90 阿吽の呼吸
『海神の祠』の地下ダンジョンの入り口前では、たった今、地下へと入って行ったチームの話題で盛り上がっていた。
「先頭の奴を見たか! あの魔法は《光球》って補助魔法だぜ! 初めて見たぞ」
「俺も初めて見たぞ。元々、魔法を使える人間自体が少ないが、補助魔法を使える奴は滅多にいないからな」
「それに他のメンバーを見たか。ありゃあ、どう見ても只者じゃねえぞ。きっと名のあるチームだぜ」
「そうだと思うがよ、何であんな凄そうな連中の中に子供がいたんだ?」
全員がうなづき、中の一人が腕を組むと。
「何で居たかは知らねえ……だが、子供とは言え、何か、こう、ちょっと普通の子供では無かったな。どこか清々しくて、凄く頼もしそうに見えたじゃねえか」
「志願所には『ゼッ○ン』ってチーム名で登録しいるそうだ」
「『ゼッ○ン』だって? 聞いたことがねえな」
話題は尽きないようである。
ロビン一行は『海神の祠』の地下ダンジョンへと入って来た。ダンジョンは人工のものではなくて、床も壁も天井も、ゴツゴツとした表面であり、明らかに自然に出来たもので、やや湿気を帯びている。
ダンジョンに入ってしばらく行くと、先頭の賢治は立ち止まり、目をつむって辺りの気配を探り始めた。
「ふむ。こいつぁ時間が掛かるかも知れねえな。急いでも仕方がねえ、賢治がああしている間は休憩でもするか」
肩をすくめてハールデンはメンバーを見渡し、近くの岩に腰を降ろした。
それに倣って他の者も、文句も言わずに腰を降ろす。
今や賢治の探索能力を疑う者は一行には居ない。彼は神ががった感覚でダンジョン内を知覚し、的確な道を示してくれるはずである。
……だが、本当のところは賢治には探索能力などは皆無である。そんな雑用は配下の仕事なのである。
地下へ入るなり奥へ向かって飛んで行った妖精と、一斉に枝分かれした通路へ散らばった、使い魔たちが、ダンジョンを隅から隅まで探索を行っているのである。通路に潜む魔物も彼らの敵では無い。
賢治は彼らから上がって来た報告を、もっともらしくメンバーへ伝えれば良いのであった。
しばらくすると《光球》の光の届かない暗闇の向こうから、可愛らしい四枚羽根の妖精が帰って来て賢治の肩へ止まった。
(お待たせ致しました大魔王様。集まりました報告によりますと、現在ダンジョン内で活動している探索チームは八つでございます。どのチームも探索者に発行されているカードを所持しているようでございます)
「つまり、『海神像』を地下へ持ち込んだ者は見つかっていないと言うことか?」
……彼らの会話は誰にも聞こえていない。
(いいえ。大空洞がある場所で、止まったまま動かない三名のチームが、像を隠し持っているのを確認いたしました)
「ほう、なぜ『海神像』を隠し持っている? 見つけたのなら、なぜ見つけたと地上に出て来ないのだ? 正規に発行されたカードも持っているのであろう?」
賢治の形の良い眉が、片方動いた。
妖精がうなづき。
(その三名のチームは、像を持ち込んだ犯人から像を奪い取ったが、何らかの目的があって地下から出て来ないものであるのか……それとも彼らが像を持ち込んだ犯人であり、所持しているカードはこれまでに倒した探索者たちから、奪ったものかと考えられます)
「像が奪われたのは一ケ月と少し前だそうであるから、そうならば誰か外部の者が、そやつらに食料や水を送り届けておることになるな。……探索者に発行されているカードは、ダンジョンから出る時に調べられるであろうから、奪ったカードを持っていても何にもなるまい」
(はい。……そうでありますならば、本物のカードを用意できる立場の協力者が外部に居て、その者がカードを用意して、食料と共に届けたものと愚考いたします)
「ふむ、それが正解であろうな。……何となく話の先が見えて来たな。……面白いではないか」
賢治は笑みを浮かべた。
彼は後方で腰を降ろしている一行を振り向くと。
「皆さん、出発します」
声を掛けた。
「何か感じたのか?」
尋ねるハールデンに。
「何となくですが」
そう告げると、慌てるでもなく歩き始めた賢治であった。
ブレイクは座っていた岩から立ち上がり、短槍を手にすると足場の良い場所へ移動した。
焚火を囲んで座っている、エルドールとレイオンが目で追っている。
焚火の明かりの中で、ブレイクは短槍を振り始めた。突き、払い、頭上で振り回すと、再び同じ動作を繰り返した。
「ビュッ! シュッ! ヒュッ!」
短槍が空気を切り裂く音だけが、大空洞に響いている。
ひとしきり短槍を振り終えると、汗を拭きながら元の場所に帰って来た。座っている二人と目が合うと。
「じっとしていたら、鈍っちまいますよ」
肩をすくめると、口をへの字にした。
「あと、二十日ほどの辛抱だ」
レイオンが慰めるように言う。
ブレイクはうなづくと。
「依頼されている標的が来る前に、一度くらい手ごたえのある人間相手に、槍を振るって始末する機会が欲しいですね。……手ごろな冒険者のチームでも来ないかな」
願望を口にしながら、先ほどまで座っていた岩に腰を降ろした。
依頼されている標的とは、船主組合のグレイン組合長のことである。依頼主のゲイルと共にやって来る予定であり、ゲイル以外の者をその場で殺し、生き残ったゲイルは四人を失う激闘に生き残り、『海神像』を取り戻した英雄として地上へ戻るのである。
その後、自分たち三人は、探索を続けたが『海神像』を発見できなかったとして、何食わぬ顔で地上へ帰還すれば良いのである。
持っている探索者の証明カードは、ゲイルが用意した本物であり、多くのチームが地下ダンジョンへ入っているので、いちいち誰も彼らを覚えている者はいなくて、疑う者はいないであろう。
「うん?」
その時、三人は同時に気が付いた。何者かが大空洞へ足を踏み入れて来たようである。大空洞の入り口に明かりが見えた。
鍋を手に取ったエルドールは焚火に掛けた。
「ブレイク! お客さんが来たぞ……お前の相手になりそうな奴らなら良いが、面倒そうなら、悪いがいつもの手で行くぞ。仕事が優先だ」
エルドールに念を押されたブレイクは。
「分かってます」
うなづいて笑みを浮かべるのであった。
大空洞へ出て来たロビン一行は、焚火の明かりを発見して、そちらへ向かって歩いて行った。
焚火の周りには三人の姿があった。先頭であった賢治は後ろへ下がり、代わりにジェームズが先頭になって三人に近づいて行った。
三人は空中に浮かんで辺りを昼間の様に照らす《光球》を、珍しそうに見上げていた。
まずはジェームズが声を掛けた。
「探索者の方々でござるかな?」
尋ねると、一番近い場所に居た男が、懐から探索者であることを証明するカードを取り出した。
「我々も同じでござる」
ジェームズもカードを出して見せた。
エルドールはじっと相手を観察した。年齢は四十歳くらいであろうか。珍しい二刀を差している。場馴れした落ち着いた雰囲気であり、二刀を使う者は珍しいが腕は立ちそうに見える。
「《光球》とは、変わった魔法を使う方が、メンバーに居られるのですね」
そう言ってから、念の為に。
「ところで、今日の地上の天気はどうです。夜に月は見れそうですか?」
合言葉で尋ねた。
ジェームズは首をひねると。
「さあ、どうでござろうかな。……我らが祠に入った時は、昼間でござったが晴れでござったな。あれから数日が過ぎておるので、今夜がどの様な天気になっておるか、見当もつかぬでござるよ」
彼らしく生真面目に答えた。
エルドールはうなづいて、ブレイクを振り向いた。ブレイクは真剣な目でジェームズを品定めしている。
「オウオウ! 良い匂いがしてるじゃねえか。旦那、ちょっと変わってくれ!」
ジェームズに変ってハールデンが前に出て来た。
「ヌッ」と現れた巨大な筋肉の塊に、流石の不死教団の三人も、思わず腰を浮かせたのであった。
しかもハールデンはダンジョンの中でもあり、フードを外していたのである。焚火の明かりで下から照らされた彼の凶悪な顔は、いつにも増して恐ろしかった。
「魔物!」
不覚にも叫んでからエルドールは息を飲み込んだ。相手は魔物ではなく人間であった。だが規格外である。体格も……顔も。
「何だとぉ! クオラァ!」
「……も、申し訳ない……こんな場所に居るとな、変なことばかり想像しまってな。いや、済まなかったな、許してくれ」
動揺を抑えながら浮かせた腰を降ろした。海千山千の暗殺者をここまで脅せるとは、最恐の顔の男の面目躍如である。
他の二人もエルドールの対応を見て、息を飲みながら腰を降ろした。
「チッ! 言葉は気を付けて吐くんだな。こんな場所で無かったら、責任を取ってもらうところだぜ」
いつにも増して大きな唾を吐いて、ハールデンはうなった。
(イヤイヤ、下から照明の当たった、あんたの顔を見た素直な反応だよ)
後方ではメリッサが、片手で口を塞いで笑っている。
何とか動揺を静めたエルドールは、再び後方のブレイクを確認した。
気付いたブレイクは小さく首を左右に振った。暗殺者である彼は、自分の楽しみより仕事を優先したのである。
勝てないとまでは思わなかったが、もしも怪我でもすれば、後の仕事に支障が出ると考えたのだ。
エルドールは彼の考えを理解してうなづいた。
ハールデンに視線を戻すと。
「この奥を探索されるのかな?」
「オウよ。『海神像』は俺たちが見つけだすぜ。俺たちには優秀な従者が付いているからな。あんたらは諦めて地上へ戻るんだな」
「確かに……そうかも知れませんな。ところで、良い匂いがしていると言われたが、スープが余っているので、飲んで行かれたらどうかな?」
聞いたハールデンは破顔した。
「ほう。済まねえな。腹が減っていたんだ……さっきのは水に流すぜ」
笑顔を見せると、態度を変えて唾を飲み込んだ。
その時、最後尾に立っている賢治の肩の辺りで、妖精がつぶやいた。
(大魔王様)
「何だ」
(あのスープには毒が入っているようでございます)
「そうか……まあ、大丈夫であろう。ここは告げずに見守ることとしよう」
四人は毒を無効化する『女神の腕輪』を嵌めているのである。
エルドールは杯にスープを満たすと、ハールデンに手渡した。
「ご注意されよ……熱いのでな」
左手で杯を受け取ったハールデンは匂いを嗅ぐと。
「こりゃあ美味そうな匂いだぜ……オイッ、みんな見てみろ」
スープの入った杯を掲げて、仲間を振り向いた。そしてウインクすると皆に同意を求めた。
「なっ!」
杯を持ったハールデンの左腕の『女神の腕輪』が青く光っている。
再び振り向いてエルドールを見て、ハールデンは破顔した。魔物が笑ったような不気味な笑顔であり、エルドールも引きつった笑顔を返した。
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次の瞬間。ハールデンは手に持った杯を、エルドールの頭越しにレイオンに向かって投げ付け、その手を手刀にすると、真下にあるエルドールの首筋へ落としていた。
ブレイクが反応して手に短槍を握った時には、目の前に宙を飛んだジェームズが迫っていた。
「くっ!」
咄嗟に突いたのであるが、槍先は三つに切り落とされ、自分の首も宙を飛んでいた。
熱いスープを掛けられたレイオンは、それでも怯まず片手剣を抜こうとしたのであるが、胸に衝撃を受けて動きを止めた。
ゆっくりと己の胸を見ると、氷の槍が三本突き立っていた。メリッサが放った《氷槍》である。
レイオンの目が白目に変ると、その場に崩れ落ちたのであった。
「何だこいつら? 同じ探索者のくせに、俺たちを毒で殺ろうとしたみてえだな」
腕輪が青く光るまで、ハールデンは彼らを同じ立場の、探索者だと信じ込んでいたのである。
色の変わった腕輪を仲間に見せた後の連携は、ここまで命を懸けて戦って来た仲間だからなせる、阿吽の呼吸であった。
「一匹生かして捕まえたぜ」
自分の手柄を誇らしげに告げたハールデンは、足元に倒れているリーダーらしき男を見降ろした。
「ハールデンさん」
賢治が声を掛ける。
「何でぇ」
「その男の足元にある、布で覆ったものを調べて下さい。」
「これか?」
言われるままに布を退けたハールデンは、そこに目的であった『海神像』を発見したのである。




