289 カルバン師匠とゼン公
カルバン道場の門は開いていて、ジェームズを先頭に勇者一行は門をくぐったのであった。
入って正面には道場の建物があり、道場の入り口は四枚戸の引き違いになっていて、その玄関前の土間を掃いている小柄な老人の姿があった。
「師匠!」
老人を見るやジェームズが駆け寄った。その小柄な老人こそ、彼の師匠のカルバンであった。
駆け寄ったジェームズに気づいたカルバンの目が、大きく見開かれて行く。ジェームズはフードを被っていたが、カルバンは誰であるか気が付いたようである。
「ジェームズか……」
驚いて立ち尽くすカルバンの前で、ジェームズはフードを外して頭を下げた。
「はい……連絡もせず、長らくご無沙汰しておりまして、恥ずかしい限りでござる。不詳の弟子をお許し下さい」
師匠の前に出て、いつにも増して礼儀正しい彼である。
「……何の。久しいなジェームズ」
カルバンは優しい笑みを浮かべ、頭を下げているジェームズの両肩に手を置いた。
「私の力不足で、お前が旅に出ることを止められなかったが、一目見て確信できたぞ。旅のお陰で腕は見事に磨かれたようだ。良くぞ私を忘れずに尋ねて来てくれたな。それだけで嬉しいぞ」
師匠の優しい言葉に、益々頭を深く下げるジェームズ。
カルバンは次に、無言で見守っているジェームズの連れに目を向けた。……気づいたジェームズは師匠に紹介する。
「ワシの信頼できる仲間でござる。実は我らは……」
そこまで口にしてロビンの顔色を伺った。師匠に自分たちの目的を、話しても良いものかと逡巡したのである。
ロビンは少し考えたのであるが、空気を察したカルバンはジェームズが口を開く前に。
「何やら事情があるようだなジェームズ。ここで立ち話と言う訳にも行くまい、道場へ入って話を聴こうでは無いか」
「はい」
うなづいたジェームズは道場の建物に目をやり、何やら、いぶかし気な表情に変わった。
彼の表情に気づいたカルバンは。
「ふふふ。道場が静か過ぎると気づいたか……お前が察した通り、道場は半年ほど前に閉めたのだ」
「何と!」
「驚くことは無い。私も歳だ」
カルバンはジェームズより、ニ十五歳ほど年上である。年齢は七十歳くらいになるはずだ。
「後見人のゼン公様は、道場を続けるようにと熱心に勧められたのだが、体力と気力の衰えは私自身が良く分かっている……私が納得して跡を譲れる弟子も、ついには現れなかったのでな」
カルバン師匠が育てた弟子は決して凡庸では無く、高い技術を持つ者も多くいたが、彼の厳しい基準に合格できる者はいなかったのであった。
「ジェームズ。お前くらいだな。私の眼鏡にかなう者は」
「……ご、ご冗談をおっしゃっては困るでござる」
いたずらっぽく笑ったカルバンに、ジェームズは慌てて首を振った。
「ジェームズ!」
その時、門の方から不意にジェームズを呼ぶ声がかかった。
門をくぐった場所には、いつの間にか三人の男の姿があった。
声を掛けたのは、身なりの良い、背が高く口髭を生やした男であった。年齢は五十歳前後に見える。
他の二人は三十代の中頃で片手剣を差し、一見して背の高い男の護衛のように見えた。
「こ、これは……ゼン公様」
ジェームズは驚きで立ち尽くしている。
背の高い男は、廃業前のカルバン道場の後見人であり、若きジェームズの修行相手をしてくれていた、ブロン共和国の貴族であるゼン公であった。
ゼンは満面に笑みを浮かべ、小走りにジェームズへ近づいて来た。
「近くまで来たついでに、師匠のご機嫌を伺いに来たのだが、お前に再び会えるとは思いもしなかったぞ」
ゼンはジェームズの手を取った。
「ご無沙汰しております。ワシもゼン公様に、お会いしたかったでござる」
「息災であったなら良い。会えて私も嬉しいぞ」
笑顔のままで何度もうなづき、続いて離れて立っているロビンらに目を向けた。そして規格外れの体格のハールデンを見てギョッと驚く。
「ああ、ゼン公様。彼らはワシの仲間で、誰もが一騎当千の強者でござる」
「そ、そうか。お前の仲間ならばそうであろうな」
ジェームズは再びロビンの様子を伺った。この場でロビンの正体を、明かしても良いものかと迷ったのである。
ロビンは小さく首を振った。正式にゼン公の元を訪れて、正式に協力を申し込むつもりであった。
「ゼン公様。いつもこのような年寄りに気をかけて頂いてかたじけない。今、道場で話そうとしていたところでございます。どうぞゼン公様もお入り下さい」
「済まぬな」
カルバンに、うなづいたゼンであったが。
「実は師匠の機嫌を伺いに寄っただけでな。この後も用事があって、ゆっくり話せる時間が無いのだ」
眉を寄せ。
「北の防衛拠点へ行く日も迫っておってな。その前に色々と回らねばいけなくてな」
北の防衛拠点とは、言うまでも無く、『北の魔王』の進撃から共和国を守る為の、彼に与えられている持ち場の事である。
ゼンはジェームズへ視線を移し。
「積もる話もあるが今は時間が無い。夜ならば空いているから、都合の付く日に私の屋敷を訪ねて来てくれ……もっとも、あと何日もロルスタットには居られないのだがな」
「承知いたしたでござる。できるだけ早い内に伺うでござる」
「うむ。必ず来いよ」
彼はその場にいる者を見渡し。
「騒がせたな……ジェームズの仲間なら誰でも歓迎する。彼と一緒に尋ねて来てくれ」
そう告げると小さく礼をして、付いて来ていた二人を従えて去って行ったのであった。
「何でえ、とんとん拍子に話が進んだじゃねえか。願ってもねえ展開だぜ」
ハールデンが小さな声でつぶやいた。
「ささ、皆さん、中へどうぞ」
先頭に立って道場へ向かおうとしたカルバンであったが、それを遮るように賢治が口を開いた。
「先ほどの……ゼン公様ですが、後を付けられている気配を感じました。つけているのは恐らく十人以上と思われます」
「何だと!」
ハールデンが声を上げる。
カルバンは不思議な顔をしている。彼には何の気配も感じられなかったのである。
ジェームズは不審な顔の師匠に説明する。
「師匠。彼はケンジ殿と申されて、ワシも遠く及ばぬ気配を察する達人でござる。彼が言うならば間違いは無いでござる」
ジェームズの言葉には確信が籠っていた。
「ならば直ぐに知らせねば」
焦るカルバンにハールデンが。
「おっと師匠さんは旦那と、積もる話でもしておけば良いぜ。ロビンもな。後は俺とメリッサに任せて置きな。なあにチャッチャッと片付けて帰って来るからよぉ……オラァ! ケンジ行くぜ、ボケッとしてないで案内しろ」
ハールデンはメリッサと賢治を連れて、返事も聞かずに門をくぐって出て行ったのであった。
「だ、大丈夫なのか」
驚いているカルバンにジェームズが。
「師匠。彼らは腕が立ち、信頼できる仲間でござる。……少々、やり過ぎるきらいはあるでござるが……」
「三人が向かったのなら、相手が何人であろうが武力的には問題はありません。ゼン公様の身は間違いなく安全です。むしろ心配なのは襲って来る相手の方ですが……まあ、やり過ぎはしないと思うのですが」
そうは口にしたものの、ハールデンとメリッサの組み合わせは、不安が頭をよぎるロビンであった。
通りに出て周囲を見渡したハールデンであったが、ゼン公の姿は既に見えなくなっていた。
「おい! ケンジ、頼むぜ」
うなづいた賢治は躊躇う様子も無く速足で歩き始める。その後を疑いもせずついて行くハールデンとメリッサ。
過去の経験から、ケンジの能力には全幅の信頼を寄せていた。
当然であるが、賢治にはどこかへ向かったゼン公の行方を知る能力は無い。ゼン公が付けられていることを知らせたのは彼の使い魔であり、今も使い魔の連絡を受けている妖精の指示通りに、足を進めているのであった。
「そこを右。次の通りを左」
などと、確信を持った口ぶりで速足で歩いて行く。
「やっぱ凄えなケンジ」
「さすがだね」
ハールデンとメリッサの称賛は止まらないのであった。
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