67 稼げる通路①
勇者一行こと、チーム『ゼッ〇ン』は『女神の祠』へとやって来た。祠はラーゴル村から東へ直ぐの、岩山を少し上った場所にあって。入り口は石積みの小さな建物であった。
ロビンの左腕には真新しいガントレットが光っていた。新しい防具の完成を待って、満を持してやって来たのであった。
祠へ入って行く彼らと入れ違うように、祠の中から五人組のチームが出て来た。中の一人が包帯を頭に巻いていて、仲間の肩を借りて出て来たのであった。
包帯は血が滲んで真っ赤になっていた。
彼らは冒険者には見えず、金を稼ぐ為にどこか遠い場所からやって来た、傭兵崩れと言った雰囲気であった。祠の地下一階層から地下五階層までは、彼らのように金を稼ぐだけが目的の者や、強くなることが目的の冒険者や傭兵などが多く活動している。
「今の野郎、酷い怪我だったな」
ハールデンが、肩を借りて去って行く者を見送って鼻に皺を寄せた。
いくら頑張って稼いでいても、大怪我をしてしまえば動けなくなって、治療費で稼ぎが飛んでしまうのである。
又、祠では命を落とす危険も常に付きまとっている。
「《光球》!」
先頭の賢治が補助魔法を唱え、一行は祠の中へ入った。『女神の祠』の通路の天井には、光る魔石が多く埋まっていて松明は必要無いが、《光球》を使用した方が遥かに明るいのである。
ハールデンが先頭を進む賢治に声を掛ける。
「おい、ケンジ! 道案内は大丈夫なんだろうな」
「任しておいて下さい。地下一階層から、地下六階層へ降りる階段までの地図は手に入れました。そこまでの祠の内部は、ほとんど探索され尽くしていますから」
「そうか……地図は金で買ったのだろうが、俺が買えと頼んだ訳じゃないからな」
「分かっています」
賢治の返事に笑顔でうなづいたハールデンは、続けて。
「ところで、試練の間がある地下六階層の、東西南北の通路はどうやって突破するんだ。前にお前は考えがあるって言ってたよな」
「大丈夫です。任せておいて下さい」
賢治は自信満々であった。
勇者一行が祠に入る少し前、『蒼天』のメンバー五人が祠へと入って行った。彼らにとって祠で最後の稼ぎをする為に、やって来たのである。
これが終われば村を出て、良い武器、防具がある町へ行って、装備の充実を図る予定である。
「ガイスさんは太っ腹だな。取って置きの稼ぎ場を教えてくれるなんて、俺たちに餞別をくれたのかも知れないな」
ストイメンの顔がほころんだ。
彼は身体が大きくてタンクの為、大きな盾を装備していて、背中には彼の鎧と、チームの全財産が入ったリュックを背負っている。
チーム『栄光』のガイスが、彼ら五人がラーゴル村を去る前にと、秘密にしていた稼げる通路を教えてくれたのであった。その通路は地下五階層にあるそうである。
「これも俺がガイスさんと、良い関係を保って来たからなんだから、俺をもっと褒めてくれよ」
リーダーのマットが得意げに言う。
「確かにな。お前はお節介だからな。この前もガイスさんと新人の大男とが、一触即発の場面で間に割って入ったそうだからな……流石にタンクの俺でも躊躇するぜ」
ストイメンが首をすくめる。彼とマットはチームで最年長の二十八歳なので、言うことに遠慮はない。
「まあな。俺も実は恐ろしかったぜ。相手は初めて見た奴だったが、天井に頭が届きそうな大男だったな。顔もビビっちまうくらい怖かったなあ、歳はガイスさんとあまり変わらない、三十五歳くらいだったと思うぜ」
(……ハールデンは二十二歳である)
「でもよ、ほっといてもガイスさんなら、大男をやっつけちまったんじゃねえのか」
横から話に入って来たのは、マットと同じ戦士で、チームで攻撃役のハルである。彼とマットは片手剣を下げて、肩に盾を担いでいる。
「そうだな。でも、相手は腕が立ちそうな上に五人いたからな(賢治も人数に入っている)、流石のガイスさんも、ちょっと引き気味だったなあ」
「ふうん……」
二人の話を遮って、紅一点のジェーンが手を叩いた。
「はいはい! その話はそれくらいにしておいて、祠に入ったんだから集中して行きましょう! 最後の最後で怪我なんかしてたら馬鹿らしいでしょ」
ジェーンに指摘されて、四人は舌を出して首を引っ込めた。
「ペテロ! 遊んでないで先に行って斥候してよ!」
「ジェーン、まだ一階層なんだぜ!」
弓を握った最年少のペテロが驚いた顔になる。
「それが油断なのよ! 最後なんだから気を引き締めて行くわよ」
「へいへい!」
万歳したペテロが先に走って行った。
その後ろ姿を見ながら、ジェーンは思うのであった。
(何か胸騒ぎがする……本当は探索を中止したいくらいなんだけれど……)
眉をひそめるジェーンであった。
「聞いた通り、この通路には魔物はいないみたいだな」
周囲に気を配りながら、ハルが小声でささやく。
地下五階層に降りて来て、ガイスから聞いた通りに通路を歩いて来たのであった。普段の彼らの探索は、地下四階層までである。
「間違ってねえだろうな」
「大丈夫だ」
リーダーのマットが頭上を指差して言った。ガイスからは「その通路は天井の光る魔石が、奥に行くほど無くなっている」と教えられていて、確かに天井の光る魔石が少なくなって来て、辺りは暗くなって来ている。
当然ながら明かり用の松明は持って来ていた。
天井には、かつて魔石が埋まっていたらしい穴が空いていて、わざと誰かが魔石を外したようであった。
光る魔石はどこでも取れて安いので、わざわざ金の為に盗む者など居ないはずである。
通路の先の闇の中から、斥候のペテロが帰って来た。
「どうだった」
ペテロは首を横に振ると。
「奥は真っ暗だぜ。魔物はいないと聞いてるが、念のために明かりは点けなかった。……もう、ここからは松明を使った方が良いと思うぜ」
「では、そうしよう」
攻撃役のマットとハル以外の者が、松明に火を灯した。ストイメンはリュックを降ろすと。
「魔物がいないなら必要は無いが、俺は念の為に上半身だけでも鎧を装備しておくぜ」
魔物はいないと聞いているが、万が一のこともある。何かあった場合は、彼が前面で敵の攻撃を引き受けなければならない。
ストイメンはリュックから鎧を取り出し、上半身だけ装備した。全て着込むと守備に不安は無くなるが、動きづらく咄嗟の行動がとれないのである。
「行くぜ」
再び歩き始めた。
しばらく行くと通路は右に九十度曲がり、その先は長い直線のようで通路の先は闇の中に消えている。
「本当に、こんな通路にお宝があるんだろうか?」
マット以外の誰もが思い始めた疑問を、ペテロが口にした。
「ガイスさんが嘘を教える訳が無いだろ。ひょっとすると通路を間違えたのかも知れないな」
嫌な顔をしてマットが首を振る。
その時、どこかで小さく「フッ」と息を吐くような小さな音が聞こえた。
再び、「フッ」と音がする。
「何だ? ん?……前からだ! 音は前の方から聞こえたぞ!」
音が聞こえたのは、前方の闇の中からであると気が付いたマットは、警告の叫びを上げた。
「うっ」
何かの攻撃を受けたのか、タンク役のストイメンと回復役のジェーンが崩れるように倒れ、二人の持っていた松明が床に転がった。
「どうした!」
二人に近寄ろうとしたマットであったが、同時に前方から飛んで来た何かを防ぐ為に盾を前に出した。盾には何か軽い物が当たった音がした。
見ると突き刺さっていたのは吹き矢であった。
「チッ!」
先ほど聞こえた音は、吹き矢を吹く音だったのである。彼は盾に刺さった吹き矢を抜いて匂いを嗅いだ。
思った通り、矢には何か塗られていたようである。マットは毒では無く、シビレ薬の匂いであると感じた。
「ハル! 盾を前に俺の横へ来い! ペテロ! 俺たちの後方へ隠れろ!」
吹き矢にやられていない二人に声を掛け、倒れている二人の前に出て、これ以上攻撃されないように壁を作った。
ペテロがマットとハルに隠れて、倒れている二人の様子を確認した。
「大丈夫だ、普通に息をしていて呼吸の乱れも無い。シビレ薬か眠り薬の類を撃ち込まれたみたいだ」
マットが想像した通りであった。
「ペテロ! 持ってる松明に全部火を点けろ! そして前に一本ずつ投げるんだ。投げては二人を引きずって後退しろ。俺とハルは盾で皆を防御しながら一緒に後退する。天井に光る魔石がある場所まで下がるんだ!」
闇の中から吹き矢を打たれては分が悪い。松明を前に投げて後退して行けば、追って来る相手がいても、明かりの中に出て来なければならなくなる。
吹き矢に毒が塗って無かったのは幸いである。相手には自分たちを殺害する意思は無いようだと判断した。
「任しとけ!」
細身のペテロに、体格の良いストイメンを引きずるのは大変であろうが、今はそれしか方法がない。
ペテロは松明を取り出し火を点け始めた。
「畜生! いったい誰だ、こんなことをする奴は!」
怒りの言葉を口にしながら、火を点けた松明を持って立ち上がったペテロは、前方に投げようと振りかぶったのであったが、当然ながら腰を落としている盾役の二人より、身体が上に出ることになる。
「シュッ! シュッ!」
前方の闇の中から、風を切る音と共に、何かが高速で飛んで来た。
「ドン! ドン!」
二つ音がして、衝撃を受けたペテロは自分の胸を見た。そこには二本の氷の槍が突き立っていた。
氷系初級魔法の《氷槍》である。
「嘘……だろ」
目を見開き、自分の身に起きたことが信じられない様子であった。先に倒れた二人は眠らされただけであり、相手が殺しに掛かって来るとは想像もしていなかったのである。
ペテロだけでなく、マットもハルも同じ様に思っていて、完全に油断していた。
「ドン! ドン!」
更に二本の氷の槍が胸に突き刺さり、大きく目を見開いたままのペテロは、仰向けに倒れて動かなくなった。
目を見開いて絶命したペテロの口と鼻から、鮮血が溢れてきて通路の床へ落ちた。
「ペ! ペテロー!」
マットの叫び声が、暗い通路に木霊した。




