3 仲間選抜
勇者ロビンが『勇者の仲間を募集』する少し前、肩の上を飛ぶ妖精に化けた妖魔カノンを連れた大魔王ケンジは、『キアーラの酒場』へ足を踏み入れた。
例の如く酒場へ入って来た賢治に視線が集中した。深く帽子を被っていて顔は見えないが、鍛え上げ均整の取れた肉体は、ただ者ではない雰囲気である。
それでも武器は木刀を下げているだけであり、戦士には見えなくて、魔法使いや僧侶にも見えず、あえて推測するならば武闘家であろうか。
ライバルとなるかも知れない居合わせた武闘家と、妖精に興味のある者以外の視線が無くなると、賢治はカウンターへ向かった。物知りのカノンから、勇者の仲間になる為には、酒場へ登録が必要と教えられていた。
カウンターの向こうにいるバーテンダーへ声を掛けた。
「登録したいんだが」
「はい。では、これに必要な事項をお書きください。登録料は金貨一枚でございます」
バーテンダーは慣れた手つきで書類をカウンターへ置いた。金貨一枚は夫婦が半月ほど暮らせる金額であり、戯れで登録するには出せない金額であり、登録する者の本気度が分かるのである。
若い男は用意していた金貨を一枚カウンターへ乗せた。
バーテンダーは妖精に目をやり、次に書類に必要事項を記入する若い男の様子を観察した。
妖精はミルダでも珍しいものではあるが、初めて見るものでもない。人と契約して様々な幸運をもたらす不思議な生き物であり、契約者から奪うことは出来ず、契約者が死ぬと消えてしまうので、その妖精は契約者だけのものである。
若い男の姿を見る限り、肉体は理想的に鍛えられていて、誰もが思ったように、彼も若者は武闘家であろうと推測した。
職業欄に若い男のペンが動くと、そこに書かれた男の職業は《僧侶》であった。
「えーっ!」
バーテンダーは思わず叫んで口を押えた。最も想像外の職業だったからである。
若い男は更にペンを動かしはじめた。職業は二つまで登録できるからである。
その時、別のカウンターで激しくガベルが打ち鳴らされた。それは勇者が現れ、勇者の仲間募集が始まる合図であった。
短い沈黙の後、酒場全体から爆発するような大歓声が巻き起こり、興奮したバーテンダーは、若い男が二つ目に何の職業を書いたかも確かめずに、承認の判を押していたのであった。
勇者から、希望するメンバーの職業が書かれた書類を預かったバーテンダーは、マイクを持って酒場の中央へ出て来た。
既にテーブルも椅子も隅に片付けられ、いつもは消してある、天井の魔力の通っていない光る魔石にも明かりが点けられ、バーテンダーの前に明るく広い空間が出来ていた。
「さて、『勇者の仲間募集』に居合わせた幸運な皆様。……久方ぶりに教会に認定された我ら人類の英雄の名は、ロビン様と申されます」
「ワーッ」と歓声が上がる。
歓声が静まるまで少し待ち、バーテンダーは後を続ける。
「ロビン様は恒例により、我が酒場で仲間を募集され、人類の敵である魔王退治に出発されます。皆様も勇者様の仲間となられ、永遠に語り継がれる英雄となられることをお祈りいたします。……まず、募集される一人目の職業は……」
……全員がしんとなって発表を待っている。
「一人目は。武闘家!」
固唾を飲んで見守っていた者たちから「ワーッ」とか「アーッ」とか、歓声とも落胆とも取れる声が聞こえたが、圧倒的に落胆と、それに続く溜息の方が多かった。
それと言うのも、つい先ほど酒場に入って来た大男を見ていたからである。
「さあ。我こそは勇者の仲間に! と思われる方は前に出て下さい。複数の場合は腕を競って一人になるまで戦って頂きます。但し、殺人はご法度で失格となります」
バーテンダーが周囲を見渡したが、前に出て来た者は一人しかいなかった。出て来た男は自分の名前が書かれた登録書をバーテンダーに渡した。
「さあっ。他にいないか! いないのか! ……魔王を討伐すればその名は永遠に英雄として、歴史に刻まれることになるぞ! さあ! どうした!」
しきりに煽るバーテンダーであったが、誰も前に出て来る者は居なかった。
その様子を確かめながら、唯一前に出て来た大男は余裕の笑みを浮かべていた。男はハールデンであった。
(相手が悪いや……)
(ミルダ中の武闘家どころか、王国中探しても奴に勝てる者は居ないぞ)
(奴は手加減無しだ。戦えば半殺しにされる)
(奴め……普段は他所で飲み歩いて暴れているはずなのに、最悪のタイミングで酒場に現れてくれたな)
悔し気なささやきが周囲から漏れたが、凶悪な暴れ者と名高いハールデンと、腕を競おうと言う者は現れなかった。
バーテンダーはガッカリとした表情で、登録書に書かれた一人目の、勇者の仲間の名を呼んだ。
「勇者の仲間! 一人目は武闘家のハールデン!」
「ウワァアー!」
溜息と冷やかしめいた歓声と、最後に怨嗟の声が上がった。
「この世の終わりだぜ! あんなカス野郎が勇者の仲間に選ばれるなんて!」
「ちっ! 強けりゃ良いのかよ! 日頃の行いを評価しないなんて、この選抜方法は片手落ちだぜ!」
「可哀そうだが、あの少年勇者は終わりだ。ハールデンに良いように使われて、最後は犯罪者になるに違いない」
武闘家で登録している者は、苦虫を噛み潰した表情で背を向けると、やけくそになって、ぬるくなった麦酒を飲み干すのであった。
「さて、二人目の職業の発表だ! 二人目は……戦士!」
観客の非難の声を無視してバーテンダーは続ける。
「オオゥーッ!」
太い歓声と床を踏み鳴らす振動が伝わり、ぞろぞろと十人ほどの皮鎧を着込んだ、体格の良い男らが前に出て来た。
「さあ! 勇者の仲間選びはこうでなくちゃ面白くない!」
バーテンダーは場を盛り上げるように叫んだ。酒場の一画は腕試しが行われるようになっていて、出場者以外の者は、周囲を囲んで酒を飲みながら見物し、賭けも行われるのである。
酒場内の雰囲気が盛り上がるほど、酒も売れ、掛け金も多くなり店も潤うのである。
「頑張れよ!」
「お前に賭けてるからな」
「頼むぞ!」
出場する戦士に声を掛けながら、観客となった者が移動を始めた。
名乗りを上げた男たちから登録書を受け取ったバーテンダーは、志願者の名前や出身地を読み上げて行く。中には名の通っている者もいて、賭けの倍率が決まって行くのである。
「○○○帝国出身。〇〇〇。二十四歳。〇〇〇流の免許皆伝」
「○○○共和国出身。○○○。三十五歳。○○○王国での剣術大会にて、優勝の経験あり」
名前と経歴が読み上げられる度に歓声が巻き起こる。志願者は誰もが腕に覚えのある者ばかりであり、バーテンダーの発表は、賭けの対象と金額を決める上で貴重な情報である。
最後の志願者の名前が読み上げられる。
「ブロン共和国出身……えっ……本物か……」
バーテンダーが動揺して、その出場者の姿を目で確かめている。やがて。
「し……失礼しました。続けます。最後の志願者は、ブロン共和国出身。四十二歳。二刀流最高師範。ジ……ジェームズ!」
呼ばれて中肉中背の男が一歩前に出た。無精髭の男からは落ち着いた雰囲気が感じられる。
一瞬の静寂があり、次の瞬間、酒場の中は大歓声に包まれた。
二刀流のジェームズと言えば、バーリアン大陸でもっとも有名な戦士と言えよう。大陸の北西部にあるブロン共和国の出身であるジェームズは、世界各国の闘技場に現れて、各地で連戦連勝の記録を打ち立て、今では並ぶもの無しとして、伝説に成りつつある世界最強の戦士であった。
闘技場での優勝賞金は、合わせれば国を買えるほど稼いでいると言われているが、本人は質素な生活を続けていて、その金は魔物に襲われ親を失った子供たちや、住む場所を失った人々の為に、使用されていると噂されていた。
既に一人目の勇者の仲間に決定しているハールデンも、ビッグネームの登場に驚きの表情を表し、注目がジェームズに集中した。
「本物なのか?」
「俺は闘技場で見たことがあるぞ……本物に間違いない」
「俺も見たことがあるぞ」
客たちから本物との声が上がり、我こそはと勇んで前に出た他の戦士の顔に、動揺が広がるのが手に取るように分かった。
この酒場に登録するくらいであるから、彼らの全員が己の腕に自信を持っていたが、相手は実績十分の世界最強の戦士となれば分が悪かった。
「すまん……俺は今回は降りることにする」
「俺もだ……」
「負けると分かって戦う馬鹿などいるものか」
次々と前に出た戦士が諦めて去って行き、最後に残ったのはジェームズ一人だけであった。
「エーッ!」
戦いが見られると思っていた人々から落胆の声が上がったが、こればかりはどうにもならない。戦いが行われたとしても、恐らく賭けも成立しないであろう。
「ああ……そのう……以上の結果を持ちまして。勇者の仲間二人目は、戦士ジェームズに決定いたしました」
肩を落としたバーテンダーの、気落ちした声が酒場に響き、興味は三人目に移る。
「それでは気持ちを切り替えまして、三人目の職業は! ……魔法使い!」
「ウワーアァーッ」
再び大歓声が上がる。
見物人と化した酒場の客は、それでもだいたい募集される職業は分かっている。武闘家。戦士。魔法使いは人気の職業であり確実に募集され、四番目は勇者の能力により変わって来る。
勇者の中には回復の魔法を使える者や、索敵の能力を使える者もいて、重複する能力は必要無いからである。
【酒場にいる者は誰も知らない秘密であるが、勇者ロビンには回復の魔法も索敵の魔法も使えないが、四人目はハールデンの指示によって募集しないことになっていた。それは支度金の分け前が少なくなるからと言う、ハールデンの自分勝手な理由であったのだが、その真意はロビンでさえも知らないのである】