43 砦奪還
ハールデンは正面のオークに向かって突っ込んで行った。身長では彼の方が上回っているが、体重は二倍を超える魔物である。
オークは右の斧を振り上げると、ハールデンの顔面目掛けて振り下ろして来た。強力な腕力から繰り出される一撃は、真面に食らえば顔面は二つに割れるであろう。
ハールデンはギリギリのところで、オークの右脇横へ向かって倒れ込むように身体を躱すと、額を掠めて風圧と共に斧が通り過ぎて行った。
すれ違った両者は、振り返って再び対峙したのであるが、右脇に違和感を覚えたオークは、己の脇を見て驚いた。
先ほど脇を通り過ぎたハールデンの鉤爪に、脇腹を引き裂かれていて、内臓がはみ出していたのであった。
慌てて斧を取り落とし、次から次に出て来ようとする内臓を押さえたオークが顔を上げると、目の前に飛び掛かって来たハールデンの姿があった。
《待て!》
オークの制止を無視したハールデンの鉤爪が、右目と喉に深く突き刺さり、間髪置かずに肉を抉りながら、左右に引き裂いたのであった。
「うっしゃあ!」
倒れたオークの頭を踏み砕いたハールデンは、早倒し競争に勝ったと確信して周囲を見渡した。
「どうでぇ!」
自信満々に叫んだのであるが、ジェームズは首の無くなったオークの横で既に刀を拭っていて、メリッサに至っては、何本もの氷の槍が突き刺さって倒れているオークの前で、これ見よがしに片手で欠伸を押さえている、格好をしていたのであった。
【氷の槍は、氷系初級魔法の《氷槍》である】
メリッサは本当に出て来た欠伸を嚙み殺しながら。
「どうやら私が一番だったようだね……聞いていなかったけれど、負けた者から何かプレゼントでもあるのかい? ん? 言い出しっぺのハールデンさん」
「くっ!」
ハールデンは苦虫を噛んだような顔になり。
「飛び道具とは卑怯じゃねえか! それじゃあ勝負にならねえ」
不機嫌な顔で吐き捨てるように言うと。
「遊んでる暇はねえぞメリッサ! さっさと親玉を倒すぜ!」
競争のことなど忘れたように叫ぶと、普段でも見ただけで子供なら泣き出してしまう顔を、更に凶悪な顔に代えて歩き出したのであった。
まさか強者であるはずのオークが、簡単に倒されるとは思ってもいなかった砦の主は、腰に付けた袋の中に手を入れた。
……慌てることは無い、彼には危機に陥った場合を想定して、用心の為に特別なアイテムを持ち歩いていた。
腰袋に入っているのは『石化の杖』であった。これはゾアラの切り札であり、先の砦の主を倒す時にも使ったマジックアイテムである。
オークを一瞬で倒した三人の人間たちは、勝利を確信したのか、余裕の表情でこちらへ歩いて来る。
石化の杖の威力が解放されれば、人間たちの表情は直ぐに、恐怖と絶望の表情へ変わるであろう。それを想像し、愉悦の表情を浮かべたゾアラは、石化の杖を天高く掲げたのであった。
《石化!》
左右から飛び込んで来た二人の人間は、直ぐに身体が硬直して倒れるはずである。
そんな風に想像し、笑みを浮かべたゾアラの表情が曇った。人間は何の影響も受けずに飛び込んで来たのである。
(何故だ!)
空に向けて掲げた、石化の杖を見上げたゾアラの目が見開かれた。いつの間にか杖は、中央の辺りで折れていたのであった。
(お見事でございます。大魔王様)
妖精姿のカノンが、右手を胸に当てて賢治に深くお辞儀をしている。
カノンから、ゾアラが何らかの力のある杖を所持していると聞かされていた賢治は、ゾアラが杖を振り上げた瞬間に、拾っていた小石を飛ばして杖を折っていたのである。
その場にいる誰もが目にも留まらない速さであったので、ゾアラの手に掲げた杖は、最初から折れていたように見えたのであった。
その時、宙に浮かんだ妖精姿のカノンは、冷や汗を拭っていた。
(大魔王様が力をお使いになられたが……この程度で済んで良かった……大魔王様は手加減したつもりも、下手をすれば周りの全てを破壊されてしまうやもしれぬ。私がもっとしっかりして、大魔王様の手を煩わせないように致さねば……)
カノンは次々と吹き出す冷や汗を、何度も拭うのであった。
二人の人間がゾアラの左右を通り抜けると、彼の八本の足の内、六本が斬り飛ばされ、彼は地面に倒れた。
同時に胸に痛みを感じた彼は、いつの間にか氷の槍に胸を貫かれていることを知った。
次になぜか身体が宙を飛んで行ったのであるが、実際に身体が宙を飛んだのではなく、空と地面が交互に見えると、斬り飛ばされた彼の頭は地面に落ち、数度転がるとハールデンに踏まれて止まったのであった。
「しめた! こいつは生命力が強くてまだ生きてるぜ! ロビン、止めを刺しな」
「はい!」
駆け寄ったロビンが。
「魔王を倒す為の、僕の力になって下さい!」
そう叫んで、止めの一撃を放ったのであった。
砦の主であるゾアラが倒れると、指揮系統を失った魔物軍はバラバラに行動し始めた。
ゾアラの死体のあるバルコニーから、魔物軍が散りじりになり、人間軍に討ち取られて行く様子が良く見える。
魔物の中には、砦の主の支配力が切れたせいで、戦うべき人間軍に背を向けて、隣りにいた別種の魔物同士で戦いを始めるものもいた。最早、戦線は崩れ明らかに人間軍の勝利である。
人間軍に完全に打ち破られた魔物軍は、ネトス海峡方面へ敗走して行く。砦の中に残っていた魔物も、海峡目掛けて逃げ出して行く様子が見える。
《魔物に奪われた砦の主を倒し、砦を奪還する》
ついに、二つ目の勇者の試練は達成されたのであった。
「ロビン! 魔物も全部いなくなったな。俺と旦那は早速宝探しに行って来るぜ」
嬉々とした表情で、戦いが終わった後の、お楽しみを始めるつもりのハールデンであったが。
「従兄さん。今はそれよりアシュトーンさんが心配です、直ぐに彼の元へ行きましょう」
ハールデンは目を白黒させたが、道理から考えても、ロビンの提案を断る訳には行かない。魔物に勝った人間軍が砦に入って来れば、お宝を兵士の誰かに持って行かれるかも知れない。
即答できずに躊躇うハールデンに、横からジェームズが緊張感のない声で話し掛ける。
「ハールデン殿。砦の主が落とした杖は、ワシが頂いてもよろしいでござろうか?」
不機嫌な顔になったハールデンは。
「そんな折れた杖なんぞ誰も欲しがるものか! 好きにしろ!」
怒鳴ったのである。
【後で道具屋に折れた杖を持って行ったジェームズであったが、石化の杖は壊れていても希少なアイテムとして、マニアに高く売れると高値で道具屋が買い取ったのであった】
カノンが賢治に囁きかける。
(大魔王様……森に残して来た勇者の様子を、私が先に見に行ってまいります)
「分かった。もう、死んでいるやも知れんな」
賢治が了承すると、カノンは空に高く舞い上がり飛んで行ってしまった。
カノンは妖精の姿のままで、アシュトーンと別れた場所まで戻って来た。使い魔に森の魔物から守るように指示してあったので、彼は大木に背を預けた格好で、前に両足を投げ出していた。
まだ息があるようで、うつむいていたアシュトーンは、近づいたカノンの気配を察知して顔を上げた。
(人間にしては、凄まじい生命力であるな。執念と言う奴か)
実は、すでにアシュトーンは死んでいるのでは無いかと、諦めていたカノンは驚いた。
「ロビン……勇者ロビンか?」
アシュトーンは、カノンに向かって右手を伸ばした。
目は開いているが、既に視力が無くなっているらしい。
「アシュトーンさん。ありがとうございます。お陰様で砦の主を倒し、砦を奪還することに成功しました」
声をまねる能力のあるカノンが、ロビンの声で答えた。
「オオッ! オオッ! そうか! ありがとう勇者ロビン」
アシュトーンの顔が喜びに包まれ、彼はゆっくりと天を仰いだ。
「これで、死んだ仲間に顔を合わすことが出来る。勇者ロビン! 君は本物の勇者だ。ありがとうロビン!」
前に伸ばした手が地面に落ちると、喜びの表情のまま、アシュトーンは息絶えていたのである。
(……見事である! お前もロビンと変わらぬ、本物の勇者であったと思うぞ!)
このように真剣に生きた者を、魔物であろうが人間であろうが、カノンは好ましく思う。
感慨深げに、死んだ勇者をしばらく見詰めたカノンは、そのまま天高く飛び去って行ったのであった。




