表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大魔王様、勇者の従者になる!  作者: ronron
最初の試練編
8/304

8 そしてダンジョンへ

 マーシュ商会の会長であるマーシュは、五十代の小太りの男である。歓楽街の一画にある事務所の会長室で、両側に若い女をはべらせながら食事を行っていた。


 同業者の万が一の襲撃に備え、部屋の中には武器を持った用心棒が数名立っていて、無表情でマーシュの食事風景を眺めている。

 用心棒たちにはいつも見慣れた光景であり、マーシュも彼らに一切遠慮することは無かった。


 「武闘家のハールデンめ。ワシに逆らうとは馬鹿な男だ」


 杯の酒を飲み干してマーシュがつぶやく。


 「えーっ。会長さん、ハールデンって言えば、ミルダで有名な乱暴者じゃ無いの? 勇者の仲間に選ばれたって噂だけれど、どうかしちゃったの」


 女がマーシュの空いた杯に酒を注ぎながら、驚いた顔で尋ねた。


 「よそで言うんじゃないぞ。めた真似をしてくれたのでな。今頃は冷たくなって川にでも浮かんでおるだろうな」


 「へー! そうなの。会長さん、凄ーい!」


 「フフフフフッ」


 マーシュは笑いながら女の顔を覗き込んだ。そして、女の鼻の頭に何か黒いものが付いていることに気が付いた。


 「お、お前、鼻が……」


 「えっ? 何?」


 黒いほくろのように見えるものは、まばたきする間に女の全身に広がり、次の瞬間、女は黒い粉末になって霧散した。


 「うわわぁーっ!」


 マーシュは驚いて後方にひっくり返った。直ぐに身を挺して彼を守るはずの、用心棒が集まって来る気配は感じられない。

 慌てて周囲を見ると、壁際に並んでいた用心棒は、全員が粉々の黒い破片になって崩れ落ちた。


 「ななな……」


 何が起きたかと叫ぼうとしたが、驚愕で声が出て来ない。

 目を見開いたマーシュの前方に、いつの間にか黒いバレーボールほどの塊が浮かんでいた。


 「私は妖魔カノン。お前の支配する全てのアジトを教えよ……マーシュ商会のメンバーも全て知りたい。末端のことなど知らぬのならば、知っている部下をここへ呼べ」


 黒い塊から聞こえて来る言葉には、マーシュを総毛立たせる殺気が込められていた。

 拒否など出来ない恐怖が心の底から湧き上がり、マーシュは首を縦に激しく何度も振るのであった。


 「素直に命令に従えば……そうだな。良いだろう、お前の命だけは助けてやっても良いぞ」


 守るつもりの無い約束を、カノンは臆面もなく告げるのであった。





 ハールデンが宿屋に帰り、部屋に入るとロビンとジェームズが待っていた。メリッサの姿が見えないのは、別に彼女用に取ってある寝室へ向かったのであろう。


 「お帰りか。用事は済んだのでござるかな」


 「……まあな」


 ジェームズの質問に、曖昧な返事を返した。


 「あんたら飯は済ませたのか」


 ロビンに聞くと、うなづいた。


 「三人・・で宿屋の食堂で食べました。メリッサさんは酒を頼んで、自分の部屋に持ち帰ったようです」


 「そうか」


 何気なにげに部屋を見渡している、従兄の様子に気づいたロビンが。


 「ああ、ケンジさんですか? 兄さんが宿屋を出た直ぐ後に、ケンジさんも用があると言われて出て行かれました」


 「そうなのか……実はな、何となくだが奴はもう、帰って来ない気がするんだ」


 帰って来ないのではなく、殺されて帰って来れないのであるが、本当のことを二人に言うつもりは無い。心づもりをして置いた方が良いであろうと、さりげなく告げた。


 「えっ」


 「まあ、俺の勘なんだがな……だって普通に考えりゃそうだろう。報酬も無し、従者じゃあ名誉も無し、命の保証も無いんだ。ついて来る方が不思議ってもんだろう」


 ロビンもジェームズも無言になった。ハールデンの言っていることは全て正しい。

 しかし、従者になると返事したケンジの声には、真っすぐで純粋な人の為になりたいという、心が籠っているように思えた。もしも、このまま帰って来なければ、それはそれで寂しいものである。


 「どうした元気がなくなったな。だが人間なんてそんなものだ。奴は最初からいなかったと思えば、どうってことはえ」


 (無報酬で雇えるポーターと、僧侶がいなくなったのは痛いがな……今頃、奴は冷たくなって地面の下か、川の中だろうな)


 ハールデンにとって他人事なので、どうなろうが知ったことでは無いが、あの状況で生きて帰るのは難しいであろう。



 「コンコン」


 その時、ドアがノックされた。

 三人は顔を見合わす。勇者の宿屋に現れるのは、国か教会関係か、ホンのたまにいる勇者ファンであろうか。いずれにしろ、本来は宿屋の者が来客を告げに来るはずなのだが。


 「空いてるぜ」


 ハールデンが声を掛けると扉が開き、立っていたのは賢治であった。いつも肩の上にいる妖精の姿が見当たらなかった。


 「ゲッ!」


 賢治の姿が見えた瞬間に、ハールデンが飛ぶように彼に駆け寄った。そして肩を抱くようにして外の廊下に連れ出し、扉を閉めたのであった。


 「お前。どうして無事なんだ」


 耳元で小声で話した。


 「俺も分からないんですが……ちゃんと謝ったら許してもらえました」


 「そんな馬鹿な訳があるか! 本当のことを言え!」


 ハールデンは賢治の両肩を掴んで揺らした。


 「本当ですって」


 ハッとした顔になったハールデンは。


 「……金か。そうだろう、おかしいと思っていたんだ……妖精……魔法の腰袋。全部金があれば手に入る。桁違いのな……お前はどこかの金持ちの息子で、金でケリを付けたんだろ。そうでも無けりゃ、あの状況で奴らが無事に帰すわけがねぇ」


 さらに肩を揺らした。


 「違います」


 そこでハールデンは、常に賢治の肩の上を飛んでいる、妖精の姿が見えないことに気が付いた。


 「……妖精がねぇな」


 「ああ、はい。妖精は主人に様々な幸運をもたらすことはご存知ですね。今、俺の為に働いていると思います。……そうだ! 妖精のもたらす幸運の力で、許してもらえたのかも知れませんね」


 話したことは半分は本当である。笑顔を見せた賢治に、ハールデンは訳が分からなくなった。


 「……そんな馬鹿な」


 毒気を抜かれたような顔で、そうつぶやいたのが精一杯であった。





 次の日、勇者一行はミルダの道具屋で、回復薬を中心に道具をそろえた。僧侶である賢治が動けなくなったり、死亡した場合の保険である。


 ちなみに昨夜は賢治は、勇者一行の部屋で眠ることになり、朝になるといなくなっていた妖精は戻って来ていた。

 賢治に言わせれば、妖精は主人の為に夜中に働いていたそうで、何をしていたのか賢治にも分からないそうである。

 (夜中に帰って来た妖精カノンは、一言、「ご安心ください。全て消してまいりました」と彼に告げたのであった)


 



 宿屋でもう一泊した勇者一行は、最初の試練のダンジョンのある、南西のベルナの森に向かう為に宿屋を出発した。

 廃坑のダンジョンを突破して『Cランク勇者』にならないと、ミルダ周辺から出ることを禁じられている。



 早朝。首都ミルダの外周を囲む城壁の西門が開き、勇者一行が姿を現した。舗装された石畳の道を、急ぐでもなく西へ向かって進んで行く。

 そのまま二日ほど進み、街道から南にそれて森に入るのである。


 先頭を行くのはポーターの賢治である。肩の辺りを妖精が飛んでいる。本来ならばポーターは、人力で引ける小型の荷駄車を引いているか、大きな荷物を背に負っているのであるが、魔法の腰袋を持つ彼は何も持っていない。腰に差した木刀一本だけである。

 続いて戦士ジェームズ。魔法使いメリッサ。勇者ロビン。最後尾は武闘家のハールデンであった。





 しばらく街道を進んだ賢治は、後方を振り返って、メンバーがついて来ている様子を確認したのだが、人では到底見えない遠くまで見える賢治の目は、自分たち一行のかなり後方を、隠れながらついて来る何人かの集団を発見した。

 巧みに隠れながらついて来ているが、賢治の目からは逃れる事は出来ない。


 「カノン!」


 妖精カノンにしか聞こえない声で呼んだ。


 (ハハッ!)


 「後をつけて来ておる者がおるぞ」


 告げられたカノンは、スッと上空に飛んで行き、直ぐに戻って来た。


 「見て来たか? ……あの後ろから付いて来る集団は何だ。明らかに我々の後を付いて来ておるぞ」


 (はい。あの者たちは兵士でもなく傭兵でもなく、ましてや冒険者でも無くて、恐らくトロルと呼ばれる『荒し屋』で間違いないと思われます)


 「荒し屋トロル? だと。何をする者たちだ」


 (今回の我々のような、ダンジョンを攻略する者の後から侵入し、取り残した魔石や、見つけ損ねた宝箱などをかすめて行く者たちです)


 「墓場泥棒のようなものか」


 (もっとタチが悪うございます。自分らが後を付けている者たちが弱いと見れば、襲い掛かることもございますし、攻略が終わり疲れて帰って来るところに、罠を仕掛けて襲う場合もございます)


 「ふむ。けしからぬ奴らよな」


 (ご不快ならば始末して参りましょうか?)


 カノンは簡単そうに言う。


 「いや、良い良い。何かに使えるやも知れんからな」


 (ハハッ!)


 カノンに命ずれば、荒し屋など瞬殺であろう。それでは面白くない。

 ダンジョンに潜れば、上手く盾やおとりに使える場合もあるであろうと考えた。


 「楽しみが増えたな」


 唇の端をめる賢治であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ