32 遭遇
新章です。
勇者ロビン一行は街道を北東に進み、ついにユランド辺境伯爵領へと入った。
石畳の道は既に終わっていて、あちこちに凹みのある道に変わっている。年に数回、街道沿いにある町や村が総出で修理を行っているが、魔物が強くなっているこの地域では危険であり、満足な修理は行われていないようである。
当然であるが道が悪いと馬車が使えなくなり、又、魔物に襲われた場合に小回りが利かない為に、たまにすれ違う隊商は全て荷駄車を使っていた。
「いかにも田舎に来たって感じだな」
ハールデンが周囲の森を見渡しながら言う。
「確かにそうでござるな。しかし、今向かっているマースは、ユランド辺境伯爵領の中心の都市であり、人口約二十万人の大きな都市でござる」
ジェームズが情報を付け加える。
「二十万人か……まあ、田舎にしては、そこそこの人口だな。上手いものがあれば良いがな」
イスター王国の首都にいたハールデンにとっては、二十万人は小さな都市という印象である。
「でも兄さん。何だか風に塩の匂いが含まれているようで、僕には懐かしく感じられるよ」
笑顔でロビンが言う。
ロビンはイスター王国でも、一番西の端のオクワナ村出身であり、三方を海に囲まれた村で育ったのである。
「まあな」
ハールデンも元を正せば、オクワナ村に近い場所の出身であった。
「さっさと試練を終わらせて、本格的に魔王退治に行きたいものだぜ」
現在、Cランク勇者のロビン一行は、ユランド辺境伯爵領の試練を終わらせれば、Bランク勇者と認められ、他の国へ出国できる資格が得られるのであった。
マースの街は、小さいながらも城塞に囲まれた都市であった。門には街へ入る審査を受ける荷駄車と旅人の列ができている。
ロビン一行は例によって列には並ばずに前に行き、王宮発行の通行許可書を見せて、問題なく門を潜ったのであった。
通行許可書には特に身分などは記されていないので、彼らが勇者の一行であることは分からない。
門前の広場には人が溢れ、街中へ通じる通りには、二階建ての先の尖った屋根の建物が並んでいる。
「先ずは、宿を決めるか……」
通り掛かった地元民らしい者に宿屋がある方向を聞き、通りに並ぶ店先の品物を吟味しながら歩いて行った。
辺境の都市とは言え近郊では最大の都市であるので、店に並んでいる物資も多種多彩である。
やがて店が途切れ、宿屋が並ぶ地域へと入って来た。
「この宿屋で良いだろう」
一軒の中級宿屋の前で止まり、ハールデンが今夜泊まる宿屋を決定した。一行のリーダーはロビンであるが、仕切は従兄のハールデンが行っている。
「では」
宿屋には一行の従者である、賢治が手続きの為に入って行った。当然ながら彼は大魔王であり、そのようなことは行ったことは無いのであるが、妖精に化けた妖魔カノンが耳元で的確な指示を出すので間違えることは無い。
しばらくすると宿屋から賢治が出て来た。
「いつも通り、二部屋取れました」
うなづいたハールデンは仲間を見渡すと。
「良し! では、ここからは自由行動としよう。面倒臭えが、この街には教会がある。挨拶しておかなきゃならねえ規則だから、俺が教会に挨拶に行っておく。あんたらは好きにしてくれ」
そしてロビンを見ると。
「お前はケンジと飯でも食って来い……皆! 面倒ごとは起こすなよ、そして、夜には一度打ち合わせするから部屋に集まってくれよ」
「心得た!」
自由行動と聞いたジェームズが、一番に去って行った。
先日、『古き王の遺構』で発見したアイテムを道具屋に持ち込むつもりであろう。
「チッ! あの旦那、俺よりお宝の匂いに鼻が効くようだぜ」
ハールデンが嫌な顔をした。地下ダンジョンで同じ様に宝探しを行ったのであるが、彼が見つけた物は全てガラクタであったのだ。
「ジェームズは金を人の為に使うんだからさ、神様もその辺りを心得てるんじゃないのかねえ」
からかうような口調でメリッサが言う。
「ふん! 人の為に使うだと……本当にそうなのか知れたもんじゃねえ。聞いても曖昧な返事しかしねえしな。俺は金は別のことに使ってると思うんだがな」
「あんたも、自分の尺でしか人を測れないんだねぇ」
「五月蠅え!」
吐き捨てるように言うと、ハールデンは去って行った。
「私も、良い酒でも探して来るよ」
メリッサも行ってしまった。
残ったのはロビンと賢治の二人である。ロビンは「やれやれ」と言った顔で肩をすくめ。
「ケンジさん。僕たちは食事に行きましょうか」
賢治を見上げて提案する。
普段は身長がニメートルニ十センチを超えるハールデンがいるので目立たないが、賢治も身長は一メートル九十センチを超えている。帽子を深く被っているが、外せば絶世の美男子である。
「はい」
賢治は、いつもの無表情で返事をしたのであった。
宿屋街の近くには居酒屋が建ち並んでいる。食事もとることが可能なので、ロビンと賢治は適当に店を選んで入ったのであった。
居酒屋は六割ほどの客の入りであった。奥にはカウンターがあり、七つある丸テーブルの四つが埋まっていた。
まだ日が高いのであるが、酒の入った男たちが酌婦の身体を触り、女たちが嬌声を上げている。
店に入った二人は、入り口に近い空いているテーブルに座り、軽い食事を注文した。
「ケンジさんは酒は飲まれないのですか?」
賢治はうなづいた。彼は自然からエネルギーを吸収することが可能なので、本当は食事さえそれほど必要は無い。
「そうですか……兄さんは僕に酒を勧めるのですが、僕は飲まないつもりです。魔王を倒すまではね」
キラキラ光る純粋な眼でロビンは語った。
そして無表情の賢治を放って置いて、居酒屋の中を見渡した。どこにでもある普通の居酒屋である。
見渡した店の後方の一画の、テーブルに一人座っている男に目が留まった。男の前には大きな杯が一つあり、肴のような物は見当たらなかった。
ロビンが目に留めるより早く、男もロビンを見詰めていたらしい。彼はロビンが気づいたにも関わらず、視線を外そうとしなかった。
しばらく見詰め合っていた二人であったが、男は目を逸らさないまま、立ち上がったのであった。
男が立ち上がると酒場の雰囲気が一瞬で変わった。それまで酌婦をからかっていた男たちが会話を辞め、女たちも声を潜めたのである。
男は飲み掛けの杯を片手に、ロビンたちのテーブルへ向かって歩いて来た。
男は皮鎧の上下に灰色のマントを羽織り、片手剣を提げている。一見して傭兵のように見える。
年齢は三十五歳前後であろうか、顔は整っているが日に焼けて黒く、長い髪を束ねて後ろで紐でくくっていた。
「座るぜ」
男は返事を待たずにロビンの隣りへ座った。
店の中は静まり返って、全員の視線が集まっている。
居酒屋の全員がこちらを見ている視線に、男は今気づいたようで周囲を見渡すと。
「何か用があるのか」
一言言った。
それが合図であったかのように、店の者は視線を外し、再び喧騒が渦巻く居酒屋へと戻ったのであった。
「フン!」と鼻を鳴らした彼は、他所を向いたままの賢治に少し視線をやり、次にロビンに視線を移した。
普通の者であるなら、突如現れた男を怪しむであろうが、ロビンは気圧されることも無く、男を正面から見詰め返している。
「……良い目をしてるな。純粋な目だ。お前は正直で真っ直ぐな奴なんだろうな」
笑みを浮かべて、男はロビンに話し掛けた。
「俺はアシュトーンって言うんだ」
右手を出した。
「僕はロビンと言います」
ロビンも名乗って右手を取った。名乗るつもりは無かったのであるが、悪い者とも思えず、条件反射で差し出された手を取っていた。
「お前は『勇者』だろ……少し前に、新しい勇者が認定されたと噂で聞いたからな」
ロビンは否定するべきかと一瞬迷ったが、黙って首を縦に振った。
「やはりな……他の者には分からなくても、俺には分かるんだ」
アシュトーンはうんうんとうなづいて満足そうである。
「貴方は何者ですか?」
「俺か……まあ、俺も身分を名乗らなきゃ失礼だよな」
笑みを浮かべると。
「俺も勇者さ……お前の四代前のな」
片目をつむって告白した。
「えっ?」
「驚くことは無いだろう。勇者は四・五年周期で途切れることなく誕生してるんだ……最も、たいていは数年でBランク勇者になって、イスター王国から出て行ってしまうか。全滅してこの世に存在しないんだがな。ハハハ」
アシュトーンは力なく笑うと、杯に残った酒を飲み干した。
「俺は仲間を全員失って、一人になってしまった、珍しいタイプの勇者なんだ。ハハハ……」
ロビンは凍り付いたようにアシュトーンを見詰めている。
「悪いことは言わねえ! 辺境伯領の試練は辞めて、別の試練に代えた方が身の為だぜ。さもないと、お前も仲間を失うことになるぜ」
酒臭い息を吐きながら、アシュトーンは断言したのであった。
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