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大魔王様、勇者の従者になる!  作者: ronron
旅路編Ⅲ
94/304

94 雇われ船長ベレンゼン②

 商船『海の恵み号』は、穏やかな海面を滑るように進んで行く。『海の恵み号』の船体は、全長が二十五メートルの中型木造船で、帆柱を二本持っていた。

 積載しているのは主に海産物で、一部、赤い荒野で採れた薬草も積んでいる。これらは港町ターズから首都バーンガッドへ輸送され、加工されて全国へ売りに出されるのである。


 ロビン一行は甲板に出て、辺りの景色を眺めていた。右手には崖と岩場の陸地が続いていて、今日は余り波が無いので、崖下で砕ける波の飛沫しぶきは小さい。

 左手には内海の水平線が見えていて、遠すぎて肉眼では見えないのであるが、水平線の先には魔族のみが住んでいる『大魔王国』があるのであった。


 『大魔王国』を支配する大魔王ケンジは、人間世界とは完全に関係を断っているのであるが、国を抜け出した一部の力を持った魔物が、人間世界の数か所に勢力を広げ、自ら『魔王』を僭称して、ジワジワと版図を広げつつあったのである。


 「それにしても航路が、少し岸に近すぎるんじゃねえか? 下手すると座礁するぜ」


 殆んど船に乗った経験の無いハールデンが渋い顔で言うと。


 「いや、これが当たり前でござるよハールデン殿。沖へ行くほど巨大な海の魔物が生息しているので、出来るだけ海岸線近くを航海するのが常識でござる」


 何度も船に乗っているジェームズが、ハールデンの疑問に答えた。


 「ほう、そんなものなのか……では、岸に近い辺りには魔物は居ないのか?」


 ジェームズは首を振り。


 「魔物は海の浅い部分にもいるでござるよ。ただ、船をひっくり返せるような力のある魔物は、滅多に居ないでござるよ。……ただし、夜は大型の魔物が岸近くに寄ってくる場合もあるそうでござる」


 「ふうん」


 気の無い返事を返したハールデンは、右手で首にぶら下げた『海の首飾り』に触れた。

 海星屋の家宝であったこの首飾りは、いざという時は魚のように速く水中を進み、長い時間潜ることが可能な希少アイテムである。





 甲板で雑談を続けるロビン一行を、船尾の一段高くなっている操舵室から、船長のベレンゼンと部下たちが、気づかれないように観察していた。


 部下の一人がベレンゼンに声を掛ける。


 「船長。今回、乗っている旅人は全部で六十人でさあ。運賃が安いので集め易かったですね」


 「ああ。これからも同じ手口で行くことにしよう……どうせ、有り金全部頂くんだからな」


 ベレンゼンがうなづく。

 部下は嫌らしい笑いを浮かべると。


 「有り金全部頂いて、海に落としちまえば、何の証拠も残りませんからね。アルマンド親分も、上手い手を考えなさる」


 部下は裏で彼らを操っている、アルマンド船長の名を出した。


 「それくらいにしておけ」


 仲間しか聞くものは居ないが、ベレンゼンが口の軽い部下をたしなめた。


 通常の定期船と違って、商船の荷と共に乗る旅人は、誰がどの船に乗ったのかなど、記録に残っている訳ではない。

 それに目を付けたのがアルマンドであった。普通に船の商売を行いながら、乗せた旅人を海上で襲い、身ぐるみ剥いで海に沈めてしまえば、死体は魔物が処理してくれて証拠は残らないのである。路銀を所持している旅人は、良い稼ぎになった。


 自分が船長として乗る『黒龍号』には旅人を乗せず。手下の雇われ船長に旅人を募集させて、協力して海上で旅人を襲うのであった。


 ベレンゼンが船長の『海の恵み号』は、乗組員は約百人の中型船である。今回乗せている旅人は六十人であり、数には勝るが死に物狂いになった旅人と、そのまま戦えば犠牲も多くなる。

 そこで海上で『黒龍号』と合流し、大人数で一気に制圧する予定であった。ちなみに『黒龍号』には百五十人の船員が乗っている。


 「今回の旅人の中では、奴は手強そうですね」


 操舵室から見降ろせる先に居る、ハールデンを顎で指して部下が言う。


 「そうだな……」


 仲間と談笑している大男は、フードに隠れて顔は見えないが、異常なほどに筋肉が発達していて、暴れ出せば手が付けられなくなりそうである。

 

 男を誘ってしまったわずかな後悔を感じて、ベレンゼンは顔をしかめた。だが、あの時は親分であるアルマンドに、出港を急かされていて後先を考える余裕が無かったのである。


 「まあ、今さら愚痴ぐちっても仕方がない。大人数で囲んで討ち取れば問題ないだろう」


 犠牲の一人二人は仕方がないと、腹をくくったベレンゼンであった。どうせ死ぬのは交換の可能な配下の下っ端である。

 自身は早く借金を完済して、老後の資金も溜めなければならないのである。





 「船の上はバランスを鍛えるのに、丁度良い場所でござる」


 ジェームスに誘われて、甲板でロビンの稽古が始まった。今日は『魔王斬り』の指導である。


 敵の正面から片手剣に両手を添え、飛び上がって全体重を加えながら斬り降ろす、いわば止めの一撃である。

 これが簡単なようで難しい技である。それでも魔王を倒す為にはこの技をマスターしなければならない。

 教会に認定された勇者のみが、この技を使った時に、魔王を滅する力を発揮できると言われている。


 他のメンバーは、熱心に稽古するロビンを周囲を囲んで見守っている。賢治も同じく突っ立って、見るとはなしに見ていた。


 (大魔王様)


 肩に止まったカノンが賢治に話し掛ける。


 「何だ」


 (はい。あの勇者が稽古している『魔王斬り』なる技ですが、あのような技で、魔王を滅する力が発現致しますのでございましょうか?)


 「……さあな。分からぬが、そう言うものなのであろうな。一念岩をも通すというでは無いか」


 (なるほど)


 賢治は『魔王斬り』には興味が無いようである。(なるほど)と分かったように口にしたカノンであるが、彼も本当のところは何も分かっていなかった。しかし、興味を示さない主人に、これ以上何も聞くことは出来なかった。



 船の手すりに身を預けて、皆と一緒にロビンの稽古を眺めていたハールデンは、船の後方の水平線に小さな船影を発見した。

 船影はどんどん大きくなって来て、『海の恵み号』に近づいて来ていることが分かった。


 「旦那。船が近づいて来るぜ」


 教えられたジェームスが、稽古をつける手を止めて、細目で近づいて来る船影を見詰めると。


 「大型の船でござるな。マストが三本見えるでござる。船足もずいぶん速いようでござるな」


 大型の船が近づいて来る様子に、他の乗船している旅人も気が付いたようである。船が黒く見えるのは、影だけのせいではなく、実際に船体が黒く塗られているようで不気味であった。





 「アルマンドさんの『黒龍号』が近づいて来ましたぜ」


 操舵室でベレンゼンの隣りに立つ部下が報告する。

 ベレンゼンはうなづくと。


 「辺りに他の船は見当たらねえ。海岸側も人が住んでない地域だからな。この辺でやりゃあ、誰にも見られずに済む」


 部下の一人に顎をしゃくると。


 「おい! いつもの様に、旅人たちを舳先の倉庫に全員誘導するんだ。あちこちに散らばられると、始末するのに探すのが面倒になる」


 「へいっ!」


 部下は慣れているようで、返事をすると操舵室から出て行った。





 かなり近づいて来た黒い船体の船を、目の良いハールデンは、先日、アーバス港で乗船を拒否された船であることに気が付いた。


 「確か『黒龍号』って名の船だったな。船長の命令で、旅人は乗せないとか言っていたな」


 ハールデンは彼に大きな顔をして食いかかって来て、逆に怒鳴り付けられて、震えていた『黒龍号』の船員の顔を思い出した。





 その『黒龍号』側でも、『海の恵み号』の甲板で、こちらに注目している旅人たちの顔が、認識できるほどに近づいて来た。


 旗を揚げるようにアルマンド船長から指示されて、操舵室から出て来たガフールは、迫って来た『海の恵み号』の甲板の上に、ひと際、目立つ体格の男を発見したのであった。


 「あ! あいつ! 『海の恵み号』に乗ってやがったのか!」


 アーバス港の船着き場で、ひどく恥をかかされた相手であった。あの時は仲間を呼ぶことも出来ず、悔しくて後で地団駄を踏んだのであるが、ここで会ったが百年目である。たっぷり復讐が出来るとガフールの顔が喜色に染まった。

 「海の上で会ったなら、絶対許さねえ」と誓ったのであるが、本当に機会が巡って来たのであった。


 どうやって仕返ししてやろうかと、あれこれ考えながら、船長に指示された旗をスルスルと揚げて行った。その旗には髑髏ドクロのマークが描かれていたのである。





 「うわわわーっ!」


 「ひえーっ! 海賊だ!」


 真っ黒な巨大な船体の船から、急に掲げられた旗を見た旅人たちから悲鳴が上がった。


 旅人たちの反応を確認した、『海の恵み号』の船員から声が飛ぶ。


 「海賊が現れました! 旅人の皆さん、危険です! 我々が命を懸けて必ずお守り致しますので、皆さまは舳先の倉庫の中へお隠れ下さい」


 数人の船員が、右往左往する旅人に声を掛けて、巧みに舳先の倉庫へ誘導するのであった。





 「何か、胡散臭うさんくさく無いかい?」


 メリッサが両眉を寄せて疑念を口に出し、ハールデンがうなづいた。


 「確かになあ。本来なら船影が見えた時点で、何か反応しなきゃ可笑しいな。……ここまで近づかれちゃあ、今さら逃げるのは不可能だろうな」


 「まさか、奴らグルでござるか」


 ジェームズは憤慨した顔で両手を組んだ。


 「旅人を舳先の倉庫に押し込めて置いて、一挙に始末しようって魂胆だろうな」


 顎に手を当てたハールデンは、そう言いながらも余裕を持っている。


 「兄さん。どうします?」


 見上げるロビンに。


 「まあ、任せとけ。ちょうど『海の首飾り』の威力を試したかったからな……お前とメリッサには旅人を守ってもらおうか。ケンジは危ねえから、旅人と倉庫へ入ってな。旦那は俺と暴れてもらうぜ」


 ジェームズは笑みを浮かべると。


 「心得こころえた!」


 と、両刀を軽く叩いたのであった。

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