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大魔王様、勇者の従者になる!  作者: ronron
古き王の遺構編
31/304

31 後始末

 自分たちを助けに来てくれた旅人たちが、魔物の餌食になるのでは無いかと恐れた、ミランダ・リュートの姉弟であったが、それは杞憂に終わり、旅人たちは鮮やかな連携で魔物を倒したのであった。


 バーロン剣術道場の食客たちを圧倒的な強さで屠った魔物が、これほどあっさりと倒されるとは、目の前で見ても信じられない思いである。


 驚愕の表情で凍り付いている二人に、声を掛ける者がいた。


 「お二人とも、怪我は無いですか」


 檻の外から声を掛けたのは賢治であった。

 姉弟も賢治が旅人たちの従者であると紹介されていた。


 二人は賢治がそこに来るまで全く気が付かなかった。恐らく二人が魔物と旅人の戦いに夢中になっている内に、檻に近づいたのであろう。


 「はい怪我はありません。檻が頑丈でしたので助かりました」


 落ち着きを取り戻したミランダが返事すると。


 「怪我が無くて何よりです」


 うなづいた賢治は檻の扉を確認したが、南京錠が付いていて開けることは出来ない。鍵は姉弟を拉致した者たちの、食い荒らされた遺体からは見つかっていなかった。

 檻の柵は直径が三十ミリほどの鉄の棒で出来ていて、魔物が石の棍棒で殴った傷が付いていたが、ビクともしていない。


 「ちょっと待って下さいね」


 賢治は軽い調子で言うと、柵の二本に手を掛けた。そして左右にグイと広げると、姉弟が檻から出られる空間を作ったのであった。


 「……えっ? 何?」


 賢治は決して力を込めた様子でもなく、姉弟は目の前で起きたことが理解できなかった。


 「あっ……もう、檻は壊れかけていたようですね。危ないところでしたね」


 笑顔を浮かべた賢治にそう言われ、狐につままれたような表情で、二人は檻から出て来たのであった。

 

 (大魔王様……お気をつけ下さい。普通の人間には、このようなことは出来ません)


 カノンが耳元でつぶやいた。




 「お二人とも! 無事で良かったです」


 ロビンが二人に駆け寄った。


 「ありがとうございます。皆さん、本当にお強い! 命の恩人です」


 二人は感動して涙を浮かべていた。




 姉弟と手を取り合っているロビンにハールデンが近づくと。


 「ロビン。目的は達したな。俺と旦那は少しお宝を探すが、良いな」


 「はい、どうぞ。危険も無いようですしね。でも、出来るだけ早くお願いします」


 「おう! 行くぜ旦那!」


 松明に火を灯すと、ジェームズと共に広間を出て行った。

 呆れた顔でメリッサが近づいて来る。


 「魔物から大きな魔石が採れたのに……それだけじゃあ、満足出来ないのかねえ」


 メリッサは巨大な魔石を手にしていた。

 ロビンは「仕方ない」と、肩をそびやかした。


 ジェームズは人助けの為に金が必要であるらしい。……不思議なのは、これまでに幾多の闘技場で優勝賞金を得ていて、それは、ちょっとやそっとでは使い切れない金額と聞いていた。

 そんな金持ちのはずのジェームズは、装備品は粗末であり、毎回ダンジョンで宝箱探しにいそしんでいた。

 ……ひょっとすると彼には、別に金が必要な秘密があるのかも知れない。


 ハールデンの方は……病気の一種であるとロビンも諦めていた。


 何か隠しごとがあったり、性格には難のある者たちかも知れないが、いずれにしろ彼らの強さは本物であり、魔王を倒す為の大切な仲間であった。





 二日後。


 勇者ロビン一行はユランド辺境伯領を目指して、ゼファーナの町を出発した。

 石畳の街道を東へ向かって進んで行く。もう少し行けば石畳も無くなって、足元の悪い荒れた街道となり、すれ違う隊商の数も減るはずである。


 『古き王の遺構』から帰って来てから、再びバーロン剣術道場から、何かちょっかいがあるかも知れぬと警戒していたのであったが、当主のバーロンが行方不明になった騒動で、それどころではなくなったらしい。


 勇者一行は助けた姉弟から、バーロンが魔物に殺された様子は聞いていて、このままバーロンが帰らなければ、剣術道場は無くなってしまうであろう。


 ロビンは後方を振り向いた。ゼファーナの町の門が小さく見える。


 「ロビン。気にするな。俺たちのやれることはここまでだ」


 ハールデンが声を掛ける。


 「はい。分かっています」


 うなづきながらも心配そうな顔をしている。


 本来なら、バーロン剣術道場は無くなってしまい、姉弟のウッズ剣術道場に門弟は帰って来るであろう。

 しかし、ウッズ剣術道場のある北区の治安隊長は、バーロンの兄のイブロンである。


 イブロンがウッズ剣術道場の当主を毒殺した話は、姉弟が遺構の地下でバーロンの口から直接聞いていた。

 証拠が無いのでどこへも訴え出ることは出来ないが、イブロンがこのまま大人しくしているとは思えなかった。


 「ロビン! 変なことは考えるなよ」


 ハールデンが念を押した。

 ロビンは唇を噛んだ。何とかしたくてもする方法が無いのである。




 先頭を進む賢治の肩辺りには、妖精姿のカノンが浮かんでいる。そのカノンが。


 (大魔王様……これでよろしいのでございましょうか)


 つぶやいた。


 「……何が?」


 賢治は姉弟のことなど、とっくに忘れてしまっている。

 彼は大魔王であり、些細なことなど考える必要は無いのである。些細なことを忖度し、大魔王の意向に沿うように治めることは部下の仕事である。


 (ははっ! 幼い姉弟がこの後、剣術道場を続けて行けるのかと懸念致しまして)


 「ああ、あの姉弟か……競争相手が居なくなったのであるから、何ら問題はなかろう」


 (そうでございましょうか。まだ、あの地区には彼らを敵視していた、治安隊長が健在でございます)


 「煮え切らぬなカノン。気になるなら、お前の好きなようにしてまいれ」


 (オオッ! ありがたき、お言葉でございます! では、お言葉に甘えましてそうさせて頂きます)


 カノンはスッと空中に浮きあがると、ゼファーナの町目掛けて飛んで行ってしまった。


 「物好きな」


 賢治は無表情で前に進んで行く。


 妖精が飛んで行ってしまっても、いつものことと、気にしない様子の勇者一行であった。





 バーロン道場の奥の部屋では、イブロンが一人酒を飲んでいた。彼の護衛の部下は隣の部屋に控えている。

 彼の座った正面には、縁の向こうに金を掛けた広い庭が見えていた。


 いつもはこの部屋まで、道場の稽古の掛け声が聞こえるのであるが、当主が行方不明になった道場には門弟は来なくなった。

 二十人いた食客も知らぬ間に全員が消えてしまっていて、行く先は誰にも何も分からないのである。もし、何かを知っている者がいたとしても、己に災難が降り掛からぬように、知らぬふりを通すに違いない。


 杯の酒を一気にあおったイブロンは考える。


 (バーロンはウッズ剣術道場の姉弟を始末すると息巻いていた。彼が消えた事件には、姉弟が関わっていたことは明白であろう)


 だが、それだけしか分からない。

 姉弟は無事であり、彼らの剣術道場もそのままである。バーロンが失踪した件は街の噂になっていて、そのうちウッズ剣術道場に門弟が戻り始めるはずである。


 「クソ!」


 拳で机を叩いた。

 弟のバーロンの行方も心配であるが、何よりも彼の懐に入って来る金が無くなってしまったのである。

 今は北区の治安隊長であるが、全区の総隊長の椅子はすぐそこに見えている。それを確実に手に入れる為には金が必要なのである。


 (かたきを取るのは簡単だが……いっそ、ウッズ剣術道場を我が物にした方が早いか……)


 バーロン道場の当主の代わりを、どこかから探して来て据えるのも時間が掛かる。それならば、ウッズ剣術道場を乗っ取ってしまった方が、早いかも知れないとイブロンは思案した。


 「そうするか……姉弟など始末はいつでもできる」


 つぶやいたイブロンは、ふと庭に目をやって、そこに黒い丸い塊が、宙に浮かんでいることに気が付いた。


 「何だ?」


 立ち上がったイブロンに向かって、黒い塊が宙を滑るように飛んで来た。


 「ワッ!」


 右手を出して避けようとしたイブロンであったが、黒い塊はぶつかる寸前で消えていた。


 「何だったのだ!」


 辺りを見渡しても何もない。突き出していた右手の手の平を見ると、人差し指の先が黒く変色していた。


 「これは?」


 見ている内に黒い染みは、手の平中に広がり、手首を伝わって来た。


 「わわわ! 誰か! 誰かおらぬか!」


 隣室でイブロンの声を聞いた護衛が、素早く部屋に駆け付けたのであったが、炭のような黒い粉を床に残して、治安隊長の姿は消えていた。

 その日以降に、彼を見た者は誰も居ない。

次回より新章です。

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