6 それぞれの思惑
王宮から謁見の用意が出来たとの連絡を受け、教会の控室から勇者一行が現れた。
教会の建物の外には、特に宣伝をしたわけでも無いが、『キアーラの酒場』で噂を聞いた市民の中で、勇者に興味のある一部の市民たちが集まっていた。
市民が注目する中を、教会の職員に先導され、勇者一行は王宮へ向かって歩いて行く。
先頭は少年勇者のロビン。続くのは大男の武闘家のハールデン。そして中肉中背で無精髭のジェームズ。黒いドレスの妖艶な魔法使いメリッサである。
ハールデンは横目で、まばらに集まった群衆の中に賢治の姿を見つけた。どうやらマーシュ商会の子分たちを上手く追い払ったようである。
(どうやったか知らねえが、なかなか使える奴じゃねえか)
これからも何かにつけて使ってやろうと、ほくそ笑んだのであるが、後から災難が彼に帰って来るとは思ってもいない。
賢治は市民と共に、勇者一行を王宮へと続く堀に架かった跳ね橋まで見送った。そこから先は勇者の仲間ではない賢治は入ることが許されない。
教会からここまで付いて来た人々も、二人三人と去ってしまうと、残ったのは賢治一人である。
仕方なく跳ね橋の近くの堀の石垣に腰を降ろし、足を堀側に放り出して座り込んだ。
道行く人々が、賢治の肩の上を飛ぶ妖精を、珍し気に見ながら通り過ぎて行く。今頃、王宮の中では王との謁見や、『勇者の誓い』の儀式が執り行われているはずである。
賢治は特に何も考えずに、大小の魚が泳ぐ堀を見詰めていた。彼には暇だとかそんな概念はない。何せ、眠る時は三百年も眠るのである。
どれくらいの時間が過ぎたであろうか、賢治は顔を上げると立ち上がった。
跳ね橋の向こうから、ロビンを先頭に勇者一行が現れたからである。人類の敵である魔王を倒す一行と言っても、特に彼らを見送る者は居ない。
ここミルダでは、勇者は数年ごとに生まれていて、特に珍しいものでは無いからである。
跳ね橋を渡って来た一行の中で、ハールデンは機嫌が悪そうであった。橋の袂で待っている賢治を見つけると。
「おうケンジ。俺は騙されたようだぜ。これから宿屋で今後の方針を決めるから付いて来い」
機嫌の悪いまま吐き出すように言うと、後ろも見ずに歩きだし、最後尾を歩くメリッサが肩をすくめたのであった。
勇者一行は、街の中央門に近い安宿に入って行った。ミルダでは、この宿に泊まる限り、勇者一行の宿代は国から支給されることになっている。
「かーーっ! やってらんねぇぜ」
部屋に入るなり椅子に座ると、ハールデンの一声はそれであった。
ロビンとジェームズ、メリッサも椅子に座り、今回は部屋へ入室を許可された賢治は立ったままである。
賢治はハールデンが何に怒っているか分からず、他のメンバーの顔色を伺った。
そんな賢治の様子に気づいたメリッサが、再び肩をすくめると訳を話してくれた。
「支度金が少なかったって怒ってんだよ」
笑みを浮かべてウインクすると、彼女は長いキセルを懐から取り出し、煙草を吸う準備を始めた。
言われたハールデンは賢治を睨みつけると。
「可笑しいだろう。これから人類の敵の魔王を討伐に向かう俺たちに、支度金はたったの金貨三十枚だってさ……ハッ、それが昔からの慣例だそうだ」
金貨の値打ちが分からない賢治は、彼だけに分かるようにカノンに聞いてみた。
カノンが説明するには、金貨三十枚は一般市民の年収よりも少ないそうである。
「金貨三十枚ぐらいじゃあ、一番安い装備さえ四人分買えねえぞ(初めから賢治の人数は入っていないようである)」
床をドンと踏むと。
「しかも金を出すのは、これで終わりって言うじゃねえか。後は自分らで魔物を倒して、落ちた魔石で金を稼ぎ、それで装備を整えたり、宿代や飯代を稼げってさ……奴ら、勇者一行を『お人好しの間抜けが集まったチーム』と勘違いしてるんじゃねえのか? 今日日そんなアホウがどこにいるってんだ」
ハールデンは当てが外れて、血走った目で仲間と賢治を見渡した。
賢治は人間として過ごした世界での、有名なRPGを思い起こした。あのRPGの主人公たちは、ハールデンに言わせれば、典型的な「お人好しの間抜け」の部類に入るのであろう。
「お前はどう思う」
ロビンに聞いた。
「僕は勇者ですから、この先どれだけの苦難があったとしても、必ず魔王を倒し、人々に平和を届けたいと思います」
目をキラキラと輝かす従弟に、ハールデンは言葉が詰まった。
賢治は答えを聞いて、典型的なRPGの主人公であると感じた。
「……ま、まあ、お前はそうだろうなロビン。勇者ってえのは昔から、お人好しって決まってるからな。聞いて悪かったな……次はあんただジェームズの旦那」
指名されたジェームズは。
「ワシの弟子の何人かが、勇者の仲間として旅をしてござってな。訪ねて来た者から、支度金は金貨三十枚との話は聞いておったでござる」
「何だと! 知っていて勇者の仲間に募集したのか。はあ? お前もお人好しの間抜けか!」
「……いや、魔物を倒したり、ダンジョンでは思わぬ装備も発見できると聞いてござる。中には途方もない価値のあるものも、見つかると聞いたこともござるぞ」
「チッ! そんな確実じゃないものなど、あてに出来るか」
続いて煙草をくゆらせ始めたメリッサに顔を向けた。
「よう! お宅はどうなんだ」
「金はあっても困らないけれどさ。私は金なんてものより、魔物相手に暴れたいだけさ。もう、人間じゃ柔すぎて面白くないからさ。凶暴な魔物を切り刻んで楽しめたら、それで良いんだよ」
「お、おぅ……そうか。お宅にも聞いて悪かったな。まあ、趣味は分かった。せいぜい楽しんでくれ」
引き気味にハールデンが言って首を振った。
「言われなくても楽しむけれどさ、あんた、どれだけ文句を並べても、今さらどうにもならないよ。『勇者の誓い』を宣言してしまったんだからね」
現実を突き付けられたハールデンは言葉に詰まった。
『勇者の誓い』とは、魔王を倒すまで、勇者と共に戦い続けることを誓う儀式である。神聖な儀式であり、今後、世界中の教会に名前が刻まれることになり、今さら「辞~めた」では済まされないのである。
「うっ。だ……だから騙されたって言ってんだ。支度金の額を知ってたら、絶対に誓ってなんぞいなかったさ」
頭を抱えたハールデンは、次に賢治を見た。
「お前はお人好しを通り越した馬鹿だから、何も何も聞くことはないぜ……聞けば今より頭が痛くなるに決まってる」
一つ溜息をついてから、今さら気づいたように、しげしげと賢治を見た。
「そういやお前の顔も見てなかったな。顔くらい見せて見な。これから糞ったれな旅が始まるんだ。顔も知らないんじゃな」
それまで賢治を利用する事しか考えていなかったハールデンは、顔などどうでも良かったのである。
言われて賢治が帽子を取ると、全員の視線が集まった。「ほおーっ」と全員の口からため息が漏れた。
「お、お前、見たことも無いような男前だな」
ハールデンが目を大きく見開いて言う。彼とは全く正反対の顔であり、幼女さえ見とれて近寄って来そうな顔立ちである。これだけ男前であると嫉妬する気にもならない。
「ふうん。私も世界のあちこちを旅したけれどさ、こんな良い男は見たことが無いよ」
舌なめずりしたメリッサは、無意識であろうが腰に装備した鞭を手で探っている。彼女なら鞭で賢治を叩く想像をしていても不思議ではない。それに気が付いたジェームズが寒気を感じ、ぶるっと小さく身体を震わせた。
ハールデンが改めて思い出したように。
「どう見たってお前は一般市民にゃ見えねえな。本当はどこかの金持ちの息子なんじゃねえのか。妖精だって魔法の腰袋だって、大金持ちなら手に入れることが出来るはずだ」
賢治は首を振って否定した。大魔王なのだから、何でも望むものが手に入るのである。
「まあ良い。言いたくねえならな。しかし俺はお前を利用させてもらうぜ。金持ちが道楽で遊んでるのならムカつくからよぉ」
自分の好きなように結論を決めてしまう者には、何を言っても無駄である。賢治は無言で帽子を被り直した。
しばしの沈黙の後、メリッサがハールデンに煙草の煙を吹き付けながら声を掛けた。
「でっ。この後どうするのさ。あんたはロビンと共に教会の話を聞いて来たんだろ」
ハールデンは不貞腐れたような顔で。
「まず、ミルダ周辺から出る許可をもらわにゃならねえ。それが無きゃ他所の町には行けねえからな」
言うと教会から手渡されていた地図を広げた。そしてミルダの南西に広がる森を指差した。
「ここはベルナの森と言って、この先に廃坑がある。地下三階の坑道だ。この一番奥に勇者を証明する札がある。札と言っても、一番奥にあるミイラが手にしている本から、一ページを破って来れば、それが札の代わりだそうだ。……これを取って来れば『見習い勇者』を卒業し、『Cランク勇者』になって他所の町に行ける許可が出るってよ」
「地下ダンジョンか。魔物が多く住んでござろうな。このくらいは出来なければ、勇者として資格が無いと言うことでござろうな」
ジェームズが地図を覗きながら話す。
「チャッチャッと済まして、次に行くよ」
面倒臭げにメリッサが言う。
「では、明日は道具屋で回復薬や毒消しを買い込むぞ・・・当面、金が溜まるまでは装備にまで手が回らねえ」
ハールデンの言葉にメリッサが反応する。
「僧侶がいるのに、回復薬や毒消しが必要なのかい?」
「ふんっ。こいつの実力を見た訳じゃねえからな。ダンジョンの奥であっさりこいつが死ねば、こっちまでお仕舞いだろ」
「……なるほどね」
「では話は終わりだ。明日は買い出しだ。用意が整えばダンジョンに向かうことにするぜ」
話を打ち切ったハールデンは立ち上がり、部屋を出て行こうとドアへ向かった。
「どこへ行くのさ」
メリッサの問いかけに。
「野暮用があるのさ。俺の周りをブンブン飛んでいる奴等が居てな。五月蠅い奴らを黙らせておかなきゃ、明日からの行動に支障が出るんでね」
背を向けたまま手を振ると外へ出て行った。
「野暮用とは何でござろうな」
首を捻るジェームズを横目で見ながら、賢治は路地裏で頬を張り飛ばしたマーシュ商会の、下っ端を思い出していたのであった。