4 従者誕生
「三人目は……魔法使い!」
職業の発表と共に大歓声が起きる。床を激しく踏み鳴らす者もいて、酒場はたちまち熱気に包まれる。
「我と思わん者は前へ!」
呼ばれて十数名が前に出て来た。魔法使いは後方からの支援職なので、勇者の仲間を目指す女性に人気の職業であり、前に出て来た者は八割が女性であった。攻撃魔法は先天的にも、女性の方が優れていると言われている。
志願者が前に並ぶと、周囲を囲んだ客からざわめきが起き始めた。志願者の一人を指して、何やら指摘している者もいるようである。
彼らの視線は、前に出た魔法使いの中で、中央に立っている一際背の高い女性に集まっていた。
黒い短めのドレスに身を包んだ女性は、自分がざわめきの原因と知りながら、涼しい顔で長いキセルを使い煙草をふかしていた。
ぴったりと身体に張り付くような黒いドレスは、その女性の美しいプロポーションを際立たせている。長い黒髪の奥に見える目は、鋭く妖しい光を放っていて、一度目をやると目が離せなくなるほどの美貌であり、伝説に聞く国を傾けた究極の美妖女を彷彿とさせた。
腰のベルトには黒い鞭が丸めて装備されていて、彼女は魔法だけでなく鞭も使うようだ。
「間違いない……あれはメリッサだ」
「確かにそうだ! 黒いドレスを着た鞭を装備した魔法使いで、あの匂い立つような色気と来れば、メリッサ以外にいないだろう」
「聞いたことがあるぞ。盗賊団や野盗団を、たった一人でいくつも壊滅させているそうじゃねえか。弱きを助け強きを挫く、義侠の魔法使いメリッサ」
「馬鹿野郎! 誰がそんな嘘を広めたってんだ。あの女は罪にならないように、悪い奴しか痛めつけないだけで、本当は人を痛めつけて楽しむだけの、生粋のサディストなんだ。性格破綻の魔女メリッサさ」
「俺も見たぞ! メリッサが逃げ損ねた盗賊を痛めつける様子を……役人が来るまで泣いて許しを請う盗賊を、死んだ方がましなくらい痛めつけていたぜ。あれじゃあ、やられているのがいくら凶悪な悪党でも、同情しちまったぜ」
女は有名な魔法使いのようで、しかも相当なサディストとして知られているようである。女の周囲の魔法使いは腰を引いて驚いている。
「やだやだ、私は降りるよ」
「私も降りた」
「入院するのは馬鹿らしい」
「せっかく勇者に会えてチャンスだったのにさぁ。今日は最悪の日だよ!」
前に出た魔法使いが次々と去って行き、残ったのはメリッサ一人であった。
「こりゃ駄目だ」
バーテンダーは天を見上げた。本日の手合わせは無くなってしまい、酒場の見込んだ収益は消えてしまったのである。
「えーっ。残念ではありますが、今回も志願者は一人ですので、勇者の仲間の魔法使いは決定しました。……三人目の勇者の仲間は、ローブ湖出身。二十八歳。魔法使いメリッサ!」
「うわーっ」と酒場を揺らすほどの歓声が上がった。ここまでの勇者の仲間に決定したメンバーは、過去にも無かった実力者揃いである。(……性格に難がある者を含んでいるのであるが)
客たちは次の職業の発表を、期待を込めた目で待っている。この勇者の仲間のメンバーに入れさえすれば、魔王を倒し伝説に名を残せる可能性が非常に高い。(……ハールデンと言う爆弾を抱えているのであるが)
期待を込めた目で、観客となった客から見詰められたバーテンダーは戸惑っている。勇者から渡された募集職業はこれで終了である。つまり、募集は今決定した三人だけなのであった。
「ええっと……オホン! ええっとですね」
咳払いしながら、目で勇者に確認をした。
(本当に? これで終了ですか? ……本当に?)
ハールデンを疑いもしないロビンは、躊躇いもせずにうなづいた。
(ああ……そうですかぁ。みんなガッカリするだろうなぁ)
バーテンダーは首を左右に振ってから、覚悟を決めて顔を上げた。
「えーっ、本日の勇者の仲間募集は、これで終了と致します」
「……!」
バーテンダーの発表した意味が分からず、酒場内がしんと静まった。
「えーっ……ですから、勇者様からの仲間募集依頼は、三名のみです」
「何……だ……と!」
「そんな馬鹿なことがあるか!」
「レンジャーは必要無いのか!」
「僧侶は絶対必要だろ?」
不満の声が幾つも上がったが、バーテンダーは首を振った。
「あの~……すみません」
人々が騒がしく言い合う中で、何故か示し合わせたかのような一瞬の沈黙があり、その沈黙の瞬間に、絶妙のタイミングで発せられた声が、一つだけはっきりと大きく酒場に響いた。
これ以上ないタイミングで発せられた声に、人々の視線が声を発した人物に向かう。
勇者も、そして選抜された武闘家も戦士も魔法使いも、みな同様にその人物に目をやったのであった。
深く帽子を被った体格の良い男がそこに立っていた。肩の上には珍しい妖精が浮かんでいる。
右手の平をこちらに向けて軽く上げ、注目を浴びたのは賢治であった。
「俺は僧侶と運搬人で登録しているケンジです。支度金も報酬も必要無いので、一緒に連れて行って頂けませんか」
それを聞いたハールデンの目が光った。
賢治はハールデンの金に汚い性格の情報を得ていて、どう言えば彼が食い付いて来るか完璧に心得ていた。
「はあ? 何だと。お前は馬鹿か」
「いくら勇者の仲間になりたくとも、無報酬で命を懸けるとは、狂ってやがるぜ」
「それよりまず、付いて行ける腕があるのか?」
あちこちから非難と嘲るような声が飛んだが、帽子に隠れた賢治の表情は人々には見えない。
「待て待て……」
そう言って前に出て来たのはハールデンである。彼はまんまと食いついて来た。僧侶がタダで雇えれば、ポーションを買う金が節約できる。
ハールデンは男を観察する。僧侶と言うには見事過ぎる鍛えられた肉体であるが、ポーターを兼ねるならこの肉体もうなづける。回復役と荷物運びがタダで雇えるなら儲けものである。
同行者として腕はあるに越したことは無いが、大した問題ではない、足手まといになるなら置いて行くし、死ねばそのまま捨て置けば良いのだ。
「お前、本当に無報酬で付いて来るのか? 死ぬかもしれないんだぜ? なぜそんな真似をするんだ」
念を押した。
「困っている人類を、助けたいのです」
人が聞いたら恥ずかしくなるようなセリフを、男は当然のような口調で告げた。(実際にそのつもりであるので、一切の嘘偽りは無い)教会でさえ無報酬では動くことは無い世界にあって、このような言葉を発する者は、誰も見たことも聞いたことも無かった。
「お……おう、そうか……そりゃ、お前、目出度い奴……じゃなくて、おかしい奴、じゃなくて……何て言ったら良いんだ。そうだ! 凄いな! 大した心意気だ」
賢治の真剣な言葉には、誰が聞いても真実の響きが籠っていて、笑い飛ばそうとしたハールデンさえも、気押されて吃ってしまったのであった。
賢治が口にした「人類を助けたい」の言葉は文字通りである。二千年前に世界中の魔物の王となり、魔物を全て率いてバーリアン大陸の南西にある大陸に移動したのである。
そのお陰があって、それまで細々と生き延びて来ていた人類は、徐々に増えて行き現在の繁栄を築いたのであった。
もっとも、賢治にとっては人類が特別大切だったわけではなく、《たまたま》《何となく》《気が向いたから》そうしたのである。
賢治の気まぐれで繁栄した人類が、彼の言い付けを守らずに大魔王国を飛び出し、人類の生息地で魔王を僭称する魔物に苦しめられていることは、深く考えずに助けた子犬が、いじめられている感覚に近いものがあった。
仲間に加えるべきか迷っているハールデンに、賢治は腰袋を指差して、最後の決め手を告げた。
「これは魔法の腰袋です」
「何だと!」
これにはハールデンだけでなく、その場にいる全ての者から驚きの声が漏れた。
魔法の腰袋は非常に珍しい魔道具である。容量は最低でも五立法メートルであり、最も大きいものなら、巨大な倉庫に匹敵するものを収納できる。生き物は入れることは出来ないが、収納された物は腐ることが無く、重さも無くなるのである。
魔法の腰袋は魔法的な契約が成されていて、所有者しか装備できず譲渡は出来ない。所有者が死ねば袋の能力は失われるのであった。
「そ……そりゃ、凄えな」
唾を飲み込んだハールデンは。
「お、俺には権限が無えが、勇者にとりなしてやるから待ってろ」
そう告げるとロビンの元に向かい、二人で酒場の隅に行くと、内緒話を始めたのである。
その様子を横目で見ていた、僧侶らしき格好をした男が、スッと賢治の傍に近寄って来た。
「おい」
呼ばれて賢治は男の方を向いた。
「悪いこたぁ言わねえ。今回は辞めときな」
「……?」
「勇者は真面目そうな少年だが、仲間に選ばれたあの武闘家は、ミルダでも有名な性格カス男で、魔法使いの女は線が一本切れてるぜ。まあ、真面なのは戦士だけだろうな……僧侶で魔法の腰袋を持ってるあんたなら、いつになるか分からねえが、次の勇者が現れたなら、反対に向こうから仲間にお願いされるだろうぜ。だから、今回は辞めときな」
男は賢治を心配して忠告してくれているようである。
「ああ、ご忠告ありがとうございます」
賢治は笑顔を浮かべ。
「堅苦しいのは嫌いなので、そういう特徴のある方々と、旅した方が楽しいと思いますので」
「はあっ?」
男は自分の言っていることを、理解できていないのではと思った。
「お前な。ああいうのは特徴って言わねえんだよ。良いか、奴らカスと性格破綻者なんだぜ」
そこまで言われても、賢治の口元から笑みは消えていなかった。
「まあ、お前が良いなら仕方ねえ……ハハッ、そう言えばお前も一本切れてるようだからなぁ」
男は呆れたようで、肩をそびやかすと去って行った。
酒場の隅でハールデンと勇者は話していたが、方針が決まったらしく、勇者ロビンが直接、賢治の元へやって来た。
どうなるものかと酒場中がしんと静まり返り、全員が注目している。
少年勇者は何やら困った顔をしている。ハールデンに無理を告げるように言われたのであろう。
「えー。僧侶でポーターのケンジさん」
ロビンは一つ咳払いをした。
「はい、仲間にして頂けますか?」
ロビンはハールデンを振り向いて見た。ハールデンは笑みを浮かべて小さくうなづいている。
……ハールデンはロビンにこう話した。
(奴は真剣だ。俺たちに同行できるなら、どんな条件でも飲むだろうさ。良いか俺たちは有利な立場なんだ。そんなときゃ徹底的に買い叩くんだ)
唾を飲み込んでロビンは、ハールデンに言われた通りに告げた。
「残念ですがこれ以上、仲間は募集していません」
「ほーーっ!」
固唾を飲んで様子を伺っていた、周囲の者たちから溜め息が漏れた。
「あのう、ですが……ですがね」
ロビンはもう一度ハールデンを振り返った後に、言い難そうに後を続ける。
「従者としてならば、付いて来ることを認めても良いですよ」
従者とは『主人の供をする者』である。下僕のようなもので、食事の世話から、様々な雑用まで行う場合もある。
「はい。では、それでお願いします」
あまりにもあっさりと、一瞬の躊躇する様子さえ無く賢治は即答した。
「デェェェーッ。こいつはとんでもない馬鹿か!」
酒場中に困惑と非難の叫びが起こったのであった。




