51 魔物の元へ続く道
フォーガ町の東には、ネトス海峡に沿って森が広がっている。余り高い木は無い森であり、潜んでいる魔物もそれほど凶暴なものは居ない。
昼間は比較的安全なその森の、下生えを払いながら進む人の集団があった。
先頭を鉈を振るう賢治が進み、次に『崖の子』イドリスが、方角を案内しながら進んでいる。後に続くのはフォーガ駐屯軍の小隊長のキール。そしてジェームズ、メリッサ、ロビン、ハールデンの一行である。
「ケンジさん、その岩の先を左曲がって……そして真っ直ぐです」
イドリスは『崖の子』と呼ばれる、崖に巣を造った鳥の卵を採取する子供の一人である。彼らは親の無い子供たちである。
双頭鳥の魔物が崖に巣を造るまでは、採取した卵を売って生計を立てていたのであり、崖に最も詳しい者たちであった。
卵が取れなくなって生活に困った彼らは、魔物の巣まで行ける道の情報を駐屯軍へ告げたのであるが、駐屯軍は信じなかった。
そうしている間に、『崖の子』は次々と消えて行ったのであった。
(それは魔物を使って利益を得ようとした、ウィローン中隊長とカルラッチ町長の依頼により、暗殺者が行っていたのである)
鉈を振るって森の中に道を造る賢治の肩に、梢の枝の間を縫って飛んで来た妖精が降り立った。
妖精は妖魔カノンの変身した姿である。
(大魔王様。予定通り暴露を行った彼は、ネトス海峡へ飛び降りました)
「そうか。上手くやったか。この後どうなるか見ものだな」
死んだ暗殺者のことなど歯牙にも掛けず、賢治は笑みを浮かべた。
(はい。企みの元締めである司令官は、絶望的な表情を浮かべておりました)
カノンの声は弾んでいる。
「楽しそうだなカノン」
(はい。悪者を破滅させるのは楽しゅうございます)
「そうか、楽しいか……」
彼はこの旅を通じて、何となく人間と共感がする部分を見つけたらしい。逆に人間性を失いつつある賢治は、そんなカノンの気持ちが今一つ分からない。
やがて一行は、根が地上に大きく飛び出ている木の根元に、暗い口を開けた洞窟を発見した。
「ここです!」
イドリスが洞窟を指差す。
「横に進んだり、縦に降りたりしながら進んで行けば、魔物が巣を造っている崖の近くに出られます」
「本当に行けるのなら、お手柄だぞイドリス」
キールの声にイドリスは首を振った。
「『崖の子』の歳の大きい子なら、ほとんどの子が知っている道です。僕より大きい子たちが最初の頃、駐屯軍に伝えましたが信じてもらえなくて、その内、その子らが消えてしまって……」
イドリスは下を向いた。
「臭うな……子供が邪魔になる奴がいて、消したってことも考えられるんじゃねえか」
聞いていたハールデンが、横から推測を述べたのであるが、まさに真実はその通りである。
ハールデンは賢治に向かい。
「ケンジ! 先頭に立って穴を進んでくれ。魔物の居場所まで繋がってるんなら、こんな金にならねえ仕事……オホン! 困っている人の為にも、今日中に魔物を殺っちまおうぜ」
ロビンの顔色を伺いながら指示した。
「分かりました。《光球》!」
賢治は補助呪文を唱え、辺りを照らす光球が出現したのであった。
宿舎の自分の執務室にウィローンは帰って来た。
広場での一件は直ぐに広まったようで、部屋まで帰って来る間にも、彼を見る一般の兵士たちの視線は厳しかった。
「駄目だ! 全てがお仕舞いだ!」
絶望感が押し寄せて、彼は頭を搔きむしった。
「何故だ! 何故だ!」
不死教団の暗殺者が、なぜ全てを暴露したのか見当が付かない。不死教団は絶対に秘密を守る組織であるはずなのである。
「何か俺が間違いを犯し、不死教団の不興を買ってしまったのか?」
考えても思い当たる節が無い。一つ確実なのは、彼は今後、軍の査問会に呼ばれ裁かれることになる。
カルラッチ町長の裏帳簿の証拠がある限り、どの様な言い訳も無駄であろう。
……その時、扉が激しく叩かれ、許可の返事を待つのももどかしげに、部屋に入って来たのは町長のカルラッチであった。
「ウィローン様!」
カルラッチも絶望的な顔になっていた。
それでもウィローンは彼に飛び掛かると、胸倉を掴んで締め上げた。
「貴様! 裏帳簿のような大事なものを、簡単に持ち出されるとはどういうことだ! お陰で俺は」
そこまで口にして、力が抜けたウィローンは、手を離すと長椅子に倒れ込んでしまった。
「俺はお仕舞いだ」
カルラッチは、しばらく咳き込んでいたが。
「私もお仕舞いでございます。町長と商人組合の会長を辞めるだけでなく、国からも咎められることになります……妻も子供も罪を恐れて、既に家を出て行ってしまいました」
腰が抜けたように座り込む彼であった。絶対に見つかるはずの無い隠し場所にあった裏帳簿が、こうも簡単に盗まれて公表されたことが信じられなかった。
しばらく絶望感に打ちのめされていた二人であったが、ウィローンがふと顔を上げた。
「カルラッチ! 先ほど妻と子供が逃げ出したと言ったな」
「……はい?」
カルラッチにはウィローンが、何を言い出そうとしているのか分からない。
「このままでは俺もお前も財産は没収され、俺は首都で査問会に掛けられて罪人になるだろう。お前も似たような破滅の末路だ」
恐れている未来をはっきりと示されて、カルラッチは震え出した。
「だが、今すぐ動けば生き延びる道はある。俺には幸いにも、先代から仕えている子飼いの兵士が十名付いている。この者らは俺の命令は何でも従う。他に金で三十名ほど傭兵を雇い、持てるだけの財産を荷駄車に積んでバーンズ帝国に逃げるんだ」
「バーンズ帝国に!」
カルラッチは目を丸くしている。
「帝国へ無事到着しさえすれば、金を積んで適当な理由を付ければ、必ず亡命を認めてくれるはずだ」
「亡命!」
「そうだ! 俺にはイスター王国が、どれだけの軍事力を持っているかなどの知識がある。帝国も戦争をする訳では無いが、隣国の軍事力は知っておきたい知識であろう……俺はそれを交換条件に、ある程度の地位を手に入れるつもりだ。……お前は持って逃げた金で、帝国で商売を始めれば良い。俺も協力する」
「商売を再び……」
カルラッチは自分の将来を、今一つ想像できないのか、迷っているようである。
そんな彼に業を煮やしたウィローンは立ち上がった。
「時間は無い! 来ないのなら構わん、お前は好きにしろ! 俺は今すぐ用意を始める」
「お……お待ち下さい。私も決心しました。このまま財産を没収される訳には行きません。直ぐに荷駄車に積み込みます」
「傭兵を雇うには前金が必要だ。手配は任せたぞ!……俺の手の者を半分貸してやる。直ぐに準備して出発するぞ!」
二人は目の前の僅かな光明に未来を見出し、直ぐに支度に取り掛かるのであった。
その頃、勇者一行は穴の中を下っている。
先頭を進む賢治が足場を確認し、危険な箇所には鉄杭を打ち込んでロープを張って行く。全く躊躇うことの無い、流れるような動きである。
「本当に何でもできる奴だな」
これまでに、何度感心したことであろうかとハールデンは考える。これだけできる男がタダなのである。吝嗇家の彼は、そう考えるだけで相好を崩してしまう。
(タダ……くっくっくっ。良い響きの言葉だぜ)
そんな彼が前を見ると、振り向いたメリッサと、たまたま目が合った。
メリッサはハールデンをじっと睨みつける。彼女は険はあるが、見たことも無いほどの美貌の持ち主であり、目力にも圧倒的な迫力がある。
「な、何でえ」
流石のハールデンも、年上であり、超が付くサディストの彼女には苦手意識がある。
「あんた今ね、悪い目をして、その顔で笑ってたよ……辞めてくれない。恐・い・ん・で・す・けれど。不・気・味・な・ん・で・す・けれど」
言葉を区切って言うと、何ごとも無かったかのように、前を向いて歩き始めたのであった。




