表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大魔王様、勇者の従者になる!  作者: ronron
最初の試練編
7/304

7 始末する者される者

 ハールデンが宿屋から外へ出ると、辺りは暗くなり始めていた。通りを歩く人波も少なくなって、馬車や荷駄車の姿は見かけない。


 彼は歓楽街の方へ向かって歩き始めた。彼は歓楽街のあちこちの店に借金がある。小さな店の借金などいちいち覚えていないが、元々払うつもりも無いのでそれはどうでも良い。


 問題はマーシュ商会の息の掛かった店である。マーシュ商会はミルダの裏社会に根を張る組織である。

 みかじめ料を払っている店のいくつかが、マーシュ商会に泣き付いて行って、商会からの支払いの催促が何度もやって来ていたのであった。


 「面倒臭え」


 唾を吐いて歩いて行く。

 どうするかと考えていたが、従弟が勇者に認定されたと聞いて、勇者の仲間になり支度金が入れば、それで解決できると高をくくっていた。

 金を返すあてが出来たので、返済の催促にやって来た下っ端の態度が悪いと、罵倒したり、軽く叩いたり平気で痛めつけていた。


 「ちょっと、やり過ぎたかもな」


 多少の後悔はあるが、それだけである。脅されて金を払うのは己のプライドが許さない。

 今夜は支度金が思ったより少なかったので、金が溜めるまで待つように話を付けるつもりである。

 もしも話がこじれて周りを囲まれれば、腰袋に忍ばせた、鉤爪かぎつめ付きの手甲を装備して暴れ回るだけである。


 「そうだ。ジェームズとメリッサを抱き込めば、マーシュ商会も文句は言って来ないかも知れねぇな」


 自身と、世界最強と名高い二刀流の達人と、サディストの魔女がひと暴れすれば、人数が多いマーシュ商会と言えども簡単に壊滅できるであろう。


 「くくく、良いことを思いついたぞ」


 含み笑いをしたハールデンは、急ぎ足になるのであった。





 「俺もちょっと出てきます」


 断って賢治は宿屋を出た。深く帽子を被ったままである。


 賢治の周囲には、人には感知できないが使い魔が何体か付いている。彼らに知性はほとんど無いが、賢治の命令に手足の如く従うのである。

 宿屋から出た賢治に、人間には不可視の使い魔が寄って来た。使い魔の報告に耳を傾け、繁華街に向かって歩き始めた。


 (大魔王様。あの武闘家の後をつけるのでございますか)


 カノンが耳元でささやく。


 「そうだ。奴は狙われているからな。己の腕に自信が有るようだが、ちょっとしたことで人間は簡単に死んでしまうものだ。人間は頭や胴が潰れたら復活できないからな。ひ弱な生き物は守ってやらねばなるまい。勇者の仲間が減れば、いつまで経っても魔王討伐が始まらないからな」


 (なるほど‥‥奴が狙われるのは自業自得でしょうが、それで大魔王様の計画が遅れるのは、由々しき事態でございますからな)


 「うむ」


 急ぐでもなく、普通に歩いて行く賢治であった。





 繁華街に入るとハールデンは路地裏へ入った。この辺りはマーシュ商会の縄張りであり、この暗い路地で獲物を狙っている者は、商会の息が必ず掛かっている。


 日はとっくに落ちていて、月明りしか無い路地裏は不気味に静まり返っている。そんな通路をハールデンは恐れる風も無く歩いて行く。

 やがて前方を塞ぐように三人組が現れた。同時に後方にも人の気配が現れる。


 「武闘家のハールデンだな……お前、どれだけ命知らずなんだよ」


 前方の男の声には、呆れを通り越して驚きが籠っている。


 「命は大事さ。俺は話を付けに来たんだ。お前は下っ端だろ? 話の通じる幹部の誰かを呼んで来てくれ」


 「……分かったよ。後を付いて来な」


 男は背を向けると歩き始めた。ハールデンが従って歩き始めると、後ろの気配も付いて歩き始めた。


 下水の臭いの混じる路地裏を、右に曲がり左に曲がり歩いて行く。暴れることになった場合は、どちらに逃げて良いか分からないな。とハールデンが呑気に考えている内に、路地裏の一画で家が取り潰されて空き地になっている場所に出た。

 地面は足首ほどの高さの草むらになっていて、空き地の中央には、半壊した小屋のような建物がポツンと建っていた。


 彼は前方を歩く三人に付いて空き地の中へ入って行く。空には月が出ていて、空き地を明るく照らしていた。

 空き地の向こうに並ぶ建物は、黒いシルエットとなって浮かんでいる。


 「さて」


 中央の廃屋の傍まで来た三人が振り返った。


 「何だ、こんな場所に連れて来て。早く幹部を連れて来な。お前じゃ話にならねえんだよ」


 ハールデンの言葉に合わせるように、廃屋の影から男が現れた。男はマーシュ商会の事務所に行った時に見たことがある顔だった。

 折り目の付いた新品の服を着て、髭も綺麗に整えている。


 「あんたは幹部に間違いないようだな。こんな場所で俺を待っててくれたのか」


 ハールデンの声は落ち着いている。

 現れた男は肩をすくめた。


 「お前は馬鹿か、もしくはとんでもない度胸の持ち主だな。いかにも俺はマーシュ商会の幹部だが、昼間にウチの下っ端を酷い目に会わせておいて、平気でこんな場所までやって来るとはな」


 「んっ・・・?」


 ハールデンは幹部の男が、言っている意味が分からない。


 「昼間に教会まで金の催促に行った、ウチの二人組を覚えてるだろう。忘れたとは言わせねえぞ」


 言われて思い出した。一人の顔をはたいたことも。


 「あれはだな」


 「下っ端とは言え、あそこまでやられちゃ、商会としても落とし前を付けなきゃならねえんだ。これはメンツの問題だ」


 「えっ・・・?・・・待てよ。舐めた口を利かれたから、俺は一発軽く叩いただけだぜ」


 「嘘をつけ! 二人とも歯は折れ、口の中はズタズタに切れて口も利けねえ。今は熱を出して寝込んでるんだよ! こうなったからには、もう、貸した金がいくらだの、金を返せだのの話じゃねえんだよ」


 幹部の声に殺気が漂っていた。

 

 「待て! 人違いだ。やったのは俺じゃねえ」


 「度胸があるにしては往生際が悪いな。もう、逃げられねえぞ」


 幹部がゆっくりと下がって行くと、周囲の草むらに伏せていたのか、片手剣を手にした男たちが立ち上がった。


 「うそじゃねえって……畜生! あの野郎。ケンジめ、どこまでやったんだ」


 自分を殺せば借金が取れなくなるので、まさか相手がこんな態度に出て来るとは思っていなかった。

 もう何を言っても相手は信じてくれないであろう。ハールデンは腰袋から鉤爪付きの手甲を取り出して両拳に嵌めた。


 「しゃあねえな。後悔するなよ」


 こうなれば一暴れして、幹部を人質に捕るしか逃げる方法は無いであろう。手加減をするほどの余裕も無いので、大勢の死人が出ることになる。


 その時、空き地の入り口辺りで声がした。


 「あー。お取り込み中の所、ちょっと済みません」


 今まさに修羅場が始まろうとしている緊張の場に、全く相応ふさわしくない気の抜けた声であった。

 空き地に立っている全ての男たちの目が、一斉に声を発した主に突き刺さった。


 そこに立っているのは賢治であった。肩の上に妖精が乗っている。


 「おお!……あいつだ。あいつがお前んとこの下っ端をやったんだ」


 ハールデンは子分たちの後ろに姿を隠した、幹部に向かって叫んだ。


 「俺じゃねえんだ。俺は謁見の準備がで来たって、教会に呼ばれてあの場から去ったんだ……後はこいつに話を付けてくれって頼んだんだが、まさか、そんなひでえ目に会わせるなんて」


 ここぞとばかりにアピールした。


 幹部は考える。下っ端をあれだけ暴行されたまま放って置けば、ハールデンに怖気づいたと世間に噂が広まるかも知れない。

 そうなってはマーシュ商会が舐められる。そこで仕方なく金を諦めて始末するつもりであったが、犯人が別に居たのなら、そちらを始末すれば面目は立つ。


 ハールデンの並外れた暴力は脅威であり、始末する為に何人もの手下を失うと覚悟していたが、彼と戦わなくて良い上に、金が返って来るならそちらの方が商会の為になる。


 「金は必ず返す。その二人が口が聞けるようになりゃ、俺の疑いは晴れるはずだ」


 幹部はうなづいて片手を上げた。


 「良いだろう。お前の話を信じることにしよう」


 ハールデンを取り囲んだ男たちが片手剣を下げた。彼らにしても安堵した様子である。命令を受ければ襲い掛からねばならなかったが、この有名で凶悪な武闘家が、簡単に倒せるとは思っていなかった。


 「分かりゃ良いんだ」


 ハールデンも拳を降ろした。


 「金の話は後日で良い……今日の所は、お前は帰ってくれ」


 「おう」


 幹部に言われてハールデンはきびすを返した。代わりに賢治が空き地の中に入って来る。

 途中で二人は、すれ違うことになる。


 「最後まで、お前は目出度めでたい奴だな。だが、嫌いじゃ無かったぜ。頑張れ~」


 両拳を顎の下に当てて、「頑張れ~」と、おちゃめな目で賢治を見てウインクした。

 「嫌いじゃ無かったぜ」と、殺されることが決定した人間に話しかけたハールデンは、後ろも見ずに去って行ってしまった。


 賢治は先ほどまで、ハールデンが立っていた場所で立ち止まった。


 「奴の言った通り、本当にお前は目出度い奴だな……やったことの責任を取ってもらうぜ」


 幹部が合図すると、周囲の男たちの片手剣が振り上げられた。相手は体格は良いが、先ほど相手にしようとしていた凶暴な武闘家とは違い、楽勝の気分である。


 (大魔王様。このような羽虫相手では貴方様の名前がけがれます。ここは私にお任せ下さい)


 「けがれるなど、そんなことはどうでも良いが、普通に殺してしまっても良いものかな?」


 (……おっしゃる通りでございますな。辺りに死体が散乱して騒ぎになるのも不味まずうございますね……では、死体も消してしまいましょう)


 「消えてしまっても騒ぎになるのではないかな。マーシュ商会が、ハールデンに落とし前を付ける為に、寄越した者たちだからな。少なくともマーシュ商会が騒ぎ出すだろう」


 (では、マーシュ商会ごと、今夜の内に消してしまいましょう。後釜に座ろうとする者はおおございましょうから、感謝する者はいましても、苦情を言う者はおりますまい)


 「……分かった。お前に任せよう」


 (ありがたき幸せ)


 「コラコラ! 何をつぶやいている。今頃、恐怖が湧いて来たのか、命乞いしても助けてやる訳には行かんぞ。死んで後悔するが良い」


 幹部はそう言うと片手を上げた。その手が振り下ろされると、配下が一斉に飛び掛かるのだ。

 賢治は帽子を取ると、真っ直ぐ幹部を見てつぶやくように命令を下した。


 「消せ」


 次の瞬間、妖精が黒い球に変化すると、空き地一杯に闇が広がったのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ