48 駐屯軍の内情
フォーガ町の吊り橋は、入り口に両開きの扉が設けられていて、暗くなると閉じられ、兵士によって厳重に警戒が行われている。
相手は鳥の魔物なので、夜の方が安全にも思えるのであるが、逆に魔物は夜に活発化するようであり、順番を待ちきれぬ者たちが兵士の目を盗んで、護衛無しで橋を渡ろうとして、犠牲者が出ない為にと警戒が行われているのである。
その警戒する兵士たちの動きが見渡せる橋の近くに、フォーガに駐屯する兵士たちの兵舎があり、兵舎の隣りには三階建ての、幹部たち専用の宿舎があった。
幹部たちの宿舎はすべて個室であり、出される食事も兵士たちのものとは全く違っていた。
その幹部たちの宿舎の最上階には会議室と、フォーガ駐屯部隊の最高司令官である、ウィローン中隊長の部屋があった。
ウィローンは彼の執務室で、応接の椅子に座り、先ほどやって来た客と酒を交わしていた。彼は年齢は三十五歳、独身。高身長で彫の深い顔立ちであり、見た目は非常に良く、王宮で晩餐会がある時などは、貴婦人に周りを囲まれることが多かった。
客の男はウィローンとは対照的で、小柄で頭の禿げ上がったカルラッチ六十歳。フォーガ町の町長であり、町の商人組合の組合長も兼ねている
「フォーガ町は、町始まって以来の盛況ございまして、これも全てウィローン中隊長様のお陰でございます」
「何の、カルラッチが商人組合を上手く纏め上げてくれているお陰だ」
二人は笑みを浮かべ杯の酒をあおった。
「まあ、最大の功労者は、崖に巣を造った魔物であるかも知れぬがな」
「ふふふ、その通りでございますな、一時はどうなることかと心配致しましたが、今は魔物さまさまでございます」
二人は上機嫌で再び杯をあおる。
「ウィローン様が、鳥の魔物が現れた国への報告を、遅らせて頂いているお陰と、毎日わずかな者しか橋を渡さないので、フォーガ町に足を止められた商人と旅人から、毎日大金が落ちていまして、笑いが止まりません」
ウィローンは人差し指を口に当てた。端正な顔立ちなので、何をやっても様になる。
「待てカルラッチ! 人が聞けば疑うような話を、口にするでないぞ。私は国への報告は早くから行っておる。……ただし、最初の報告に向かわせた兵士は行方不明に……恐らく魔物にでも襲われたのかな。次に送った伝書鳩も、恐らく魔物に襲われて国に届かなかったようだな」
「ははっ! そうでございましたな。その通りでございました」
「うむ。報告はとうに届いておると思っておってのだが、どうも本部から連絡が来ないので、不思議に思って先日、二度目の報告を向かわせたところだ。……恐らく半月後には本部より、さらに詳しい報告を行うようにと指示が来るに違いない。そんなやり取りを二度ほどしないと、向こうも本格的には動くまいな」
再び杯をあおり飲み切ると、カルラッチが直ぐに酒を注いだ。
「それからさらに、魔物を討伐する為の部隊がやって来るまで、長く町は稼ぐことが出来ます。誠にありがたいことでございます」
「ふふふ。魔物の巣は場所が場所であるからな。今のフォーガ駐屯軍の装備では討伐は不可能だが、本部から来る討伐軍でも簡単には行くまい。討伐が完了するまで、討伐軍も町に宿泊することになる。更に町は潤うことになる。羨ましいものだな。私が代わって欲しいくらいだ」
「ご冗談を。中隊長様には十分なお礼をさせて頂きます。本部がある首都ミルダに返り咲き、その後の出世の資金として使って頂けるように」
抜け目なくカルラッチが、ウィローンの悲願を口にする。
ウィローン中隊長は、元は首都ミルダで出世街道にあったのであるが、晩餐会で仲良くなった貴婦人との仲を、貴婦人の夫に疑われ、この遠い町に左遷されて来たのであった。
「せいぜい毎日の橋を渡す人数を少なくして、お前に儲けさせてやるさ。俺はその金で軍の中枢部まで登って見せる」
「その時は、再びお祝いをさせて頂きます。その日を楽しみにしております」
「うむ!」
うなづいたウィローンであったが、何かを思い出したのか、少し眉をしかめた。
表情に気が付いたカルラッチが。
「如何なさいましたか?」
「……夕方に報告が上がって来たのだがな。『崖の子』の一人が、広場で魔物の巣まで行ける道があると、大きな声で申していたそうだ」
「またでございますか?」
カルラッチは「また」と話した。つまり以前にもあったことなのであろう。
「嘘の情報が広がれば人々が混乱するので、捕らえよと命令を出してあるのだが、キールと申す小隊長が、拘束を止めたそうだ」
「不届き者が居りますな」
「うむ。しかし「牢に入れれば栄養状態の悪いこの子は死ぬ」と反論されればな。人の聞こえも悪かろうから、見逃すしか無かったそうだ」
カルラッチの目が抜け目なく光る。
「では、あの者たちを使って、始末をさせるのでございますね」
「そうだ。……一旦依頼を引き受けた以上、奴等は金を払えば何人でも、始末すると断言している。出しゃばるようなら、キールとかいう小隊長も始末するしかあるまいな。事故に見せてな。金の方は頼むぞ」
「はい。用意させて頂きます」
二人は再び乾杯したのであるが、扉がノックされた。
「何だ!」
「司令官様! 会いたいと申す者が参っておりまして」
扉の向こうの者は、なぜか焦っている様子である。
「こんな時間にか? 誰かは知らんが明日にしろと伝えろ」
「そ、それが」
「良いから追い返せ!」
「それが、いらしているのは、勇者一行の仲間の一人でありまして、先日、ユランド辺境伯爵領の『砦の試練』を見事果たした、一番新しいBランク勇者様の仲間で……ハールデンと申されるお方であります」
「何だと!」
思わず立ち上がったウィローンは、カルラッチと顔を見合わせたのであった。
ハールデンはロビンたちと話し合い、勇者の身分をフォーガ駐屯軍に明かすことに決めた。
出来るだけ目立たないようにとの、ロビンの意向であったが、やはり一般人のままでは、魔物退治を行うにも制限が多くなるからである。
「軍との話は俺に任せておけ」と、ハールデンは一人で幹部が住む宿舎にやって来たのである。
それはロビンが居ると話せなくなる話。つまり金を軍から出させる話を進めるためであった。
勇者ロビンの仲間であると告げ、駐屯軍の司令官に会いたいと申し入れると、しばらく待たされて、三階の広い部屋へ通された。
部屋の中央には立派な応接室セットが置かれていて、奥の机にはいかにも司令官らしき、精悍な顔つきの男が座っていた。
彼はハールデンが部屋に入って来ると立ち上がった。
「ようこそいらした。勇者殿の仲間の……ハールデン殿と申されたかな?」
勇者の仲間とは到底思えぬ、凶悪な顔つきのハールデンに、少々戸惑いながら声を掛けた。
「そうだ! 武闘家のハールデンだ。座って良いか」
ハールデンの態度は無礼であり、ウィローンの顔色が変わったが、何も言わずにうなづいた。
ウィローンも机を挟んで反対側に座る。
「私がフォーガ駐屯軍司令官のウィローンだ。……勇者殿は、一緒にいらっしゃらないのですかな?」
「ああ、来ねえな。俺は勇者ロビンの仲間だが、従兄に当たるんだ。そんな訳で歳の若い奴に代わって、チームを仕切らせてもらってる」
自分が勇者の代わりだと告げたハールデンであったが、凶悪な人相と遠慮ないものの言い方なので、自尊心の強いウィローンの、コメカミ辺りの血管がヒクヒクと小さく動いていた。
「……それで何か御用かな。私も忙しい、砦を取り返した勇者と聞いたので、わざわざ時間を割いて会ったのだがな」
仕方なく会ってやったのである。と言外の意味を込めて言った。
「そうか、忙しいなら単刀直入に言おう。双頭鳥の魔物のお陰で、駐屯軍も町も困ってるそうじゃねえか。俺らも本来なら、早く先に進んで魔王討伐を始めたいんだが、困ってる人々を前にして知らぬ顔も出来ねえ。ここは勇者ロビン一行が、魔物を退治してやろうと思ってな」
「魔物退治?」
ハールデンは深く椅子に座り直すと、両手を広げて背もたれの後ろに手をやった。
「そうよ。一刻も早く先に行きたいのは山々だが、何せ勇者は人々の幸せの為に働くのが商売だからな……そこでな。勇者と言えども国から金が出ている訳じゃねえ、苦しい旅の途中なんだ。せっかく人々の為に働くんだから、それなりの金を用意して欲しくてな」
「ほう。金の相談に来られたのか」
ウィローンは立ち上がった。そして小さく笑みを浮かべると。
「魔物を無理に倒して頂かなくて結構。魔物は我が駐屯軍と、首都の本部からやって来る、討伐軍で退治して見せます。……わざわざ勇者殿の力を貸して頂く必要はありません。勇者殿は本来の魔王退治の旅を続けられれば良かろう」
「……えっ?」
予想外の反応にハールデンは固まった。
「他に用が無いなら、さっさと帰って頂けるか? 私は忙しいのだ」
「えっ?……ちょっと!」
ウィローンは部屋の外に向かって。
「オイ! 勇者殿の仲間はお帰りだ」
その合図を待ち構えていたように、扉が開き兵士が二名入って来た。
「クソッ! 本当に良いのか畜生!……もう良い! 分かったよ! 何と言われようが魔物退治はするつもりだからな。邪魔すんじゃねえぞ。……チッ! 明日は町長に掛け合うぜ」
悪態を付いたハールデンは、兵士に連れられて去った行った。
ハールデンが出て行くと、奥の部屋の扉が開きカルラッチ町長が顔を出した。
「とんでもない破落戸でございますな。本物の勇者の仲間なのでしょうか?」
「まあ、嘘ではあるまいな。……勇者と言うのは、清く正しい心を持ち、常に人々の幸せを願う者……つまり底抜けのお人好しだが、その仲間が同じであるとは限らない。奴は勇者が魔物退治を始めるので、それを金にしようとして来たのであろうな」
ハールデンの魂胆は、完全に見破られているようである。
「だが、不味いな。まず、不可能とは思うが、勇者には魔王を倒せるほどの優秀な仲間が付いている。万が一にも魔物を倒されたら、吊り橋は解放されて、我々の計画は潰れてしまう」
ウィローンは顎に手を当てた。
「ならばそうなる前に、勇者を始末した方が良いのではございませんか?」
額の汗を拭きながら、大それたことを、カルラッチがサラリと口にする。
「ああ、流石に、魔物を倒すと宣言した勇者に、魔物退治を辞めろと言う訳にもいかぬからな。暗殺者には、『崖の子』より優先して勇者を始末するように依頼しよう」
「金はいくらでも、用意させて頂きます」
「頼むぞ」
勇者とその仲間は、魔王に挑むほどに強いはずであるが、暗殺者は正面から正々堂々と戦う訳では無い。
必ずや仕留めるであろうと、確信するウィローンであった。万が一に、しくじったとしても、不死教団の暗殺者は、絶対に依頼人の名は口に出さないのである。
彼らは何があっても依頼人の秘密は守る。それが高い金を払っても、不死教団に依頼する、最大の利点であるからである。




