34 孤独な勇者
この試練は諦めるようにと、重ねて言うハールデンに、ロビンは首を振って言い返した。
「確かにアシュトーンさんは諦めろと言いました。ですが僕には、彼の本心は自分の出来なかった試練を、達成して欲しいと願っているように思えました」
「それはな。お前の考え違いだ」
即答で断言したハールデンであったが、天を見上げて額に手をやった。従弟は言い出したら聞かない性格である。
ロビンはハールデンの嘆く様子を無視して、兄貴分に視線を移し。
「その後のアシュトーンさんの行動は?」
「はい。傷が癒えると、直ぐに新しい仲間を探していたそうですがね。……このマースの街で、魔物を追い払う程度ならまだしも、砦に侵入して親玉を倒そうなんて命知らずは傭兵にも居ませんや」
「そうでしょうね……」
結局、仲間が集まらないアシュトーンは軍に加わって共に戦い、時には単独行動をとって砦の弱点を探していたそうである。
それから数年が過ぎ次の勇者が誕生し、その勇者はもっとも危険で難しい試練を選んで、ユランド辺境伯爵領へとやって来たのであった。
「僕と同じですね」
ロビンがうなづいたのであるが、ハールデンは心の中で。
(違うだろ。一番儲けが良さそうなので、俺が勧めたんだんだよ……失敗だったぜ。もう少し慎重に試練を吟味すりゃあ良かったぜ)
後悔した。
しかし、いくらロビンが頑固でも、こんな辺境でいつまでも達成不可能な、試練を続ける訳には行かない。何とか彼を説得して、別の試練を受けるようにさせなければならない。
ロビンは兄貴分と話を続ける。
「それで! アシュトーンさんは新しい勇者と組んだのですか」
「まあ、そうですね……組んだといやあ、組んだことになるんでしょうね」
兄貴分は難しい顔をして。
「勇者様ならご存知と思いますが、パーティーは最大五人までのルールがありますので、新しい勇者様は五人パーティーだったので、アシュトーンは協力すると言う形を取ったようです」
「なるほど」
ロビンがうなづく。
「それからアシュトーンは、自分が命懸けで数年かかって集めた情報を、全て無償で提供すると、新しい勇者様へ告げたそうです」
兄貴分は、そこからは言い難そうに口を閉ざした。
「どうしましたか?」
「その……ここからは噂なので……」
「噂でも良いので教えて下さい」
何度も唾を飲み込んで、兄貴分は口にするのを躊躇っているようである。
「焦れってえな! 早く喋っちまいな。……この後、俺もロビンに話があるんだ。早くしろ!」
ハールデンが凄んだので、兄貴分は仕方なく話し始めた。
「あくまでも噂なのですが、アシュトーンの情報を頼りに、新しい勇者様一行は砦に侵入できたそうです。……ですが、そこには魔物が待ち構えていて、新しい勇者様たちは、勇者様自身を含めて全滅したとのことです」
「全滅?」
「はい。そう言われています。実際に新しい勇者一行は、誰も帰って来なかったので、全滅したことは間違いないようです」
顎に手を当てて考えていたハールデンであったが。
「読めたぞ! アシュトーンは罠に嵌めたのさ……自分が失敗した試練を、他の勇者に成功させない為にな」
「まさか! 兄さん言い過ぎです! 少し話しただけですが、アシュトーンさんはそんな方には見えませんでした」
「はーーっ」
ハールデンは両掌を広げて上に向けると、どうしようもないと言った顔で首を左右に振った。
「お前は素直すぎるぜ、ロビン。間違いねえ、奴は新しい勇者を騙したんだよ」
「そんな……」
「アシュトーンは、お前に試練を諦めろと言ったんだろ。試練を成功させられちゃ困るからに決まってるじゃねえか」
「諦めろ」と話したアシュトーンの顔をロビンは思い浮かべた。その顔は、出来ることなら成功して欲しいと訴えているように見えたのであるが。
「彼も勇者です。人々の幸せを願っているはずです。出来ることなら僕に成功して欲しいと願っているはずです……諦めろと言ったのは、危険すぎるからと心配しているからだと思います」
ハールデンの言をロビンは聞かない。
「分からねえ奴だな!」
ロビンは考えを変えそうにはない。ハールデンはどうしようかと思案したのであるが。
「分かったロビン。こうしよう」
目の前に人差し指を一本立てたハールデンは。
「俺がアシュトーンって野郎と話して来る。相手がお前で無けりゃ、奴も本心を出すかも知れねえからな」
「兄さん」
「俺に任せておけ」
自信満々に言ったハールデンは、次に兄貴分と下っ端を見渡すと。
「俺は行くが、ロビンに手を出して見ろ。お前らの組……何て言ったかな。そうだブリング組だ。ブリング組は叩き潰して草木も残さんからな。分かったか!」
「ははっ! そうで無くとも勇者様と知って手を出す馬鹿は居ませんので」
「良いだろう! 賢治、お前も少しはしっかりしろよ」
最後に、興味無いと言った雰囲気で、無言で座っている賢治を睨むと、ハールデンは居酒屋から出て行ってしまった。
……相変わらず暴風のような男である。
見送ったロビンは。
「申し訳なかったですね兄貴分さん、皆さん。椅子に座って下さい。そして店主さんも店を再開して下さい。従兄は僕のことになると真剣になってしまって、周りが見えなくなるんです……本当は優しくて良い人なのですがね」
(それは絶対無いわ!)
兄貴分も下っ端も、店主さえも思ったが、誰もそれを口に出す事は無く、引きつった愛想笑いを浮かべたのであった。
「店主さん。何か飲み物を出してあげて下さい」
椅子に座り直した男たちに飲ませるように、ロビンは飲み物を注文した。賢治は空気になったように無言で無表情である。
「こ、こりゃあ、すみません」
兄貴分らは平身低頭である。
「それで、アシュトーンさんと、貴方方の関係を教えて下さい」
彼らが最初に絡んで来たのは、ロビンがアシュトーンと何を話していたのか気になったからであった。その辺りも確かめておきたかった。
「それは……その」
兄貴分は言い難そうにしたのであったが。
「まあ、そこらの住民でも知っていることですから、今さら隠すことも無いのですが。先ほど少し話しましたが、この街の裏社会は、俺たちブリング組とレオール組の勢力が二分しておりまして、近々、抗争があるかも知れないと、みんなピリピリしているんでさ」
「抗争……」
兄貴分はうなづいた。
「俺もこいつらには兄貴と呼ばれていますが、組の中ではまだまだ下っ端なので、抗争の話はどの辺りまで信憑性があるのかは知りません。ですが、抗争が起きたらアシュトーンが……どちらかの組に付いて、片方を潰すんじゃないかと噂されてまして」
「勇者が? ……裏社会の抗争に手を貸すなんてありえないと思いますが」
「はい。ですから、片方を潰す為に手を貸しておいて、行く行くは、もう片方も潰すんじゃないかと」
「そうですか」
ロビンは考え込んだ。
「失礼ですが勇者様はまだ子供で強そうに見えませんが、アシュトーンは違います。奴は魔物との戦いに、軍と共に何度も出陣していて、単独行動もとるほどの腕利きです」
兄貴分は唾を飲み込み。
「ですから奴が付いた方の組が勝ち、逆の方が負けるんじゃないかと、親分たちは思っているようです」
各組の親分は、アシュトーンの動向を気にするあまり、彼の動きを配下たちに監視させているようであった。
少し考えたロビンであったが、先ほどから違和感があることを聞いてみた。
「もう一つ聞かせて下さい。貴方方はまだ子供の僕に『様』を付けて呼ぶのに、なぜアシュトーンさんは呼び捨てなのでしょうか?」
男たちは顔を見合わせ、代表して兄貴分が。
「奴は新しく来た勇者様一行が全滅してからと言うもの、砦に戦いに行く時以外は、昼間から酒浸りでさあ……流石にそんな奴を『様』付けで呼ぶ者はいませんぜ。今日だって朝からここで飲んでたんでさあ」
彼らはそう言って笑ったのであったが、ロビンはそれこそがアシュトーンが苦悩している証拠であると感じたのであった。
(大魔王様……)
カノンが耳元でささやく。
(どうした)
(少し調べて来ようと思います)
(……好きにせよ)
何を調べるかも聞かず、賢治は許可を出した。彼にとって人の世界のことなど、全ては些細な出来事である。
居酒屋を出たハールデンは、アシュトーンを探して歩いて行く。無闇に探す訳では無く、いかにも裏家業の者と言った男たちに声を掛けて行った。
「おい!」
後ろから声を掛けられた破落戸が、目つきの悪い顔で振り向く。
「アーンッ!」
機嫌の悪い声を出し、眉を寄せて振り向くと、彼のこれまでの一生の内で、見たことも無いような凶悪な顔がそこにあった。
「おい! 何だ、その態度は」
睨まれた男は、命の危険を感じた。
「いえ! 何でもありません! 何か御用でしょうか」
ハキハキと答え、無意識の内に直立不動になっている。
……そんな調子で尋ねて行ったハールデンは、やがてアシュトーンの居場所を探り当てたのであった。




