45 渡れぬ橋
新章です。
砦の主を倒し、砦を奪還する試練を果たした勇者ロビン一行は、教会からBランク勇者に認定され、ついに複数の魔王が各地で人類を脅かしている外国へと、旅立つことになったのであった。
ユランド辺境伯の領都マースを出発した一行は、一旦、西のゼファーナ町へ街道を引き返し、そこから北のフォーガ町目指して北上して行った。
イスター王国の北には、ネトス海峡を挟んでバーンズ帝国があり、帝国へ向かうには二つの経路がある。
一つ目は現在一行が向かっているフォーガ町から、吊り橋を渡って対岸へ行く方法である。その後は整備されていない、魔物と野盗団の現れる危険な荒野を越えて、帝国領土へ入るのである。
もう一つの方法は、首都ミルダの北西にある港町ウィントからの海路である。ウィントから内海の海岸沿いを北上し、バーンズ帝国の港町アーバスへ向かう船旅であるが、これは非常に危険を伴っている。
風の向きが悪く沖へ出れば、巨大な海獣や魔物に襲われる危険があり、逆に海岸に寄り過ぎれば暗礁に乗り上げて沈没の可能性がある。
よって常識として、海路は波の穏やかな季節しか利用できず、勇者一行も陸路でバーンズ帝国を目指すのであった。
勇者一行の歩いて行く街道は、真っすぐに北へ伸びている。
石畳の街道はよく整備されていて、道の左右の森は見晴らし良く伐採されていて、空は青く雲がゆっくりと流れていた。
「畜生!」
一行の最後尾を歩くハールデンの機嫌は悪い。
いつもの通り先頭を索敵しながら賢治が歩き、続いてジェームズ。メリッサとロビンが並んで進み。殿がハールデンである。
ハールデンはブツブツつぶやきながら、先ほど倒した狼に似た魔物の血を、手甲からふき取っていた。先頭を行く賢治が、かなり離れた場所から魔物を発見するので、一行は不意を襲われることも無く、充分に準備を整えて迎え撃てるので楽勝であった。
ハールデンが機嫌が悪いのは、別のところにある。報酬が一番良いであろうと選んだ『砦の試練』が、全くの誤算であったからなのである。
「畜生! 備蓄庫にあった物が全部ガラクタだったなんて」
思い出しても腹が立つらしく、地面を蹴り飛ばした。
先ほど群れで襲って来た魔物など、八つ当たりとばかりに、怒りに任せて暴れ狂ったハールデンに恐れをなして、数頭倒されただけで逃げ出してしまったほどである。
普段でも凶悪な顔が更に凶悪になり、たまに、すれ違う隊商の商人たちは、先頭の賢治やジェームズに軽く会釈した後、最後尾のハールデンの顔が目に入った途端に、全員が全て顔を強張らせて他所を向き、護衛に当たっている傭兵たちは、いつでも抜けるように手を片手剣に置いて、冷や汗を掻きながら足早にすれ違うのであった。
『街道で昼間に悪霊を見た』『今まで生きて来た中で、一番凶暴な顔を見た』などと、彼とすれ違った者たちは、その夜の酒場で噂話をするのであった。
奪還した砦には、奪われた当初は数百名の武器の他、食料の備蓄なども多くあったようであるが、食料は全て魔物に食い荒らされ、武器も全てが壊されていたのであった。
それでも、それだけではハールデンは、ここまで腹を立てなかったであろう。彼の虫の居所が悪い訳は、砦の主が所持していた杖を、ジェームズが高値で売ったと聞いたからである。
あの時、『頂いても良いか?』と確認したジェームズに、彼は機嫌も悪かったので『好きにしろ』と怒鳴り付けた以上。『高値で売れたそうだな』だとか、『俺の取り分は』などと、口が裂けても言えなかったのである。
数日、街道を旅した一行は、やがて街道の先に、フォーガ町の高い防壁が見える場所まで来た。
「何やら門前に、人が多いようでござるな」
ジェームスが背伸びして、門の前に集まっている人々を指差した。
確かに彼の言う通り、町へ入る為の審査を待っているにしては、門の外に集まっている人の数が多いように見える。
門の前に着くと、審査を待つ為に並んでいる列と、それとは別に集まって、何やら雑談をしている集団があることに気が付いた。
「このまま町に入っても良いが、この列に並んでいない集団が気になるな……ケンジ、何でこうなっているのか聞き込んで来い」
ハールデンに指示された賢治はうなづくと、一行から離れ、雑談をしている集団に向かって歩いて行った。
(大魔王様を顎で使うとは許しがたき男でございますな。大魔王様は犬猫に道理を説いても、仕方あるまいとおっしゃられましたが、頭では分かっていても、気持ちに嘘はつけませぬ。今すぐに奴を、消滅させたき衝動に駆られたことをお許し下さい)
妖精姿のカノンが頬を膨らませると、誰が見ても可愛く見える。
「ふふふ。若いな……まだ三百歳か。怒るなカノン。私は全く気にならぬ。よく考えよ、あと百年もたてば、奴は骨も残っておらぬだろうよ。そのような、はかなき者に腹を立てても仕方あるまい」
(それはそうでございますが……)
賢治はカノンには構わず、商人であろう風体の、五十代に見える男に近づき話し掛けた。
どの様に話し掛ければ、話を聞き出し易いかなどは、カノンからレクチャーを受けていた。
「もし、そこの商人殿」
急に声を掛けられた男は、驚いた顔で振り返った。賢治は身長は百九十センチの高身長であり、一目で鍛えていることが分かる身体つきをしている。男が身構えても仕方が無い雰囲気である。
しかし男は賢治の肩に止まった妖精に気づき、少し表情を和ませた。妖精は邪な性格の人間とは契約を結ばないからである。
(もっとも賢治は世界最強の大魔王であり、妖精は妖魔なのであるが……)
「はい。何でございましょうか」
それでも警戒の抜けきらぬ商人に、賢治は懐から出した銀貨を数枚握らせた。
「これはとっておいて下さい。少し話を聞きたくて」
「こんなに……これはどうも」
渡された銀貨が思いの外多かったので、商人の顔はほころんだ。
賢治は町に入る為の審査に並んだ列の他に、なぜ多くの人々が、別に集まっているのかと尋ねてみた。
「ああ、これでございますか……実は……」
商人は訳を話し始めた。
商人から話を聞いて帰って来た賢治は、待っていた勇者一行に説明を始めた。
「何だと! 吊り橋が渡れねえだって!」
ハールデンが青筋を立てて叫んだ。
「いえ、正確には、日にわずか数組しか渡れないそうで、町の中では順番待ちの者で溢れていて、泊まる宿もとれないそうで、門の外にいる者たちは、仕方なくここで力を合わせて、魔物を警戒しながら野宿をしているそうです」
「何と! それは不便なことでござるな。ワシが吊り橋を渡ったのは半年ほど前でござるが、その時は何とも無かったのでござるがな」
ジェームズが小さく首を振った。
【フォーガ町の吊り橋は、イスター王国とバーンズ帝国へ繋がる荒野を隔てる、ネトス海峡に架けられた唯一の陸路である。その吊り橋の歴史は古く、四百年前から架かっていると言われている。全長は百メートルであり、この橋の架かっている場所が、ネトス海峡で一番狭いヶ所である。橋は四百年間、常に修理されながら使われて来ていて、幅は四メートルあって荷駄車がすれ違うことも可能であった】
賢治は商人から聞いて来た話を続ける。
「ひと月ほど前に、双頭の巨大な鳥の魔物が、近くの岸壁に住み着いたそうで、橋を渡っている最中に人が襲われて連れ去られた事故が起き、その件があった日からは、一日数組のみがイスター国の駐屯兵の護衛付きでしか渡れなくなったそうです」
「はあっ? そんなんじゃ何時になったら渡れるか、分からねえじゃねえか」
賢治はうなづき。
「はい。俺が話を聞いた商人も、危険とは分かっているが、海路を使うか迷ってると悩んでいました」
「海路だと! ハッ! 今さらウィントまで行ってられるか」
ハールデンが口にしたウィントは、首都ミルダの北西にある港町である。
「だがよ、まあ良いだろう、俺たちは何と言っても、教会から正式に任じられたBランク勇者だ。通行手形を見せりゃ、優先的に通してくれるに違いないぜ……」
「なあロビン」と、同意を取り付けようとしたハールデンであったが、決意を込めた目で、彼を見上げるロビンを見て、声を失った。
(不味い! こういう時のロビンの野郎は!)
嫌な予感がした。
ロビンは一行の顔を一人一人見詰めると。
「皆さん! 困っている人々を助けることこそが勇者の仕事です! 鳥の魔物を倒そうと思いますので、ぜひ力を貸して下さい!」
キラキラ光る瞳で、魔物退治を宣言した。
「当然でござる! 流石は我らのロビン殿でござる」
いつもの様に一番に、ジェームズが賛同した。
(このボケ戦士! 飛び付くんじゃねえ)
ハールデンは心の中で罵ったが、口に出す訳には行かない。
「羽根を引き千切って、飛べなくすれば、面白いんじゃないかい」
煙草の煙を吐き、愉悦の表情を浮かべてメリッサもうなづく。
賢治は聞く必要がないので、ロビンは邪気の無い目でハールデンを見上げた。
「そ、それでこそ勇者だぜロビン……でもな、イスター王国軍の方も動いているに違いないからな。ひょっとして邪魔になるかも知れねえだろ。その辺をちゃんと調べてから、やるかやらないか決めた方が良いんじゃねえかな」
「そ……そうでしょうか」
「当たり前だろ。返って迷惑を掛けることもあるかも知れねえ。その辺は俺が探って来るからな。まあ、俺に任せておけ、そうすりゃ何も問題は起こらねえんだ」
自信たっぷりにハールデンは断言した。金にもならない仕事は、何としてもロビンに諦めさせて、さっさとバーンズ帝国へ向かいたいのである。
逆に、どうしても止められないなら、タダ働きにならないように、金になる細工をしなければならない。
ハールデンはロビンの背を叩くと。
「今まで俺に任せておいて、一度でも間違ったことがあるか? なっ! 俺に任せて置けって」
「うん! 従兄さん、よろしくお願いします」
ロビンは明るく笑ったのであった。




