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フォール・イントゥ・ピース

作者: 朝凪 青

加奈ちゃんは振り返りもせずに言う。

「先輩、またそんなところに突っ立って。まだ見つからないんですか」

カチャカチャカチャカチャ

加奈ちゃんはいつものように愛機の「アルヘナ号」をメンテナンスしている。

「だからいつもいってるだろう。とっくに見つけてはいるんだ。でも、なかなか説得に応じてくれなくてねえ」

「ほんと役に立たないですね。」

加奈ちゃんはタバコに火をつけながらそう呟いた。

ピースの匂いと黒髪ボブが相変わらず似合わない。

「タバコを吸う女性は嫌いですか?」

どうやら彼女には僕の心が透けて見えるらしい。

「いいや。よく似合っているよ」

「嘘つき。恋人でもできたらタバコもやめられるんでしょうね」

困った僕は話を変える。

「まあとりあえず、君がそいつと直接話してくれたら造作もないことなんだけどねえ」

「どういう意味ですか」

「まあまあ。とりあえず君の希望にぴったりのやつがいるんだ。明日は大学も休みだろ?引っ張って来るよ」

「あなたが乗ってくれたら済む話なんですけどね。」

「僕の成績の低空飛行っぷりは知ってるだろ?僕がパイロットだと高度も下がってしまうよ」

「まあいいです。とりあえず明日はその方連れてきてください。よろしく頼みます」

そう言うと彼女は、まるで僕などそこに最初から存在しなかったかのように機体を弄り始めた。



カランカランカラン


「ちっ、なんなんだよ。わざわざこんなとこ呼び出しといていないのかよ。」

仕方なく窓際のテーブルに座り、ソウヤはホットミルクを注文する。

「どうせ同じとこに住んでんだから家で言やあいいのに」


カランカランカラン


「いやあごめんごめん遅くなった。」

「おいトウヤ。呼び出しといていないなんてありえるか?こんなグーグルマップにものってない店指定しやがって」

「まあそうカリカリしなさんなよ。あ、アメリカン一つお願いします。」

マスターに注文する。


「良い店だろ?風柑堂っていうんだ」

「そんなことより呼び出しといて、用ってなんだよ。第一、家で言えばいいだろ」

「いいやだめだ。シェアハウス内だと誰に聞かれてるかわかったもんじゃない」


一つ空けて隣に座っているOL風の女性が好奇の目でこちらを見ている。


「さて、コーヒーもきたし、本題に入ろうか。単刀直入に言う。アルヘナ号に乗ってくれないか」

ソウヤは大きく息を吐いた。

「だから何度も言ってるだろ。俺は乗らないし、トウヤがいつも言っている天才メカニックとやらも俺は知らない。第一実験が忙しいんだ。同じ学部なんだからトウヤも知ってるだろ」

僕はニヤリと笑った。

「そう言うと思ったよ。ところで、最近周りで変わったことはなかったかい」

「ん?んー、ああ、そう言えば、俺のボールペンと定規が破廉恥な真っピンクに染められてたな。あと、エアポッズも。」

僕は再びニヤリと笑った。

「まさか、お前、」

「いいや知らないねえ。まあでも身の周りにはしばらく気をつけた方がいいんじゃない?」

「お前!こんな卑怯な手を使うのか!あんなハレンチなボールペン使えたもんじゃないし、あんなイヤホンつけて歩いてたら「ハレンチが歩いてる!あんなやつ学内を闊歩させるまじ!」ってなるだろうがよ!」

「まあ落ち着きなって。もう一つ聞きたいことがあるんだ。加奈ちゃんとは最近どうなんだい?」

ソウヤはミルクを一口啜る。

「彼女はムサクルシイ理工学部の神とも呼べる存在だ。俺なんかがお近づきになれる訳ないだろう。ましてや後輩だし。お見かけできるだけで万々歳だ」

僕は三たびニヤリと笑った。

「今日彼女に会えると言ったら?」

あからさまに動揺している。わかりやすいやつ。

「加奈ちゃんと僕が同じサークルなのは知ってるだろ。今日僕と一緒に来れば必然的に彼女にも会えるよ」

「天才メカニックってまさか、」

ソウヤの心臓の音が僕のところまで聞こえてくる。

「さあ、どうだろうね」

コーヒーを飲み干し席を立つ。


チラッとソウヤの方を振り返ると、彼は席を立ち、窓の方を見ながらボサボサの髪を押さえていた。


――――――――――――――――――――――――


加奈ちゃんは大きな目をさらに大きくしながら僕とソウヤのことを交互に見ている。

「先輩が、2人、?」

「君の希望には完璧に応えられただろ?」

金縛りにあったように目だけ動かしている加奈ちゃんに、メデューサの目を見たように固まったソウヤを紹介する。

「こいつは双子の兄のソウヤ。そっくりだろ」

金縛りの解けた加奈ちゃんを尻目に、ソウヤに向かって言う。

「こちらはウチの天才メカニックの加奈ちゃん。って紹介するまでもないか」

「ごめんね。こいつ緊張して固まってるけど気にしないで」

「先輩があれほど自信満々だったのも合点がいきました。確かに背格好も先輩そっくりですね。」

「ソウヤなら大役も十二分にこなせるだろ?」

「ちょっとチェックします。失礼します。」

「おい待てよ、俺はまだやるとは、」


ソウヤの体に電気が走る。

(加奈さんが、俺の体を、触っている、?いや、ボディチェックをしている、のか?夢か?これは?)


「あーあせっかく石化解けかけてたのに。さっきより固まっちゃったよ。雨降って地固まる。違うか」

「筋肉のつき方まで先輩そっくりですね。素晴らしいです。」

そう言って加奈ちゃんはもう何も抵抗しなくなったソウヤを操縦席に座らせる。

「いいですか、ソウヤさん。本番まで一か月。あなたは何の練習もしなくていいですし、何の準備もしなくていいです。ただただいつも通りに過ごしてください。難しいことは何もないです。」

「え、ほんとに練習しなくていいの?」

「はい。私がソウヤさんの体重に合わせたベストな調整を機体に施しますので。トレーニングなどをされるとむしろ不都合が生じます。」

「わ、わかった。ホントに何もしないからね」

「よろしくお願いします。ではお二人とも邪魔なのでお引き取りください。」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「加奈ちゃん、差し入れ持ってきたよ。あれ今日はソウヤもいるんだ。」


2人とも僕の声は届いていないようだ。


ソウヤは操縦席に座り、横でモンキーを持っている加奈ちゃんに話しかけている。

「加奈さん、本番が終わったら伝えたいことがあるんだ」

「何ですか?今行ってくれないと調整できませんよ。ん?耳が赤いですけど、部室暑いですか」

「いや、そうじゃなくて」

「差し入れ持ってきたよー!!!!」

ビクッと2人が振り返る。ソウヤが心なしかこちらを睨んでいる気がするのは気のせいだろうか。

「ソウヤもいたんだね。じゃあ俺の分のコーヒーあげるよ。加奈ちゃんは、はいこれ。」

「ありがとうございます。残り4本だったのでソワソワしていたところです。」

そう言いながら新箱をポケットにしまい、反対のポケットから古箱とマッチを取り出しピースを咥えながらマッチと箱の側面を擦る。

整備と同じく、実にスムーズだ。

「ソウヤさんにはあれから2週間毎日来てもらっています。」

「そうなんだ。ソウヤ、あんなに頑なだったから、ホントは嫌なんじゃない?」

ニヤニヤしながら言う。、

「トウヤ、いつからいたんだよ」

「さあ?そんなことより、実験の準備があるだろ。行こう」


部室を出て、大学の門を出て、長い坂を下る。沈黙をギリギリ破るか破らないかの音量でソウヤが呟いた。

「本番で優勝したら、加奈さんに告白する。」


体温がスーっと下がる。


「いやああんなにガチガチなのに、告白なんてできるのかい。まずは目を見て話すところからだろう」

「今回の俺は違う」


静寂が辺りを包む。


「てか、鳥人間コンテストって一体なんなんだよ」

――――――――――――――――――――――――



日差しが鬱陶しいほどの快晴。

「ああ。意外と緊張する。」

「大丈夫です。何も考えずにペダルを漕いでください。必ず優勝できます。」

「あ、そうだ。ソウヤ、実験やり直しらしいよ。蓮水教授から伝えてくれって言われてたんだった。」

「ああもう本番直前に嫌なこと考えさせるなよ!」


銃声と共に一斉に各々の愛機が飛び出す。

我らが愛すべきアルヘナ号はどうか。


一機、二機、三機と海に墜落していく。アルヘナ号と競っているのは同じ関西の某大学の「リュンケウス号」である。


アルヘナ号の高度がどんどん下がっていく。


(ダメか。)


ところが、みるみるうちにリュンケウス号の高度も下がっている。


ザッバーーン。


急いで加奈ちゃんとビデオを確認する。


加奈ちゃんが呟いた。


「勝った。」


「あいつ本当に勝っちゃったねえ」


2人でソウヤの元に駆けつける。

ずぶ濡れになったソウヤは誇らしげに言った。

「あえてペダルをを漕ぐのをやめて油断させたんだ。俺の作戦勝ちだ」

そう言ってソウヤは僕に目配せをした。

「本当にやったなあ。じゃあ、優勝も見届けたし、僕は期末レポートの準備があるからそろそろ帰るよ。」


ソウヤがあんなにもキラキラして見えたのは、太陽が滴に反射していたからに違いない。きっとそうだ。


――――――――――――――――――――――――

その後、2人は恋仲に発展したのか。皆さんの想像にお任せする。


ただ、僕から一つ言えることがある。

それは

部室からピースの匂いがしなくなった

ということである。


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