるのはバレバレだけど、アンタなんかいい人みたいだね」
ひえっ! 全部バレとる。サイドエフェクトを使ったのだろうか。
〈麻生快思いっきり下手くそだな、だが、それがいいのかも〉
頭のなかでクーミンが囁いた。