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大魔王様、勇者の従者になる!  作者: ronron
最初の試練編
5/304

5 ハールデンの事情

 慣例により『キアーラの酒場』で仲間を集めた勇者ロビン一行は、首都ミルダの中央にある、イスター王国の王宮の方角へ向かった。

 王宮の手前にある教会を尋ね、仲間が揃ったことを告げると、教会から王宮に王への謁見の申請が行われ、直ぐに謁見の用意が進められたのである。


 通常ならば王との謁見など簡単に出来るものでは無いが、勇者を輩出するこの国では慣れっこの行事であり、準備はてきぱきと進んだ。


 謁見が終われば勇者一行は正式な勇者と認められ、『見習い勇者』の称号を得ることになる。

 『見習い勇者』は試練を通過すれば『Cランク勇者』。Bランク。Aランクとランクが上がって行く。

 もしも魔王を討伐することに成功すれば、最高のSランクとなるのである。





 謁見までの時間を待つ間、勇者一行は教会の控室で休んでいた。部屋は四メートル×八メートルほどの広さで、最初は整然と並べられていた椅子を移動して、各自が勝手な場所に座っている。


 手持ち無沙汰の様子であったハールデンが、立ち上がって全員を見渡した。


 「よう。俺は武闘家のハールデンだ。この際だから言っておくが、歳は二十二歳でこの中じゃ若輩だが、この勇者ロビンの従兄に当たるんだ。悪いがチームを仕切らせてもらうことにするぜ」


 全員を見渡して反応をうかがう。


 「ワシは戦士のジェームズでござる。勇者殿がそれで良いのならば、ワシに異論はないでござる」


 ジェームズは四十二歳である。


 「女に歳を言わせんじゃないよ!(二十八歳である)。私は魔法使いのメリッサだよ。言いたいことは言わせてもらうけれど、私も別に構わないよ……でもさ、あいつにも聞かなくて良いのかい。何て言ったかな、ああ、従者のケンジだったかね」


 メリッサはこの部屋にいないケンジの名を出した。

 ケンジは仲間では無く従者なので、控室には入れなくて、教会の建物の外で待っている。


 「ああ、奴は従者なんだから気にすることはねぇ。皆も酒場で見て聞いただろ? 奴は頭のネジが何本か飛んでる変わり者だ。まあ、利用できる内は使ってやろうと思ってる」


 ハールデンは鼻で笑った。


 「従兄にいさん。やっぱり不味まずいんじゃないでしょうか」


 真面目で誰にも優しいロビンが口に出したが、ハールデンは首を振った。


 「ロビン。今からそんな甘いこと言ってたら魔王は倒せねえぞ。魔王を倒す為には、利用できるものは何でだって利用するんだ。情けは禁物さ。魔王を倒せばそれが多くの人々の幸せに繋がるんだからな。お前は俺に従っていりゃ間違いないんだ」


 分かったようなことを言って、ハールデンはロビンを煙に巻いた。


 そこで部屋の扉をノックする音が聞こえ、教会の者らしき男が顔を出した。


 「ついに、お呼び出しか?」


 ハールデンの問いかけに顔を出した男は。


 「いいえ。準備には、もうしばらく時間が掛かると思われます。……実は表の方にハールデン様に会いたいと訪ね人がございます」


 「俺に……誰だ?」


 首をひねったハールデンは、「ちょっと見て来る」と、男に従って部屋を出て行ったのであった。

 ハールデンが出て行くと、ジェームズがロビンに声を掛けた。


 「勇者殿。彼は貴方の従兄と言われたが、本当に信用できる方でござるかな?」


 「もちろんです。兄さんは世間のことを良く知っていて、いつも正しく僕を導いてくれます」


 目を輝かせてロビンは即答し、その純粋な目を見たジェームズは、何も言えなくなってしまったのである。



 ハールデンが教会の控室から出て来ると、教会の出入口近くに二人の男が待っていた。二人とも片手剣を提げていて、人相の良くない男たちであった。

 もっとも人相に掛けては、ハールデンより凶悪な顔は、大陸中探したとしても、おいそれと見つかるものでは無いであろう。





 教会の前の通りを大勢の人が通り過ぎて行く、通り過ぎて行く人々は、教会の前の花壇の縁に腰を降ろし、下を向いている体格の良い青年を見ながら歩き過ぎて行く。


 人々は深く帽子を被った青年を見ているのではなく、その青年の肩辺りに浮かんで、羽ばたいている妖精を見ているのである。

 中には「可愛い」と声をかけ、笑顔で通り過ぎる子供もいた。


 青年は大魔王ケンジである。ここで待つように言われて、特に何も考えずに腰を降ろしていた。

 妖精がたまりかねて、賢治にだけ聞こえるように声を掛けた。妖精は妖魔カノンの変身した仮の姿である。


(大魔王様……ケンジ様。勇者一行に加わったものの、大魔王様を従者にするなど不届き千万でございます。こ奴らは不敬罪で全員処分し、次の勇者が現れるまで待った方が良いと愚考いたします)


 賢治は下を向いたまま答える。


 「それこそ愚行だぞカノン。たかが人間にどのように思われようが良いでは無いか。お前はしつけを受けたことの無い犬や猫に、行儀が悪いと腹を立てるのか? 獣に尻が丸見えだから、下着を履けと道理を説いても仕方あるまい。放って置け、笑って許してやるのが真の超越者と言うものだ」


 「ははあ。そう言う物でございますか。未熟者で申し訳ございません」


 「お前は、まだ若いからな……彼らの寿命など我らから見ればはかないものよ。少し目を離せば知らぬ間に歳を取って死んでしまっている。そんな生き物に腹を立てるなど未熟者だ。むしろあわれに思ってやれば良い」


 「ははっ」


 「まあ、大を生かす為に、時には思い切って小を切り捨てる場合もあるがな。それは臨機応変だ」


 その時、下を向いていた賢治が顔を上げた。教会の中から、勇者の仲間である武闘家のハールデンが出て来たからである。

 ハールデンは前後を人相の良くない男に挟まれて、建物の裏手の方へ消えて行った。


 (何ごとでございましょう?)


 カノンの問いかけに。


 「知らんな……あの武闘家は街で評判の無頼漢らしいからな。そちらの筋からの呼び出しでは無いかな。勇者の仲間になったとしても、評判が変わる訳は無かろうからな」


 興味無げに賢治はつぶやいたのであった。





 ハールデンは前後を男に挟まれて、裏路地へ入って来た。彼は身長はニメートルニ十センチを超える大男で、荒っぽいことには慣れているので全く怯えている様子はない。


 「おい。このくらいで良いだろう。俺はこの後、用事があるんだ。話なら聞いてやるから早く話せ」


 「何だと! お前は自分の立場が分かってんのか。俺たちはマーシュさんの手の者なんだぞ」


 マーシュと言うのは、ミルダの裏社会でもトップクラスの実力者である。表向きはマーシュ商会と言う人材派遣会社の代表であるが、実際は暴力を背景に縄張りの商店から金を巻き上げ、売春や麻薬にも手を広げている。


 「マーシュがどうした。俺が勇者の仲間になった情報を聞き付けて来たんだろ。ふん、借りた金なら支度金が入れば叩き返してやるぜ。そう伝えておけ」


 「何だその口の利き方は。なめんじゃねえぞ、勇者の仲間だってマーシュさんに逆らえば、どうなっても知らねえぞ」


 「パーン!」


 いきなりハールデンの平手が男の頬を叩き、男は倒れはしなかったが、立ちくらみをしたのかフラフラと後ずさった。


 「てめえ!」


 もう一人の男が片手剣に手を掛けた。


 「ほう。お前もはたかれたいか? 俺は今日は気分が良いからはたいたんだぜ。俺が拳で殴っていればどうなっていたか想像して見な」


 凶悪な顔でにらまれた男は片手剣を抜けない。男も遠くからハールデンが暴れている様子を見たことがあるが、二人くらいではどうにもならない相手である。


 「と、とにかく。いつ金を返すかはっきりしてもらおうか。日にちを聞かなきゃ俺たちも、そうですかと帰る訳には行かねえんだよ」


 「ハッ! そんなもん知るか。気が向いたら返してやるよ」


 ハールデンは鼻で笑った。後々、面倒なので金を返すつもりであるが、脅されて返すなど彼のプライドが許さない。いざとなれば事務所に乗り込み、暴れまくって後悔させてやるつもりである。


 「ち、畜生! 俺たちが剣を抜かないと思ってるなら大間違いだぞ」


 「面白おもしれえ、抜いて見な」


 挑発したハールデンであったが、後方から声が掛かった。


 「ハールデンさん。用意が整ったので、教会に帰って来るようにとのことです」


 三人が声の方を見ると、そこには肩の上に妖精が止まった賢治が立っていた。

 教会の外の花壇に座っている賢治を見つけた教会の者から、先ほど出て行ったハールデンを探して来るように言い付けられたのであった。


 「おう。そうか、俺がここに居るのが良く分かったな」


 うなづいたハールデンは、賢治がポーターの能力があることを思い出した。捜索もポーターの能力の一つである。


 「じゃあな」


 ハールデンは男の一人の肩を叩くと、背を向けて歩き出した。


 「待てコラァ! 話は終わっちゃいねえぞ」


 男たちの怒声を無視したハールデンは、賢治の横をすり抜けながら。


 「おい。鍛えてるんだろ。筋肉を見りゃ良く分かるぜ。従者の初仕事だ。奴らを黙って帰らせてみな」


 そう言うと片手を上げて、後ろも見ずに去って行った。


 「待て!」


 追おうとする二人の前に賢治は立ちふさがった。


 (さて、どうやって帰ってもらおうか)


 跡形もなく消滅させることは造作も無い。しかし、それでは失格であろう。人間として六十年生きた知識は残っているが、目覚めて大魔王としての自覚を取り戻した賢治は、人の命を軽んじる傾向にある。


 殺さぬようにと思った賢治であったが、先ほどハールデンが男の頬を叩いていた様子を思い出した。

 その時、叩かれた男は怯えた表情を見せていた。


 (良し、それで行こう)


 「てめえ! そこを退け!」


 体格は良いが、ハールデンより組みやすしと見た男の手が伸びたが、男の右頬が鳴った。


 「パチン!」


 「パチン! パチン! パチン!」


 左右の頬が立て続けに鳴り、男は地面に倒れ込んだ。


 「こいつ!」


 もう一人が片手剣に手を掛けたが、その男の頬も左右が立て続けに鳴った。


 「パチン! パチン! パチン!」


 その男も同様に地面に倒れ、頬を押さえてうめいている。

 路地裏の通路の土間は湿った苔が生えていて、男たちの服はたちまち汚れた。


 「帰る気になるまで叩きますよ」


 宣言した賢治は、最初に倒した男の胸倉をつかんで、片腕で自分の顔の高さまで持ち上げた。

 力を込めている様子はなく、軽々と言った風である。男は鼻血を流して涙目になっていたが、賢治は一切の手心を加えない。


 「はい! 右! 左! 右! 左! ……左! 右! 左! 右!」


 リズム良く頬が鳴る音が路地裏に響いた。


 「はい。君はちょっと休憩。次、君ね」

 

 「はい! 右! 左! 右! 左! ……左! 右! 左! 右!」


 再びリズムよく音が響く。


 「はーい。休憩! 交代しようか」


 再び最初の男の胸倉をつかんで立たせると、男は首を振って、イヤイヤをした。鼻血で口元から胸元までが真っ赤に染まっていて、既に反抗する気力は失われているようである。


 「帰る・・・帰るガら、勘弁ジてグださい……」


 頬をらした顔で涙を流しながら、男は懇願した。口を利いたことで折れた歯が、ポロポロと足元に落ちた。

 力を込めて叩いているようには見えなかったのであるが、実際には効いているようである。


 「君は帰る気になったんだね。じゃあ良いでしょう」


 手を放して地面に落とした賢治は、先ほど叩いた男に手を伸ばしたが、その男も怯えた顔で「ガえガえる」と何度も頭を下げた。

 こちらも歯が折れてしまっているようで、足元に歯の欠片が転がった。


 「じゃあ、立って。ほら、立って」


 苦し気にうめきながら、口から胸の辺りを真っ赤にして、フラフラと立ち上がった二人は、支え合いながら路地裏の奥へ消えて行った。


 賢治は肩に止まっているカノンに話しかける。


 「どうであったカノン」


 (お見事でございます大魔王様。あのような虫けらでさえ、殺さずに情けを掛けられるとは。このカノン、大魔王様の慈悲深い御心に感服いたしました)


 「フフフフ・・・そうかそうか。合格か」


 褒められた賢治は満足そうに破顔したのであった。

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