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大魔王様、勇者の従者になる!  作者: ronron
孤独な勇者編
41/304

41 勇者の願い

 「こりゃあ、今にも戦闘が始まっちまいそうだぜ!」


 茂みの中に隠れて、人間軍と魔物軍の対峙する様子を観察したハールデンは、思わず声に出してジェームズを振り返った。


 平原の南西に陣取った人間軍は、前回と同じく、鶴翼の陣と呼ばれる戦闘隊形に布陣している。

 北東の砦の前に陣取った魔物軍は、足の速い魔物を前衛に、後方には大型の魔物が並んでいた。

 見ていても両軍の気迫が満ちて来る雰囲気がうかがえる。


 「ハールデン殿のおっしゃる通りでござるな。……おおっ! 魔物の前衛が、ゆるゆると動き始めましたぞ。そう言えば先の戦いでは、前衛が突出する格好となりましたが、今回は後衛と連携して戦う動きのように見えるでござるな」


 「だな……アシュトーンの奴を、いつまでも待つわけにも行かねえな。良し、旦那、引き返すぜ」


 二人は魔物軍に気づかれないように、慎重にテントへと帰って行くのであった。





 テントの前ではロビンとメリッサ、賢治が二人の帰りを待っていた。


 「従兄にいさん。どんな様子でしたか?」


 「たった今、戦いが始まったようだぜ」


 ハールデンが報告するのと、ほとんど同時に平原の方から喚声が湧きあがった。


 「アシュトーンは間に合わなかったようだぜ。ロビン、鍵が無けりゃ始まらねえ。俺たちは一旦引き上げようぜ」


 「そうですか、仕方ありませんね」


 落胆した様子のロビンであったが、枝をかき分ける音を聞いて、素早くそちらへ視線を送った。

 茂った灌木の枝を分けて現れたのは、アシュトーンだったのである。


 「アシュトーンさん!」


 ロビンが叫んで駆け寄ると、アシュトーンは一瞬ではあるが微笑みを浮かべ、次にうつ伏せに倒れたのであった。


 ロビン一行がアシュトーンに駆け寄る中、空を飛んで来たカノンが賢治の肩に降りて来た。


 (大魔王様。……あの者が魔物に襲われていましたので助けましたが、助ける前から傷を受けていたようでございます)


 「そうか」


 賢治は表情の無い顔で、抱き起されたアシュトーンを見ていた。


 「ついてないぜ。魔物に襲われた……夢中で片手剣を振り回していたら、なぜか魔物が逃げて行ってしまって助かったぜ」

 (追い払ったのはカノンの仕業である)


 笑ったアシュトーンであったが、顔色は悪くて下半身は血に濡れて真っ赤であった。

 見ると腰の後方に小刀が刺さったままである。


 「この小刀!」


 驚くロビンにアシュトーンは続ける。


 「鍵と地図を持って部屋を出たところで、背の低い商人らしき男が、いかにも破落戸ごろつきと言った風体の男に脅されていてな……商人を背にかくまったところで刺されたんだ。恐らく奴らは殺し屋だ」


 「殺し屋ですって! 何のために! 絶対許せません」


 「この小刀は、俺がくだらない男だった証拠品だ。ふふふ、勇者の自覚を忘れて、たまに軍に加わわって戦っていて、それで気持ちを胡麻化していただけだった。そんな生活をしていたツケが回って来たようだ。もう、俺は助からねえ」


 自嘲気味に笑った彼は、懐から鍵と通路の地図を取り出した。地図は前からのシミだけでなく、彼の血も付いて汚れていた。


 「勇者ロビン! お前に託すのは申し訳ないが。倒れた勇者の口惜しさと、俺の慚愧の念を打ち払ってくれ」


 ロビンはアシュトーンの手を取った。


 「確かに受け取りました」


 ロビンの後方でハールデンが天を仰いでいる。「ここは一旦、態勢を整えてから」などと言える雰囲気ではない。

 メリッサは腕を組んで真剣な表情であり、ジェームズは目を真っ赤にして何度もうなづいていた。


 (馬鹿野郎、旦那! 感動して泣いてる場合か! 砦に乗り込む戦力が一人減っちまったんだぞ……こっちが泣きてえくらいだ。仕方ねえ、ケンジでも連れて行くか。回復魔法が使えるから、居ねえよりはマシだな)


 ハールデンが計算していると。


 「勇者ロビン! 時は来たんだ。今なら砦の中は手薄になっている。俺にかまわず行ってくれ! あの……」


 アシュトーンは木立の向こうに見える、砦の城壁の一画を指差した。


 「あの下の石垣に、一つだけ人と同じほどの大きさで、縦長の石が組まれている。その右横を探せば、鍵を差す穴が見つかるはずだ」


 辛そうに言うと、彼は目を閉じた。


 「早く行け! 時機を逸するな」


 「分かりました」


 ロビンは立ち上がった。


 「必ず砦の主を倒し、砦を奪還して帰って来ますので、それまで気を強く持って、待っていて下さい」


 ロビンは仲間たちを振り向いた。


 「行きます! 力を貸して下さい!」


 全員が一斉にうなづいたのであった。





 木立に隠れながら、勇者一行は砦の城壁の下までやって来た。平原では戦闘が始まっていて、喚声がここまで聞こえるが、一番西端の城壁辺りの警戒は緩んでいる。


 ロビンから鍵を受け取ったハールデンが、アシュトーンが話した人の大きさくらいの縦長の石を発見し、その右横の石垣に張り付いたツタがしている。


 「あったぞ!」


 鍵穴を発見し、鍵を差し込むと左へ回した。

 

 「ゴンッ!」


 どこかで鈍い音が響いた。

 同時に人の大きさの石が手前にり出して来ると、次に横に動き、ぽっかりと暗い通路が出現した。


 「ケンジ! 出番だぜ」


 今回は待機の予定であった賢治は、元通りポーターとして一行に復帰している。


 「《光球》!」


 光の玉が空中に出現し、いつもの様に緊張感の感じられない様子で、賢治は通路に足を踏み入れたのであった。

 妖精は賢治より早く通路に飛び込んで、姿は見えなくなっている。


 「ケンジ殿……度胸のある男でござるな」


 次にジェームズが通路へ入り、メリッサ、ロビンの順に通路へ入った。最後に残ったハールデンは。


 「奴のは度胸って言うより、一本切れてるんじゃねえのか?」


 鼻を鳴らすと鍵を懐に仕舞い、通路の中に消えて行ったのであった。


 しばらく時間が経つと、そのような仕組みになっているのか、石の扉が動き始め元に戻ると、ぴったりと隙間なく納まったのであった。



 通路の幅は一メートルほどで、床、壁、天井の全てが組まれた石で出来ている。緊急の場合の脱出穴であるので、人が並んで通れるようには出来ていない。


 賢治の手にはロビンから渡された通路の地図があり、それを見ながら進んで行く。通路は何ヶ所か分かれ道があるのであるが、追われた場合、又は侵入された場合を想定して、敵を混乱させ時間を稼ぐ為に造られたものであろう。

 通路には罠が仕掛けられている場所もあるようである。


 地図のお陰と、斥候したカノンからの報告で迷うことなく、順調に進んでいた賢治の足が止まった。


 「どうしたのでござるか?」


 次を歩いていたジェームズが声を掛ける。

 賢治は黙って手に持っていた地図をジェームズに見せた。


 「これは!」


 この部分の通路には、床の石を踏むと罠が作動すると明記されているのであるが、肝心の危険な石の場所が、血で滲んで見えなくなっていたのである。


 「少し待って下さい」


 賢治は屈むと、奥に続いている石畳の通路をにらんだ。

 彼には特に罠を見抜くような特技は無い。大魔王の身体に傷を付けられるような罠は、存在しないからである。もし、一人であるならば、罠など無視して進んで行くところである。


 思った通り、先に飛んで行ったカノンが、見た目では分からないが、踏んではいけない床石に印を残していた。

 賢治は腰袋から長い棒の先に、印が付けられるチョークのような、石の付いた道具を取り出した。


 「『✕』マークを付けますので、その床石は踏まないで下さい」


 仲間に注意を告げると、床石にマークを付けながら前進を再開したのである。

 最後尾のハールデンが。


 「流石だぜケンジ……だが金は」


 ロビンが振り向いたので、ハールデンは横を向き、口をつぐむのであった。





 ……ロビンたち一行が森の中に消えてしまうと、アシュトーンは苦労して移動し、近くの大木の幹に背を預けた。

 ここまで辿り着けたのは奇跡であり、自分の死期が迫っていることを感じていた。


 砦の主は強い魔物だと聞いているが、ロビンの率いる仲間は超一流である。自分が居なくとも、必ず魔物を倒せると確信があった。


 彼は梢の向こうに見える、既に一行が侵入しているはずの砦に目をやった。


 「勇者ロビン」


 口に出して名を呼んだ。

 『勇者』……何という良い響きの言葉であろうか。かつて勇者に憧れ身体を鍛えた。そして勇者に選ばれてからは、使命を果たそうと更に己を鍛えたのであった。


 勇者! ……いつの間にか忘れていた心を、ロビンが思い出させてくれた。彼は、きっと将来、魔王を倒し本物の勇者となるであろう。


 「神様……勇者ロビンに貴方の加護をお与えください」


 アシュトーンは静かに目を閉じた。


 ……神の加護があるのか、それとも無いのか不明であるが、ロビンには間違いなく、世界最強の大魔王の加護が付いているのである。

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